スペイン ポデモスの台頭(下)
民衆の高潮を押しとどめる力は
古いエリートに残っているのか
ギレム・ムルシア
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支持した層と生み出された波紋
今回の選挙結果は、前述した取り組み方の有効性を確証したように見える。いくつかの世論調査は、ポデモスに票を投じた有権者の大きな部分は元PSOE支持者だった、ということを示している。そしてこのことは、ポデモスの戦略が先の党の基盤の重要な部分を何とか説得して味方に引き入れた、という考えを実証している。
ポデモス票の他の諸要素は、利用可能なデータをどう分析するか、誰に質問するかに依存する、論争をはらんだ問題だ。メトロスコピアによる調査は典型的な支持者を、三五歳から五四才の男性、雇用され(しかしながら、その職が安定しているのかそうでないのかに関しては、利用できる詳細データが皆無)かつほとんどが大学教育を受けている、と描いている。
一方政治学者のホセ・フェルナンデス―アルベルトスは、マドリードの投票区の結果に基づいて得票率と他の変数を比較し、ポデモスの大波とのもっとも強い相関は、二〇〇九年EU議会選と二〇一四年同選挙間の投票率における変化にあった、と見いだした。そしてこれが彼に、以前の選挙では棄権に回っていた人びとをこの党が活性化した、と結論づけさせている。
フェルナンデス―アルベルトスはまた、ポデモスへと向かった地域――そしてまた統一左翼やPSOEが上回った地域――と投票区における広く行き渡った貧困、またその住民が危機の最悪の作用にどれほど苦しめられているかの間にも、強い相関を見出した。
ポデモスの成功はスペインの労働運動に対しては何を意味しているのだろうか? スペインの主な労組ナショナルセンターである、労働者委員会(CCOO)や労働者総同盟(UGT)が今慎重に行動している以上は、それを語ることは難しい。不安定化と労働の柔軟化が労働者にとっての、特にもっとも若い労働者の中での伝統的支えを労働者階級の中で腐食させてきたが、両組織はその労働者階級と再結合の過程にある。
それでもCCOOの一代表はポデモスの成功を歓迎し、それはPPとPSOEの同じ新自由主義政策に対する一つの回答だ、とコメントした。ポデモスの成功は、二大政党システムの危機の、そしてそれはフアン・カルロス一世の先頃の退位によって曇らされたにすぎないのだが、それについてのスペインにおける現在の話題では主要な要素として言及されてきた。同時にポデモスの台頭はいくつかの他の諸政党を、その麻痺から決定的にゆりさまし、刷新の過程へと向かわせもした。たとえばIUは、その若手議員で、この連合の大きな希望としてみられているマルクス主義の影響を受けた経済理論家の、アルベルト・ガルソンの露出をすでに高め始めている。
旧態依然の大衆操作主義依存
主流メディアは、ポデモスの突如とした出現の説明を試みることと、それらの政治的方向にしたがってポデモスをこき下ろすためにあらゆる機会を利用することとの間で、その姿勢を交互に変えてきた。
最大の日刊紙であるエル・パイスは、ポデモスに関してはほとんど何一つ伝えないことから、この党の内部会議の一つについて、この会合に出席したポデモスメンバーには誰一人インタビューすることもなく、噂される内部対立を主張する一つのニュース記事の掲載へと進んだ。
選挙以前にはポデモスの好成績を、あるいは主要二大政党の実質的後退すら予想できなかったシンクタンクの評論家や政治分析家は、一つの政治組織としてこの党が最初の具体的問題に直面しつつあったと示唆することで、エル・パイスの記事の中に慰めを見出した。彼らは、ポデモスは線香花火的な企てだったのであり、まもなく死に行くだろうと期待することで、最下点のところから選挙分析家としての威信へと、復帰することを期待したのかもしれない。
しかし人は、エル・パイスの情報を信じることにはまったく注意深くなければならないだろう。一時はPSOEと伝統的につながった進歩的な新聞であったこれは、ラテンアメリカのあらゆる左翼政権に反対する強硬な立場を徐々に採用するにいたった。この新聞は、元ベネズエラ大統領がキューバで治療を受けていた時に、ウーゴ・チャベスだと主張する、手術室にいる一人の患者の写真を掲載することまで行った。この写真は後に、ユーチューブで利用できる無関係の手術室ビデオから切り取った写真だということを見つけられた。そしてこの新聞は、そのことに関し謝罪しなければならなかった。しかしこの件に関する左翼の批判は、この事件は、この新聞が左翼的構想すべてに否定的宣伝を広げることに向け進む距離の象徴、と指摘した。
二大支配政党の場合それらは、混乱し矛盾したやり方で選挙上の今回の後退を処理しつつある。PSOEの指導者、アルフレッド・ペレス・ルバルコバは、EU議会選結果が出た後で、ポデモスのメッセージに対する共感を一定程度表明した頂点の人物数人に対して、他の者たちがその行為を「ポピュリスト」と非難した中で、党内での権力闘争の口火を切りながら、辞任を準備中と公表した。
PPは、二大政党システムの危機はイメージと市場調査の問題であり、より若い顔は失った票の取り戻しを可能とするとおそらく期待する中で、彼らの若いメンバー何人かにメディアでのより大きな露出を与えようとももくろみつつ、新党を攻撃する戦略を選択した。
上に見たものがPPやPSOEが考えていることだとすれば、それは、二つの主要政党指導者はポデモスの成功の理由を理解していない、ということを示している。両党を、彼ら自身の利益並びに民衆の上に立つエリートの利益を守る現状維持の一部と受け止めている、そうした不満を深め疎外されている有権者は、その蓄積された層は、先の変わらない古い政治をさらす新しい顔によって説得されることはないだろう。人びとの真の具体的な不満の原因に取り組む特定の主導性が必要とされているのであり、そうしたことは、民衆が声を上げざるを得ないものを指導者たちがしっかり受け止める場合にのみ、現れるだろう。
しかしながら、二大政党がこうした取り組みを十分に受け入れているようには見えない。両党はフアン・カルロス一世の退位の後に、大急ぎで君主制を支持した。まさに、構造的赤字に上限を課すEUからの指令に彼らがしたがったことと同じだった。
PPとPSOEが今明らかにしつつあることは、EU議会選での彼らの後退を引き起こした類の政治を一層進んで永続させるつもりだ、ということだ。カール・マルクスに対する彼らの無意識的敬意――歴史の繰り返しにおいては、一回目は悲劇として、二回目は喜劇として――が、主流となっている政治の古い、反民主的やり方に愛想を尽かしている有権者による政治的異議申し立てを巻き起こすことになった。そしてそれは、溢れる流れのように、高まるばかりとなっている。
政治を民衆に取り戻す実例示す
ポデモスの成功は社会主義者と労働者にとってはよいニュースだ。ポデモスへの票の階級的基礎がどの程度だったのかに関する論争がなおあるとしても、ポデモスの綱領は明確に、労働者階級に影響を及ぼす労働の課題や社会的課題双方に焦点を絞っている。たとえば、PPとPSOEによって強いられた最新の労働法改変に対する反対、利益をあげている企業における解雇禁止に対する支持、そして、抵当(住宅ローンの)になっている住宅の競売すべてを一時凍結し、追い立てられた家族向けの公共住宅建設計画を作り出す提案だ。
これらの諸方策は、もし実行されるならば労働者の生活に大きな改善を作り出すことを意味するだろう。ポデモスはスペインと世界中の労働者に、緊縮政策に対するオルタナティブはあるということを、政治は、労働者の影響力の及ばない、中立かつ機械的流儀で専門家により管理された広報向け見せ物ではなく、労働者を軸とする階級的、社会的利害すべての産物である、ということを今示している。
労働者は、組織され、階級としての彼らの潜在能力に気づく場合にのみ、政治に起きることに影響を与え、あるいはそれを決定することができる。二つの支配的政党が古いシステムの水漏れを始めた構造を強化できるのか、それとも洪水がそれを突き破るのか、時がそれを告げることになるだろう。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号)
シリア、イラク、レバノン 三カ国知識人の声明
宗教的専制反対の結集を
わが社会は深い崖の縁にある
わが地には今深刻な脅威がある
シリアとイラクにおけるISIS(イラクとシリアのイスラム国)の拡張は、レバント(レバノンからシリア、イラクへと広がる一帯を指す:訳者)の将来に関し大きな問題を引き起こし、この地域の国家と社会の破綻を敢えて進んで指し示す世界的な見せ物となっている。
「イスラム国家」という旗印を身にまとっている諸勢力、諸閨閥、諸部族の前進は、世界中からやって来た「聖戦主義者の巡業団」によって後押しされた。それは、オスマントルコ帝国の崩壊以後に形成された国民的実体を解体させる脅威となっているだけではなく、われわれの国におけるあらゆる文明、そして信用それ自身を掘り崩している。
イラクとシリアにおけるこの運動の地域的、国際的受益者についてこれまで何が語られてきたかに関わりなく、またこの現象を新たな西側を建設するある種の戦略に役立てるために利用しようとする企みがあろうとも――この地域の民衆を犠牲にするイランの総意――、数を増すジハード支持者の中にわれわれは、宗教的正統性を基礎とした――宗教それ自身の極めて狭量な見方の下に――一つの権威を築き上げようという努力を、さらにレバントの民衆と自由や公正や平和に対する彼らの権利に対する深刻な脅威を見ている。
旧体制が新たな奴隷化を育てた
この宗教的構想は本質的に人間に対する挽き臼だ。つまり、労働と生産の世界から分離された奴隷化の機械ということだ。それは、超エリート主義のレイシスト的支配、公衆に対するその扱いにおけるファシスト支配を作り出す。そしてそれはすぐに、聖なるもので保護された一握りの指導者たちの手中に、権力と富を集中するだろう。
この実体はその始まりから、女性の自由や美や近代教育に向けられた敵意で明らかだ。それは経済的に寄生的であり、本国でも海外でも攻撃的だ。それは、住民と土地と富を所有するある種の奴隷化システムの体制だ。それは当該地域の住民には馴染みのない事例を力で強要するだろう。そして彼らがそれを支持しないのであれば、その住民を殺害するだろう。
これら二つの国が長期にわたる社会的かつ文化的な地ならしにさらされることがもしなかったとするならば、イラクとシリアの広大な地域がこの奴隷システムの広がりに一つの場を与える、などということはなかったと思われる。この二ヵ国のバース党政権は、政治的な真空と権力の空白を生み出した。そしてそれはこれらの政権をあり得る最悪な道筋で変えた。それらの政権は、差別の極端な形態とその市民に対する攻撃を実行した。特にシリアには、国と住民を所有する一つの奴隷体制が、権力を相続し、継いで前世界の眼前で四〇カ月にわたって反乱する市民の殺害と破壊を続けている体制がある。イラクでは政権が、シリア政権の排他的かつ独占的な本能に続こうと試みている。
こうしたことは文明に対する大きな後退以上のものだ。われわれが今直面しつつあるものは、わが国々の住民に対する攻撃の継続であり、彼らの自由と正義に対する否定だ。モスルとバディアト・アシュシャムを通ってアレッポ郊外からアンバルまで伸びる地域に今権力を広げている者たちは、また彼らの黒旗を掲げるためにより多くの地域に侵攻する危険を示している者たちは、専制体制のいわば新生事物だ。そしてかれらは、それらの体制を基に、わが社会のルネッサンスと刷新と自由のあらゆる勢力を打ち砕くことに加わっている。
イスラエルとイラン利す危険も
ISIS、ヌスラ戦線、アルカイダ、そしてそれらの姉妹組織に加えて、「正義の同盟」、アブ・アル・ファデル・アル・アッバス旅団、ヒズボラの諸部隊、そして他の者たちの群れが、虐殺に加わるために、またそれに歴史的で神話的な深みを与えるためにやって来た。そしてそのことが、今後やって来る数世代にむけて、殺害をわれわれの道連れとしている。彼らはこのような形で、閨閥、宗派、民族を内容とした際限がなく基準もない戦争として、自由と公正と平等を求める民衆革命に、さらに保護を欠いているもっと小さな諸グループに、また国家と公衆の利益の原理に襲いかかる絵柄を仕上げている。
ISISはこの意味で、いわゆる「抵抗国家」に対する、これらの共同体が自由や公正や平等のどれにも値せず、同情にすら値しないというその暗示された意味に対する、輝ける勝利だ。その上彼らは、イランの体制がこの地域に拡張し、イラン国境を越えてその壁を固定することに向け、そしてこの地域を破壊し、アラブ革命のあらゆる約束を殺すかもしれないような宗派戦争を始めるための活動に対し、口実を提供している。
次いで彼らは、イスラエルに対し追加的な正統性を(バース党の奴隷化体制が与えたもの以上に)提供し、パレスチナ人の闘争をもっとも孤立した地点に、また正統性が最低の水準になる位置に置いている。
これは、宗教に基づいた、また限界がなく空虚と暗黒に向かう奴隷化の権威体制確立という一構想の中で宗教を使う、危険な行為だ。そしてその構想の中には、いかなる経済も、教育も文化も芸術も、また公衆や個々人の自由の欠落にはふれないとしても、社会も幸福も人間存在の尊厳も人びとの間の敬意もないのだ。この行為は、今日の世界の形勢に対する参加や自由の前進に向けた成果という形で、ある程度啓発されたアラブがこの一世紀半築き上げようと挑戦したあらゆるものごとに対する深刻な脅威なのだ。
われわれ作家、ジャーナリスト、研究者、芸術家、知識人は、現代の人間的意識が承認する人間の価値すべてを守るに値すると考えるが故に、これらの宗教的かつ政治的な運動がわが社会と民衆を追い込んでいる崖の深さに警告を発する。われわれはまず第一に、わが市民たちに、またあらゆるところの民衆内部の人間的自由と平等を確信している人びとに、新旧の殺人者たちに反対し闘うために、そしてわが国々、わが地域、さらに全世界での自由と平等を求めて活動するために、われわれに合流するよう呼びかける。
七月三日
(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年七月号) |