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    かけはし2014.年4月14日号

東京都知事選結果をめぐって


討論

脱原発勢力の分裂と一本化問題 (上)

―― 民主主義貫く運動こそ不可欠

佐藤 隆


 本紙上で、東京都知事選をめぐる反原発運動の「分裂」をめぐって、細川候補を支持した人をふくめて論議が行われている。安倍政権の下での緊迫した政治状況において、異なった判断に関する論議を発展させていくことが必要である。地域で宇都宮選挙を闘った同志からの意見を掲載する。(編集部)

 二月九日投開票の東京都知事選挙をめぐって、運動圏では今なお火種がくすぶっている。脱原発運動を担う勢力が、知事候補者である宇都宮健児元日弁連会長を支援する側と、細川護熙元首相を支援する側の二つに分裂したからである。
 私は宇都宮陣営で選挙を闘った。本紙三月三日号に掲載されたコラム「都知事選と市民運動」は、地域の仲間とともに行動した数日間を振り返ったものだ。
 この文章に対して、二人の読者から批判が寄せられた。まっぺん氏(以下M氏・三月一七日号)は私の文章を「感情的で不正確」だと非難し、林一郎氏(同二四日号)は「感情任せの意見では情けない限り」などと切り捨てた。批判者への回答と若干の選挙分析を、以下に書きとめておく。(文中敬称略)

(1)投票率の低下


記録的な大雪に見舞われた二月九日の投票日。投票率が下がれば、組織票頼みの自民・公明に有利になると囁かれて久しい。いざ蓋を開けてみれば四六・一五%で過去三番目に低い数字となった。直前三度の都知事選では、回を追うごとに投票率が上がっていたが、初めての単独選挙となった今回は一転した。有権者の関心は高まらなかった。
東日本大震災による未曾有の原発事故以降、紙面で脱原発の方針を鮮明に打ち出し、活動家に絶大な支持を得ている東京新聞は、「争点は原発」と論陣を張り、熱心に投票を呼びかけてきた。一月一三日付同紙は世論調査の結果として「93%が投票に行く」と一面トップで伝えていた。あまりに希望的な観測だった。
天候だけが政権与党を利したのではない。猪瀬直樹前都知事の突然の辞職で異例の短期決戦になったこと。そして何よりも、候補者による政策論争がほとんどなかったことが、都民を白けさせていたのだ。
一月一七日。東京・荒川区内で「希望のまち東京をつくる会 荒川勝手連結成集会」が開かれた。この集まりで、宇都宮健児選対副本部長の高田健さんは、次のように語った。
「前回は衆院選と同時期で力が分散された。そんな逆境で宇都宮候補は百万票を取った」。「原発が争点として隠され、他の候補は論争から逃げている。細川の裏には財界の反主流派がいる。なぜ一本化なのか。私の周囲からは許せないと声が上がっている」。「『負けるに決まっている』との言い分には根拠がない。宇都宮は負ける候補ではない。最後に頭一つ出るはずだ」。
会場には地元の共産党区議やその支援者らも駆けつけ、他の地域団体と並んで発言。共闘関係を確認した。

(2)立候補者たち


猪瀬直樹前東京都知事が、徳州会から五〇〇〇万円を受け取っていた事実に端を発した今回の失職劇。後任の選挙は、辞意表明から投開票まで、わずか二カ月足らずだった。
「主要四候補」のなかで最初に名乗りをあげたのは、猪瀬が当選した二〇一二年末の都知事選で次点になった宇都宮健児だった。昨年一二月二八日。暮れも押し迫った集会で出馬を表明。年明け早々の一月六日には正式に基本政策を公表。この頃はまだ細川の影も形も、候補者線上にはなかったという。
選挙では一般的に「後だしジャンケン」が有利とされている。他候補の出方を見てから戦略を練り、宣伝期間も含めたギリギリの日程で立候補を表明すれば、有権者に新鮮な印象を与えられるからだ。舛添要一候補と田母神俊雄候補は、一月八日に出馬を宣言した。
「原発ゼロ」を叫んで注目を集めた小泉純一郎元総理がバックについた細川護熙だが、正式に立候補を表明したのは告知日の前日夜。まさに究極の「後だしジャンケン」である。こうしてメディアが「主要四候補」と位置づける四人が出揃ったわけだ。
実は細川本人は、二二日のはるか前から立候補の意思を固め、その準備を進めていたらしい。「私の命、細川さんに捧げます」と熱を上げる作家の瀬戸内寂聴は、昨年秋以来続く細川との関係を、新聞紙上で告白している。舛添と田母神が名乗りを上げた一月一〇日頃には、宇都宮陣営にもその情報が入っていた。
立候補者は包み隠さずに自らの政策を正々堂々と市民に訴え、審判を仰ぐ。これが選挙運動の王道であり、民主主義の基本である。ところが宇都宮以外の候補は、待てど暮らせどそんな態度を見せようとしなかった。そのため、候補者が一堂に会するテレビ討論番組は軒並み中止。政策で競おうとする宇都宮陣営にも打撃となった。「舛添と細川は政策論争を徹底的に回避し、人気と知名度で突っ走ることを決めていた」。高田健さんは前述の集会で指摘していた。
記録的な降雪、ソチ五輪開幕、そして舛添の独走報道。候補者の訴えがまともに有権者に伝わらない状態では、世論の関心も投票率も、上がるはずはなかったのである。

(3)起死回生の自民党

 都議選の直前に行なわれた沖縄県名護市市長選、福島県相馬市市長選で敗北した自民党は、除名になった舛添を推すことに党内外からの苦言や抵抗もあったが、結局勝ち馬に乗った。東京選出の衆院議員の秘書を舛添選対に送り込み、電話やハガキなど、議員本人にも重いノルマを課し、組織をフル動員した選挙戦を展開した。
党政調会長代理の平沢勝栄衆院議員は明かす。「東京以外の国会議員は、都民一〇〇人以上の名簿の提出が求められている。出さないと督促が行く。公認候補以上の力の入れ方だ。猪瀬直樹、石原慎太郎両氏の都知事選でも、ここまでやっていない」。(二・一〇毎日新聞)
五輪開催中に「東京世界一」を掲げ、厚労大臣時代の実績を強調し、原発以外の政策をむらなく取りあげた舛添が、自公の組織票の力を借りて優勢に選挙戦を進めたことは、至極当然である。そのうえ、「原発推進」を打ち出す電力総連=連合東京までが、公然と舛添支持に回った。
主要四候補中、政策で舛添の対極にいたのは宇都宮であり、「脱原発」について、具体的な方針を提起したのも宇都宮だけだった。細川は「原発ゼロ」を前面に出したものの、「再生可能エネルギーの拡大普及をはかり、原発ゼロの成長戦略をリードする」。「東京エネルギー戦略会議でロードマップをつくり、独自のエネルギー政策を実現します」などという、なんとも抽象的な言葉を並べていた。

(4)「宇都宮降ろし」の始まり


二〇一二年の都知事選で猪瀬と闘った宇都宮と応援団体「人にやさしい東京をつくる会」は、「希望のまち東京をつくる会」に名称を改め、再スタートした。
ところが細川の出馬が取り沙汰されると、かつての支持者のなかから「一本化」の声があがり始めた。この「一本化」とやら、双方が五分の立場で、十分な調整を経て候補者を一人に絞るというものではなかった。「一本化」はすなわち「宇都宮辞退」であり、軌を一にして「選挙は勝たなければ意味がない」、「宇都宮では勝てない」という言説が大量に流布された。
私が登録している某ML上でも、連日連夜細川への投票が呼びかけられ、それに同調した会員らが今度は自説を開陳して返信した。さまざまな立場の人がマナーを守りながら情報交換するML上で、特定の候補者を礼賛し、対立候補に辞退を迫るなど、尋常ではない。なぜこれほどまで一方的な扇動が過熱していったのか。
社民党党首の吉田忠智は当初、「細川支持」を打ち出していた。これが無所属の地方議員らを動揺させ、細川陣営による切り崩しが始まった。急先鋒は杉並区の無所属区議KやSだが、練馬、豊島など「細川支持」への圧力をかけたのは「新左翼」とされる勢力だったと、ある事情通は私に明かした。

(5)「一本化」の動き


著名人や有名人が個人の立場で特定の候補者を支持することは、誰も批判できない。日本を代表するルポライターとして脱原発住民運動や三里塚闘争などを取材。大手メディアが取りあげない反骨の少数派に寄り添いながら、社会問題を広く告発してきた鎌田慧。彼が細川を支持し、かつ宇都宮陣営に対して一本化を要求していたことは、運動圏の人々に大きな衝撃を与えた。
荒川勝手連結成の母体にもなった市民団体「脱原発オール荒川アクション」は、地域の脱原発集会で講演を依頼していた鎌田にキャンセルを申し出、急きょ別の内容に差し替えた。事態の深刻さを象徴するエピソードである。
鎌田と河合弘之弁護士が共同代表を務める「脱原発都知事を実現する会」は一月一五日、宇都宮と細川両陣営に、一本化に向けて話し合うよう申し入れた。これに対し、宇都宮陣営はその日に「公開討論であれば応じる」と回答。一方の細川陣営は、この申し入れを拒否した。
「実現する会」は、この仲介が失敗した後に「細川支持」を公式に表明。「希望のまち東京をつくる会」は二八日「公開討論会の実現を求める声明」を発した。

(6)論争を避けられた打撃


細川が立候補と公約発表をギリギリまで遅らせたことで、青年会議所が予定していた公開討論会は相次いで中止に追い込まれた。この結果を田母神俊雄は「責任が大きい」と非難。舛添は「全員揃わないのは不公平なので、自分も出席しない」(一・一九東京)とほくそ笑んだ。
いっぽうで鎌田ら「脱原発都知事選候補者に統一を呼びかける会」は、告示後の二月三日に会見し、双方に「申し入れ書」を手渡した。会見で鎌田は「宇都宮、細川両氏を足した票が最多なら、歴史の悲劇だ」と語ったという。
なんとも身勝手な話ではある。細川が当選しても、「東京から脱原発」を実現できる保証はどこにもない。さらに原発以外の政策でつまずいてしまえば、それまでである。都政全般を俯瞰して、綿密な計画や方針を持たない首長は、議会に翻ろうされ孤立する。人気や知名度とは、本人が権力の座についたとたんに厳しく試される。石原や橋下のような低俗なポピュリズムに堕するか、都民の声を反映した政策本位の指揮を採るか、手腕が問われるのだ。
鎌田や瀬戸内だけではない。澤地久枝やむのたけじ、小山内美江子をはじめ、反貧困運動の教祖的存在・湯浅誠までが細川支持を明らかにした。

(7)民主主義に反する行動


今回の候補「一本化」をめぐるもっとも大きな問題は、細川陣営(勝手連)による、なりふり構わぬ宇都宮降ろし策動であり、執拗に繰り返される恫喝や揺さぶりによって、選対は対応に時間を割かれ、支持者個人は精神的な打撃を受けうつ病になるなど、深刻な被害が相次いだことである。
問答無用、ストーカーまがいの強引なやり方を、宇都宮陣営は批判しているのだ。脱原発運動を担う人々が、選挙においてどの候補者を支持するかは、まったく自由である。そして政策を達成するために、事前に複数の候補者を絞り込むよう動くことも、あり得る話だ。ただしその場合には、当事者らによる十分な調整や話し合いが保証され、合意が形成されなければならない。こんなことは今さら言うまでもない。
何よりも細川本人が早い段階で一本化を否定していた。それなのになぜ支援者が一本化に固執し、宇都宮支持者に常軌を逸した介入を続けたのか。(つづく)

コラム

消費増税を糾弾する

 「今まで内税だったのに、同じ値段で外税に変わっている。あんな店、二度と行くもんか」――同僚は嘆く。親元から通い、休みの日には自室でテレビを見て過ごす。ギャンブルはやらない。友だちもいない。殺人残業に耐えた蓄えで定年後、千葉に温泉付きの家を買うと豪語。おそらく結婚もしないだろう。「定年になったら、何もすることがない」と今から本気で心配している。私と同世代である。
 四月一日から実施された消費増税。安倍政権の円安・脱デフレ政策で、物価がじわじわと高騰するところへ追い打ちをかけている。許しがたい大衆収奪税である。
 毎週末は早起きして洗濯を二回。その後連れ合いとスーパーに行く。帰路で分かれ、私は実家の母を訪れる。足腰がめっきり弱くなり、杖なしでは歩けなくなった。買い物や銭湯通いはもちろん、ゴミを出しに行くにも自転車が欠かせない。ボケ防止と運動のために私はもう一度、遠い店舗へ母とサイクリングする。
 一〇〇円以下で買えたカップ麺の類が、棚から消えている。同僚が言うように「本体価格表示(税別)」を採用する店が圧倒的に多いが、その本体価格じたいが上がっている。便乗値上げである。
 税抜価格が異様に大きく表示され、税込価格は値札に近寄らないと読めない。パウチ加工で輝くうまそうなメニュー。大手居酒屋チェーンなどは要注意だ。いい気分でドリンクやつまみを追加し、ご酩酊で精算。レシートを見て酔いが覚める。やはり詐欺的である。
 それでも一七年ぶりだという。有権者の期待を背負って誕生した民主党。その政権末期、当時の首相野田と自公が勝手に決めた。有権者の深い失望と、権力への執着を露わにする貪欲さが、下野した自民党を不死鳥のごとく復活させた。その後の経過はご覧のとおりである。
 カネに色がついているわけではない。「社会保障拡充」という当初の理念は消え、無駄とされた事業予算が復活している。各種年金保険料、医療費などが値上げされ、年金は減額。国民負担は実に八兆円増である。かたや公共事業には大盤振る舞いで来年一〇月、一〇%化が待っている。それを強行する景気判断に五・五兆円の補正予算を出動するから、本末転倒このうえない。
 視力の弱い母は、歩道を占拠する公共工事の現場をやっとの思いで避ける。私はこの四月にようやく、磁気定期券からICカードに切り替えた。一円単位で清算されるからだ。
 ポイントが倍になる日は、レジに行列ができる。累積する点数を還元する法的義務は店側にはないが、庶民は一円一〇円単位の損得も計算する。
 国民の不安や痛みの解消を、官製春闘やら政権の温情に委ねるわけにはいかない。心からの怒りの声で、今度こそ自公を打倒するしかないのだ。(隆)


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