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    かけはし2014.年8月4日号

イスラエルは虐殺をやめろ


パレスチナ

ガザ市民社会からの緊急アピール

間に合ううちに今すぐ行動へ

ボイコット、投資引き上げ、制裁を


イスラエルの孤立化が絶対必要


 流血の中にあり包囲されたガザ回廊に閉じ込められたわれわれパレスチナ人は、世界中の人々すべてに、イスラエルに反対して行動し抗議し、わが民衆に対する虐殺攻撃を終わらせ、その責任を取らせるまで、ボイコット、投資引き上げ、制裁を強めるよう訴える。
 再びわれわれを見捨てている世界の中で、ガザのわれわれはこの四日間、虐殺に次ぐ虐殺に向き合ったまま取り残されてきた。みなさんがこの訴えを読んでいる間も、一二〇人を超えるパレスチナ人が死亡し、そこには二五人の子どもが含まれている。今後の生命が限られると思われる数えきれないおそろしい負傷を含んで、一〇〇〇人以上が傷を負った――負傷者の三分の二以上は女性と子どもたち――。
 事実としてわれわれは、さらに多くの人が次を切り抜けることができないだろう、ということを知っている。今晩ベッドに横たわり大虐殺の音で目覚める時、次の番となるのはわれわれの誰だろうか? われわれは、イスラエルの最新式の、肉を切り裂き足をもぎ取る破壊機械で身元も分からないような状態で残される、次の写真になるのだろうか?
 われわれはわれわれに向けられたこの犯罪と抑圧を最終的に終わらせることを求める。次のことをわれわれは求める。
?このような戦争犯罪を犯す上でイスラエルが依存している米国と欧州の軍事援助、並びに兵器供給を切断すると思われる制裁、イスラエルに対する武器禁輸を。
?EU―イスラエル協力協定のようなイスラエルとの二国間協定や自由貿易協定すべての凍結を。
?二〇〇五年にパレスチナ社会の圧倒的多数が求めたように、ボイコット、投資引き上げ、制裁を。

 圧力や孤立化がなければイスラエルは、今われわれが身の回りで見ているような虐殺を続け、何十年にも及ぶ体系的な民族浄化、軍事作戦、アパルトヘイト政策を今後も続けるだろう。イスラエル政権はそのことを、再三再四明らかにしてきた。
われわれはこの訴えを、ガザにいるわれわれに爆弾が降り注ぐことで家の中で活動を無力化された中、土曜日の夜に書いている。現在の攻撃がいつ終わることになるのかを誰が知っているだろうか? 七歳を超える誰にとっても、われわれの心に深く刻み付けられているものは、二〇〇九年の三週間以上の間、三三〇人以上の子どもを含む一四〇〇人以上のパレスチナ人が殺害された時、ガザの諸々の街頭をずっと流れていった血の川だった。
白燐弾やその他の化学兵器が市民の居住区に使われ、結果としてのガン増加を伴ってわれわれの土地を汚染していた。もっと新しいところでは、二〇一二年一一月後半の一週間続いた攻撃で、さらに一八〇人が殺害された。
今回ではどうなるのか? 二〇〇人か、五〇〇人か、それとも五〇〇〇人か? われわれは問いたい。世界が行動に乗り出すまでにこれ以上不要というのは、われわれのどれだけのいのちなのか? 

ジェノサイドが追求されている

 イスラエルの爆撃の前、イスラエル国会議員、極右のユダヤ人祖国党のアイエレト・シャケドは、パレスチナ民衆のジェノサイドを求めた。「彼らが蛇を育てた実物の生息地がそうであるように、彼らはいなくならなければならない」「そうしなければそこでもっと小さな蛇が育てられるだろう」、彼女はこう述べたのだ。まさに今われわれにとって、イスラエル国家の虐殺的本性を上回るものは何もない。ほとんどが子どもである住民は彼らにとってすべて単なる蛇なのだ。
ガザでオマル・グライブが語ったように、「ひどい殺され方をした小さな少年と少女の写真を見て、また一人の老婆が彼女の家の爆撃によってどのように殺害されたかを知って、心臓をつぶされるようだった。彼女は手にスプーンを握ったまま亡くなった。それは、それが私の心から消えるには長い時間を要する、そうしたイメージなのだ」。
家々全体が標的にされようとしている。家族全体が虐殺されようとしている。木曜朝早く、アル・ハジ家全部――父親のマムード、母親のバセマ、五人の子どもたち――が殺された。警告はまったくなかった。一つの家族が標的にされ、いのちを取り上げられた。木曜の夜には再び同じことが起きた。何の警告もなしに、ガナム家の四人、中でも女性一人と七歳の子どもを含む五人がさらに殺害された。
火曜朝、カワレ家は彼らの三階建て家屋が爆撃されるかもしれないとの電話通告を受けた。家族は、貯水タンクが攻撃を受けた時に避難を始めた。しかしその後、彼らと共に立ち上がろうと家にかけつけた共同体メンバー、そのあらゆる居住区の人びとと一緒に戻った。
イスラエルのジェット戦闘機は屋根の上が人びとで一杯になっていた建物に爆弾を投下した。その人びとが市民であることを十分に知りながらだ。七人が即死した。そこには一三歳以下の五人の子どもがいた。二五人以上が負傷し、八歳のセラジ・アブド・アルアアルは、その夜遅くこの傷がもとで亡くなった。
この家族はおそらく、彼らもよもや人びとで溢れている屋根を爆撃することはないだろうと、イスラエル政権の人間性に訴えようと試みていた。しかし、われわれの回りに引き裂かれている家族を見れば、イスラエルの行動と人間性には何の関係もないことは明確だ。
他の場所の攻撃には、はっきりとした表示をつけたメディアの乗り物への攻撃、また赤新月社の救急車や病院への攻撃が含まれている。前者では独立ジャーナリストのハマド・シェハブが殺され、他に八人が負傷した。後者は避難者とさらに何人かの負傷者を生み出した。

ガザ市民の保護をただちに


イスラエルの残虐行為のこの最新の段階は、七年に及ぶイスラエルの非人間的な封鎖という流れの中に明確に位置づけられる。その封鎖は、主なライフライン的商品と人びとのガザからの出入りを遮断し、まさに今あらゆる病院と診療所が伝えている厳しい薬品と食糧の不足に帰結した。
イスラエルの攻撃によって破壊された何千という家屋の再建に必要なセメントは運び込みを禁止され、多くの負傷者と病人は、切迫した医療処置を受けるための海外への渡航を今も許されていない。そしてこのことは、六〇〇人以上の重い患者の死をもたらした。
さらなるニュースが届き、イスラエルの指導者たちが残虐行為の次の段階へ動くことを約束している中でわれわれは、今後もっと多くの恐怖が迫っていることを知っている。それゆえにわれわれは、あなた方にわれわれを見捨てないよう訴える。われわれはあなた方に、公正と人間性のために立ち上がり、デモを行い、今後に控える最暗黒を前にガザ回廊にしっかりと根を下ろしている勇気ある男、女、子どもたちを支援するよう訴える。われわれは以下のような国際的行動を強調する。
?イスラエルとの外交的結びつきの断絶。
?戦争犯罪への法的裁き。
?ガザ市民の即時の保護。

 このごろつき国家に、再度まったく暴力的であると証明していること、しかしまだまったく訴追もされずにいることに責任を取らせるために、ボイコット、投資引き上げ、制裁の高まる国際的キャンペーンに合流するよう、われわれはあなた方に訴える。
パレスチナ人がイスラエル政権による破壊と情け容赦ない殺人のど真ん中で成長する必要のない時代への誓約をもって、世界中の数を増す批判的大衆に加わろう。
われわれがもっと自由に移動できる時、包囲が解かれる時、占領は終わり、世界のパレスチナ難民は最終的に正義を与えられる。
遅くなる前に、今こそ行動を!

パレスチナ労働組合総連合
パレスチナ大学教員協会
パレスチナ非政府組織ネットワーク(一三三組織が参加)
パレスチナ女性総連合
医療民主会議
パレスチナ労働者一般組合
保健サービス労働者一般組合
公共サービス労働者一般組合
石油化学・ガス労働者一般組合
農業労働者一般組合
女性労働者委員会連合
パル―シネマ(パレスチナシネマフォーラム)
青年ヘラク運動
女性闘争委員会連合
シナジーズ―女性ユニット連合
パレスチナ女性委員会連合
女性研究協会
勤労女性協会
プレスハウス
イスラエルへのアカデミックボイコットのためのパレスチナ学生キャンペーン
ガザBDS作業グループ
単一民主国家グループ
二〇一四年七月一二日
(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号)

英国

数万人がガザでの大虐殺に抗議

われわれすべてパレスチナ人だ

リアム・マッカイド

 七月一九日、何万人という人びとが、英国首相官邸のあるダウニング街からロンドンのイスラエル大使館に向け行進した。これは、事実上英国の政治階級全体がガザでの大虐殺の加害者に与えている精力的な支援を、はっきり指し示すすばらしい方法だった。人びとを統一したスローガンは、「何千人、何百万人というわれわれは、みんなパレスチナ人」というもの。抗議活動は全欧州を貫いて起きていた。そこには、フランソワ・オランドの「社会主義」政権が課した禁止を無視したパリが含まれていた。
 このデモは最低でも、ストライキ中の公共部門労組が呼びかけた七月一〇日のデモに匹敵する規模があったが、その構成と雰囲気はまったく異なるものだった。それはおそらく、この都市がこれまで見てきたものの中では、もっとも民族的に混じり合った大政治イベントの一つだった。そこには少量の労組横断幕と並んで、社会主義諸組織が通常のひとそろいで見られた。デモを異なった姿にしていたものは、大勢の若い女性を含む何千という圧倒的に若いムスリムの、声高い怒りの表現だった。彼らは、左翼グループが配布した、「イスラエルの国家テロを止めろ」「パレスチナ人に自由を」のようなメッセージを書きつけたプラカードを掲げることを、まったく嫌がらなかった。
 この企画はまったく大急ぎで呼びかけられたものだが、それだけに何ほどか、その結果をなおのこと注目に値するものにした。その主催者は名目上、パレスチナ連帯キャンペーンやアル・アクサ・モスクの友や欧州イスラムフォーラムを含む諸組織の連合だった。しかしそれは、人びとが、アパルトヘイトのイスラエル国家が続行中のパレスチナ人虐殺に対する嫌悪感から、自分から引き出されたできごとの一つだった。それは、海岸で遊ぶ四人の子どもたちを故意に殺害するのを見た時に人びとが感じた憤激を、また二〇一四年の近代兵器で行われている中世風の包囲攻撃に耐え忍んでいるガザの人びとに彼らが感じている連帯感を、政治行動に転換する契機となった。
 今回の呼びかけをこのように強力なデモにしたものは、連帯を示し、政治行動を行いたいという切望だった。ハマスの反動的なイスラム主義への支持を表すプラカードやスローガンは一つもなかった。反ユダヤ主義を理由にパレスチナ国家への支持を省く方を好んでいる者たちにはがっかりだったが、彼らに慰めを与えるような唱和もポスターもまったくなかった。その代わりに、反シオニズムのユダヤ人諸組織の高度に見えるものとなっていた存在があった。
 確信をもってわれわれすべてが言えることは、さらに今後数週間以上イスラエル軍は、もっと多くの住宅、病院、そしていのちを破壊するだろう、ということだ。彼らはそれを三、四日以内に再度行うだろう、ということもわれわれは知っている。われわれは今日、パレスチナ民衆の諸権利の拒絶に対する激しい憤りの大波がある、ということを見た。このエネルギーを向ける最良の方向は、パレスチナ人諸組織大多数が支持しているボイコット、投資引き上げキャンペーンに向かうものだ。これは、イスラエル国家を何ほどか恐れさせるものだ。それは、財政的に処罰を与えるからだけではなく、まさに重要なこととして、イスラエルのアパルトヘイトとその南アの役割モデルの間に、平行関係を描き出すからでもある。(「ソーシャリストレジスタンス」より再録)

▼筆者は、ソーシャリストレジスタンスの編集者であると共に、その執行委員会メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号)


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