討論
原発立地から「一本化」求める声
日米支配者の原子力政策に
対決する陣形構築のために
林 一郎
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私を取りまい
ていた状況
私は今回の都知事選挙では東京北部の○○区において宇都宮選挙を闘い抜いた。宇都宮氏の一回目の都知事選においても地域の市民運動の仲間二〇数人と共に闘い、今回もほぼ同じ陣形での闘いであった。
しかし私の知らないところでの宇都宮か細川かの葛藤を抱えた人もいたであろう。私にしてみれば細川陣営の立ち上がりはあまりに遅く、地域での宇都宮選挙はどんどん進んでいる状況であり、舛添の陣形もできつつあった。当然のように私は大切な地域の仲間と共に宇都宮選挙を闘った。そして何よりも小泉純一郎元首相が細川陣営の中心にいることが許せなかったし、左翼原則主義の意識が宇都宮を支持させたのである。
小泉は当時の小泉政権時においては強力な原発推進論者であり「原子力立国」路線にもとづき「原子力政策大綱」を閣議決定(05年10月)し小泉政権の「骨太方針」の一つとして位置付けられた。その内容は、既存原発の六〇年運転、二〇三〇年以降の原発依存率三〇〜四〇%の維持、つまり新規原発の増設、プルサーマル計画等の核燃料サイクルシステムの強化、核廃棄物処分場の確保、原発メーカーと一体化した海外原発輸出と官民共同の「次世代原子炉開発」、ウラン資源確保、原子力行政の再編と交付金増額による地元対策、等でありまさに小泉は原発国策の大犯罪人である。つまり今回の東電福島原発の過酷事故の重大なる責任者の一人でもあるのだ。
そして小泉の原発政策に警鐘を鳴らす野党の追及に対して「いずれの原子力発電所についても、津波により水位が低下した場合においても必要な海水を取水できるように設計され、又は必要な海水を一時的に取水できない場合においても原子炉を冷却できる対策が講じられているものと承知している」(05年11月11日、衆議院小泉答弁)。
しかし小泉は自分の過去の政策の自己批判をどれほどしているのであろうか。 福島の原発災害の被害者に対してどれほどのわびを入れたのであろうか。被災者の血の出るような叫びを聞いたのであろうか。福島の地に足を踏み入れたのであろうか。その様な声は聞いたことがない。小泉の「脱原発宣言」はひたすら核のゴミ処理の問題であり、日本の戦略的な新エネルギー路線の問題であるのだ。小泉の新自由主義路線の問題だけではなく、原発問題についても、こうした事実を我々は確認しておく必要がある。 私の反原発運動の軸足は二〇一一年九月一一日に「経産省前テントひろば」(テント)ができて以来テントでの活動が中心であり反原連主催の金曜日行動にはほぼ参加している。また全国の原発現地のネットワークである「再稼働阻止全国ネットワーク」(阻止ネット)も活動範囲である。
今回の都知事選挙においては、テント、阻止ネットの活動家はほぼ細川支持であり、反原連のコアメンバーは共産党との関係で微妙な位置にありながらも多くは細川支持であった。その理由は「共産党に支持された宇都宮では勝てない」というものであり、何としても「脱原発を掲げる候補に勝利してもらいたい」ということであった。
都知事選は
全国選挙化
私のこの問題に関する考え方は佐藤隆氏とは違う。「阻止ネット」や「テント」の活動の中で全国から聞こえてくるのは「東京は何をしているのだ!」「なぜ原発反対派が分裂選挙をするのだ!」「現地で再稼働反対の闘いをしている人々の声が聞こえないのか!」という猛烈な声であった。そして何よりも福島現地の人々の叫びである。とくに福島現地で闘う女性たちの「一本化」要求である。
つまり細川が立候補したことにより都知事選挙は全国区の原発をめぐる選挙に変容したのである。全国の原発反対運動を闘う人々の声に応える運動になったのであり、全国の期待に応えなければならない運動であった。権力の中枢である東京都での知事選は特別なものであり、その影響力は安倍政権の政策に反映せざるを得ないものがある。これは安倍政権が一番理解していることであり、「新エネルギー基本計画」の閣議決定も選挙終了まで中断されたのである。そして舛添も「私も脱原発です」とぬけぬけと言い放った。それほど細川の立候補は全国の反原発を闘う人々の期待がかかったのである。一本化要求者の中には、広瀬隆氏、たんぽぽ舎の柳田真氏、テントの渕上太郎氏、前東海村村長の村上達也氏、湖西市長の三上元氏、原子力資料室の伴英幸氏等の名前も見ることができる。
それゆえに「1000万人アクション」の呼びかけ人である鎌田慧氏、澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さんは一本化ができないことは途中から分かりつつも最後まで全国の要望に応えようとしたのである。特に鎌田慧氏は「1000万人アクション」の顔であり全国の一本化要求の風を一身に受けたのであり、彼の行動は全国の意思である。そして細川の立候補はあまりにも遅すぎたし、また彼も一本化に応じる気はなく、一本化要求に「公開の場での話し合い」を要求する宇都宮もそれを受け入れる気持ちはさらさらなかったのである。
選挙後の情報によれば細川、小泉陣営が本当に選挙戦に勝つ気があったのか疑問に思うほど悲惨な選挙体制であった。「反原発」の風だのみ選挙と言われても仕方のない選挙戦であった。細川、小泉の選挙戦への意識はどうであろうが、佐藤隆氏が否定する「著名人、有名人」が脱原発運動に参加することは歓迎すべきことである。どのような世界の人々にも脱原発運動が広がらなくてはならないし、またそうでなければこの闘いは勝利できないだろう。
何を総括すべき
なのだろうか
今回の選挙において選挙民たる都民の意識はどのようなものであったのであろうか。都民はマスコミアンケートなどによると将来の脱原発の必要性を認めつつも、当面の生活課題としては「アベノミクス」による経済成長政策にすがる以外の「目の前の閉塞感」から脱却するすべを持たなかったのである。安倍政権は「経済の回復は目の前である」と繰り返しマスコミ報道をする。しかし細川陣営は「脱原発により日本経済の再生を!」と未来の話をする。都民も脱原発路線は長期的には選択すべき方向と理解をしつつも、目の前の安倍政権のまやかしに勝つことができなかったのである。しかも舛添の「私も脱原発である」という、まやかしの方便に都民は「安心して」自公推選の舛添に投票したのである。
今回の選挙戦において宇都宮は都市の貧困問題、老人医療、子育て問題、非正規雇用問題、原発問題、経済特区問題など東京都の抱える問題をトータルに提起し、まさに地方自治体選挙としての「都知事選挙」を闘い抜いた。それゆえに宇都宮陣営の敵はあくまで舛添であった。しかし細川=小泉陣営の敵は舛添の後ろにいる安倍政権であり、安倍政権の抱える将来にわたる原発推進政策との闘いであった。その意味で彼らの政策が「全国区」としての原発問題に限定したことは、選挙に勝つか、負けるかよりもこの挑戦をすることに意義を見出したのであろう。
それゆえに我々が総括すべきことは、「労働者統一戦線」(まっぺん氏)としての宇都宮を支持すべきであったのか、それとも日本資本主義の戦略物資としての将来のエネルギー政策をめぐり保守の分解を推し進める細川=小泉を支持すべきであったのか、という二者択一の問題ではない。脱原発をめざす陣営の分裂こそが原発推進派の望むことであり、この分裂は必ずや全国の反原発運動に負の要素を作り出す。安易な相手批判は慎まねばならない。我々に問われている問題はアメリカの核、原子力政策に深く組み込まれた日本資本主義の東アジアにおける「安全保障政策」としての原子力政策にいかに対決できる陣形を作り上げるか、という問題である。
当面我々は今年七〜八月に規制委員会基準に「適合する」という薩摩川内原発の再稼働を何としても阻止しなければならない。「阻止ネット」はそのために東京から伊方原発現地の「伊方の家」につづき「川内の家」という闘う拠点を作り上げ、現地の再稼働に反対する市民、労働者と共に闘いを進めている。今後我々はどの原発も永久に再稼働させない運動を全国の原発現地との共同の運動として作り上げなくてはならない。そして福島と共に、全国の原発現地を結ぶネットワークの強化が今、求められている。
こうした運動の中で今、原発現地五〇キロ圏内の地方自治体議員の原発再稼働に反対する行動が従来の保守、革新を超えて拡大しつつある。地方議会での再稼働反対決議を数多く作り上げなくてはならない。そして函館市の大間原発に対する建設差し止め訴訟は全国の力で支えなければならない。
こうした闘いの積み重ねの中で国会、官邸を数十万での民衆包囲を作り上げよう。また、「日本の安全保障」項目が挿入された「原子力基本法」を破棄し、脱原発をめざす「脱原発法」の国民的な制定運動と共に、二〇一八年七月に予定されている「日米原子力協定」の三〇年目の改定阻止の闘いにつなげよう。これらの闘いは、保守派も巻き込まねば「労働者統一戦線」だけでは勝利できないのである。
こうした運動の勝利のために保守の分裂を推し進め、細川=小泉とも敵対することなく広範な脱原発戦線を作り上げよう。
4.12止めよう柏崎原発再稼働
運転差し止め訴訟に支援を
東電と国の責任を厳しく問う
避難計画の問題
点と地質・断層
四月一二日、柏崎刈羽原発運転差止め訴訟原告・弁護団と柏崎刈羽原発運転差止め市民の会が主催して「福島を忘れない! 止めよう柏崎原発再稼働!東京集会」が、東京・日比谷図書文化館コンベンションホールで開催され、二〇〇人が集まった。
最初に柏崎刈羽原発をめぐる現在の状況を、地元三団体を代表して矢部忠夫柏崎市議が報告した。
矢部さんは東電による昨年九月の柏崎刈羽6・7号機再稼働に向けた「適合性審査」申請、「フィルターベント」による重大事故時の放射能強制放出、「原子力防災計画」と「避難計画」などに触れながら、自治体の避難計画には医療機関や高齢者等福祉施設入居者が含まれていないことを指摘し、「住民は被ばくなしで逃げられない」「たっぷり被ばくせよというのが国の指針だ」と糾弾した。この点に関しては泉田新潟県知事も「国の制度を見直さない限り有効な避難計画は作れない」「機能しない避難計画は作れるが、実効性が伴わない」と述べている、という。
さらに矢部さんは、「古くて新しい問題」としての原発敷地周辺の地層、地質、断層問題を取り上げ、「東電は、もともと原発立地などできない劣悪地盤に、ウソとごまかしで建設したもので、いつの場合も独立した第三者機関による調査ではなく、国策として推進するいわゆる原子力ムラと一体となって不都合な事実を隠してきた」と批判した。
首都圏の人々
はどう闘うか
中越沖地震そして福島第一原発事故を受けて、二〇一二年五月二三日「柏崎刈羽原発運転差止め訴訟」が提訴され、これまで五回の口頭弁論が行われた。各回ごとに福島の被害者原告が意見陳述を行っているが、東電側代理人は事故責任や賠償、被災地復旧などについてまともに向き合ってはいない。この訴訟の原告・弁護団の訴えを大西しげ子さん(原告共同代表)と和田光弘弁護士が行い、裁判支援の訴えを弁護団事務局長の松永仁弁護士が行った。「柏崎刈羽原発運転差止め訴訟市民の会」は原告一九〇人をふくめ、一三三五人が参加している。
最後に原発の電力を柏崎刈羽や福島に「押し付け」てきた首都圏の住民の決意を富山洋子さん(元日本消費者連盟代表委員)が表明した。
集会の後、東電本社前から数寄屋橋を通り東京駅近くまでのデモを、「柏崎刈羽の再稼働阻止」などの声をあげながら元気よく行った。 (K)
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