7.3 1000人委員会 閣議決定強行に抗議集会
暴挙許さずの声広く集める
安倍政権を必ず倒そう
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暴虐政権との
全力対決確認
七月三日、安倍政権の憲法破壊を許すな!戦争をさせない1000人委員会は、星陵会館で安倍政権による七・一「集団的自衛権」行使容認の閣議決定強行に抗議する集会を行った。会場は満席、周辺で待機する人々も含めて五〇〇人以上が参加した。
1000人委員会は、七月一日の閣議決定強行の暴挙に対して、ただちに「『集団的自衛権』行使容認の閣議決定に反対します(声明)」を発表し、「この間、安倍政権は、単に憲法の破壊だけではなく、人権の破壊、生活の破壊を行ってきました。その安倍首相の言う、『国民の生命と財産を守る』ために、これからどれだけの人々が傷つき、犠牲となることを強制されるのでしょうか。誰かに犠牲を押しつける社会を、もう私たちは許してはなりません」と厳しく批判した。集会は、安倍政権と真っ向から対決し、全力で闘っていく決意を打ち固めた。
実効化阻止の
闘い連続的に
開催あいさつが清水雅彦さん(事務局長代行、日体大教授)から行われ、「秘密保護法反対運動と比較して集団的自衛権行使容認反対は、一般市民からすると距離があるという思いがあったかもしれない。今後の訴えかけを工夫していかなければならない。これから自衛隊が海外に出て、外国の人を殺し、自衛官も死んでしまう。アメリカのテロ戦争に協力すれば国内でテロが起きて、私たちの生命も危うくなる。こういうことを安倍政権がやろうとしていることを訴えていきたい」。
「各地で1000人委員会が作られ、解釈で憲法九条を壊すな実行委員会との統一行動も行われ、反対運動は広がりつつある。閣議決定だけで自衛隊が集団的自衛権を行使するのではなく、臨時国会、来年の通常国会で関連する法改正をしなければならない。関連法改正、制定させない取り組みを行っていこう。さらに来年の統一地方選挙、再来年の国政選挙で自民党、公明党の議席を一つでも落としていく取り組みも必要だ」と今後の方向性を提起した。
社民党首の吉田忠智参院議員、近藤昭一衆議院議員(民主党/立憲フォーラム)が連帯発言。
国会内外で
反対の声を
1000人委員会の呼びかけ人である高橋哲哉さん(東京大学大学院総合文化研究科教授)が講演。
冒頭、「安倍政権は、戦後日本で最低最悪な政権だ」と断定し、「今回の閣議決定は、クーデターに類することだ。一人の首相の恣意で、これまで憲法でできないとされてきたことができるようになってしまう。もしこれが許されるのであれば、憲法九条だけではなく、基本的人権の保障、主権在民などを政府の解釈を変えるということで、なんでもやれてしまうことになってしまう。だからこんな閣議決定を絶対に認めることはできない」と糾弾。
「安倍政権は、ただちに退陣しなければならない。だが退陣させられない、私たちの非力だからだと諦めることができない局面にいる。これから関連法の審議が国会で始まる。国会内外で反対の声を広げていかなければならない」と呼びかけた。
さらに原発再稼働と沖縄辺野古新基地建設推進する安倍政権を批判を、「集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回に向けて政治勢力を結集し、安倍政権を倒そう」と強く訴えた。
最後に福山真劫さん(呼びかけ人/フォーラム平和・人権・環境 代表)は、「臨時国会前に大集会を行い、戦争法の改悪・制定反対の運動を国会内外にわたって広げていこう」と今後の行動提起を行った。
集会終了後、参加者全体は首相官邸前に移動し、「『集団的自衛権』行使容認反対!安倍政権は退陣だ!」などのシュプレヒコールをたたきつけた。(Y)
6.30〜7.1 自民党大阪府連に連日抗議行動
閣議決定は無効
安倍にレッドカード
【大阪】政府与党が、集団的自衛権の行使容認を閣議決定するという暴挙に出ようとしている六月三〇日、七月一日と連日、自民党大阪府連前で抗議行動が行われた。一日目は四〇〇人、二日目は六〇〇人の市民が集まった。
抗議行動は、「しないさせない戦争協力関西ネットワーク」と「秘密保護法廃止!ロックアクション」の呼びかけで行われた。
決定の報に怒り
込めた抗議倍化
行動を呼びかけた服部良一さん(前衆議院議員)は、「憲法の根幹に関わることを、正式の手続きも経ずに閣議で変えていくことは絶対に許されない」と発言。閣議決定が行われたとの情報が伝わると、自民党府連に向かって抗議のシュプレヒコールが起こり、閣議決定に対する抗議申入書が読み上げられた。それを自民党府連に手交しようとしたが、同府連が入っているビルの入り口を警備員と府警が塞いだためできなかった。
警察との交渉で代表の中北龍太郎さん(「しないさせない戦争協力関西ネットワーク」代表)と服部良一前衆議院議員の二人がビルの裏口から入った。ビルの入り口のシャッターは閉めら、府連は政府と同様、市民の声には全く声を貸さない態度をとり続けた。
中北さんは抗議文手交行動の報告で、怒りを込めて発言した。
「昨日も一二階まであがって自民党本部を訪れたが、電気を消し誰も出てこなかった。今日も同じ状況だったので、一二階にある府連のポストに抗議申入書を投函して下りた。この閣議決定は違憲だ。このことを確認しよう」。
戦争する国づくりの閣議決定は無効だ。市民の力で止めていこう。安倍首相は、国民の命を守るために、集団的自衛権による武力行使は必要だといったが、軍隊は住民市民を守らない。国家のために血を流させるだけだ。それにとどまらず、よその国を侵略し、よその国の人々を殺す、そのために日本の若者の命を犠牲にする。そんな閣議決定を認めることができるか。安倍政権にレッドカードを!」。 午後七時に行動を終了した。 (T・T)
6.26 天皇の沖縄訪問反対で集会
慰霊ではなく謝罪を
8.15反「靖国」行動(準備会)
六月二六日、8・15反「靖国」行動(準備会)は、「天皇の沖縄訪問反対!沖縄戦・『対馬丸』事件の責任を問う 6・26集会」を行った。
天皇・皇后は、六月二六〜二七日、学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦に撃沈されてから七〇年、対馬丸記念館開館一〇周年記念に視察と慰霊と称して沖縄を訪問する。
そもそも沖縄戦は、「国体護持(天皇制護持)」のため米軍の「本土」上陸を遅らせるために住民を巻き込んだ「捨石作戦」だった。その一環として日本軍は、住民、学童の疎開を強要したが、それは日本軍の食糧確保と戦闘のじゃまだというのが理由だった。
戦後、日本政府は対馬丸犠牲者(乗客約一八〇〇人〈学童八〇〇人〉中、約一五〇〇人〈学童七四一人〉死亡)が軍の命令であったことから「戦闘参加者」として「慰霊・顕彰」し、靖国神社に合祀した。「戦傷病者戦没者遺族等援護法」も適用した。
実行委は、天皇訪沖に対して「慰霊よりも謝罪を」アピールを出し、皇位継承した明仁天皇が沖縄戦を強要した昭和(裕仁)天皇の戦争責任、沖縄人民の土地を米軍基地に提供した責任などについて謝罪することを要求した。さらに天皇訪沖が安倍政権の「集団的自衛権」行使の強行にみられるように日米同盟の強化と東アジア戦争体制に向けた流れを促進し、その一環である辺野古新基地建設など米軍・自衛隊基地建設を加速させ、反基地闘争への敵対と反ヤマト(日本)意識の解体にあることを批判している。
犠牲者靖国「合
祀」で問題提起
集会は、天皇の沖縄訪問反対の論理を深めるために石原昌家さん(沖縄国際大学名誉教授)を迎え、「学童疎開船対馬丸と靖国神社『合祀』」をテーマにして問題提起した(別掲)。
最後に主催者から集会アピール、天皇来沖反対!アクションからのメッセージの紹介。討論集会「安倍戦争国家の『追悼』を許さない! 8・15反『靖国』行動に向けて」(7月21日(月・休)/13時15分会場/笹塚区民会館〈京王新線「笹塚駅」徒歩8分〉)の参加を呼びかけた。 (Y)
石原昌家さんの講演要旨
沖縄戦はどうねつ造されたか
徹底した情報隠
しの中で共死へ
サイパン島に展開していた日本軍第三一軍が陥落後、日本政府は、一九四四年七月七日、海が戦場化している軍事情報を隠して台湾、九州へ南西諸島から一〇万人の住民の疎開計画を促進した。国策による学童疎開は、学童疎開引率教師たちも、住民が安全に保護されるものと信じ込み、学童疎開の推進役を担った。
一九四四年八月二二日、対馬丸撃沈。日本軍は、生存者、遺族に対して「軍事機密の漏洩防止」のために箝口令・口止めを強要した。すでに軍は、「軍官民共生共死の一体化」という県民指導方針を立て「軍事機密漏洩防止」を強化していた。「防諜に厳に注意すべし」という全軍への訓示をくり返し、兵士はもとより住民に対しても「敵に投降するものは銃殺する」という達しを出し、それを実行した。軍人同様に軍事機密を知る住民は、軍人同様に死ぬことを前提にしていた。
「軍官民共生共死の一体化」とは、極秘に県民を共死するように仕向けていったのである。戦闘前は、軍民一体で陣地を構築しながら、住民は軍事機密を熟知しているという認識だ。戦闘中になると住民を壕から追い出し、軍事機密の保護のために住民をスパイ視し、虐殺、死に追い込んでいった。
住民自ら「自決」
と真実を逆転
ところが戦後日本政府は、日本軍の「機密保持」のために住民「自ら命を絶つような形」に仕向けられ、軍に命を絶たされた住民の死を、「住民自らが命を絶った」と、「集団自決(殉国死)」という表現を用いて沖縄戦の真実をねつ造していったのである。
「軍人恩給法」が日本の軍国主義の温床になっているという理由で連合軍に停止され、それに代わって制定されたのが「戦傷病者戦没者遺族等援護法」だ。日本政府は、「援護法」を沖縄に適用拡大することによって、旧日本軍と自らの戦争責任を国民・住民に転嫁した。
「対馬丸遭難学童遺族会」は、政府に対して@対馬丸遭難学童に対して戦闘参加犠牲者に準ずる処遇をしていただきたいA対馬丸の船体を引き上げ遺骨を故郷の山に葬らせていただきたいB靖国神社に合祀していただきたいと求めていった。一九六二年に遺族への見舞金支給。学童死没者を一九六六年に靖国神社へ合祀。一九七二年に対馬丸学童死没者全員に勲八等勲記勲章が授与される。
「援護法」の適用を受けようとする住民は、「軍の命令」により「集団自決(殉国死)」した、と書かざるを得ないのである。いわば「国と雇用類似の関係」が生じる「軍命令」と「集団自決(殉国死)」という「軍事行動」によって「戦闘参加者」の身分を取得するのは、セットになっているのである。
要するに死に追い込まれた住民が、「準軍属」として「軍人扱い」され、その遺族は年金というおカネを支給する「援護法」の適用を受けることによって、政府にまんまと、絡めとられてしまっている。そのことにまだ「気づかない」か「判断停止しているのが、沖縄の現状である。
「沖縄靖国神社合祀取消訴訟」(二〇〇八年三月提訴)は、沖縄戦の真実をねつ造する法律として機能している「援護法」が直接、裁判の争点になっていった。沖縄住民に対する旧日本軍の犯罪行為と政府の戦争責任が問われることになった。日本政府による沖縄戦のねつ造のプロセスが明るみになっていく。(要旨文責編集部)(Y)
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