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    かけはし2014.年3月31日号

企非正規労働者の要求を実現し雇用破壊と権利剥奪にストップを


3.14 けんり春闘 経団連行動第2弾

いのちとくらしの破壊許さない

福島連帯キャラバンと共に



中小・非正規の
賃上げこそ急務
 三月一四日午後一二時一〇分から、14けんり春闘日本経団連抗議要請行動が行われた。前回二月一八日に続く第二弾のこの日は、三月九日からいわき市を起点に東京までキャラバンをつないできた福島連帯キャラバン実行委員会との共催。共催となったこの行動には、全国ユニオン(連合)の参加も見られた。そして日本経団連前には、黄色いゼッケンを付けたキャラバン隊の青年労働者たちが大挙登場、春闘の中でこそ労働者が脱原発の声をと、道行く人々にも精力的に訴えかけるなど、行動の先頭に立った。
 アピールは、14けんり春闘実行委員会共同代表の金澤全労協議長から始まった。金澤さんはまず、原発を大きな理由として福島の復興が進んでいないことに対し、春闘の只中で福島とつながろうとキャラバン行動に踏み出した、と紹介しながら、川内原発再稼働の動きを厳しく批判しつつ、原発に群がる大企業を許さない闘いを労働者が担おうと呼びかけた。そして大企業だけにしか意味のないJC回答を批判しつつ、中小や非正規の賃上げこそ急務、私たちの春闘をつくり出そう、派遣法改悪こそアベノミクスの正体、生活防衛のためにこそ安倍を倒そう、と奮起を促した。
 続いて福島キャラバン隊実行委員会を代表して小谷野全日建書記長。キャラバンには、いわきから茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉とつないだ本ルートだけではなく、静岡や山梨からの参加もあったと紹介した上で、春闘の中でこそ脱原発の闘いを、原発推進大企業の総本山である日本経団連にこそ事故の責任をとらせよう、と訴えた。同時に今回のキャラバンを特に全日建と全港湾の青年部が担った意義に光を当て、労働運動再生のエネルギーを若者たちから汲み出す必要を熱を込めて力説した。
 次はキャラバン隊の青年労働者たち。おそらくキャラバンの中で何度もマイクを握ったのだろう。日本こそ脱原発の先頭に、再稼働、輸出など許さない、オリンピックなんか考えられないなど、何人もの青年たちが入れ替わり立ち替わり、事故が残した傷跡の深さ、原発の罪深さについて、自分たちが見てきたこと感じたことを、そして怒りを、まったく臆することなく力を込めて率直に、経団連ビルにとどろかせた。

原発事故の責任
を取らせるぞ
福島地元からいわき自由労組の桂書記長は、原発は産業資本の必要に奉仕してきた、地元のためではなかった、しかも産業資本には割安の料金というおまけまであった、東電福島原発事故の責任をとるのは国と資本だと、経団連に強い憤りのこもった要求を突き付けた。
ふくしま連帯ユニオンに結集する除染労働者も、環境省や自治体が管轄する、つまり税金を使う事業でありながら多重下請け、偽装請負が横行する現実、その下で教育もなく、危険手当も知らされず、安全配慮もおろそかな除染労働の実態を明らかにした。そして安全と賃金で立ち上がっているが、すぐ仕事から干される不安定な雇用の中での闘いだと、大きく包み込む支援の必要を訴えた。

安倍政権と対決
する春闘が必要
この日行動に参加した他の団体も続く。JAL原告団の山口乗員原告団長は、JR北海道についてベテラン排除の問題、また宮城交通の高速バス事故について、不利益扱いなしに乗員が病気申告をできる保障の重要性を指摘、JALにも共通するそれらに破壊的方向をつくり出した大本として、日本経団連の責任を厳しく批判した。
郵政産業労働者ユニオンの今林さんは、2チャンネルに恨みが溢れるほど郵政非正規への差別はひどい、その中で非正規の仲間が堂々と活動し三月一八日予定のストライキには非正規組合員も参加する、自らの希望を自らの力で切り開く、と力強く闘いを宣言した。
東部労組の代表は、みなし超過労働に関して画期的な最高裁判決を勝ち取ったこと、ストライキで非正規の仲間の職を回復させたことなどを挙げながら、組合に団結して諦めずに闘うこと、全体で支えることの重要性を訴えた。
また福島連帯キャラバンを呼びかけた平和フォーラムの井上さん、東京労組の大森委員長、全石油昭和シェル労組の柚木さんからも、各々の闘いの報告と安倍政権と対決する春闘に向けた呼びかけが行われた。
これらのアピールの間をぬって経団連への要請団が送り出されたが、この日も経団連は要請受け入れを拒否。アピールを中断して怒りのシュプレヒコールが上げられるなかで、警備員との押し問答が続き騒然する場面もあった。
一握りの労働者しか相手にせず、圧倒的多数を切り捨てて平然とする日本経団連、そして安倍政権に対し、文字通り草の根からの多重的反撃の波をつくり出さなければならない。福島連帯キャラバンと共に行われたこの日の行動はそこに向けた一つの挑戦と言える。そして消費税引き上げを直前にした三月二八日には、労働者全体の生活防衛を掲げて、14けんり春闘経団連行動の第三弾が重ねられる。この日の行動は、それらをさらに大きな行動とする決意を込めた団結ガンバロウとシュプレヒコールで締めくくられた。   (神谷)

JC回答を批判する

労働者総体の賃上げ否定する論理

アベノミクスによる「好循環」などどこにもない


 JC(金属労協)指定回答日翌日の新聞には、「ベースアップ」の見出しが躍った。ベースアップも選択肢の一つとしか触れなかった日本経団連経営労働政策委員会報告を上げるまでもなく、新年あけから経営側の「ベースアップ」への抵抗感が伝えられていたが、それとの対比で、いよいよアベノミクスの「好循環」が始まるかの装いで、賃上げへの期待を一気に高める効果を狙った報道と見られる。確かにJC傘下の自動車、電機、鉄鋼、重機などの大企業では、大要一時金満額回答、二〇〇〇円から三〇〇〇円の「ベースアップ」回答が続いた。
 しかしこの大独占企業の「賃上げ」が労働者全体の賃上げにつながるはずのないことは、むしろそれへの敵対であることは最初から明らかだ。アベノミクスによる円安は原材料価格高騰として、中小地場産業に大きな圧迫を加えている。四月に控える消費税増税が同じく中小企業の大打撃となることも見えている。中小取引先や中小下請けの消費税分請求を大企業が力づくで拒否し、その一部またはすべてを中小に負担させてきた構造は、だれもが知っている公然の秘密なのだ。インボイスのない日本の消費税の仕組みがそれをよりやり易くしている。
 そして大失業の中で進む非正規化と一体となった長期に続く賃金低落が、労働者に安価商品を頼りにせざるを得なくさせている。中小自営業者は、増税された消費税を消費者負担とできるか大きな不安にさらされている。東京有数の庶民商店街である武蔵小山商店街を特集した朝日新聞は、廃業も考えざるを得ないと語った商店主の声を伝えた(三月一五日夕刊)。
 加えて、アベノミクス第三の矢などとして、メディアも実行を迫る常軌を逸した規制緩和が上に見た中小企業や労働者の苦境に追い打ちをかけることも、言わずもがなだ。要するにアベノミクスはどこから見ても「好循環」などあり得ない構造の中にあり、労働者民衆の生活防衛は、このアベノミクスを根底からひっくり返すことからしか始まらない。逆にアベノミクスを支援する論理は、労働者総体の生活防衛を破壊するものにほかならない。

「ベースアップ」
のインチキ暴け
四月以降この真実はだれにも見える形で事実としてあらわになるだろう。同時に、アベノミクスによる「好循環」のためと称する論理をもっぱら振りかざすことで事実上アベノミクス支援に位置を取り、まさにその対価として形ばかりの「ベースアップ」を引き出し成果を誇ったJC各労組の民衆への敵対性、そしてこの結果に肯定的評価を与え、今後全体への波及をめざすなどと何の担保も示すことなく表明してお茶を濁した連合の背信性もあらわになるだろう。
JC回答を機にあらためて浮上したアベノミクス期待を煽ろうとする動きに敢然と立ちはだかり、安倍政権と正面から対決しその打倒をもって労働者民衆のいのちとくらしを守ろうとする労働者の闘いを今こそ突き出さなければならない。そのような闘いとして、三月二八日に行われるけんり春闘経団連前行動を大衆的決起の場としよう。(神谷)

コラム

戦術についての討論

 小泉流のブルジョア的「脱原発」の道が登場したとき、ふたつのことが頭に浮かんだ。
 ひとつは、現在なお進行する福島第一原発事故がもたらす社会的衝撃を背景とする脱原発運動は確実に拡大しており、それがブルジョアジーの内部に亀裂を走らせているということだった。
 もうひとつは、一八四八年の「ヨーロッパの春」のことだった。このときプロレタリアートは、君主制打倒というブルジョアジーの一部と共通の目的のもとに立ち上がったが、ブルジョアジーに利用されただけで、用済みになると文字通り血の海に沈められてしまった。
 今回の東京都知事選では、宇都宮陣営が降りることで脱原発候補を一本化すべきだという主張があった。選挙は、限定された時間と手段をもってする大衆運動である。だから、選挙が終わればノーサイドになる。その前提で、少し一般化して、何が問われたかを考えてみたい。
 まず、福島原発事故がもたらした社会問題を広く取材した朝日新聞の「プロメテウスの罠」などを見るまでもなく、原発にはさまざまな社会問題や公然・隠然の権力行使、あるいは国際関係や軍事問題がからんでいる。そのため脱原発運動もまた、その全体との闘いに結びついていかざるをえないし、「一打逆転」など望むことはできない。
 ものごとの全体像を解き明かす「綱領」は、自分たちがどこまでどのようにして進もうとするかを示すものであり、同じ志を持つ人たちが集まるためには不可欠である。だが、階級闘争は、プロレタリアートとブルジョアジーがきれいに整列・対峙して闘われているわけではない。その間には諸々の中間物があり、たがいに入り組んでもいる。また、現実を形成している広範な人々は、一人ひとり異なる過去や現在を背負いながら、経験を通じて進もうとする。
 だから、ただ綱領を叫ぶだけで、それが実現されるわけではない。その意味では、小泉流「脱原発」をブルジョア的道と規定したからといって、自動的に選挙で細川候補に投票しないという結論になるわけではない。
 そこで、矛盾に満ちた現実の中での「戦術」の問題が出てくる。この場合の戦術は、策略やブルジョア的政治技術とは区別されるものである。煎じ詰めれば、所与の力関係のもとで、直進したり迂回したりしながら、敵陣営の亀裂を広げ、味方の結集力を強めるといった要素の組み合せの中から、プロレタリアートにとって有利な地点を獲得しようとするものである。しかも、動き出した大衆運動は、だれにも操作などできはしない。
 だから、戦術は多くの人々にとって理解しうるものでなければならないし、そのための討論が公然と展開されなければならない。また、ただ利用されるだけで終わらせないためには、プロレタリアートの陣営の独立性はいかなる場合でも堅持されなければならない。
 したがって、今回の都知事選で支持層を異にする宇都宮・細川候補の一本化ができたとすれば、宇都宮陣営が自らの隊列を堅持したまま、両者の政策上の協定が成立した場合であろう。
 ところで、そのような条件を整える努力は、どこでどれだけなされたのだろうか? その現実的可能性はどれほどあったのだろうか?  (岩)



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