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    かけはし2014.年2月10日号

一握りの支配層が国を窮地に追いつめた


ウクライナ

急進左翼のマニフェスト

問題は地政学的関係ではなく寡頭支配を終わらせることだ

左翼反政権派コレクティブ

 ウクライナでは、昨年一一月二一日の経済連携強化をめざすEUとの経済交渉打ち切りを契機として、ヤヌコビッチ政権に対する民衆反乱が全土的に拡大し、状況全体は大混迷に陥っている。メディアでは、ロシアとEUという地政学的位置取りを巡る対立といった側面にもっぱら光が当てられている。しかしその基底には深い社会的危機が潜んでいることを以下は伝えている。当地の左派の立場を示す文書を以下に紹介する。(「かけはし」編集部)


 「ユーロマイダン(マイダンとは広場の意:訳者)」の人気は、EUとの自由貿易の問題が重要であると気づいているウクライナ人とはまったく無関係だ。とはいえその気づきは、人々を夜も寝ずに広場にとどめるほどの勇気を与えた。この国の社会経済に関わる諸問題は、その東と西の近隣が抱えるそれらよりもはるかに切実なものなのだが、それが抗議運動にその意味を与えた。ウクライナの平均的俸給はロシヤやベラルーシの二分の一ないしは二・五分の一であり、EUのそれよりもはるかに低い(注一)。

特権層の貪欲規制がまず必要


 世界的経済危機は、大西洋からウラルにいたる欧州におけるほとんどすべての他の経済よりもはるかに激しくウクライナの経済をむしばんだ。危機後の経済成長はほぼ停滞に近く、産業は二〇一三年もほぼ確実に下降となるだろう。
 その上ウクライナの経済システムは、一握りの特権的支配層の税支払いを多かれ少なかれ免除している。人は完全に合法的に、利益を一切申告することなく、何百億ドルもの価値がある鉱石類、金属類、アンモニア、小麦、ひまわりを輸出できる。所得すべては海外の管轄下で隠されている。ウクライナで活動する企業のほとんどすべては、形式的にはそうした場に登録されているのだ。国内で企業が稼いだ利益すべては、合法的にまた大した努力もなく、たとえばそれらを擬制的な借り入れ返済に形作ることにより、海外の登録地に移され得る。
 ウクライナの政府が予算補充といった問題を一貫して抱えているということはまったく驚くことだろうか? 昨年末ウクライナはデフォルト寸前だった。国家の従業員たちに払うべき賃金の不払いは、普通のやり方となった。そして国家財政は、社会的プログラムへの資金割り当てをやめた。この状況は、ロシアとの貿易戦争によって悪化させられた。その時ガスプロム(ロシアの国営石油企業:訳者)は、東欧では記録的な高さの天然ガス価格をウクライナに強要した。
 一握りの特権的支配層はこの国を窮地に追い詰めた。際限のない議論を経た後でさえ彼らは、首尾一貫性のある発展計画を定めることができず、国家への投資を避け、その一方で体系的にそこから汲み出した。
 発展戦略はどのようなものであれ、彼らの食欲の厳しい抑制を含まなければならない。すなわちそれは少なくとも部分的に、海外の仕組みを禁圧し、最低限の税支払いを強要しなければならない。しかしそれこそまさに、ゲームのルールを変えなければ彼らはこの国を社会経済的破局に追い込み、彼ら自身が腰かける枝を完全にたたき切ることになることを自身で理解しているとしても、一握りの特権的支配層が受け入れることができないものなのだ。
 右翼の反政権派は、経済の諸問題を語る際、ほとんどもっぱら腐敗と非効率的な統治といった主題に焦点を当てている。そして議論がこの国家を盗む一握りの特権的支配層に転じる時には、それを自身で地域党(ヤヌコビッチ政権与党、ロシアとの連携を志向:訳者)に近いビジネスマンに限定する。彼らはまったくと言ってよいほどに、ヤヌコビッチの息子たちが所有するビジネス以外のことを詮索しない。
 右翼の観点から見た時、他の一握りの特権的支配層は問題ではない。なぜならば彼らは、民族意識をもっているからだ。この論理によれば、ウクライナが「ウクル(「真正の」――編集者注釈)」ウクライナ人から略奪されるならば、それでもそれは民族運動のためになっている。

最低限必要な提起も出ていない


 逆説的な情勢が発展中だ。誠実なエコノミストすべては(たとえばビクトル・ピンゼニクのようなまったくの自由主義者でさえ)、この国の税制と規制システムは一握りの特権的支配層を税支払いから完全に免除するために築き上げられた、ということに同意している。このシステムがもはや長続きしないだろうということは誰もが分かる。しかし議会の政治家はこれまで誰一人として、明白で現実的な体系性をもつ代わりとなるものを提案する勇気を示すことがなかった。ウクライナが直面するもっとも急を要する課題はEUあるいは貿易連合ではなく、単に一握りの特権的支配層が義務として彼らの税を支払い始めることだということを、ほとんど一人も公然と認める勇気をもっていない。
 一握りの特権的支配層が所有する実物的機能資本はすべてウクライナに置かれている以上、国家機構は彼らがそうするよう強制する力を完全にもっている。しかしながらアンドレイ・フンコが近頃指摘したことだが、ウクライナ政治の寡頭支配化が到達した程度は、現存する議会政党のうち、たった一つもこの問題に触れることすらできない、と言うほどのものなのだ。
 まったく悲しいことだが、ただ急進的な左翼のみがこれらの最低限かつ明らかな諸要求を表明している。私は強調するが、これらの要求は、「左翼反政権派」の設定課題としてではなく、反寡頭支配勢力、つまり極右ファシスト独裁を何らかの回答の類と考えないすべての人々を結集できる政策形成に向けた最初の一歩として、理解されなければならない。前述した類の回答とは、「全ウクライナ人連合『スボボダ』」がそれほどにしつこくわれわれを押しやっている独裁形態であり、その一方で公式の反政権派指導者たちは、無関心な態度をとり、様子見をしているにすぎない。
 ウクライナをその諸危機から抜け出す助けとなる何らかの首尾一貫した行動計画の明らかに目立つ不在は、文字通りの自由主義、ほとんど右翼自由主義といってよい刊行物ですらわれわれの『一〇項目』を討論し始めるにいたるほど、切実なものとなった。

10項目社会変革計画

 われわれは、「社会変革計画」を標題とした以下の一文書を皆さんの関心に付託する。これは、市民の幸福を増大させ、社会的進歩を確かなものとする道を概括している。それは部分的に、「ユーロマイダン」の諸決起におけるほとんどの社会/経済要求が無視されてきたがゆえに生み出された。われわれが望むことは、この文書が社会のイニシアチブ、左翼や労働組合のイニシアチブの広範な部分を統一する政綱として役に立てば、ということだ。この文書は、暫定的に左翼マイダンと呼ばれている共同体に属する者たちすべてを統一することを目標としている左翼組織、「左翼反政権派」に所属する活動家たちによって書かれた。
 それは、諸政党が抗議運動を変え、選挙政治へと向けている、という点には触れていない。実際それらは、システムに意味のある変革をもたらす代わりに、新しい声を見つけようとしているにすぎないのだが。そしてわれわれは、自由市場経済を宣伝する自由主義的諸制度の理念を支持しない。あるいは、差別的諸政策を推し進める急進的な民族主義者をも支持しない。
 われわれが望むことは、社会的不公正によって行動に駆り立てられている抗議運動が最終的に、その不公正の根元にある原因を根絶やしにすることができれば、ということだ。ほとんどの社会問題の原因は、抑制のない資本主義と腐敗の結果として形成された寡頭支配制だ、とわれわれは確信している。結果として生じる民族的依存を伴った、ロシアあるいはEUの援助に頼る代わりに、われわれの一握りの特権的支配層が確保している利己的な利益を制限することが重要だ。
 ユーロへの統合という要求にわれわれの声を重ねることは有害だ。代わりにわれわれは、普通の市民、特に解雇された労働者の利益を支持する上で必要となる諸々の変革をはっきり描き出す必要がある。われわれはそう確信する。そしてわれわれはいくつかの箇所で、類似した諸方策を採用してきた二、三の欧州諸国の進歩的経験を参照例として挙げている。
 われわれが結論とした目標は相対的に穏健なものだ。それゆえそれが、可能な限り幅広い諸組織に届けば、と思っている。われわれにとってこの計画は、現代の左翼政治勢力――権力にある者たちに影響を及ぼし、現行の社会秩序に代わるものを差し出すことのできる一勢力――形成に向けた一歩というよりも現在のできごとに対する一つの対応にすぎない。その事実をわれわれは隠そうとは思わない。
 「左翼反政権派」は提案された計画を、自己統治の原理に立つ社会主義――産業の社会化、社会的必要に向けた利益の配分、政府諸機関に対する市民の指名――の建設にとっては最低限の地点にあると考える。
 皆さんの見解を表明するためにわれわれのフェイスブックに登録を申し込み、ホームページにコンタクトをとること、あるいはわれわれにイーメールすることを歓迎する。
 全体としてのシステム変革なしに、一組の政治家と一握りの特権的支配層を別のそれらと置き換えることは、われわれの生活の改善とはならないだろう。その代わりに社会活動家と労組活動家からなるわれわれのグループは、諸経済危機を克服し、ウクライナの将来の成長を確かなものとするための、一〇項目の基礎的諸条件を次のように提案している。

1.一握りの特権的支配層によってではなく、人民による統治
 大統領制から議会制共和国への移行が必要だ。そこでは、大統領権力は国際的基準による代表性の諸機能によって制限される。統治権力は国家の行政管理機関から、選出された地域委員会(ソビエト)に移されなければならない。諸々の統治権力は、期待に応えることのできなかった代表たちを解任する権利をもたなければならない。すなわち、判事、警察長官は、選出されなければならず、指名されてはならない。

2.基本的産業の国有化
 インフラ企業(エネルギー、運輸、通信)と共に、冶金、鉱業、化学の諸産業は社会的福祉に貢献しなければならない。

3.労働者がすべての所有権形態に統制を及ぼさなければならない
 われわれは成功を見た欧州の事例にしたがって、自立した労働者の組合の広範なネットワークを築き上げなければならない。それは経営を統制し、労働者の諸権利を保証するだろう。労働者はストライキを行う(賃金支払いのない場合は労働を拒否する)権利をもたなければならない。労働者はまた、賃金の遅配があった場合は、雇用主の費用でローンを破棄する権利ももつべきだ(ポルトガルの事例にしたがって)。五〇人以上を雇用する、あるいは一〇〇万ドルを超える総資本をもつ全企業の生産データ、会計データ、経営データは、オンラインで公開されなければならない。

4.贅沢税の導入
 われわれは、贅沢品――ヨット、高級車、一〇〇万フリブナ(ウクライナの通貨単位:訳者)以上の費用がかかる他の用品――に対する五〇%の課税を制度化すべきだ。個人に対する累進所得税もまた導入されるべきだ。一〇〇万フリブナ以上の年収をもつ個人は、デンマークの例に従えば、五〇%まで課税されなければならない(そのようなシステムにおいては、レナト・アメトフは一人だけで、連邦財政に対し一二億フリブナを払うことになるだろう。それと比べて二〇一三年に実際に彼が払ったのは、四億フリブナであり、税率は一七%だった)。

5.海外への資本移転禁止
 一定数の海外諸国においてウクライナ企業を課税から除外している付則は取り消されるべきだ。その目的は海外への資本逃避の防止だ。ウクライナにある海外企業の資産は凍結されるべきであり、投資の合法性が証明可能となるまで、仮の経営陣が指名されなければならない。

6.ビジネスと政府の分離
 一〇〇万フリブナを超える所得のある市民は政府の地位についたり、地方政府に席を占めることを禁じられるべきだ。この規則に従って、全国規模の再選挙が行われなければならない。

7.官僚機構に対する支出の削減
 政府支出は統制され透明化されなければならない。経営管理要員数の削減に結果する行政改革が行われなければならない。今日では、全出先機関はコンピュータプログラムで置き換え可能になっていると思われる。しかしその代わりに過去八年、政府官僚の数はほぼ一〇%も伸び、それは三七万二〇〇〇人以上で構成されるまでになった(ウクライナには住民一〇〇〇人毎に八人の行政官僚がいるが、フランスではそれが五人に過ぎない)。

8.治安特別部隊の解散
 二〇一四年初頭に国家治安機構、すなわち内務省、治安警察、総検事局、特別警察部隊に対する支出削減が置かれるべきだ。内務省に一六九〇万フリブナ以上も配分されるようなことは受け入れがたい。それに対して公共保健支出は全部で六九〇万強でしかないのだ!

9.無料の教育と健康管理を受ける権利
 この挑戦に向けた資金は、産業の国有化並びに治安機関と行政管理要員に対する支出削減を原資とすべきだ。教育と医療における腐敗をなくすためにわれわれは、医師と教員の俸給を引き上げ、それらの分野の威信を回復しなければならない。

10.抑圧的国際金融機関からの撤退
 われわれは、IMFと他の国際金融機関とこれ以上協力することを終わりにすることを支持する。われわれは、銀行家と官僚によって利子が膨らんだ(政府保証の下で)債務の返済を拒絶したアイスランドの事例に従うべきだ。その債務は、産業の発展に向けられたというよりも、個人的な富裕化と「社会的施し」という目的に向けられたものだった。

注一)「レフトイースト」編集部の注釈。
 このマニフェストは、「レフトイースト」編集者の観点では、ウクライナ左翼内部の一少数派の立場を表しているとしても、幅広い聴衆に知られる価値のある極めて真剣かつよく考えられた文書だ。われわれはこれを、われわれのページでさらに先まで表現されている諸々の立場に微妙な差違を付け加えるために、掲載中だ。「レフトイースト」編集者は、ブルガリア左翼とロシア左翼内部で起きている「抗議運動には何が関係しているのか」に関する論争に、その中でわれわれがさまざまな立場を占めてきたが故に、極めてよく精通している。ウクライナに関するイリア・ブドライツキスの一二月一三日付け文書はこのマニフェストに近い見解を提供しているが、われわれの認識では、ウクライナに関するわれわれの報道がマイダン運動に対して批判的に取り組んできた。その上でわれわれの目標は、建設的かつ詳しい情報に基づく論争の提供を続けることだ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一四年一月号)

 


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