6.18 全労協が反原発総決起集会
共に脱原発の決起作りだそう
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労働者が自ら
引き受ける課題
六月一八日夜、全水道会館ホールを会場に全労協が「反原発学習総決起集会」を開催した。脱原発プロジェクトチームを組織し、反原発の闘いを労働者として主体的に組織することを運動の重要な柱としてきた全労協だが、原子力規制委員会の委員差し替えなど、安倍政権が一層露骨化している原発再稼働や原発推進への回帰の動きを前に、あらためて闘いの立脚点を確認、共有し、意思統一を深めようと呼びかけられた。
掲げられたスローガンは「収束作業・除染作業に従事する労働者の安全と命を守れ! 川内原発をはじめとする17基の再稼働阻止!」。福井地裁が下した、大飯原発運転の差し止めという画期的判決なども武器に、安倍政権・原子力村の反民衆的策動を広範な人々と共に具体的に打ち砕く決意、その中で特に、被ばく環境で働く労働者のいのちと権利を守るという、労働者が自らに引き受けるべき課題に主体的に挑戦する決意が込められた。
いわき自由労組
から問題提起
集会ではまずこの決意に沿った報告が二つ行われた。
最初は現地除染労働者の闘いの報告で、いわき自由労組の桂書記長が行った。桂さんは、震災直後職を失った小名浜港の日雇い労働者が収束作業に職を求め、被ばく防護措置もいい加減な条件の下で累積四〇〇ミリシーベルトものひどい被ばくを受けた事例があったことを明らかにしつつ、その中で全港湾が重要な役割を担っている小名浜地区労と一体で、当初は収束作業労働者の被ばく防護、健康保全に焦点を当てた闘いの組織化をめざしたこと、しかし実際の闘いは除染労働者の危険手当中抜き問題から始まったことから話し始めた。その中で、決起した労働者への手当支払いは確保したものの、多重下請け構造の中で危険手当一万円プラス賃金六〇〇〇円での有期契約という方式が定着させられる中、その水準をなかなか突破できていないという現状が報告された。
一方被ばく防護の問題では、具体的な諸問題に対する現場からの突き付けを重ねる中、被ばく管理手帳を出させることや防護マスク支給など、当初の杜撰極まりない状況を一定程度改善させる動きを全般化させつつあることが報告された。
その上で、中抜き問題であれ被ばく防護・健康管理であれ、多重下請け構造が最大のネックとなっていることが突破すべき課題として提起された。下請けは三次までとの一般的指導はあるが、実際は雇用契約偽装によるさらにその先の下請けが横行していて、そうであるからこそ労災隠しも起き、労働者のいのちが危険にさらされるだけではなく、やくざ企業の横行や現場管理者による横領も頻発していると指摘された。日本の労働現場全体を貫く問題であり、その分権力の黙認もあるという大きな壁があるが、労働運動が立ち向かうべき課題としてあらためてその重大さが提起された。
川内現地での
活動を報告
二番目の報告は川内原発再稼働阻止現地闘争報告で、郵政産業労働者ユニオンの 沼倉潤さんから行われた。六月にもと懸念された再稼働は先延ばしされているが、東京からの一三〇人も参加して、現地では一〇〇〇人規模で県議会包囲闘争が貫徹されたことが報告された。また繁華街での宣伝では用意した四〇〇〇枚のちらしがあっという間になくなるほど現地での関心が高かったこと、その中で「私たちは何をすればいいのだろうか」との問いかけが数多くあったことが報告され、この問いかけに具体的に回答することが課題になっていると問題提起された。
この報告に続いてたんぽぽ舎の山崎久隆さんが「東京電力福島原発の現状と収束作業の実態」と題した講演を行った。山崎さんの講演は多岐にわたったが、朝日新聞が暴露した政府事故調に対する吉田調書にも明らかなこととして、原発事故対処能力が日本に皆無であることが一層明らかになっていること、その結果として場当たり的で首尾一貫性のない「収束作業」が続き、労働者には無駄な被ばくを強要しつつ、収束にはほど遠い状況に留まっていることが強調された。そして内部に高線量放射性物質が大量に残っている排気塔が、あまりにも高線量であるため人が近づけず残されているが、その支柱部材が八本地震で切断されたままという危険極まりない状態にあることなど、現地の危険は少しも除去されていないことに警鐘が乱打された。
「集団的自衛権」や労働法制をめぐる安倍政権の反動攻撃に反対する行動が連日続く中の集会だったが、開会直後こそ空きが目立った席も、全労協傘下労組の組合員を中心に結集した労働者で集会半ばにはほぼ埋められた。そして参加者たちは、先の報告や講演で提起された問題を受け止め、福井地裁判決の職場での学習や収束作業・除染作業従事労働者の安全確保に向けた取り組みを呼びかけた基調報告を確認、団結ガンバロウ三唱で、脱原発の全民衆的決起を共に作り出そう、との意思統一を行った。
(谷)
映画案内
チョン・ジヨン監督・作品(2012年)
「南営洞 1985」
〜国家暴力・22日間の記録〜
「南営洞(ナミョンドン)1985 〜 国家暴力、22日間の記録 〜 」(チョン・ジヨン監督作品/2012年/韓国映画)を観た。
この映画は、故キム・グンテ氏の自伝的手記『南営洞』が原作だ。この映画は、韓国軍事独裁政権下で行なわれた市民に対するすさまじい拷問を告発している。
キム・グンテ氏は、一九八五年に公安警察に不当逮捕され二二日間の壮絶な拷問を受ける。一九八七年、世界の良心囚としてロバート・ケネディ国際人権賞を受賞する。その後一九九八年の革新政権誕生の折り政界入りし、二〇〇四年には保健福祉部長官(日本の厚生労働大臣に該当)に就任した。二〇〇六年に拷問の後遺症からパーキンソン病を発症し、二〇一一年に六四歳で他界した。
政治警察は、恐ろしい。廃止されるべきだ。拷問や死刑は、民主主義とは相いれない。私は、韓国における人権侵害にも北朝鮮における人権侵害にも反対する。人権侵害は、世界中から一掃されるべきだ。このような作品を作ったチョン・ジヨン監督は、尊敬に値する。韓国における拷問は、戦争中の旧憲法下の日本における拷問に学んだものだという。それなのに、日本には何故このような映画が存在しないのだろうか。私は、疑問に感じる。
「私は運よく無罪になり現在、損害賠償請求もできた。どこに行っても堂々としていられますが、私と同じ過程を経てスパイにでっち上げられた人の中には未だに恐怖に怯え口を閉ざしている人もいます。そんな人が数多くいます。これがかつての独裁政権の遺したものならば、この問題を解決して行くことが民主政府、民主国家へと進む第一歩ではないかと思います」。キム・グンテ氏と同じように拷問を受けた人びとの一人であるキム・ヤンギ氏は、映画のパンフレット(「韓国社会派映画監督 チョン・ジヨン特集」)の中でこのように述べている。
一九七〇年代から八〇年代に韓国で起きた「在日韓国人スパイねつ造事件」被害者の再審裁判を通じての無罪獲得と国家賠償の獲得、そして、被害者が事件によって失なわれた日本における法的地位である「特別永住者」資格の回復の活動を主な活動としている「NPO法人在日韓国人良心囚の再審無罪と原状回復を勝ちとる会」は、「『在日韓国人スパイねつ造事件』の被害者は、約一六〇名います。まだまだ、多くの被害者が韓国において過去の冤罪事件の再審裁判が行われているという事実を知らないでいます。どうか、もし、皆さんのお知り合いの中に、過去に韓国で逮捕され刑務所に服役したということのある人がいましたら、どんな情報でもよいので、NPOまでご連絡してください。未だに、約三〇名の方としか連絡が取れていません。一人でも多くの方と連絡を取りたいと思います。一六〇名中三〇数名しか、連絡先が分かりません」と映画のパンフレットの中で述べている。
警察による弾圧のすべての被害者の名誉回復・すべて被害者への謝罪と補償が必要だ。拷問も死刑も政治警察もない世界を実現しよう。(二〇一四年六月) (川島 透)
コラム
梅とらっきょう酢
これほどのものとは思ってもいなかった。箸やすめにも良く酒にも良く合う。初めていただいた時には半信半疑であった。以来すっかりはまってしまった。ここ数年は、私には欠かせない一品だ。しかも優れた「健康食品」と言うことが出来るだろう。探してみたが店頭では見かけることはできなかった。
梅のらっきょう酢漬けである。よく聞いてみると、造っている人はけっこう多いようだ。らっきょうは好みではないので、最初はあまり食べる気がしなかった。頂いた人に会う機会があり、感想を言わなければならないこともあり、覚悟して食べてみたというわけである。一口、二口ですっかりはまってしまった。
梅干しは塩分を取りすぎてしまう。梅酒の梅はこれまた糖分がかなりの程度高い。両方とも酒に良く合うとは必ずしも言い難い。しかも梅のらっきょう酢漬けは、造り方もいたって簡単である。材料は文字通り「梅」と「らっきょう酢」だけで、他に何も必要ない。梅は色づきはじめた肉厚の「南高梅」が良く、梅の処理は梅酒造りの時と同じ要領だ。らっきょう酢にどっぷりと浸し、常温で半年以上寝かせておくだけで良い。これで口当たりの良い一品ができあがる。
「南高梅」についてはあまりにも有名で、何も語る必要はない。だが、発祥の地である和歌山県南部梅林に、私は一度も行ったことがない。南紀には何度か旅をすることがあったが、何時も通り過ぎてしまうのだ。主たる関心が他にあったり、私の住んでいる地方にも、けっこう良い梅林があり、それで十分であったからでもある。
梅の実が成熟する頃にやってくる長雨を梅雨と呼ぶ。今は昔、奈良から平安の頃までは花見といえば梅の花を意味していた。その梅の実に降る長雨は、実を大きく成熟させる慈雨と言われており、「梅雨」という言葉には特別な思いが込められているに違いない。
古くから中国の長江流域では梅雨(ばいう)と呼ばれていたが、江戸時代に日本に伝わったと言われている。
梅の産地とは緑もゆかりもない私にとっては、梅雨はなかなか厄介なものである。毎日朝から夜まで降り続く雨のため、外出もままならず、カビや食中毒の対策に頭を悩まさなければならない。洗濯物も溜まる一方である。シャワーを浴びてもスッキリするのは一瞬で、直ぐ体がベトついてくる。雨が降り込むので窓を閉めれば蒸し暑い。扇風機やエアコンを使えば寒い。まさに体中にストレスが充満してしまうのである。
降る雨の中でしっとりと咲くアジサイやクチナシを見れば心が落ち着き、梅のらっきょう酢漬けで一杯やれば気も和らぐが、それも一時のことである。梅雨の中休みに顔を出す太陽は既に夏だ。ジリジリと照りつける陽射しに汗が吹き出してくる。今年はどんな夏になるのだろうかと思うのもこの頃である。
ストレス解消を兼ねて映画を観に行き、居酒屋で腰を落ち着けるのだが、予想外に値が高くムカッとする。思わず便乗値上げではないかと言いそうになった。 (灘) |