EU議会選
漂流する欧州とフランスの地震
政治的統合空洞化が極右台頭
に道開き、先を一層不透明化
フランソワ・サバド
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五月末に行われたEU議会選は、一連の諸国における極右勢力の顕著な躍進が大きな注目を集めた。今回の選挙の結果全体を整理しつつ、反資本主義左翼に課される任務に引きつけてその政治的意味を探っているサバド同志の選挙総括を以下に紹介する。(「かけはし」編集部)
欧州議会選は欧州にとっては本物の歴史的衝撃であり、フランスでは国民戦線(FN)の勝利による巨大な雷鳴となった。この選挙結果は、欧州を襲っている恐るべき政治的危機を確証している。そこには、その政治的影響を測定することが未だできないほどの衝撃波がある。確かなこととしてわれわれは、二八ヵ国をさいなんでいるこの選挙結果について、フランスを中心にした読み方を避けなければならない。つまり各国の政治情勢にしたがって力関係はそこかしこで変わり得るのだ。しかしそれでも、労働者運動にとっての力関係悪化、並びに諸々の危機を基礎において、大雑把な傾向を識別することはできる。すなわち、大量棄権、極右の台頭、伝統的右翼の後退、社会民主主義の相当な弱体化、スペインのポデモスとギリシャのSYRIZAの上昇を含んで急進左翼の勢力維持だ。
1.五七%もの大量棄権
この棄権はあらゆる選挙戦における、特にEU議会選では主要な傾向であり、棄権「党派」はEU内最大「党派」だ(棄権率五七%をもって)。この選挙は民衆諸階級によるEUに対する大規模な拒絶を確証している。その始まりから人びとは、支配階級、諸政府そして専門家エリート向けに取っておかれたEU建設から締め出されてきた。しかし今日こうしたタイプの建設のあり方と人びとを絞め殺す緊縮政策の絡み合いが、大規模な拒絶に行き着いている。このことが、ほとんどすべての欧州諸国を苦しめる政治的代表制の恐るべき危機をあらわなものとし、EU諸制度に関してだけではなくEUの内部的関係にも、鋭い政治的危機の局面の扉を開いている。
何百万人という人びとにとっては諸政権が押し進めるEUがより厳しい緊縮や失業や貧困を意味している時には理解できることだが、棄権は特に民衆の居住区で高い。多くの場合この棄権が、ポピュリストやネオファシストの党の成績を押し上げている。
2.極右などの前進が示すもの
前例なき衝撃と
なったFN躍進
極右台頭のもっとも重要な実地証明は、フランスの選挙戦で国民戦線が達成した第一位だ。これは前例のない衝撃だ。「フランス的例外」はこれまで、欧州の歴史の中で民衆革命や民衆の闘いを呼び起こす際に度々語られてきた。再度ある種確実な例外が生まれているが、しかし今回それは民衆運動に対決するものとしてだ。
国民戦線はフランス社会内部に自身を根付かせつつある。世論調査に従えば、国民戦線の候補者リストは投票した労働者の四三%、被雇用者の三八%、失業者の三七%を引きつけた。社会党(PS)のリストが引きつけたのは、労働者の八%、被雇用者の一六%、失業者の一四%だった。若者の三人に一人が国民戦線に票を投じた!
極右あるいは「EU嫌悪諸政党」は大陸全体を水浸しにしている。しかしそこには、FNが達成した結果の大きさという点で、しかしまた、ここには極めて鋭い政治的危機によって引き起こされた極右によるある種の突破があるという理由でも、「フランス的例外」がある。その重大さの第一の理由は、フランスがドイツと共にEUの二つの鍵となる力の一つ、ということだ。次いで第二は、FNの台頭にはフランスで、他のあらゆる政治勢力の転落が伴われている、ということだ。伝統的右翼は腐敗スキャンダルの下で崩壊の途上にある。それは同時に指導性のあからさまな危機を進行させている。今後何カ月かでUMP(民衆運動党)――伝統的右翼の主要政党――に何が起こることになるのか、誰が言うことができるだろうか? 左翼はあらゆる傾向を合わせて投じられた票の辛うじて三四%を得ただけという姿で、最低水準にある。われわれは、二極状況から、右翼、PS、FNによる三極あるいは三党状況に移ることになった。
民族主義の高ま
りを共通土壌に
しかし極右あるいはポピュリスト勢力の前進は、フランスには限られない。すなわち、デンマークの人民党は二七%を得票し、英国のUKIP(英国独立党)は二七%の得票率で一位に着けた。オーストリアのFPO(自由党)は、より強くなった「反欧州」諸政党――ドイツ、ポーランド、スウェーデンでのように――を勘定に入れることなく、二〇%以上を得た。最後にわれわれは、ギリシャにおける「黄金の夜明け」あるいはハンガリーの「ヨッビク」のようなファシスト諸組織に、ごまかすことなくふれなければならない。実際「黄金の夜明け」は一〇%近くを得票し、「ヨッビク」は一五%近くをもって社会民主党を打ち負かし、それらは、彼らの国で政治光景を特徴づけることにもなるだろう。
さらにそれは、たとえ他のシナリオがいくつかあったとしても、一つの基本的政治傾向だ。オランダでは、ウィルダー率いるイスラム敵視政党に対する票の落ち込みがあったが、それはこの国での経済好転に関連づけられるべきだ。フィンランドでは「真のフィン人」が、二〇一一年の総選挙に比べて後退した。そしてベルギーのフラマン語圏では、極右のフラームス・ベラングが、親独立、保守派のネオフレミッシュ連合に利益をもたらす形であるとしても、得票の下落を経験した。
スペインとポルトガルでは、ネオファシスト勢力は存在していない。そしてそれは、警察国家独裁に対するフランコ主義とサラザール主義敗北後の深い民衆的拒絶感によって説明される。しかしわれわれは、ラホイの国民党内部における極右の存在に留意する。そしてそれが、カトリック教会の圧力と共に、妊娠中絶の権利を制限する法の提案を説明する。
極右のこの全般的な高まりは、経済危機という情勢と労働者運動の歴史的弱まりの中で民族主義が高まっていることから帰結している。民族的帰属性に対比して社会的帰属性は弱まっている。階級的対立は社会諸関係の「民族化」に道を譲っている。レイシズムは、民衆諸階級の大衆部分に病毒をまき散らしている。「銀行家を攻撃するよりも移民を攻撃する方がたやすい」のだ。
二〇世紀前半と
は異なる諸要素
われわれが極右の台頭を前にしたのは、欧州の歴史で今回が初めてではない。一九三〇年代、大資本グループの利潤を確保するために労働力の超過搾取を求めた危機の命令、そしてロシア革命の推進力と結びついた革命的高揚を抑え込む必要は、支配階級をファシスト的選択肢へと導いた。
この大陸上には緊張のもう一つの指標がある。すなわちウクライナの危機と中欧でのあり得る民族的混乱は、一九一四〜一八年の戦争に先立つ民族主義の諸衝突を思い浮かべさせる可能性すらあるのだ。もちろん情勢は同じではない。そしてわれわれが一九三〇年代について語る場合、われわれに今日あり得ることは「スローモーションの一九三〇年代」を思い起こすことだ。しかしそれには、世界と諸階級と力関係の形勢はまさに同じではない、ということが付け加えられなければならない。
欧州ブルジョアジーの民族主義的選択肢を特徴とするこれらの歴史的時期とは異なり、今日支配階級は、資本主義的グローバリゼーションへの統合を明確に選択している。労働者運動と民主的自由の暴力的破壊を含んだファシスト的回答を支配階級に強要する、そうした革命的脅威もまったくない。
情勢の特殊性が
極右ふくらます
現情勢の特殊性は、極右諸勢力がそこに依拠する形勢を過剰に決定している。実際これらの勢力にはある種あらゆる変種がある。いくつかは議会主義のゲームに完全に統合され、たとえばイタリアの民族連合のように、ファシスト的な精神的よりどころとは関係を断つまでになっている。他のものはたとえばギリシャの黄金の夜明けやハンガリーの「ヨッビク」のように、公然とした親ファシスト、あるいはネオナチですらある。北欧のそれらの勢力は、ポピュリズムと反移民、そしてイスラムたたき煽りに特化している。
フランスのFNは、「指導性」並びに「ネオファシストの母体」を、諸々の緊張と違いを生み出す可能性をもつ伝統的政治ゲームへの統合という目標と組み合わせている。FNは確かに、それが掲げる主題と指導者という分野双方で進化を遂げた。つまりこの組織はもはや一九八〇年代のファシスト組織ではない。しかしこの進展はまだ、ネオファシスト起源並びにその母体との絶縁を含んだものにはなっていない。そしてこのことは、FNは今一方で「悪魔視から逃れて」いるが、しかし他方でその内部あるいは余白に公然としたファシスト潮流を抱えている、ということを意味している。
FNの台頭は二重の現象を引き起こしている。つまり、伝統的右翼に加わる圧力、そして全左翼勢力の活動家に攻撃をかける議会外ファシストグループに生まれている空間だ。
われわれはさらに、「ポピュリスト」という先の範疇の中に、英国のUKIP、ドイツのAfD(ドイツ人のための同盟)、あるいはポーランドの「法と秩序」党のようないわゆる「EU嫌い」勢力を入れななければならない。この民族主義かつポピュリズムの広がりを貫いて、社会的かつ政治的対立の鋭角化という一定の環境下で、移民や民主的諸組織に対する攻撃に進み得る諸部分、ファシスト的諸集団がいる。黄金の夜明けの発展を見たギリシャの状況は、左翼と移民に敵対するこうしたならず者の役割をよく示している。
イタリアのベッペ・グリロは、ほぼ二五・五%を獲得した。これは、五つ星運動は極右起源ではないが故に、ポピュリズムを公然と一体視している勢力としてのもう一つの記録だ。そしてこれは、イタリアの政治的かつ制度的な危機の継続を表現している。彼は右翼政党のフォルッツァ・イタリア(ベルルスコーニの党:訳者)を打ち負かしたが、第一位はイタリア民主党に取られた。その立場の折衷主義――EUの緊縮政策の拒否、しかし同時に反移民の立場――は組織の機能同様、イタリアの危機に力を貸しつつも一つの政治的オルタナティブの要素とはなり得ない、ということを示している。
安定必要な時に
むしろ不安定化
この政治的結果は次のようなことだ。つまり、支配階級は権力に、世界経済への統合を追求する政党や安定した政党連合――伝統的右翼や社会民主主義の議会政党――を必要としているが、その一方で彼らは、民族主義やポピュリズムやネオファシストの諸政党の高まりで特徴づけられた底深い政治的不安定化に対処しなければならない、ということだ。たとえば、EUメンバー国に関する国民投票がもし英国をEU離脱に導いたりすれば、英国におけるUKIPの台頭の結末はどのようなものになるのだろうか? 英国のいないEUとはどのようなものになるのだろうか? これは分解の始まりになるのだろうか?
「深く理解された」ブルジョア利害は、ファシズムに傾くものではない。しかしそれが直面する多重的危機はブルジョアジーを導いて、権威主義的解決の方向に一層押しやっている。支配階級は、賃金労働者や若者、また民衆諸階級を「厳しく管理する」ためにファシズム以外の可能な手段をもっている。EU諸制度は反民主的である。実際国民レベルでの議会制民主主義の諸制度はその実質を抜き取られている。南欧におけるトロイカの様々な介入は、国民議会がどれほどまで脇にどけられたのかを示すことになった。これらの権威主義的解決は、右翼と極右の連合に導く可能性がある。
欧州諸社会の経済的、社会的、政治的分解、代表性と政治的指導性の歴史的危機、労働者運動の悩み多い弱体化というこの長い局面、欧州の特別の諸危機は今や、予測できない情勢、鋭い転換、極右を権力の表玄関にまで押し進める偶発的できごとに導く可能性がある。
3.伝統的右翼に潜む弱体化
これらの勢力は一定の敗北を喫したが、しかし欧州社会党の一九〇人に対して、二一三人の議員に基づいてEU議会での多数派を確定した。この勢力は自由主義勢力や中道勢力と連携して次期議会を支配することになるだろう。
ドイツのキリスト教民主主義者は、欧州右翼の政治的指導性を保持し続けている。この勢力は、いくつかの諸国における社会自由主義左翼と提携した国民統一政権、及びそうした諸政策を鼓舞している。数多くの国には今、右翼、中道、新自由主義左翼間の連携がある。つまり、ドイツ、オランダ、オーストリア、アイルランド、ギリシャ、イタリア、ベルギー、フィンランドだ。それは多くの国で支配階級による支配の基軸であり続けている。
しかし伝統的議会右翼はこうした結果の先で、弱体化し分裂に向かっている。第一にEUそれ自身の問題に関し、EU内の楽観主義的統合を願う諸勢力といわゆる「ユーロ懐疑論」諸勢力との間で。この勢力は一定数の諸国で極右の圧力下に置かれている。
キリスト教民主主義者、民衆的基盤をもつ右翼、様々な中道派が、しばしば世論調査では首位にあるが、しかし諸々の危機がそれら伝統的諸政党の社会的、政治的あるいは選挙上の基盤から養分を抜き取っている。これらの諸政党はもはや、選挙機構以外の何ものでもない。極右と民族主義の圧力を前にして、右翼は急進化し、分解している。この勢力は極右諸政党の影響力の下に、特に移民問題で急進化しているのだ。そしてそれが内部的分化に導いている。それは、社会民主主義に引きつけられている中道派との連携を追い求める部分と、「強硬右翼」との間で分解している。
最後にフランスではUMP指導部が再度、この勢力を終わることなく弱体化する可能性をもつ腐敗スキャンダルで苦しめられている。
4.社会民主主義の変質さらに
この勢力は後退することになった。社会民主主義派はEU議会で多数派とはならないだろう。それはフランスで完敗した。フランス大統領が今ほどの選挙上の薄い支持、つまり一五%以下しかもてなかったことは、歴史上まれなことだ。それは、あらゆる選挙戦で敗北に次ぐ敗北を喫している。それは、第五共和制の大統領主導的諸制度のおかげでのみ持ちこたえている。
しかしもっと実質的には、これらの選挙は欧州社会民主主義の構造的変化を表現している。現在の諸危機は、これらの勢力が新自由主義諸政策に吸着される歩みを加速してきた。そして、「緊縮反対」だと言われているマルティン・シュルツ(二〇一二年以後EU議会議長をつとめてきたドイツの政治家、EU議会社会民主主義派会派の指導者であり、今EU議会選ではこの会派のEU委員会委員長候補となった:訳者)の選挙キャンペーンも、この現実をカモフラージュするものとはならなかった。
資本主義的均衡を尊重することを依然気にかけている社会民主主義は、金融資本支配の情勢の中で、古典的ケインジアンの処方箋を拒否せざるを得なかった。新自由主義左翼と右翼の諸政権の政策における収斂は、何百万人という労働者が見るところ明白なものとなっている。
フランスでは、第五共和制のボナパルティズム的諸制度が、右翼と左翼間の挙国一致的政府形勢を妨げている。しかし挙国一致の代用政策実施ということは、「責任協約」を通した、フランスの経営者と政府間のある種の合意によっている。諸々の危機を前に、右翼と社会民主主義の諸勢力の基軸部分は、EUを背景に、金融市場と多国籍企業の利益を尊重しつつ、諸危機を何とか管理することで一致している。
しかしこの危機連鎖の先で、社会民主主義の基盤は試練にさらされる。社会党がなお以前の時代の社会民主主義との歴史的、政治的つながりを維持しているとしても、彼らの社会自由主義的転換は完成するばかりとなっている。社会党は、ブルジョアの政権交代の道具である米国民主党に対応するものとなっている。この進展の中で、「元々の社会民主主義」の中で残っているものは消滅への道に入っている。
欧州社民の支柱であるドイツSPDは確かにその地位を保っているが、しかし大連立の中でCDU(キリスト教民主同盟)に従属している。とはいえSPDは、大連立という選択の結果からだけではなく、ドイツの経済状況と欧州内でのその指導性を通じても、その地位を保っている。
そして社会民主主義は、諸政党が緊縮政策を直接取り仕切ったところでは、ギリシャのPASOKのように、崩壊過程を経験することになった。
フランスで社会党は、オランドとヴァルスに率いられて破壊的一撃を食らわされることになった。そこには、今後数カ月で、あるいは二〇一七年の次期大統領選挙の中で、ある種の壊滅に帰結し得る敗北の累積的勢いといったものがある。
イタリアでは、大方が驚いたことだが、レンツィと彼の民主党が四〇%以上を得票した。この党は、ベッペ・グリロの五つ星運動の台頭を抑え込んだ。これらの結果を、イタリア首相の主導性発揮能力や減税のような一定の方策に帰すことは可能だろうか? それを語ることはまだ早過ぎる。しかし今回のEU議会選は、共産主義や社会民主主義の意味における社会主義と関係するものをもはや何ももたず、他と変わらないブルジョア政党となっている民主党を強化することになった。
スペインのPSOEは全体として後退した。その得票は二〇〇九年の六〇〇万票から三五〇万票に下落している。ポルトガルでは、何年かの権力を執行した年月と掛け値のない後退を経て、野党に位置していることが社会党の選挙上の健康を、限定された程度でだが回復させた。
社会民主主義のこうした危機は、内部的分化を作り出しているが、分裂や深刻な亀裂といったものはほとんど生まれていない。近年では、ドイツのオスカー・ラフォンテーヌ、あるいはフランスのメランション
を中心とした潮流のみが、彼ら自身の党を形成する歩みを進めただけだった。一般的に圧力の程度は、緊縮政策を実行する社会民主主義政権のあれやこれやの方策に反対して、数々の声があちこちで上げられる、といったものだ。指導部個人の変更はあり得るとしても、それ以上の可能性はまったくない。あらゆる傾向が社会自由主義的順応を当然のことと考えているのだ。諸々の危機はこの段階では、歴史における他の情勢とは異なり、社会党の内部に本物の左翼潮流をまだ結晶化してはいない。他方でPASOKの崩壊がたとえあったとしても、他の社会党は、後退はしても崩壊してはいない。彼らには、信用を失った右翼に反対する立場を通じて、立ち直る可能性すらある。フランス社会党に今後数カ月で何が起こるかを注視することが必要だろう。なぜならば、緊縮政策の続行はこの党をつるべ落としにする可能性があるからだ。
5.政治的エコロジーの実在
グリーン勢力は欧州における政治的エコロジーの実在をあらためてはっきりさせている。それらは五〇人の議員を選出させ、フランス、オーストリア、ドイツのような一連の国々でおよそ一〇%という得票率を残している。現在の危機に刻印されたシステム的な諸側面、エコロジーの諸危機、原発の危険性がグリーン潮流を強化している。
グリーンは、諸々の団体からなる印象に残るネットワークに、さらに制度的ゲームに対する、より程度の深い統合にすら依拠している。この統合が彼らを社会民主主義が支配する諸々の連合を支持すること、ないしはそこに参加することに帰着させてきた。グリーン諸政党は、若者、相対的に高位の賃金労働者、あるいはプチブルジョアジーの一定層内部では、それらにある種の社会的かつ選挙上の基盤を与える「もっともEU的な政党」の一部として今も受け止められている。
しかしながらわれわれは、こうした有権者の移り気な特性に留意しなければならない。実際フランスでは、グリーンが二〇〇九年以後、それはダニエル・コーン・バンディがEU議会選の光景から撤退した後だが、六%以上も得票率を落とした。
6.闘争発展が急進左翼に反映
急進左翼勢力は、ギリシャ、スペイン、ベルギーにおける確保ないしは突破を含めてその地位を維持した。
SYRIZAは二六%以上得票した。それは、新民主党・PASOK連合に対する代わりとなる政権として確認されている。それは、国中での諸決起と社会的連帯の諸ネットワークに依拠しつつ、この国の主要政治勢力として登場している。それは、EUとの合意にいたる道を追い求めている指導者の一定数の言明とは別に、この国の急進的な反緊縮勢力にとどまっている。それは今早期の選挙を求めている。SYRIZAは今、債務の帳消しとメモランダムすべてに対する拒否に基づく首尾一貫した反緊縮政策を守るのか、あるいはギリシャブルジョアジーとEUが加える圧力に屈服するのか、その選択に直面している。この戦闘においては、KKE(ギリシャ共産党)並びにANTARSYAを含んだ左翼政府を提案しているSYRIZA左派が決定的な役割を演じるだろう。
これらの結果が示していることは、緊縮反対の大規模な闘争が発展した南欧諸国では、社会自由主義の左に向け、重要な諸結果を伴って政治的熟考が一つの形態をとっている、ということだ。スペインではポデモスが七・九%、および五人の議員を獲得した。この突破は、全国的決起の日々、白色や緑色の数々の行進、怒れる者たちの運動の出現、これらを考慮に入れなければ理解不可能だ。一九七八年のポストフランコの移行を経て動き始めた政治モデルの、政治的かつ制度的危機が、これに加えられる。
スペインでは、IU(統一左翼)とポデモスの得票結果によって、二党システムもまた破裂させられることになった。先の二党は合わせて一八%以上を記録したのだ。この結果は、それらの統一に関わる諸関係という問題を提起している。ポデモスの強さは、スペインにおける闘争やここ何カ月かの自己組織化に対するこの組織の関与にある。この運動は、スペイン左翼全体に重く突き付けられている統一した社会的政治的展望の再構築という問題で、鍵を握る役割をを果たす可能性がある。それは、この過程の欠かせない一部である革命諸派にとっては一つの挑戦だ。
フランス語圏ベルギーで五・四八%をもって真に突破を果たしたPTB(ベルギー労働者党、毛沢東主義派を起源とする急進的左翼:訳者)―ゴーシュ・ド・ウーヴェルテュールの好成績を加えよう。これらの諸国では、緊縮政策拒否が、反資本主義勢力ないしは反自由主義勢力を軸に結晶化している。
フランスの左翼戦線は二〇〇九年と同じ得票率に達したが、メランションは彼の勢力が今回の選挙でPSに勝つものと思い描いてきた以上、これは彼らが期待していたものよりも相当に低かった。ドイツ左翼党は七・五%を得た。
諸共産党は彼らの地位を維持し、ポルトガルにおけるように――PCPは得票率一二%だったが、その一方左翼ブロックは四%を少し上回ったにすぎなかった――それを引き上げさえもした。しかしギリシャではSYRIZAに利を与える形で後退し、ポデモスが統一左翼と対等な関係の勢力として競争したスペインでは、期待した結果を得るにはいたらなかった。
革命的左翼は、特にNPA――財政上の理由で選挙キャンペーンの機会を逸し、八選挙区の内五選挙区にしか登場しなかった――が一%以下、リュット・ウーブリエ―ル(労働者の闘争)が一・四%となったフランスで、多少の後退を喫した。NPAは、前回選挙戦に関するものを含めて、左翼すべてのリストが示した全般的下降の一部になっている。四月一二日の統一反緊縮デモにおける重要な役割が認められた後でも、また良好なキャンペーンにもかかわらず、NPAは、階級闘争におけるその役割に対応した結果を達成することができなかった。
7.EUの行き先はまったく不明
この問いが今提起されている問題だ。われわれは低成長あるいは長期の不況という局面にいる。諸政権やECB(欧州中央銀行)は新たな金融危機を防ぐための前提的道具だとしても、一つないし数社の大銀行が破綻する可能性があるかどうかを知っているものは誰もいない。債務返済要求は、一連の南の諸国やイタリアやフランスのような中間的諸国の経済に、どこまで血を流させるのだろうか?
政治のレベルでは、指導性の危機が全面的だ。欧州は確かに、もっとも富裕な大陸としてとどまっているが、世界の中に占めるその重みは低下している。緊縮政策は、EU諸経済の様々な軌跡が示すように、危機による悪化を受けて、EUの枠組みを破裂させる傾向をもっている。あらためて言うが、英国のUKIPが得た結果を受けて、この国のEUからの離脱を含んだこの結末はどのようなものとなるのか、それを知るものは一人もいない。
欧州支配階級の経済的利害が込められた権力、政府並びに大銀行や多国籍企業の経営陣がもっている策謀の余地、そしてEU諸国家の制度がもつ堅固さ、これらが危機を抑え込んでいる。しかし、実体的民主主義を欠いた、社会政策、財政政策、予算の裏付けをもつ政策を欠いた、終わりのない緊縮政策の他には政府の凝集力がない、そのようなEU構築の現在の型は、EU構想からその内容を抜き去っている。
欧州支配階級に前述した策謀の余地を与えているものは、大きな程度労働者運動の弱体化だ。ここに再度、欧州ブルジョアジーの中心部分の資本主義的グローバリゼーションという選択と、ネオファシスト政党やポピュリズム政党に具現化された反動的民族主義の台頭との間に一つの矛盾がある。そして不幸なことだがそれが、右や左の他の政治勢力多数に水をやっている。シェンゲン協定(EU内での国境を越えた自由往来を可能にしている:訳者)からの撤退というサルコジの提案や定式は、この民族主義的転進を表現している。経済的愛国主義あるいは「ドイツ的EU」からの撤退という諸々の提案もまた民族主義の圧力を映し出している。
反動的民族主義の台頭を前に、歴史上の二度目として、ポピュリズムないしはネオファシストの危険に反対するあらゆる潮流、団体、活動家組織を結集することが必要だ。統一的反緊縮反対派の建設におけると同じく、闘争における行動と組織化の統一という問題が中心になる。一方における必要な統一した大衆動員と、他方で反資本主義闘争を自ずから限定する政治的あるいは綱領的諸協定とを、区別することも必要となる。
この情勢において、雇用主と諸政権の緊縮政策に対し社会的かつ民主的急迫性を対置するためにわれわれの努力を倍化すること、右翼と極右に反対する闘争を倍化すること、社会自由主義との関係で自立性を保つこと――社会党との間では、政府に関する連携や議会での連携はまったく不可能だ――、そして、現在のEUとは関係を断ちつつも、しかし民衆と労働者による協力と連帯からなる欧州を防衛しつつ、国際主義的政策を維持することが必要だ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年六月号)
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