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    かけはし2014.年5月19日号

百害あって一利なし


4.13 市民が国家戦略特区を検証


生活と権利、民主主義を
破壊する暴走に待った!


 


豊かな実践基礎
に中味濃い検証
三月二八日、政府は国家戦略特区諮問会議で、東京や大阪を含む六つの国家戦略特区を指定した。後に見るがこの国家戦略特区構想の狙いはただ一つ、人々の生活と権利を守っている規制の解体であり、それをまず突破口として特定の区域で実施しようというもの。その危険な一端は、大きな反発を受けていったんは引っ込められたかに見える「解雇特区」として、くっきりと姿を垣間見せた。しかしその実体は十分に知らされているわけではなく、その傍らで実施に向けた歩みだけが進められている。
この現状に警鐘を鳴らし立ち向かう草の根からの動きが始まっている。その一つが「危ない! 国家戦略特区」と銘打ったシンポジウム。四月一三日午後一時三〇分から東京ウィメンズプラザホールを会場に、三時間以上にわたって中身の濃い検証が行われた。
まず前大田区議の奈須りえさんによる、よく整理されたパワーポイントを使ってこの構想を批判的に解説した基調報告、そして現場での豊かな実績を裏付けとする鋭い補足的報告が続いた。
論者は、労働・雇用の側面について首都圏青年ユニオンの河添誠さん、医療について地域医療の観点から、佐久総合病院医師の色平哲郎さん、東京での問題について、都知事選候補者として直前の知事選を闘った弁護士でもある宇都宮健児さん、韓米FTAの経験に踏まえた問題提起として、立教大学教授の郭洋春さん、という個性豊かな陣容だ。東京の問題については、もやいの稲葉剛さんも会場から、都市再開発の規制解体が低所得者の住めないまちにする、と補足した。
これらの報告の後、五人の報告者が会場からの質問や意見を交え熱の入った意見交換を繰り広げ、問題がさらに掘り下げられた。明らかにされた問題をいくつか絞って紹介する。

「規制緩和の突
破口」との公言
まずこの構想がもっぱら規制緩和を目的としたものであることが、奈須さんから説得的に解説された。国家戦略特区諮問会議の中心に座っている竹中平蔵自身、「規制緩和の突破口」と公言しているという。その大義は「経済成長」とされるが、実態は企業利益最大化であることも強調された。
この問題でもう一つ重大な指摘は、規制緩和の対概念のように常に持ち出される既得権益層なるものが、今回の場合ますます露骨に、法で守られた一般「国民」以外ではなくなっていること。「岩盤規制」という表現がそれゆえ押し出されていることが強調された。そしてこのことを推進側の竹中などが明確に意識しているがゆえに、後に取り上げる民主主義破壊が必然的に一体化することになっている。
奈須さんはこれらの結果としての風景変化を、東京一極集中のまちづくり、非正規化・最低賃金形骸化の雇用、公立学校民間委託や株式会社立学校の教育、法人税・所得税減税の税制、農地の株式会社保有や農協への独占禁止法適用としてまとめた。

最賃はずし、解雇
指針の雇用破壊
この中で奈須さんが特に具体的な例として取り上げたのは、人口二万六〇〇〇人の養父市(兵庫県)がこの特区に指定された意味だ。ここでは、各自治体が高齢者の生き甲斐対策の特例として、週二〇時間以内最低賃金以下で実施しているシルバー人材センターの仕組みを、二〇時間という制限を外し恒常的な高齢者雇用に拡張する計画があるという。補助金付でこれが成功と宣伝し、それをテコに全国的な最賃空洞化に進められる、それが奈須さんが強く危惧していることだ。
この奈須さんの危惧を補強するもう一つの仕組みがすでに導入されていることを付け加えておきたい。それは生活保護の改悪とセットで昨年成立させられた生活困窮者自立支援法だ。その中では自立就労に橋渡しする事業として中間的就労なるものが類型化されているのだが、そこでは労働者性があいまいであり、人材供給業者の介在が可能とされていることと相俟って、最賃以下での労働者派遣が合法的に行われると危惧されている。
いずれにしろ、最低賃金制度に穴を開ける仕組みがそれと分からぬ形で用意され始めた可能性は高く、十分な注意が必要になっている。
さらに河添さんは「解雇特区」がどのようなものだったかを説明、前述のようにその露骨なごり押しは後景に引いたもののそこで示された考え方こそがこの構想をよく示すと強調。その上で、その考え方が迂回策として、判例紹介だけとの名目で「雇用指針」ならぬ解雇指針まがいのものにまとめられていると注意を喚起した。
実際それを裏書きするように、この指針に関しては四月二三日の雇用共同アクション集会でも、講演を行った萬井隆令さんから、判例の紹介の仕方に、解雇乱用に釘を刺した部分の意図的な削除など、看過できない歪曲があると警鐘が鳴らされた。
今回の検証は、国家戦略特区を突破口とする規制解体の主要対象に雇用があることをあらためて明らかにした。この構想に対する民衆的反撃への労働運動の意識的合流がより一層必要になっている。

特権的少数への
所得移転が狙い
郭さんは、韓米FTAの経験に踏まえ、米国も、特区からの非関税障壁崩しを狙いとして、特区とTPPを一体のものとしてこの構想を歓迎している、とまず指摘した。
その上で特区手法について、本来は途上国向けの開発手法、すでに世界には五〇〇〇の事例があり、成熟社会であり新参者である日本では成功しない、と提起した。これは会場を交えた一つの議論を呼び、深めるべき一つの問題が浮上した。つまり国家戦略特区構想の建前的大義とされている「経済成長」は実はまやかしであり、推進側の本当の目的は別のところ、すなわち一握りへの富の集中にある、という問題だ。そうである限り、この構想に対する経済成長に結びつかないというだけの批判は、闘いの筋を違えることになる。
議論は、GDPの奪い合いという側面への直視、成長執着からの脱却、社会的再配分問題などをめぐって、活発に交わされた。
この論点はある意味で、七〇年代末以来続く新自由主義の問題につながっている。新自由主義の構造改革は実際のところ、特にこの「改革」がどうしても必要だと力説されてきた帝国主義先進工業諸国で成長回復に結びつかなかった。それはこの改革が三〇年以上続いてきたそれら諸国の現状がはっきり物語っている。しかしこれら諸国の支配階級は、そんなことには少しも動じることなくあくまで新自由路線に邁進している。
本当の目的は他にある、と言う以外にはない。そして結果としてはっきりしていることは、この期間彼らの実入りが格段に増大し、社会的格差が一貫して拡大したという事実だ。
国家戦略特区構想を含め安倍政権の「成長戦略」との闘いに向け、それは何との闘いなのか、このシンポジウムは深く考えるべき問題をあらためて浮き彫りにした。

「火事場」口実
に民主主義破壊
重大な問題として明らかにされたこととして、最後に民主主義への敵対を取り上げたい。
まず奈須さんはこの構想の特異な進められ方として、一国の中へのまったく異なるルールの持ち込みが、しかも竹中自身が「ミニ独立政府」などと表現する、国家戦略特区諮問会議と国家戦略特区地域会議という、ごく少数の推進側だけに閉じられた、そして選挙に拘束されないメンバーによる意志決定の下に行われる仕組みを指摘した。
この民主主義に反するあり方については彼ら自身が明確に自覚していることであり、ワーキンググループの議事録には、「平時では絶対にできない」「火事場だったからできた」「今も火事場だという認識をつくる必要がある」などと記されているという。
シンポジウムでもたとえば宇都宮さんは、この構想を、法の下の平等を規定した憲法一四条、また特定地域に適用される特別法にはその地域住民の住民投票による過半数同意を要件としている憲法九五条に抵触する憲法違反と強調し、それが一つの法的な闘いの場になる可能性があると指摘した。竹中自身の「法律論上は難しい問題を含んでいる」との発言も紹介された。
いずれにしろ重大なことは、紹介した推進側自身の言明が明瞭に示すように、見てきた民主主義に反するあり方が竹中以下の推進勢力による確信犯的なもの、つまりは意識的民主主義破壊であることだ。それはこの構想が民主主義と両立不可能な極度の反民衆的構想であることをはっきり示している。
国家戦略特区関連法は、昨年一二月会期を閉じた臨時国会で、特定秘密保護法を巡る激突の陰に隠され、どさくさ紛れに超特急で成立させられた。この構想の重大な数々の問題点は、国会の場においてすら実質の検討は行われなかった。民主主義を邪魔物視する竹中以下、そして安倍政権にとっては、それこそが望ましいものだったに違いない。
国家戦略特区構想はあらゆる側面において、まさに百害あって一利なしだ。推進側の思うがままに進めさせてはならない。安倍政権に対する民衆的反攻とつなげ、問題を広く伝えることを出発点に、あらゆる可能性をとらえ押しつぶす道を切り開こう。   (神谷)

討論 東京都知事選結果をめぐって

「たかが選挙」に一言

天野恵一(再稼働阻止全国ネットワーク事務局)

 

 前号(5月5日号)の都知事選討論、林一郎さんの投稿への天野恵一さんの意見を掲載します。再稼働阻止全国ネット事務局の一員としての立場からの意見です。今回の投稿をもって、本紙上での都知事選結果をめぐる討論はひとまず終わりにします。
                                  (編集部)

 

 「かけはし」紙上の「東京都知事選挙結果をめぐって」の連載を、ボンヤリと読んでいた。
 私には、直接的な関心事ではなく、幸い東京都民ではなくなっていたため、どちらに投票するかをつめて考えるなどという機会もなくすごしてきた。ゆえに久々の、この運動の中の切実な政治論争に、やや第三者的関心をよせていたにすぎない。だから、長い運動の中での友人である高橋寿臣が突然登場し(4月28日号)、いかにも彼らしい「自己分裂」的主張を正々堂々と展開しているのに驚かされることはあっても(「今回はたかが選挙とわりきり細川支援に一本化」というのが反原発運動の筋だったのでは、と強調しつつ、自分は「左翼」的選択で宇都宮に投票したと公言しているのだから、「分裂」してるだろう)、自分も投稿などということになるとは夢にも思っていなかった。
 さて、私は高橋論文に、〈反原発という課題からのみではなく私たちが担い続けてきた反天皇制・反戦という課題の方から考えたら「細川―小泉支援」などという選択は、思想的・運動的自殺行為だよ……〉などと、高橋にとっても自明の主張を、ここで示すためにペンを持ったわけではない。
 「経産省前テントひろば」に活動の軸足を置いて「再稼働阻止全国ネットワーク」を活動範囲であるとする林一郎の以下の発言(5月5日号)を眼にしたからである。
 「今回の都知事選挙においては、テント、阻止ネットの活動家はほぼ細川支援であり、反原連のコアメンバーは共産党との関係で微妙な位置にありながら細川支持であった。その理由は『共産党に支持された宇都宮では勝てない』というものであり、何としても『脱原発を掲げる候補に勝利して貰いたい』ということがあった」(強調引用者)。
 私は「反原連」はもちろん、テントがどういう選択をしたかについて、具体的にはよく知らない(だから、それについてはとやかく言う気はない)。しかし「阻止ネット」は、スタートの時点から事務局メンバーとして動いてきたので、この発言には、ひどく引っかかった。ヒドい政治的誤解のタネにならなければよいがと、思わざるをえなかったのである。私は「阻止ネット」(事務局)に「細川支援」に動いた人が多かったという事実はない、などと主張したいわけではない。しかし、私は事務局会議で、こう発言したのをよく覚えている。
 「感情的シコリが残る分裂選挙になるのは、まちがいない。『ネット』として、どちらの候補を支持すると立場表明する義務も必要もない。選挙は、組織的には関係ないという方針ですすむべきだ」。
 それは、「ネット」(事務局)メンバーが、個人としても自分の属するグループとしても、特定の候補を支援する活動をするのは勝手である。しかし反原発再稼働の一本で集まっている「ネット」の活動とは無関係にすべきだ、という論理であった。もちろん「たかが選挙」で運動を分裂させてたまるかとの〈原則〉的気分が、そういわせたことはまちがいない(誤解なきように言っておくが「ネット」としてこぞって特定候補を支持するということが、運動全体にプラスと判断できる局面ではありうるだろう)。入れる候補が不在のため、地方の選挙ではやむなく共産党候補に入れるという、若いころには考えられない選択もしている私の「たかが選挙」という言葉は、選挙の結果が持つ政治的重さを無視した反議会主義者の主張ではないつもりだ。そして、私の発言に誰も異論をはさむことはなく会議は終わり、直後に持たれたネットの全国会議でも、選挙討論は正式の議題からはずされ、交流会の場で自由にという配慮がなされたはずである。さらにこの原則は「ネット」の活動の場では、今こそ生き続けているはずである。
 各地の原発立地を含めて反原発「分裂」選挙は、今後いくつでも生まれるだろう。しかし、選挙の分裂がそのまま反原発再稼働の大衆運動自身の分裂をもたらす、そういう愚を、自覚的に回避させる活動こそが、今、本当に必要ではないかと思い、あえて投稿させていただいた。ここでの討論も、つまらない人格非難合戦にならないように、冷静な事実に基づく論理的批判がクロスすることを願う。


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