資本主義のおくりびと〜
立ち上がる中国の労働者たち (下)
永井 清隆
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階級戦争の
犠牲者たち
一九五二年から二〇一一年の労働者階級の推移を示したグラフをみれば、農民工が八〇年代から増加していき、この三〇年で二億人を超す規模になったことがわかる。これほどの短期間にこれほどの規模で労働者階級が生み出されたケースはない。もちろんこの短い歴史においても農民工らが被ったさまざまな苦難の歴史は、まるでエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状況』を彷彿とさせる。あの時代にイギリス・マンチェスターで起こっていたことが、現代の中国で起こっている。資本主義は変わらない。エンゲルスは労働者がさまざまな形で「収奪」されていると告発した。中国の農民工も同じように収奪されていると告発する研究者もいる。
農民工をめぐる深刻な収奪のひとつは、人身の自由が極度に制限されているということだ。都市部に出てきた農民工の人たちは、身分証明書がない、住所がない、安定した収入がないという「三無」のどれかひとつにでも当てはまれば、都市治安管理の職員や警察に拘留、収容され、地元の農村に送り返すという収用法があった。
当局の都合によって摘発キャンペーンが繰り返しおこなわれ、農民工は犯罪者の予備軍と考えられていた。この法律は一〇年ほど前に撤廃された。ひどい事件があったからだ。二〇〇三年三月、深?で働いていた孫志剛さんはたまたまその日、身分証明書を持参していなかったことから警察に拘束され、翌日留置場で死亡した。警察の暴行で死亡したのだ。これが社会的な問題になり、六月には収用法が廃止された。孫さんをはじめ多くの農民工の犠牲のうえに、やっと人身の事由を差別的に制限してきた法律が廃止されたといえる。
農民工に対する
深刻な収奪構造
農民工は未払い賃金の被害も多い。建築の現場では、年末に一括してお金を払うケースが多いが、ピンはねや不払いなども多発しており、支払いを求めた労働者への暴行もある。逆に労働者による絶望的抵抗もある。二〇〇五年五月の王斌余事件もそのひとつだ。年度の途中で実家に帰ることになった王斌余が賃金の清算を要求したが、親方が支払わず、逆上した王斌余は親方を含む四人を殺害し、死刑判決。王斌余のケースは中学を卒業してから二〇年もの農民工人生を歩んできた典型的な農民工であり、中国の経済建設にも貢献したにもかかわらずその恩恵を受けることができなかったなどなど、社会的にも同情の声が多く、死刑執行猶予の嘆願などが行われるが刑は執行された。市場経済における労使関係の基本である賃金においても、不払いというよりいっそうの収奪が広範囲に存在している。
中国の労働法で労働時間は一日八時間、週四四時間と決められている。しかし中国沿海部の工場では低賃金、出来高払いなので長時間労働にならざるをえない状況が蔓延している。過労死もある。「世界の工場」として厳しい市場競争のなかで急なオーダーや悪条件での生産システムに収奪されてきたのが農民工といえるだろう。
長時間労働の蔓延は労災や職業病の蔓延を促す。低コスト生産による安全防護措置の軽視も深刻だ。職業病や労災を予防する労災職業安全衛生に関する法律も整備はされているが、膨大な労災や職業病の発生には追いついておらず、労災隠しなども深刻だ。二〇〇九年六月の劉漢歓事件を紹介したい。劉漢歓は台湾系企業で片腕を切り落とす労災に遭う。正当な補償金、解雇手当の支払いが低く抑えられ先送りにされる中、台湾人経営者らを殺害する。中国沿海部の製造業を襲ったリーマンショックの影響で、外資を含む製造業は厳しい状況にあったことなども影響している。
香港の労働NGOが出版した『健康と尊厳のための闘い カドミウム被害の女性労働者』に紹介されているケースを紹介したい。二〇〇四年、中国広東省にある香港資本のバッテリー工場で、多くの女性労働者らのカドミウム含有量が基準値をオーバーが発覚し、労働者らが北京への陳情や集団訴訟を通じて正当な補償を求めた。香港のNGOの協力で本社行動なども行われたりした結果、二〇一〇年に一定の経済補償を勝ち取ることができたが、健康への不安は今後も長年にわたって続く。労災を隠そうとする企業や地元政府の妨害をはねのけて集団で活動が続けられたこと、また企業内の労働組合など既成組織がまったく役に立たないことなどがこの本では紹介されており、注目に値するケースといえる。
広東省、抵抗の
ホットスポット
二〇〇八年に施行された労働契約法を契機に、労働仲裁機関が受理する紛争件数が増加していく。それまでは年間三〇万件余りだったのが、二〇〇八年には七〇万件に迫り、現在まで六〇万件前後で推移している。労働契約法に定められた解雇補償金をめぐる紛争が多いと思われる。ストライキ法はないので、ストライキの統計はないが、年間数万件は発生しているだろうという意見もある。
二〇一二年の労働紛争受理件数六四万件のうち、広東省二三・六%、江蘇省一八・二%、浙江省八・五%など。広東省は外資を含む自動車産業の一大集積基地であり、二〇一〇年のホンダストは広東省の仏山市で発生している。広東省の省都である広州市には日系を含む外資合弁の自動車最終組立工場を中心として、部品作業が広がっている。中国労工通訊(チャイナ・レイバー・ブレチン)の労働運動レポートによると把握している全国二七〇件の争議で広東省が一四二件でダントツのトップ。抵抗のホットスポットになっている。
中国が「世界の工場」になった大きな理由は豊富な低賃金労働力であるが、経済成長とともに名目賃金は上がっていく。賃上げの上昇率を中国全体のGDPの拡大と比較した場合、九〇年から二〇〇八年の間のGDPに占める報酬の割合、つまり労働報酬率は下がっている。GDPの拡大に応じて物価も上がっていく。賃上げはまったくそのスピードに追いつかない。このような状況について、マルクスは『賃労働と資本』のなかで「相対的労賃は増加したのではなく、減少したのである」と述べている。
「賃上げスト」の
政治的社会的背景
二〇一〇年五月のホンダのストライキは、このような「相対賃金の減少」のなかで発生した。仏山にあるホンダ部品工場は、変速機をつくるホンダ資本一〇〇%の子会社で、二〇〇〇人近い若い労働者たちが働いていた。そのうち七割近くが職業訓練校からの「実習生」という最低賃金以下で働く若年労働者であり、正規の労働者も職業訓練校あがりの青年たちで低賃金で働いていた。ホンダをはじめ中国に進出する自動車産業はリーマンショックを緩和するために政府が実施した財政出動や金融緩和の恩恵を受けて好調な業績をあげていた。
バブルによる物価高騰と好調な企業業績の一方で、変速機という自動車の中心部分を製造する若い労働者たちが低賃金に汲々としていたことがストライキの背景にあった。またそのような苦境に対して官製の労働組合はまったく対応しなかったこともストライキを誘発した理由のひとつであった。ストライキは二週間近く続き、自動車最終組立工場のラインまでストップ、地元メディアも大きく取り上げるなど、影響は拡大し、最終的には三二%の賃上げをかちとった。実習生らにいたっては七〇%の賃上げをかちとった。それほど賃金が低く抑えられていたということだ。
ホンダストの勝利を契機に、全土で賃上げストライキが発生した。また当事者能力ゼロの官製労働組合への批判も出始めた。一部の地域では労働組合委員長の直接選挙が行われたが、まだ官製労働組合への影響力は限定的である。
都市化政策に
対する抵抗
かなり景気のよい話だが、この間伝えられるストライキなどは、実際には工場閉鎖への抗議や解雇補償金の上乗せなど、そういう話なので、職場で拠点を作って団結を固めて闘争を拡大していくという攻勢的な話ではない。多発化する労働紛争に対して暴力装置は敏感に対応する。ごく最近では広東省深?市の工場移転に伴う解雇補償金支払いを求めるストライキで、街頭の陳情デモを扇動したとして一一カ月も不当に拘留されている呉貴軍さんのケースがある。
呉さんは十数年前から深?で働きはじめた典型的な農民工。近年では労災事件をきっかけに仲間の労働紛争を支援するなどの活動も行っていた。彼の逮捕に対する支援の輪は、職場を越えて深?、そして香港の労働NGOにまで広がり、呉さんを釈放せよという国際署名も行われた。最近やっと裁判が始まったというニュースが伝えられているが、長期拘留という弾圧は続いている。
多発する争議=「反乱する都市」の理由は、党指導部が進める産業構造改革があげられる。経済成長を牽引してきた沿海都市部の産業構造を、従来の労働集約型から転換することを中心とする改革だ。労働集約型、環境汚染、高エネルギー消費の製造産業を沿海部から内陸部に移転するというもの。それによって工場の閉鎖や移転に伴う争議が多発している。多国籍資本のグローバルな生産調整による合併や売却なども争議理由のひとつになっている。まさに「グローバル資本主義の工場」である。党の新指導部が新たに掲げる都市化推進の政策は、いまのところ上から与えられた制限された選択肢にとどまってはいるが、農民工の居住権を含む幅広い権利をめぐる闘争課題を押し出すだろう。
「指導的階級」に
のしかかる党
中国では労働者階級は「指導的階級」と言われてきたが、実際にはその上に君臨する共産党の存在がある。二億八〇〇〇万(そのうち一億五〇〇〇万は新たに組織された農民工)の労働者を組織する唯一のナショナルセンターである中華全国総工会の李建国主席は、共産党のトップ二五人の政治局員の一人でもある。総工会に期待される役割は、労働者の合法的権利を擁護するということのほかに、生産活動への貢献がある。それは資本主義企業内においても変わらない。つまり生産を阻害するストライキなどもってのほか、ということである。総工会に求められる最大の役割は今も昔も変わらない。それは「党と労働者の紐帯」である。権威主義的な党のもとでは、それは党の方針を一方的に労働者に貫徹させることになる。九〇年代の民営化もそうであった。民営化方針に反対した官製労組はひとつもない。逆に民営化を貫徹させる役割を担った。
二〇一〇年ホンダストライキの際の労働者の要求のひとつが、労働組合役員の改選だった。上級機関から指名された組合執行部が労働者らの切実な要求になんら応えないことに対する批判だった。その後、広東省の総工会が専門チームを派遣して労組役員の選挙が行われたが、労働者の要求を吸い上げる形での労使協調型の活動に誘導する形での指導が行われた。総工会はこれをモデルとして労使関係を刷新しようと考えているようだ。この方針がどのように貫徹され、また反発を受けるのかなど、今後の観察が必要だろう。
防衛的抵抗をは
じめた官製労組
最近ニュースになった中国ウォルマート労組のケースは、総工会の新たな取り組みへの反発が、労働者の側からではなく、資本の論理の側から発せられたというところに特徴がある。中国のウォルマートでは二〇〇六年から総工会、地元政府、そして経営者らの「ボス交」として組合作りが進められた。反労働組合で有名だったウォルマートがはじめて労組を認めたと話題になった。
今年三月、そのウォルマートで閉鎖にともなう争議が発生し、労働組合が争議の旗を振っている。全国四〇〇店舗のうち営業不振の二〇店舗を閉鎖することが突如発表され、閉鎖対象のひとつであった湖南省常徳市の店舗の組合員一四〇人が分会として座り込みや街頭アピールや陳情などを展開している。中心になっているのは分会長で、それを支援する労働弁護士や労働NGOの存在がある。分会長はAFL―CIOにも支援要請の書簡を送っている。分会として上部機関、政府部門に支援を要請している。総工会という機関を活用した紛争解決が労働者の団結と闘争にどのような影響を与えるのか、注目すべき闘争のひとつといえる。
総工会は依然として党から労働者への一方的な「紐帯」機関であるが、グローバル資本主義の混沌が渦巻くなかで発生する労働者の抵抗は必然であり、抵抗を一方的に抑え続けることは不可能である。総工会の存在のあり方そのものも変革を迫られるだろう。
労働組合の完全
かつ無条件の独立
トロツキーの遺稿のひとつに「帝国主義衰退期における労働組合」がある。その一部を引用したい。「全体主義的ないしは準全体主義的国家では、労働者階級に対する影響力をめざす闘いは、民主主義的国家におけるよりもはるかに困難極まりないものである」。
「労働組合が直接あるいは間接に労働者国家に依存しているというだけで、あるいは官僚がこれらの労働組合内における自由な活動の余地を革命家たちから奪いさっているというだけで、全体主義的あるいは準全体主義型の労働組合内での組織的活動をあきらめるわけにはいかない」「全体主義的あるいは準全体主義的な労働組合内においては、陰謀的でないいかなる活動の遂行もまったく、あるいはほとんど不可能である。ブルジョアジーにたいしてのみならず、労働組合それ自身の全体主義体制やこのような労働組合体制を実現している指導者達にたいして大衆を動員するために、われわれは各国の労働組合に依存している具体的諸条件に適応しなければならない。この闘争のための第一のスローガンは、『資本主義国家との関係における労働組合の完全かつ無条件の独立』である。このスローガンは、労働組合を労働貴族の機関ではなく、広範な被搾取大衆の機関にするための闘争を意味するのである」。
このような展望が可能かどうかは議論の余地はあるが、厳しい状況において活動する中国の活動家たちを想起するヒントとしたい。
(時間の都合上、広東省を中心とする珠江デルタ地帯におけるサプライチェーンの展開と労働者階級の闘争の現状、釣魚島/尖閣諸島問題と労働争議の状況をいかにつなげて考えるかなど、日本の労働者階級の任務は展開できなかった)
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