3.9さようなら原発関西行動
ウソとごまかしはもうゴメン
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【大阪】さよなら原発三・九関西行動実行委員会主催のさよなら原発行動が大阪市立北区民センター(午前)とその裏の扇町公園(午後)で開かれ、午前の屋内集会には八〇〇人、午後の集会には七〇〇〇人が参加した。
午前の集会は北上さん(地域に生きる川西市民の会)の司会、和太鼓の演奏(部落解放同盟浪速支部「怒」)でオープニング。特別報告を地脇美和さん(福島原発告訴団事務局)と水上賢一さん(原子力発電に反対する福井県民会議事務局長)が行い、小出裕章さん(京都大学原子炉実験所助教)が「子どもたちを放射能から守るために」と題して講演をした。また、制服向上委員会が歯切れのいい政治批判をして、会場から拍手が湧いた。
福島原発告訴団
からの現状報告
地脇さんは、「今日話したことは、被った被害と苦しみのほんの一部だ」と言い、次のよう語った。
福島原発事故は全く収束していず、緊張状態が続いている。一日三〇〇〇人の作業員の七割は福島県人。労働安全衛生法はきちんと守れていない。熟練作業員の不足も問題になっている。高濃度の汚染水は増え続けている。
義務的避難基準はチェルノブイリが年間五ミリシーベルトだが、日本は二〇ミリシーベルト。避難区域の再編で、同じ町内でも軋轢が生じているが、住民の声は反映されていない。大波小学校は今年休校となった。除染土は増え続け庭などに積み上げられている。個人の選択を尊重する被災者支援法が成立した時希望が見えたが、具体的な政策は各省庁に要請しなければならず、当初の予算はゼロ円だった。支援法基本方針は被災地域に限定し、県外避難を対象から除外するなど、被災者の求めていたものにはなっていない。
福島県民健康管理調査検討委員会は、子どもたちの甲状腺癌の確定が三三人、疑いが四一人と発表。委員会の前に秘密会が行われていた。委員会は事故との関連を明らかにしないが、県立医大の医師は、ヨウ素剤の服用は不要といいつつ、自らや職員・家族・学生は安定ヨウ素剤を飲んでいた。予防原則にたった健康管理体制が必要だ。
三春町に環境創造センターが建設されることになり、国際原子力機関IAEAの職員が常駐する。日本政府・IAEA・福島県・県立医大の協定では、指定された情報の秘密を確保するとされている。IAEA事務局長ハンス・ブリクスは一九八六年、「原子力産業の重要性を考えれば、チェルノブイリ規模の事故が年に一度くらいあっても、それでよしということだ」と発言している。心配しすぎるとストレスによくないと宣伝されている。
ICRP(国際放射線防護委員会)は県立医大と覚え書きを締結し、事故の過小評価と事実の隠蔽をしている。総勢一万四七一六人の福島原発告訴団は、福島地検に告訴したが、東京地検に移してから被告全員不起訴処分にした。東京検察審査会に申立てた。審査委員になった東京都民一一人の良心に期待する。汚染水放出事件で再び告発した。
原発輸出など
とんでもない
水上さんの報告:福島事故を起こしておきながら、原発の輸出とはとんでもない。無責任な日本史に終止符を打ちたい。原子力規制委員会は昨年の四月から調査していて、今になっていろいろな問題が出てきている。本当に信用できない。
二月七日の新聞では、政府のエネルギー基本計画からもんじゅは削除され、放射性廃棄物の減量の方向に向かうと報道されたのに、二五日の基本計画では従来どおりとなっていた。どんな方針を作ろうが、うまくいくはずがない。安全で安心した生活のためには原発の電気はいらない、消費圏の人々とかみ合った闘いを大切にしていきたい。
小出さんは分かりやすく説得力のある講演をした(別掲)。
私たちは絶対に
忘れてはならぬ
午後の本集会では、池島芙紀子さん(ストップ・ザもんじゅ)が主催者あいさつをし、「汚染水は増え続けているのに、安倍総理は完全にコントロールできているという大嘘を世界の人々に発表した。彼は戦争できる国づくりと原発の再稼働に躍起になっているが、行き着く先は破滅だ。ドイツと比べたとき、日本の政治家の倫理観は欠如している。少しでも罪の意識があるなら、どうして再稼働など言えるのか。私たちは原発推進の政府と綱引きをしている。この綱引きには子どもの未来がかかっている。絶対に負けられない」と述べた。
三人のゲストが発言した。地脇さんは、三月一日に行われた被害者証言集会で採択された集会アピールを読み上げた。水上さんは、「規制委員会による再稼働に関して関電が提出した基準地震動についての報告書について、震源がもっと浅いところを設定して再提出を指示した。もし、来週にでも大飯再稼働の名が出てくれば、それははじめから結論ありきの審査だったということだ。政府は三〇キロ圏内の避難計画を指示しているのだから、その圏内の自治体の同意を得るのが筋だ」と述べた。
小出さんは、「日本という国は数十年前までは戦争していた。国は負けたが、国破れて山河ありのとおり大地はあった。大地があれば、人々は生きられる。福島原発事故では、琵琶湖の一・六倍の一〇〇〇平方キロの地域が無人になり、その周辺一万四〇〇〇平方キロの地域が本来なら放射線管理区域にしなければいけないほどの汚染を受けている。政権に返り咲いた自民党は、原発再稼働し新たな原発もつくり、さらに原発輸出もすると言っている。そのために彼らは、フクシマをなかったことにしようとしている。それに対抗するには、私たちは決して忘れないということだ」と述べた。
午前中区民センターでの子ども広場に参加した子どもと制服向上委員会による歌の後、集会決議の採択で集会は終わり、参加者は三つのコースに別れてデモ行進に出発した。 (T・T)
小出裕章さんの講演から
放射能汚染という犯罪
生命をもてあそんではならない
終わりのない
被ばく労働
事故は収束していない。1号機〜3号機からの炉心は溶け落ち、今どこにあるのかすら分からないが、冷やすため水を注入し続けてきた。その水は汚染水となる。毎日注入される四〇〇トンの水と、地下を通って原子炉建屋に入ってくる四〇〇トンの水のうち、五〇〇トンはポンプで吸い上げタンクに移すが、残り三〇〇トンは海に流れる。その上、建屋の基礎のさらに下の層に毎日四〇〇〜六〇〇トンの地下水が流れ込む。タンクの容量には限度があるから、いつか海への流出は避けられない。
果てしない放射能の封じ込め作業に従事する労働者は、下請け孫請けさらにその下の請負で集められ、ピンハネされて最賃以下の状態で、被曝している。四号機は、定期検査中で燃料はプールに移されていたが、その量はセシウムの量で広島原爆一万四〇〇〇発を超える。日本政府がIAEAに出した報告書では、1号機〜3号機の事故で空気中に放出されたセシウム一三七は、広島原爆の一六八発分だとしている。ずいぶん軽く見積もられている。
これにより、宮城県南部、茨城県南部北部、栃木県北部、群馬県北部、千葉県北部、岩手県・新潟県・埼玉県・東京都の一部が放射線管理区域に指定されるべきほどに汚染された。世界では、偏西風の影響で、北米大陸が強く汚染された。空気中に放出された量はセシウム一三七の重量は四・七キログラム、日本の陸地に降下した量はわずかに七五〇グラムだ。
リスクを最小
限にする責任
日本では、一般人は年間一ミリシーベルト以上被曝してはいけないし、させてはいけないという法律がある。放射線管理区域から一平方メートル当たり四万ベクレルを超えて汚染されたものを外に持ち出してはいけないという法律もある。事故を起こした最大の犯罪者は政府であるが、政府はこの法律を事故が起きたらすぐ反故にした。ICRPの二〇〇七年勧告ですら、年間一〇〇ミリシーベルト以下の被曝でも、被曝量に比例して癌のリスクはあるとしている。一〇〇ミリシーベルト以下の被曝なら安全という学者は刑務所に入れるべきだ。
放射能の影響は、細胞分裂の盛んな若い人ほど大きい。三〇歳の人は五〇歳代の人の約八〇倍、〇歳児は三〇〇倍以上だ。被曝の責任は子どもにはない。大人にはいくらかの責任がある。子どもを守るための方策は本当は避難だ。でもそれは全面的には難しい。子どもがよく遊ぶ校庭や園庭などの土をはぎとる、できるだけ安全な食べ物を食べさせる、学校の長期の休みに疎開させることだ。国家は、福島原発事故をなかったことにしようとしている。だから私たちは、いつまでもフクシマを忘れないようにしよう。(発言要旨、文責編集部)
3.9
静岡でも各地で反原発集会
浜岡原発再稼働やめろ
県と中部電力へ共同の意思表明
【静岡】二月一四日、中部電力が「安全審査」と僭称して原子力規制委に審査申請を行った。これに対して、以前からこの動きがあったため二月一二日前後から県内のほぼすべての市民・住民運動団体はそれぞれに、あるいは共同して中部電力への抗議や要請行動を展開してきた。
実際にこの申請は原発立地自治体や県にも一切、事前の通知、説明を行わず強行したのである。この申請が再稼働のためのものであることは、誰の目にも明らかであり、許されるものではない。
中部電力のこのような動きに先立って一年前からUPZ圏(緊急時防護措置準備区域)の運動団体が中心になって交流会を重ね、今年一月には、ゆるやかだが全県的な運動体(連絡会)を作る動きとなって、その場で三・九集会や行動への参加、取組みを確認してきた。
こうして三・九集会が呼びかけられ準備された。
全国統一行動の一環として静岡市の他でも浜松・西部地区、磐田市、富士宮市、下田市、函南町など各地区で集会行動が行われた。
静岡市中心部の青葉公園では一二時三〇分からプレステージが始まり、コーラスグループによる「花は咲く」などの歌、毎週金曜日のアクション―これは既に八六週目となっている―で替え歌をギターでリードしている新美さんの演奏と歌、そして五人編成のロックバンドの若々しく威勢のいい演奏と歌と進み前後は「イマジン」で締めくくるステージだた。
またこのロックバンドの中には三・一一直後から被災地に入って支援活動を今も続けていることが報告された。
福島現地から
のメッセージ
そして集会が始まった。すでに参加者は五〇〇人近い状況になり、実行委員会を代表して林弘文さん(日本科学者会議静岡支部)が、二月一四日の中部電力による事実上の再稼働申請を厳しく糾弾することから切り出し、「三年経っても事故原因の解明さえなされていないのに再稼働ありきの安倍政権の無責任を追及する」こと、そして「浜岡で事故が起きればどれほどの大惨事となるか想像を越える」と訴えた。
つづいて、福島原発告訴団からのメッセージが紹介された。その中で告訴団団長の武藤類子さんは「事故の収束はほど遠く、被害はむしろ拡大している」と指摘した上で「除染によって出た放射性廃棄物の袋が田んぼに道路脇に積み上げられ自宅の庭に埋められている」ことや「一八才以下の甲状腺検査の結果、約二五万人中、ガンの疑いが七四人」、また「仮設住宅ではうつ状態が蔓延している」現状を報告し、次のような問いを投げかけた。
・なぜ被害者の救済よりオリンピックなのだろう
・なぜ子どもたちの保養が制度化されないのだろう・なぜ線量の高い所に人々を帰そうとするのだろう と。続けて、「私たちのできることはなんだろう」として「現実から目を背けない、自分への信頼を失わない、つないだ手を離さない、原発再稼働を許さない」決意をつづり「少しずつでも世界を変えること」を呼びかけて結んだ。
リレートークで
さまざまな訴え
集会は各地からの一二人によるリレートークから始まり、菊川、島田、牧之原、藤枝、静岡、熱海などから発言があった。青年から年配の方まで男性、女性の熱いトークの中で牧之原市のお茶農家の青年は「浜岡で事故があれば二度とお茶栽培ができない」と語り、また熱海の方は「市にたいして脱原発宣言を求める署名活動を始めた」という報告など、それぞれ浜岡原発再稼働阻止にむけた決意を述べ、六〇〇人を上まわる参加者全員で集会宣言を採択してパレードに出発した。
パレードはいつも恒例となっているコスプレの人たちやたくさんのぬいぐるみなどあって、実ににぎやか。また、静岡独特のコールを元気いっぱいの声にして、市内行進を楽しく行った。
翌々日、三月一一日の県内のすべての市民運動団体の意思(集会声明などを含め)を共同の一文にまとめ連名で県と中部電力(支店)にたいして提出することを確認し、それを実行した。連名に加わった団体、組織は五七に上った。
なお、三・九で各地の集会で目立ったのは浜松二二〇人、函南一二〇人、三島は一一日に行い一〇〇人だった。
(S) |