以下に掲載するのは香港の區龍宇さんの台湾のサービス貿易協定反対の運動と台湾、中国、香港経済の一体化、それにともなう同地域の労働運動の連携の重要性について述べた論考。香港の運動ウェブメディア「香港独立媒体」に掲載されたもの。(「かけはし」編集部)
今回の台湾におけるサービス貿易協定反対運動の最終的な結果がどうであろうと、それが照射した各種の傾向には興味深い意味があった。
二〇年来のグローバル・ジャスティス運動の歴史を振り返れば、台湾のサービス貿易協定反対運動は意外なことではなかった。いわゆる自由貿易協定とは、各国労働条件の底辺に向かう競争を生み出す。この点については早くから市民団体が指摘してきたことである。
今回の台湾におけるサービス貿易協定反対運動は、一般的な自由貿易協定反対の闘争とは違い、強烈な嫌中感情を伴うものであったことを、忘れずに指摘する声もあった。
中国政権を恐れ
る感情に理あり
だが、民衆の生活を防衛するという立場に立つのであれば、中国経済による台湾と香港の統合に抵抗する必要があることは明白だ。なによりも自由貿易協定とは、それ自体が国家と資本の力の差が関係するからである。
世界貿易機関(WTO)の問題点は、国家の規模にかかわらず、一律に自由競争を実施しなければならないというところにある。小魚を平らげるために大魚の利便を図っているのである。大きなものが小さなものを平らげるということは、資本主義の必然とはいえ、自由貿易協定は、さらに進んで多国籍企業が各国の労働および環境保護に関する法律を突き崩すものである。
それゆえ、各国のグローバル・ジャスティス運動においては、大国と小国の区別を重視し、小国/小地域が強国と自由貿易協定を締結する際には、よりいっそうの警戒強化が常識となっている。
今日、中国は超大国の資本主義国家であり、その政権は独裁かつ腐敗している。そのような国による自由貿易協定の締結の申し出は、大魚が小エビにあいさつするようなものである。当初は利益を提供するかもしれないが、それは勢力範囲を拡大するための戦略目標のためでしかないだろう。
それゆえ普通の庶民が中国政権を恐れる感情は、実際の情理にかなったことである。恐れの感情が、中国国民に対する排外的な立場に発展さえしなければ、そう問題視する必要はないだろう。社会運動がいかにしてそのような感情を民主主義と人々の生活問題に結びつけた国際主義的立場に誘導することができるのか、ということが重要である。
中国・香港共栄
圏とは財閥王国
ケ小平が資本主義の道を歩み始めてから、中国は資本主義大国として、しかもある種の腐敗したクローニー(注‥身内で利益をむさぼり、分け合うような)資本主義として急速に台頭した。腐敗かつ強大なことから、中国共産党は香港のクローニー資本家集団の取り込みに完全に成功し、中国と香港の経済融合を完成させた。
今年三月、「エコノミスト」は香港を世界一のクローニー資本主義と発表した。香港のクローニー資本主義はいまに始まったことではなく、以前はイギリス資本を中心にしたクローニー(取り巻き)であったが、現在は中国と香港の華人財閥を中心にしたクローニーというだけに過ぎない。
このような中国・香港経済共栄圏は、中国・香港の財閥王国を作り出し、経済成長に伴い貧富の格差の拡大をうみだした。しかも、良きにつけ悪しきにつけ、かつて香港の景気サイクルはアメリカに歩調を合わせたものであったが、近年では中国と香港の経済融合により景気サイクルも中国と歩調を合わせるようになった。中国経済が下り坂になれば香港も影響を受けざるを得ない。最近の英紙「デイリーテレグラフ」は、香港の銀行が中国向けに大量の融資を行っている状況を憂慮する報道を掲載している。
中台両岸の資本
共富関係も現実
台湾については、中国共産党の政治的攻勢はあまり成功しているとはいえないが、経済戦においては、香港と同様に大部分の台湾財閥を取り込むことに成功し、台湾財閥はすでに中国の市場と廉価な労働力に依存しなければ大もうけできなくなっている。
しかし、中台の経済融合は、当面は香港の水準にははるかに及ばない。それゆえ中国共産党はここで一挙に、台湾の財閥、政党、政府要人への利益誘導で両岸経済協力枠組協議(ECFA)とサービス貿易協定を締結するという経済戦で、統一戦線の不足を補おうとした。
たとえ今回の反対運動で一時的に攻勢が緩められたとしても、運動が退潮すれば、国民党と中国共産党は、民進党による隠然たる支援のもとで、中台の大資本の協力を強化し、ひいては部分的に融合することは必然となろう。それゆえ、両岸のクローニー資本の共栄圏は、すでに形成されているのであり、両岸の財閥にとっては台湾人民がどうなろうと関心事ではないのである。
両岸のこの種の経済融合によって、両岸の財閥には大きな利益をもたらすが、中小企業にとっては利益よりも弊害のほうが大きくなるかもしれないということを、台湾の多くの中小企業が理解しつつある(業界によって大きな隔たりはあるが)。また単に中国資本を拒否するだけでは、そう多くはない自らの自主性を効果的に守ることはできないということも知っている。
昨年、台湾独立派系の学者らが、中台両政府による一八項目の協定は、「財閥を尊重し、人権をないがしろにするものであり、中台の政商集団が特殊利益を分配するプラットフォームになっている」と批判し、両岸政府は「人権憲章」を締結すべきだと提唱した。それは政治的に防御から攻勢へと打って出ることを意図していた。これはなかなかのアイデアだといえる。
しかし、中小企業家の利益はあまりに細分化されすぎており、中国市場からの恩恵を受けている部分も多いことから、統一して中国共産党に対抗する勢力を形成することができなかった。逆に、すでに中国市場に大いに依拠する台湾資本にとっては、望むか望まないかに関わらず、その利益は中国共産党の権威主義によって維持されていることから、本気で中国共産党に対抗するには余りに無力であった。
腐敗の共有圏形
成も必然的道筋
呉介民が主編した『権力資本の二重螺旋―台湾から見た中国』の中の「市場政治―輸出代替の靴工業の歴史的形成と変遷」(鄭志鵬)という一章によると、台湾の資本家がいかにしてすでに中国の政府/官僚資本とおなじ穴のムジナであるかを伝えている。文章は、中興靴業社を事例に挙げており、同社がいかに地元政府と共謀して、四分の三の労働者社会保険を免除され、九割以上の法人税の支払いを免除されているかを指摘している。
もし法定ルールにのっとった場合、中興社の利益率は一〇%から一%以下にまで落ち込んでしまう。著者は次のことを認めざるを得ない。「地方の役人は……靴製造メーカーの台湾企業に各種のサービスを提供することで、労働者に対する抑圧的政治体制を工場内でつくりあげている。台湾企業は地方役人による利益確保行動[レントシーキング]を受け入れるという代償が要求される」。
恩恵には報いなければならない。台湾資本が儲けようとすれば、腐敗の共栄圏に加わる必要がある。それによってもたらされる一切の苦難を引き受けるのは、台湾企業ではなく、中台両岸の労働者である。中国の労働者については多くを語る必要はないだろう。
ここでは富士康[フォックスコン。中国で委託ブランド製造で大もうけしている台湾資本]の労働者が次々に自殺している事件を上げておこう。そして台湾労働者も同様に資本の海外移転によって苦しんでいるのである。
今回の運動の歴史的意義は、台湾人民が民主主義と人民の生活のために立ち上がり、中台両岸のクローニー資本集団による大中華クローニー資本主義の継続を阻止しようと試みたというところにある。この闘争は中台両岸の支配者に対して、台湾人民は阿斗[三国志の劉備の息子、劉禅の幼名。凡庸なことを指す]ではないことを知らしめた。
狼に羊飼いの役
割を任せるのか
しかし、オルタナティブはどこにあるのかについての探求は依然として必要である。台湾のある労働関係研究所の学生は、サービス貿易協定の条文に労働基準条項(または「社会条項」)を加えて、資本と商品の自由化の加速によってもたらされる労働者への影響を緩和すべきだと提起している。
このような議論はすでに二〇年前に欧米で行われており、北米自由貿易協定(NAFTA)およびEUにおいて社会条項を加えることに、欧米の労働組合は成功している。しかし二〇年後の今日、欧米の労働者は何らかの保障を得られたであろうか? もちろんそんなものはない。
自由貿易協定の目的は、労働条件および環境保護の各国の法律(彼らはそれを「貿易障壁」と呼ぶ)を撤廃することにあるのだから。これらの協定に社会条項を書き加えることで労働者を保護できると考えるのは、狼に羊の番を任せることにしかならない。
現在、欧米の一部の労働団体はこの種の主張は提起しなくなった。だが過去において、一国の範囲内での闘争では不十分であったが、現在においては、ますます不十分になっているがゆえに、これらの労働団体は、各国の労働条件のアップワード・ハーモナイゼーション(upward harmonization)のために労働組合が奮闘することを提起している。オランダの労働研究者ピーター・ウォーターマンが呼びかけた「グローバル労働憲章」運動や、アジアの一部の被服産業労働組合および労働団体が提起しているアジア賃金運動は、アジアにおけるすべての被服労働者の統一最低賃金の制定などを目標としている。
労働運動の国境
を超えた連合を
このような労働運動の国境を超えた連合は、まさに台湾と香港労働者が必要とするものである。自由貿易協定にのみ反対しているだけでは、中国、台湾、香港の底辺への競争には効果的な抵抗ができないかもしれないからである。たとえ自由貿易協定を締結せずとも、既存のルートを通じて、大中華クローニー資本主義は徐々に台湾を飲み込んでいくだろう。香港についてはいうまでもない。
それに対抗するには、政治的対抗策が必要となるが、それは前述の「人権憲章」のようなものではない。というのも前述の「人権憲章」は、基本的に労働者の人権を軽視し、中国における台湾資本家の利益の保護を重ねて述べているからだ。どうりで「人権憲章」には両岸の経済貿易関係が生み出した労働条件の底辺に向けた競争についての批判がないわけである。
だが、これもまた当たり前のことなのである。労働者の権利は自分自身でかちとらなければ、他人が代わりに権利を保障してくれることなどないからだ。さらに、台湾と香港の労働者は、自分自身の切実な利益をかちとることだけでなく、国境を超えた連合という視野を持ち、中国、台湾、香港における労働保障協定の締結を掲げ、労働および労働条件の大幅な引き上げを確実なものにしなければならない。このような労働保障協定を締結するまでは、一切の協定交渉を拒否する!と。
とりわけ、中国大陸の労働者の基本的市民権と労働三権の実現を支援することは重要である。なぜならそれは大中華クローニー資本主義の力を根本から削ぐからである。それが実現しなければ、香港と台湾の労働者の未来は憂いに包まれるであろうし、若い世代の未来にはさらなる暗雲が立ち込めることになるだろう。
もちろん中国、台湾、香港の支配者たちが同意することに幻想を持つべきではない。この目標が実現できるかどうかは、今回のサービス貿易協定反対の運動を上回る強力な大衆闘争のみにかかっている。そのためには自立した階級意識と国際的に連合するという視野を発展させていくことが必要である。
台湾のサービス貿易協定反対の運動は、一七労組の声明(※)を世に送り出したが、それは将来における自立した勢力の第一歩となるかもしれない。
2014年4月11日
(香港独立媒体ウェブサイトに掲載
http://www.inmediahk.net/node/1022209)
訳注
※17労組の声明の日本語訳は下記ウェブサイトなどに掲載されている。
http://www.chinalaborf.org/report/report14/report140405.html
▼筆者は退職教員、労働運動研究者、米誌「Working USA」編集委員。
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