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    かけはし2014.年4月14日号

検察の証拠偽造疑惑が浮上


パク・ウォンスン(ソウル市長)つぶしのシナリオ?

危機に追い込まれた国情院の「公安煽り」


ソウル市公務員スパイ事件とは?

 ユ・ウソンさんは脱北者だ。華僑出身で中国国籍を持っていたが、北韓(北朝鮮)で暮らした。2004年に韓国に入国し2011年6月に脱北者への特別採用枠でソウル市の契約職公務員になった。2012年10月に脱北して中国・延吉で暮らしている妹を連れてきた。国情院合同審問センターに送られた後、妹との連絡が途絶えた。
 ユさんは2013年1月10日に逮捕され、2月26日に国家保安法違反の容疑で拘束・起訴された。2006年5月にオモニ(母)の葬儀を行うために北韓に行った後、北韓の国家保衛部に取り込まれ、脱北者数百人の情報を渡すなどのスパイ活動を行ったというものだった。オッパ(兄)がスパイだと自白したという妹は4月27日、民主社会のための弁護士の会(民弁)と共に行った記者会見で、国情院の職員たちから暴行・懐柔を受けて虚偽の陳述をした、と明らかにした。妹は中国に追放された。8月22日、ユさんは無罪判決を受け、検察は控訴した。

 映画「弁護人」で検察はE・H・カーの「歴史とは何か」が不穏書籍だという、ある研究所の鑑定結果を提示する。著者がソ連で長らく暮らしていたし、共産主義者が書いた本だと主張した。弁護士ソン・ウソクは、この研究所が国家安全企画部と住所が同一であることを明らかにする。そして英国外務省に依頼して手にした文書を取り出して読みあげる。「E・H・カーは英国を代表する外交官であり、英国が誇りとする学者だ」。
 この映画が扱った事件(1981年)の裁判の時にあったことではないけれども、別の事件の際に実在したことから取ったシーンだと言う。「確信」を「証拠」だとして包装する公安検察に立ち向かうために弁護士が探し出したのは先進国の権威ではない。「事実」だ。証拠は事実でなければならない。そもそも被告が本物のスパイだとしても、だ。

3つの文書と2バージョン


検察が「ソウル市公務員スパイ事件」の2審裁判に出した「会心の証拠」はすべて偽造されたものだと中国政府が明らかにするとともに波紋は大きくなっている。脱北華僑出身のユ・ウソンさん(34)の妹を暴行・懐柔し、スパイとして追い込んでいた国情院(国家情報院)が、容疑を無理やり立証しようとして証拠を偽造したのではないのか、という疑惑が提起されている。検察は偽造かどうかを知りながらも目をつぶったのか、それとも知らずに法廷に提出したのかも関心が厳しく向けられている。
裁判の核心的争点はユさんがオモニの葬儀以後も北韓(北朝鮮)に行ったり来たりしたのかどうかだ。検察は1審の際にはなかった「新証拠」を提示した。だが検察が証拠として出したユンさんの北韓―中国の出入国記録は、弁護人団が中国から取り寄せた記録とは違っていた。裁判所は駐韓中国大使館に、どちらが正しいのか確認してくれと要請し、中国大使館領事部は2月13日、次のように明らかにした。「弁護人が提出した文書(2件)の内容はすべて事実であり合法的な正式の書類だ。検事側が提出した文書(3件)はいずれも偽造されたものであり、偽造の公文は中国の機関の公文と印章を偽造した」。検察や国情院は偽造の事実を否認したが、それ以降に公開された諸事実は偽造の疑惑を裏付けている。
検察が提出した文書は大別して3つだ。かつ3つの文書ごとに、それぞれ2つのバージョンが存在しているのが特徴だ。
まず北韓―中国間の出入国記録だ。検察は昨年6月20日、外交部(省)と中国・瀋陽駐在韓国総領事館(以下、瀋陽領事館)を通じて「吉林省公安庁」に記録を要請したが、拒否された。2審の初公判を前にした9月末、国情院が出入国記録を送ってきたが、発給処の表示がなく、証拠として出せなかった。

システムの誤謬を利用し改ざん


検察は10月中旬、国情院からホルン市公安局が発給したという出入国記録(文書@)を2部、受け取ることになる。その1つ(@―1)は公安局の官印だけが押されており、もう1つ(@―2)には公安局の官印と公證処の官印が押されている。検察は10月24日、瀋陽領事館に「ホルン市公安局に出入国記録(@―2)を発給したという確認書をもらってくれ」と要請した。出入国記録を公式の手続きを経て受領したものではないがゆえに、瀋陽領事館を通して中国側の確認書を手にするという事後作業をしたものと見られる。
検察側の出入国記録はユさんに不利になっている。ユンさんは2006年、オモニの葬儀を行った後、5月27日午前10時24分に中国に戻ってきた。このことについては食い違いはない。ところが検察側の文書にはユさんが同じ日の午前11時16分に再び北韓に行った後、6月10日に中国に戻ってきたことになっている。中国政府が正しいと認めた弁護人団提出の文書には2回とも「中国に出てきた」となっている。中国政府は、よくあるシステムの誤りにすぎず、北韓との間を行ったり来たりを繰り返した事実はないという弁護人側の文書が正しいと発表した。結局、システムの誤謬によって「出―入―入―入」の順で不自然になっている文書を、検察や国情院が「出―入―出―入」へと変えたのではないのかとの疑いが提起される。そのように記録されていてこそ、ユさんが北韓に行ったり来たりを繰り返したことになるからだ。
検察が、発給処の表示がなくて証拠として出せなかったと発表した文書にも「「出―入―入―入」の順序で書かれている。国情院は捜査の過程でも「出―入―入―入」の順序で書かれた資料を根拠にユさんを追及したと言う。検察は1審の公訴状で、ユさんが豆満江を越えて北韓に渡ったと主張していたが、北韓に出て行った「出」の記録がなかったためだと思われる。ところが検察は2審で「出―入―出―入」へと順序が変わった文書を提出するとともに、豆満江を渡って行ったのではなく、正式に出国したと主張を変えた。検察が本物の記録を確保しても、つじつま合わせをした後に証拠として出した可能性を見せつける。
検察側の文書はユさんの旅券記録とも合わない。たとえばユさんの旅券記録には2003年9月15日、北韓から中国に帰ってきたことになっている。だが検察側の文書では逆になっている。問題となった2006年5月27日の記録だけではなく、ユさんの出入国記録全体に現出したシステムの誤りを全部「出―入」の順序が自然になるように変えるものだから旅券記録と合わなくなったものと見られる。検察はユさんの中国旅券を持っていない。検察関係者は「旅券記録と我々が提出した記録になぜ違いが出ているのか、我々も説明ができない」と語った。
文書の様式や印章に押された担当部署の名称も異なる。延辺朝鮮族自治区公安局が発給した弁護人側の文書にはユさんの生年月日、戸籍、住所地、身分証番号などがすべて書き込まれているが、検察側の文書には生年月日だけがある。発給処が、なぜユさんとは何の関係もないホロン市公安局なのかも疑問だ。

「でっちあげの誘惑」も…

 2番目はホルン市公安局が出入国記録を発給したという確認書(文書A)だ。検察が瀋陽領事館に要請し、瀋陽領事館が昨年11月27日にホルン市公安局から受けて検察に送った。この文書もまた2つのバージョンが存在し、マッチュムポプ(言葉をハングルで表記する時、守るべき一定の規則。綴字法、正書法)が間違っている部分もある。
この日の午前9時20分に受信された文書(A―1)は瀋陽市の番号が付けられている。午前10時40分に受信された文書(A―2)はホルン市公安局だ。検察は「ホルン市公安局が最初にファックスの発信番号を打ち間違えて送ったのであり、問題となりかねないので公式のファックス番号で再度、送ってくれと要請した」と解明した。ところが検察は、番号が間違ったというA―1の文書を12月6日に裁判所に提出した後、この文書と同じ日に受けとったA―2の文書を12月13日に再び証拠として提出した。この部分については特段の解明はない。
最大の疑惑は、瀋陽領事館が公式の手続きを踏んで中国の機関から発給されたとする文書Aについても、中国政府が偽造だと明らかにしたことから生じる。特に外交部は自分たちが承知している文書が裁判に提出されたものと同一のものなのかについて「確認してやることはできない」として答弁を避けている。同一だとすればホルン市公安局が偽造文書を送ったということになるので説得力が減じることになり、同一でないならばホルン市公安局が送った公文を誰かが偽造したか、あるいは送ってもいない公文をでっちあげた、という話になる。弁護人団は誰かが公文を偽造して瀋陽市からファックスで送った後、発信番号が誤って記載されるのを後になってから気づき、再び送ったのでないのかと疑っている。
3番目の文書は、国情院がサムハブ税関から受け取ったという「状況説明についての答弁書」(文書B)だ。弁護人団がユさんの出入国記録にシステムの誤謬があるというサムハブ税関の状況説明書(11月26日発給)を提出した後、サムハブ税関から「(システムの誤謬ではなく)作業者の入力錯誤によって『出』と『入』の記録が変わった可能性が極めて大きい」という正反対の内容の答弁書(12月13日発給)を受け取った。検察の「出―入―出―入」の主張とぴったり符合する内容だ。パク・ポムゲ民主党議員は「この答弁書もまた、原本と推定される文書には領事の印章がないのに、数日後、領事の印章が押された答弁書の写本が提出された」とし、偽造の可能性を提起した。
偽造の疑惑が次々に提起されると、該当各機関は「爆弾回し(責任のなすり合い)」を行った。検察は国情院から受け取ったと言い、国情院は瀋陽領事館から得たと語り、ユン・ビョンセ外交長官は「文書Aのほかは知らない」と言い、ファン・ギョアン法務長官は「文書3件のいずれも外交経路を経由した」と語った。
疑惑のまなざしは国情院に注がれる。文書@と文書Bは国情院が入手したものであり、瀋陽領事館が受け取ったという文書Aと関連しても、外交官が外交摩擦をもたらしかねない公文書偽造に関与する可能性は大きくないからだ。2月21日、国会に出席したチョ・ベクサン瀋陽総領事は、文書@と文書Bについて「(国情院職員である)イ某領事が関係する情報機関が獲得した文書について内容を翻訳し、確認した個人文書」だと語った。イ領事に文書を渡した人物も国情院職員と推定される。
このようなことが繰り広げられた理由についても、さまざまな主張が展開されている。ソ・ヤンギョ民主党議員は2月20日の国会本会議で「国情院がパク・ウォンスン・ソウル市長をつぶそうとしてスパイねつ造事件を作り出した。国情院が主犯」だと主張した。ユさんはオ・セフン前市長時代に特別採用枠で採用されたけれども、「スパイ事件」が起こると、当時の保守・極右団体は「パク・ウォンスン・ソウル市長はスパイ事件の責任を取って辞任せよ」と叫んでデモを繰り広げた。大選(大統領選挙)への介入によって危機に追い込まれた国情院が2007年の南北首脳会談の対話録公開、イ・ソッキ議員への内乱陰謀罪などによって引き続き「公安煽り」をしてきた延長線上で判断する見方もある。公安煽りが激しくなればなるほど実体のない捜査や「でっちあげの誘惑」から脱け出しがたいという理由からだ。

野党は国調、与党は国情院擁護

 検察は「セルフ捜査」を提唱して乗り出した。2月18日、大検(最高検)真相調査チームが構成された。偽造疑惑を受けている国情院の協力を得て真相を究明すると言う。各野党は国政調査と特別検事制(注)、国情院の捜査権の廃止・移管などを要求しているけれども、与党セヌリ党は国情院への心配ばかりだ。「どのようにして求めたということをすべてさらけ出して話すこと自体が、国情院の情報活動が露出されるのだ。極めて危険なことだ」(キム・ジンテ議員、2月19日、YTN)、「国民的関心事ではない事件ですよ、率直に言って」(パク・ミンシク議員、2月20日、CBSラジオ)。強圧捜査と証拠偽造によって人生がメチャメチャになった脱北華僑の兄妹は、苦しみが去って再び出会い暮らしていけることだけを待っている。「再び昔に戻ることができるかは分かりません。私ども家族と私を苦しめるのは、もうやめにしてくれればと思います」(ユ・ウソンさん、2月16日記者会見)。(「ハンギョレ21」第1000号、14年3月3日付、イ・ジウン記者)

注 特別検事制 政治的に中立が求められる事件の捜査において、独立的な権限を有する特別検事を任命し、捜査ならびに公訴の維持を担当させる制度。



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