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    かけはし2014.年3月24日号

非革命的時代、革命派の役割は


左翼の新党

21世紀の第四インターナショナル

現在の特定の条件下で必要な
そして可能な党に挑むべきだ

アラン・ソーネット


 世界各国の既成政治システムが深刻な機能不全化を進行させていることは、本紙でも繰り返し伝えてきた。その一部として政党自身も、民衆との伝統的結びつきの腐蝕と空洞化を伴って弱体化し、それは特に伝統的左翼政党に顕著に表現されている。この中で革命派はどのような党建設を進めるべきかが、第四インターナショナル(FI)の重大な論争点となった。以下に、この論点に関し一つの立場を明らかにしている英国支部同志の提起を紹介する。この提起中で触れられているギリシャ支部同志の異なる見解についても後日紹介したい。〈「かけはし」編集部〉

 以下は、アラン・ソーネットがマンハイムにおけるFI七五周年記念イベントで行った問題提起だ。上記イベントは、ドイツのFIグループが二〇一三年一一月に組織した。他の提起者は、FI執行ビューローのヤン・マレウスキー、FIギリシャ支部のOKDEのマノス・スコウフォグロウなど。アランは、この会合終了時に、取り上げられた問題をめぐる討論を継続可能にするために、彼の発言を書き起こす仕事を引き受けた。それは逐語的な書き起こしではないが、彼の提起の政治的筋道に沿うものであり、彼の提起の主要論点を含んでいる。明晰化を目的に、二、三の論点は拡張されている。(IV編集部)

FIの急速な成長と新たな課題

 このイベントで発言するために招待を受けたことを感謝したい。私は、「非革命的時代における革命的インターナショナルの役割」について、あるいは私としてはどちらかといえば二一世紀の第四インターナショナルの役割と優先任務と規定したいことについて、問題提起するよう依頼された。
この点について私は、一定数の中心的課題に関し取り組みたい。たとえば、FI自身の政治的特性がある。エコロジー危機とエコ社会主義という考え方がある。幅広い党の特に欧州にとどまらない建設という問題、そしてギリシャにおけるSYRIZAの役割の問題がある。また、フェミニズムとフェミニズム化という課題もある。この最後の点に関しては、特にこの問題が大きな位置を占めたSWP(英国の社会主義労働者党)の危機との関係で、私が資格をもつ範囲で触れるつもりだ。ついでながらこの危機は完全に解決されているわけではなく、来月のSWP大会では更なる分裂もあり得るだろう。
時間があるならば、英国で今月末に統一左翼の創立評議会に導こうとしている(本紙二月一七日号:訳者)ケン・ローチのイニシアティブについても、さらに幕を開けた極左再編の好機についても何ごとか述べるつもりだ。
最初に、今日のFIの政治的特徴に関するいくつかの見解だ。ヤン(注一)が昨日述べたようにFIは今日、急速に成長しつつある。そしてわれわれは、それが続くだろうと楽観できる。国際委員会(世界大会と世界大会の間のFI指導機関)のたび毎に、極左の様々な立場と伝統をもつ諸組織から、FI加入やFIとの公式的関係確立の申請がある。これらは特に、アジアとラテンアメリカから来たが、それより小さな程度だが北米や欧州から――たとえばギリシャから――も来た。
これは少なくとも部分的に、一九九〇年代に取られた決定に負っている。それは、FIをより多元的な開かれた組織に――トロツキズムの伝統をもつ様々な部分の諸組織やそれを超えた諸組織を包含できるものに――変えるという決定だ。これは、ずっと教条性の小さな組織形態が発展することに余地を与えた。
それはまた、FIの長期にわたる特色となってきた民主的な諸構造の産物でもあった。この結果としてFI内で(そしてその選出機関において)少数派の観点は、十分に表現され、精力的な政治的論争が起きている。FI内でその支部の政治路線は支部自身によって決定され、国際レベルで強要されることは可能とされていない。FIは戦略的課題並びに大きな政治的できごとに関し多数派の観点を採用でき、現に採用し、またそのような観点を防衛するだろう。しかしFIは、そうした決定を各国支部に強要することはできない。
国際組織のこのモデルは、今日少なからず一層魅力的となっている。なぜならば他の国際諸極左組織、IST、CWIは、今もトップダウンの型にあるからだ。そこでは、政治路線の課題や戦術問題に関してすら、強い非難を受けたり、指令を受けたりしている。
今日のFIが挑戦すべきことは事実上、新しい勢力を多く引きつけるというよりも、拡大したFIを組織し管理し、共有された取り組みの道筋を発展させるための、政治的能力と力量を生み出すことだ。

エコ社会主義は不可欠な方向

 エコロジー危機をその優先的任務の中心に置き自らをエコ社会主義者と規定する前世界大会の決定は、私の観点では、FI並びにその将来の発展にとって大きな重要性をもつものだった。それはすでに、FIに新たな諸組織を引きつける点で重要な要素となっている。新たな申請組織のいくつかは事実上、自身をエコ社会主義者と見なしていた。
たとえばフィリピンやバングラデシュの同志たちのように、最も熱烈な支持者を最前線に置きつつも、先の決定に対する諸支部の対応が一通りではなかったということは本当だ。しかしその対応は、進行中の過程であり、エコ社会主義の考え方は全体としてのFI内で強さを得つつある。
しかしながら状況は極度に急を要する。地球規模の気温は上昇中だ。氷冠は溶け続けている。砂漠は拡大中であり、極端な気象現象は一層頻度を増しつつある。われわれは、台風ハイエンがフィリピンをめちゃめちゃにしたのを見たばかりだが、これは、ニューオーリンズやニューヨークに打撃を与えた二〇〇五年のハリケーン、カトリーナや二〇一二年のサンディーに続くものだ。世界中でわれわれの前にある危機は、エコロジーの危機であると共に経済的危機でもある。
しかしこのすべてはなぜ、われわれが単にエコロジーの問題をより真剣に取り上げるというよりも、エコ社会主義者となることをわれわれに必要とさせるのだろうか? 「社会主義者」だけではなぜもはや十分でないのだろうか?
エコ社会主義とは、われわれが意図するものが、エコロジー的持続可能性と社会的平等と交換価値に対する使用価値の優越性を基礎とする新たな社会の建設であることの宣言なのだ。それは、利潤のための運動で力を与えられる飽くことを知らない成長という資本主義の論理をわれわれが拒絶する、という印だ。
それは、今日の任務が資本主義を終わりにし社会主義社会を確立するだけにとどまらず、エコロジー的に持続可能な社会主義社会を確立することでもある、という認識だ。そして、この衛星の生態系がそれ以前に破壊されてしまった条件の下に革命が起こることなど見たくない、と思っているという認識だ。
それは、エコロジーの課題が、社会主義のための闘争に対するわれわれの全取り組みにとって中心となり、余分の付け足しとはならないだろう、という宣言だ。いずれにしろわれわれは、社会主義への移行以前に環境を守るために闘うことができていないならば、後でそれを守る素養をどうすれば得ることができるのだろうか?
エコ社会主義はまた、エコロジーの闘争は資本主義が去った後にも続けなければならず、それは簡単ではないはずだからだ。

幅広い左翼の党建設の必要性


FIとその諸支部は、幅広い党の建設に長い間関わってきた。ポルトガルにおける左翼ブロック、デンマークにおける赤緑連合、オランダにおける社会党、イタリアにおける共産主義再建党、ここドイツでの左翼党、ギリシャでのSYRIZA、スコットランドでのSSP(スコットランド社会党)、英国における社会主義連合とその後のレスペクトだ。
しかしながらこの問題が前回大会で討論された際、私は少数派の立場を保持した。私は幅広い党建設の熱心な支持者であったが、討論は、それとしての幅広い党建設に関するものではなかったのだ。その姿勢の理由は、大会で出された決議が幅広い「反資本主義」の党の建設だけを呼びかけたことだった。これは私にとってあまりに狭いものだった。確かにわれわれは、反資本主義党に向けた諸条件が存在しているところでは、そうした幅広い党の建設を追求しなければならないだろう。しかしこれはいつもある場合ではない。われわれはまた、そのような基準を満たさない急進的な左翼の党の建設にも向きを取らなければならないだろう。たとえば左翼党は、反資本主義の党ではないが、ドイツの労働者運動にとっては大きな成果だ。その政治的性格は、現在の特定の時点におけるドイツ情勢で可能であるものを反映している。
幅広い政党の建設はしかしながら、もしFIが今日必要であり可能な幅広い運動に影響力をもたなければならないとすれば、決定的である。それが意味することは、社会民主主義が右へと動くにつれ空きができたその左の政治空間を満たしはじめることを可能とする、そうした幅広い党の建設だ。
われわれの階級的敵対者はこれに関し明快だ。彼らは、われわれが小さな革命的グループを建設するとすれば大して気にかけない。そのようなグループはなかなかのことをやるとしても、特に労働組合の闘いの水準が低いままにとどまっている今日では、そのグループ自身の基盤を超えて影響力を発揮することはほとんどない、ということだ。しかしながら、もしわれわれが、ものごとの進路に実体的な影響を及ぼし得る――そして政権に挑戦までできる――はるかに大きい陣形の中で影響力をもつようになれば、彼らは気にかける。
近年において幅広い党の役割を示した最も重大な最新例はもちろん、ギリシャのSYRIZAの台頭だ。
SYRIZAは六月総選挙で特筆すべき二七%の得票率を勝ち取り、以来そのような支持を維持してきた。これは、急進的左翼反緊縮政権が事実上待機状態にあることを意味している。これは、欧州の左翼と労働者運動にとって高度に重要だ。SYRIZAは単に、ギリシャ左翼の重要な部分がそれに対抗して選挙に臨んだがゆえに勝ちを逃したに過ぎない。

SYRIZAに体現されたもの


左翼(ギリシャやそのほかのところの)の多くは、SYRIZAは急速に右へ動きつつある、と主張している。ある者は、SYRIZAはすでに新PASOK(前ギリシャ政権党の社会民主主義政党:訳者)になっている、とさえ主張している(ギリシャのFI支持者は割れている。支部であるOKDEは、選挙でSYRIZAに対抗して臨んだANTARSYAを支持した。一方シンパサイザー組織であるKOKKINOはSYRIZAを支持し、そのメンバーでもある)。
私はSYRIZAに対するこうした批判を受け容れない。私は、SYRIZAがこれまでまったく間違いを犯したことがないとか、その退却が現在の特筆すべき情勢の中に自身を見出したがゆえだとか、そうしたことを主張しようとは思わない。しかし私の観点では、彼らの中に全般的な右への道筋が今あるわけではない。
SYRIZAの指導部は疑いなく、政権への見通しからひるみを見せている。しかし左翼の立場にある者たちのだれがそうならないだろうか? そしてそうしたことは、彼らが右に動きかけている、ということを意味してはいない。七月のSYRIZA全国評議会――三万五〇〇〇人の党員を代表する三五〇〇人の代表から構成された――は確実に、そのような移行を映し出すことはなかった。党の進路は事実上、政権に向かうための党を準備するために設定された。
マノス(注二)は、もちろんこの後に発言し、請け合うが、私とはまったく異なる観点を示すだろう。
SYRIZAは特性としては左翼改良主義、とも主張されている。わたしはこれも、非常に有益だとは思わない。左翼改良主義といった規定があまりに幅広く定義されることになれば――(たとえば)英国労働党内の左派からSYRIZA指導部までを含むすべてのように――、その時そこに大した価値はない。
私が思うに、SYRIZAには反資本主義党の性格がより多くある。とはいえ私は、反資本主義党がSYRIZA党員のほとんどが党を表現する方向であるかについては、疑念を持っている。その場合彼らは自身をどう理解することになるのだろうか。
SYRIZAはもちろん革命党ではないし、そうであると主張したこともまったくない。そしてこれこそ現在の情勢では、党に人々の心に響くものを大量に与えた要素だ。この党は、反緊縮の課題設定に力を傾けている急進的な左翼政党なのだ。
もちろん、SYRIZAが左翼改良主義だとする強調の背後には一つの動機がある。その目的は、左翼改良主義は最後には全面的な改良主義に行き着く、そしてそのようなものとしてそれは、政権に選出されるならば不可避的に裏切る、と論じることにある。
改良主義は、権力に近づけばそれだけ一層、資本主義の設定課題に順応するだろう。そうである以上、左翼改良主義の党は決して資本主義を超える展開に道を開くことはあり得ない。こんなことも主張される。
私はつい先頃ロンドンで行われた史的唯物論評議会で、まさに先のように力説したSWPの発言者(SWPはもちろんギリシャのANTARSYAを支持している)と意見交換を行った。それゆえ彼の主張は、次の選挙ではSYRIZAが勝つよりも負ける方がよいとなるのでは、と私が質問した時、彼には決めつけという問題があった。
私はこうした不可避的な裏切りという主張を受け容れない。事実として私は、労働者階級の利益を守ろうと努力する、そして大衆的支持をもつこの種の急進的左翼政党が、適切な諸条件の下でその努力に沿った発展に道を開くことのできる条件がある、と考えている。
はっきりしていることは、SYRIZAが権力に到達した際にもしその綱領の小さな部分であっても実行しようとすれば、それは、ギリシャブルジョアジーと欧州エリートにとっては全面的に受け容れがたいものとなるだろう、ということだ。そこには巨大な衝突があることとなり、それがどの方向に向かうかは、鮮明とはほど遠い。SYRIZAの反緊縮という誓約はそれ一つだけで、エリートたちにはまったく受け容れがたいのだ。
ギリシャにおける今日の諸条件の下では事実上、メモランダムの拒絶がまさに、過渡的要求となっている。そのことが今日のギリシャにおいて、代わりとなる政権という問題を中央の舞台に置くこととなった。SYRIZAは、左翼の反緊縮諸政党の政府という呼びかけを行った後に、世論調査支持率四%から、総選挙での得票率二七%へと上昇した。これは決定的要素だ。闘争は、政府というレベルでのみ提供され得る新しい推力を必要としたのだ(注三)。

議会を通じた労働者政府の意味

 ギリシャで三年にわたって厳しく闘われた階級闘争は、労働者と兵士の代議員から成るソビエトの形成、並びに街頭における二重権力とはならなかった。これが事実だ。その結果となったものは、議会多数派を介した左翼諸政党の反緊縮政権を求める大衆的支持だった。
それではそれに関しわれわれは何を言うのだろうか? そのような政府は、労働者・兵士評議会の形成という真の課題を回避しすり抜けるものとなるだろう、ということか? もちろんそうではない! そのような政府は労働者階級にとって大きな成果となるだろう、そしてわれわれはそれを任務に着かせるために闘うだろう、と言う。次いでわれわれは、その政府が次の段階に向けた闘いに道を向けるよう闘うだろう。
もちろんこれは、まったくのところ新たな論争ではない。そして私は、ヤンが昨日の発言の中でそれに以下の形で触れたことを喜ばしく思っている。その問題は、ロシア革命が生み出した革命の波が後退した後の一九二二年、第四回コミンテルン大会で討論されたのだった。そしてコミンテルンは、権力のための闘争が必ずしもソビエトモデルに従わないと思われる時代と折り合わなければならなかった。
それゆえ彼らが討論したことは、統一戦線、過渡的要求、そして労働者政府だった。議会によって権力に到達する政府が意味することは、資本主義と資本主義国家がそっくりそのまま残っている――社会的転覆がまだまったく起こっていない――条件の下で、勤労階級の利益を代表する、ということだ。すなわちそれは、過渡的な政府となるだろう。
コミンテルンによって前に進められた問題は、そのような政府――依然として存在している資本主義を伴って権力に選出された――は、資本主義の諸限界を超える展開に向けた乗り物になり得ると思われる、ということだ。それは、資本主義がその政府に強要しようと試みる諸々の制限があるとしても、またそのような政府の指導部が、権力に選出された時に自らをそのような役割を果たす者として見ているかどうかに関わりなく、ということだ。
SYRIZAは今日のギリシャで、次回の選挙で勝利したとしてそうできるだろうか? それをだれが分かっているだろうか? SYRIZAの指導部ですらそれを分かっていない、と私は疑っている。SYRIZAが権力に選出されなければ、それが起きることもないということは確実だ! しかしいずれにしろ、それが現実となった時、彼らがそのようなテストに合格するということを、左翼のだれが保証できるだろうか? そのような情勢は欧州の左翼にとっては新しい領域となるだろう。
このようなやり方で資本主義に挑むことはもちろんたやすくはないだろう。しかしあらためて言うが、資本主義に挑戦するやさしい道などはまったくない。そのような政府はあいまいさを許さない選択を前にするだろう。その政府が向かう可能性は、自らとその任務を守るため急進的な諸策を採用する(つまり、はっきりと左に向かい、資本主義諸制度に挑む)か、意志がくじけエリートが求める諸条件を受け容れるかのどちらかとなるだろう。SYRIZA内部にはそのような意志の後退に反対すると思われる強力な左派潮流があり、街頭にはまた先の後退に同じく反対する大衆運動がある。
それらの条件の下で先のような政府を守ることは、ギリシャにおける大衆運動を求めるだけにとどまらず、ギリシャの闘争の孤立化を防ぐための、欧州全域を貫く連帯行動をも必要とするだろう。それはまた、そのような連帯行動に向けた推進力になり得る、そうした諸政党の欧州を貫く建設をも意味している。これは、幅広い党の建設に関しその意味をまさに重大とするものだ(注四)。

▼筆者はFI執行ビューローメンバーであるが、またFI英国支部であるソーシャリストレジスタンスを長期に率いてきたその指導的メンバー。彼の最新著作『戦闘的年月:六〇年代と七〇年代の英国における自動車労働者の闘争』は、二〇一〇年に出版された。

注一)ヤン・マレウスキーは、FI執行ビューロー並びにフランスNPAメンバー。
注二)マノス・スコウフォグロウは、FIギリシャ支部であるOKDE・スパルタコスの指導的メンバー。
注三)続く討論の中で私が強調したことだが、二五回ないし二六回のゼネスト、何百というデモ、諸決起、占拠、そして巨大な社会運動の後、ギリシャの闘争はどこに向かったのだろうか?
注四)ここまでで私は持ち時間を使い切った。私はケン・ローチのイニシアティブに関し急いで二、三論評したが、そのほとんどと革命派再編(そしてその内部におけるフェミニズムの役割)の問題を、マノスがギリシャ情勢について発言した後に行われた討論に残さざるを得なかった。マノスは実際、私が表明した立場とは著しく異なった立場を提起し、活発な意見交換が行われた。おそらくマノスは、文書形態で討論を継続するだろう。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年三月号)


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