子どもらの閉じ込められていた言葉が駆ける
直接国家に問うために集まった10代
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我々が直接、国家に問う。
として彼らが踏み出した。彼らは直接に聞いてみる機会を許されたことがない。
我々は、なぜじっとしていなければならないのか。
を、彼らは語り始めた。彼らは誰よりも、じっとしていることを要求されている存在だった。
彼ら。セウォル号の惨事が言葉と行動を触発した彼ら。
は、青少年たちだ。慶熙大学生ヨン・ヘイン氏の提案で始まり全国に拡散している「じっとしていない」という行進に青少年たちが跳び込んでいる。青少年たちの閉じ込められていた言葉が脱走を始めた。
「せめて霊魂でも一緒に歩けたなら」
「惨事が絶えない理由は、簡単に忘れてしまうから」だと彼らは語った。「悲しみの都市」京畿道安山の青少年たちが5月9日の夕べ、沈黙で街頭行進をした。安山高校会長団連絡会(23校学生会連合会)は「檀園高の痛みが忘れられないようにするために」だと行事企画の理由を語った。
学生500人余が檀園高の友人たちを覚えておこうとして政府の焼香所(ファラン遊園地)から古棧洞の文化広場までの2qほどを歩いた。手には「忘れないで下さい」と書いた横断幕とプラカードを持った。「(遺影の中の)友人たちが共に歩くことはできないけれども、せめて霊魂だけでも共に歩いて行ければ、という思いで焼香所から出発した」と連合会側は説明した。連合会が作った追悼の動映像には大人に向けた不信と「覚えていてくれ」という訴えが鮮明だった。
「我々は怖いのです。このような悲劇が、このような痛みが静かに忘れられていくのかが、とても怖いのです。じっとしていろという大人たちの言葉が信じられません。だから我々は勇気を出そうと思います。大人たちが我々の声を聞いてくれることを。我々の小さな変化によって世の中を変えたいのです」。
沈黙行進の1時間後に到着した文化広場では、先に来て待っていた学生たちや市民らが彼らを迎えた。第2部の行事のテーマは「学生たちよ、うっ憤を吐き出せ!」だった。「小さな変化」のために彼らは「思い」を語った。彼らが発言を始めた時、学生や教師、一般市民ら3000人余りが広場を埋めていた。
マイクを握った1人の学生は語った。「人々の中には、動揺せずに一生懸命に勉強しろという人もいる。焼香所などになぜ行くのか、とも言う。人の痛みは放っておけば朽ちる。だから我々の胸の片隅に隠しておいたうっ憤を吐き出そうとする。きっぱりと話す。もう沈黙はするまい、と」。
別の学生も語った。「事故直後、全員が救助されたという言葉が聞かれた。その後には、友人らを我々のところに必ず取り戻してやるという大人たちの言葉を信じた。今は大人たちの言葉や行動を信じていない。なぜ事実のままに話をせず、隠すことにのみ汲々とするのか」。
K君も「我々を守ってくれることのできなかった政府も、何を言っているのか理解できないメディアも、無能力な社会も信じない」と語った。
「良心を持ってください」
広場のそこかしこでキャンドルを持った学生たちが頭を垂れ、涙を拭った。連合会側は「きょうの催しはセウォル号の犠牲者たちを追悼する学生らの純粋な集いだ。政治的理念や、いかなる葛藤もない」として、催しの趣旨を歪曲しないでくれ、と語った。
青少年の言葉が熱を帯びている。セウォル号の惨事が、彼らを閉じ込めてきていた言語の掛け金をはずしている。生中継されている惨事の現場を見守りつつ育んだ不信や怒りの言語が「枠」を壊し、「すま間」を突き破って噴出している。青少年らは自分たちの言葉や文章に考えや感情を託し、既成のシステムや大人の不条理にぶちあたっている。檀園高の内外や合同焼香所にメモを張りつけて残した文章からは、大人が作った世界に向けた総体的拒否が読み取れる。
「どんなに助けてくれと叫んでも来てくれない大人たちが恨めしかったでしょ」。13歳の少女は船から降りられなかったオンニ(姉さん)やオッパ(兄さん)に尋ねていた。死亡・行方不明の学生たちと同年代の青少年は、恨めしいと吐露した。「国家は何をしているのか。ひどい大人たちが、みんなを殺した。まだ若い人間として、今の政府の下では生きたくない。口でばかり騒ぎ立てるのではなく、ちゃんとしてくれ」。
T君は大人たちの二重性を嫌悪した。「一方では生命の大切さを改めて悟り、変えていこう、新しくしよう、2度とこのようなことがないようにしようと叫んでいるものの、他方では私の責任ではない、謝罪は考えてみる、私の政治的生命が終わってしまえばどうするのかとそわそわしながら、手を引いた人もいます」。Tにとって政治家は「打算や実利」だけを考え、必要とあらばこの悲劇の瞬間にも「ショー」を演じる人間だ。「大統領を守り自らの食いぶちを守ることが、より重要な人々なのです。みんなの遺影の前で、追悼どころかショーを演じる人もいます」。
「高3」という名前を記した青少年はパク大統領に向けて怒りを表した。「パク・クネ大統領さま、責任者を厳罰に処するとおっしゃるけれども、最高責任者は他ならぬあなたではありませんか。実に恥ずべきことです。私が投票権を持つようになれば、絶対に『手帳のお姫さま』(注)のような方は選ばないでしょう。良心をお持ち下さい」。
「もっと良い国に生まれて」
来世では「こんな国」に生まれるなと祈ってやる声も少なくなかった。「大韓民国で申しわけない」とか「してくれることもなく、キチンと救助もせず、ウソ八百をメディアに撒き散らす国で生まれないで」という言葉が、そこここに張り出された。「どうか大韓民国ではない、もっと良い国で生まれなさない。何のために生きなければならないのか分かりません」。セウォル号の惨事を見守った青少年らは、この国とこの地を恥ずかしがっていた。
絶望は既存の秩序に対する全面否定へと発散された。「大人になったら何もかも変えてしまおう」という宣言が相次いだ。「政府は今何をしており、船長なる人物は何をしているのか。ニュースやあふれる記事は誤導によって国民や被害者の父母の気持ちをやきもきさせているというのに、後で何もかも変えなければならない」(S高学生)。
「否定」は、若くして逝った友人たちを慰める「約束」の言語でもある。「政府の多くの人々は何をしていたのか、どんな対策を立てていたのか、2度とこのような惨事が起きないようにするために、どんな計画を立てたのか。ぜひとも立派に成長し、この国を蘇らせます。約束します」(K)。
未来の大人である彼らにとって、未来に対する期待はないようだった。青少年らの言葉の中において、韓国社会は既に同情の余地なく崩れ落ちた状態だった。
「国家に直接問うこと」によって自身の言語を獲得・生産している青少年らもいる。去る5月4日午前、青瓦台(大統領府)の自由掲示板には同じ題名(「全国の青少年たちへ、『我々は、なぜじっとしていなければならないのか?』」)の文章3件が2分間隔で相次いで登場した。ヤン・ジエ(一山チュンサン高2年)、カン・ウォンヒ(龍化女高3年)、パク・ソヒョン(清原女高3年)嬢が「じっとしていてはダメだ」として沈黙行進(5月10日午後3時、明洞聖堂前)を提案する内容だった。彼らの提案に応答する同じ題名の文章も登場した。
4月30日と5月3日に「じっとしていろ」沈黙行進に参加していた彼らが、青少年中心の行進を組織しようとして志を1つにした。セウォル号の惨事が、青少年たちが味わっている生きることの現実を正確に反映していると見ているからだ。ヤン・ジヘ嬢は語った。
じっとしていないで語り合おう
「じっとしていろ、という言葉のせいで青少年が最も多く犠牲となった。平素、じっとしていろという言葉を最も多く聞いている人間も青少年だ。青少年は生きたい人生と生きなければならない人生が異なった存在だ。幸せを猶予されたまま、檀園高の友人たちも死んで行った。じっとしていることはできなかった」。
カン・ウォンヒ嬢も提案文の中で「(セウォル号において、どんな状況も)決定することができなかった学生たちを冷たい水の中に追い込んだのは、いったい誰なのか」と書いた。
ヤン・ジヘ嬢は「青少年は、いつまで『うちの子どもたち』でなければならないのか」と自問した。「青少年なのに守ってやることができず、すまない」という大人たちの言葉も「気持ちが悪い」と語った。「青少年は保護されなければならないという考えは、我々を主体性のない存在として見ているのだ。じっとしていなければならない存在だ、ということと同じことだ」。
同嬢は「語り合うことに意味を置く行進」を夢みた。「我々がじっとしていないからと言って変わるものはないということもあり得るだろうが、なぜじっとしていられないのかを互いに語り合う場」として作ることを希望した。彼らにとって「話し合うこと」は、じっとしていないという意思を表す積極的な行為だった。
京畿道議政府地域の10校の高校生たちも5月10日、議政府洞・幸福路に集まり沈黙行進を展開する。セウォル号の惨事を契機として青少年たちは至る所で語り始めた。
じっとしているのではなく、自らの言葉と言語を探そうという青少年たちに、「じっとしている」として圧迫する状況も捕捉されている。教育部(省)がセウォル号の沈没後、全国17の市・道教育庁に学校・学生の安全化方案として「流言飛語の流布禁止」を明記した公文を通達した。ソウル市教育庁も同じ内容を各学校に通達した。ソウルの一部の教育支庁では高位関係者が管内の警察署に電話を掛け、学生らの動向を把握していた事実が確認されてもいる。ハ・ビョンス全国教職員労働組合代弁人は「5月9日に市内の高校生たちが沈黙行進に乗り出した安山地域の場合、警察が学校長を通じて学生らの動きを把握しているものと承知している」と語った。「教育」の外皮をまとった統制と管理は、昨年末に「アンニョンドゥル ハシムニカ(皆さん、お元気ですか)」の大字報(運動)に対し、はられた大字報を強制的にはがしまくったり、警察に通報した中、高校においても演出された。
服務管理で沈黙を強制
教師たちも自由ではあり得ない。大邱のある教育支援庁はセウォル号の沈没以後、フェイスブックでパク・クネ大統領を実名批判した教師を「公務員の品位維持違反」で懲戒を推進し、論難を招いた。京畿道教育庁も傘下の教育支庁や学校に「集会関連の服務管理徹底のお知らせ」という見出しの公文を下ろした。「セウォル号の事故によって全国民的追悼の雰囲気の中にあって、公務員らが集会に参加する行為は断じて許されることではないので、各級機関(学校)長におかれては所属公務員らの服務管理に徹底」を期せ、という指示を盛り込んだ。
惨事を語りつつ足鎖から自由になろうとする言語と、惨事を理由として言語を閉じ込めようとする足鎖が闘っている。(「ハンギョレ21」第1011号、14年5月19日付、安山=イ・ムニョン記者)
注 パク・チョンヒの娘であり、母が射殺された後、大統領官邸でファースト・レディの役を担った。常に側近や周辺の人々の言動を手帳にメモし人事評価に使うことで知られる。
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