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    かけはし2013.年12月2日号

12世紀から今日まで続く金融支配体制


経済

ベネチア共和国からゴールドマンサックスまで

民衆を犠牲にし続ける国家債務

エリック・トゥサン

十字軍に資金を
融通した銀行家

 
 一二世紀から一四世紀はじめまで、欧州に数多く存在していたテンプル騎士団(中世欧州で活発に活動していた騎士修道会:訳者)は、有力者に対する銀行家となり、何回かの十字軍に対する資金供与に参加した。彼らは一四世紀はじめには、フランス王フィリップ「端麗王(フィリップ四世、顔立ちが整っていたためこのように呼ばれたという:訳者)」に対する主要な債権者だった。フィリップ「端麗王」は彼の財源を制約した債務の重みを前に、テンプル騎士団に数多くの罪を着せそれらを悪魔とすることにより、彼の債権者と債務双方を抹消した。
 それらの修道会は不法とされ、指導者は処刑され、その資産は没収された。その軍事力(一五〇〇人の騎士を含む一万五〇〇〇人)その世襲財産、支配者に対するその債権は、主要な債権者抹消に向け攻撃にかかった国家権力からテンプル騎士団を守ることができなかった。
 同時期(一一世紀から一四世紀)、ベネチアの銀行家たちもまた十字軍に資金を融通し、欧州の有力者にカネを貸した。しかし彼らはテンプル騎士団よりもはるかに巧妙に立ち回った。彼らはベネチアで、ベネチア共和国を創立することによって国家の支配権を確保した。彼らは、ベネチア都市国家のキプロス、エウボエア(ネグロポンテ)、クレタを含む紛れもない帝国への転換に資金を提供した。彼らは、長続きする富を得、彼らの債権返済を保障させるために、ずるがしこい戦略を利用した。つまり彼らは、ベネチア国家を彼らが所有する銀行からの借り入れへと追い込むことを決めた。彼らは、銀行の所有者であると同時に国家の支配者であったが故に、貸し付け契約の諸条件も設定する者たちだった。
 フィリップ「端麗王」は債務の重みから自由になるために彼の債権者から物理的に逃れることに利益を見たが、ベネチア国家は銀行家たちへの債務を現金で弁済した。後者は、銀行家間で流通する公債所有権の創造というアイデアを見つけ出した。これは、金融市場の確立に向かう一歩だった。この種の貸し付けは、二一世紀にわれわれが知ることになっている国家債務の主要形態の前身だ。
 フィリップ「端麗王」がテンプル騎士団を打ち砕いてから七世紀経った今日、欧州の銀行家たちはベネチアやジェノバの彼らの先祖とまさに同じく、諸政権に怖れを抱くようなものは何一つもっていない。それははっきりしている。
 諸々の国民国家と現在のEU萌芽的国家はより複雑かもしれず、一三世紀から一六世紀にかけて存在していたベネチア――あるいはジェノバ――共和国より洗練されているかもしれない。しかしそれらはまさに同じく、支配階級の権力行使に向けたむき出しの機関、一%が九九%を支配する機関となっている。マリオ・ドラギ、欧州におけるゴールドマンサックスの前経営責任者であった彼は今、欧州中央銀行のトップだ。民間の銀行家たちは、彼らの代表や連携者を政府や行政当局の鍵を握るポストに置いてきた。欧州委員会のメンバーたちは、民間の金融利得の防衛に非常な注意を払っている。また欧州議会議員、規制当局者たち、司法権限をもつ行政長官たちに対して銀行家たちが行っているロビーイングは、実際に極めて効果的だ。
 近年一握りの資本主義銀行が中央舞台を占拠してきたとしても、このことで産業と商業の大民間企業の役割を隠してはならない。それらもまた、銀行家たちとまさに同じほど巧妙に政府諸機関との彼らの密接な結びつきを利用し、悪用している。諸国家、諸政府、諸銀行、産業や商業の諸企業、また民間の大情報グループの間で交叉している利益の迷宮もまた、その初期におけると同様現在の局面において、資本主義の特性の一つだ。

サッチャーから
メルケルまで


 実際、資本主義が生産の勝利した様式となり、優勢を誇る社会構造となるや否や、大民間グループの代表と彼らの連携者が権力を行使してきた。
 歴史を振り返った時、一九三三年にルーズベルト大統領が始めたニューディール並びに第二次世界大戦後の三〇年は、支配階級が労働者階級に一定の限定つきだが実のある譲歩を必要とした括弧付きの時期であったように見える。大資本家は国家に及ぼす彼らの支配をある程度軽くしなければならなかった。一九七〇年代終わりから始まった新自由主義的転換をもって彼らは、慎重さをさらりと投げ捨てた。
 一九八〇年代は、利潤動機と自然と民衆の全面的な搾取というフレイズを誇示し冷笑的に歌い上げる、結局のところしたい放題のことをする支配階級に脚光を当てた。残念なことだが、有名なマーガレット・サッチャーの言葉「オルタナティブはまったくない」は諸権利と社会的諸成果に対する暴力的な攻撃を介して、今なお政治的、経済的、社会的光景にその印を残している。
 マリオ・ドラギ、アンゲラ・メルケル、シルビオ・ベルルスコーニ(イタリアの指導的資本家)、ホセ・マヌエル・バローゾは、サッチャーの計画の継続に対する象徴的な人物となった。社会主義者の政権(ブレア、ブラウン、パパンドレウ、サパテロ、ソクラテス、レッタ、ディ・プロさらに幾人かを間に挟んで、シュレーダーからオランドにいたる)の積極的な共謀は、大西洋の反対側にいるバラク・オバマとまさに同じく、それらが資本主義システムの論理にしたがう党となったというその程度を示している。「今あるのは階級戦争であり、わが階級が勝利しつつある」、米国の百万長者のウォーレン・バフェットはこのように言明した。
 資本主義の中で機能している公的債務のシステムは、民衆が生み出した富の資本家階級への移転を図る永続的な仕掛けだ。二〇〇七―二〇〇八年に始まった諸々の危機は、大銀行の損失と債務を公的債務へと転換したことにより、このメカニズムを強化した。諸政権は、銀行が利潤を上げ続けることができるように、そしてその利潤をそれらの資本主義的所有者に配分できるように、非常に大きな規模で銀行の損失を社会化したのだ。
 政権指導者たちは大銀行の直接的な連携者であり、後者に奉仕するために彼らの権力と公的な基金を使用している。大銀行と諸政権の間には変わることのない回転ドアがある。大銀行から直接やって来、彼らが政権を離れる時はまたそこに戻る経済相、財務相あるいは首相、こうした者たちの数は二〇〇八年以来その上昇が止まっていない。

公的債務のツケ
を払うのは民衆


 金融の専門職は、私的部門の手中に残されるべきものとしての経済に対して、過度に本質化されている。諸々の銀行は、それが公共サービスとしてのガイドラインに従わなければならず(注)、それらの活動が生み出す所得は公共財のために使用されなければならない以上、社会化され(このことが意味するものはそれらの収用)、市民の(銀行労働者、顧客、当地民衆の利害関係者の団体と代表者の)統制下に置かれなければならない。
 銀行救出のために契約された公的債務には確実に正統性がなく、それは放棄されなければならない。市民監査は、その他の正統性を欠いたあるいは不法な債務を確定し、反資本主義的オルタナティブが形をとることができるように、決起における一幕を演じなければならない。
 銀行の社会化と正統性のない債務の取り消し/支払い拒否は、より幅広い綱領の一部でなければならない。
 ベネチア共和国における事例がそうであったように、EUとこの惑星上でもっとも工業化された諸国では現在、国家は、大民間銀行の浸透の中で活動し、公的債務を従順に返済している。正統性のない債務の返済拒否、銀行の社会化、また他の死活的な諸方策は、彼ら自身の歴史における主役としての民衆的高まりから生まれる結果となるだろう。これは、メルケル、オバマ、オランドの政府が民間大ビジネスに忠実であると同じく抑圧された者たちに忠実な、一つの政府の確立を必要とする。そのような民衆政権は、自然の諸限界を尊重しつつ公共財を開発するために、不可侵の私的大財産に侵入しなければならない。この政権はまた、資本主義国家と抜本的に絶縁し、抑圧のあらゆる形態を取り除くことをもやらなければならない。本物の革命が必要となっている。
注)銀行部門は全面的に公的なものでなければならない。その例外は小規模な協同組合部門であり、公的銀行部門はそれと共存し協力できるだろう。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一一月号)

フィリピン

台風犠牲者への連帯キャンペーン、最初の歩み

空港に山積みされたままの物資

当局も民衆組織も一時的に麻痺

ピエール・ルッセ

 一一月一一日、ESSF(国境なき欧州連帯)は、スーパー台風、ハイエン〈ヨランダ〉によるフィリピンの犠牲者に対する連帯への働きかけを始めた。以下に、われわれのキャンペーンに関するほんの始まりの数歩について、最初の報告を印す。

第一次支援金
四〇〇〇ユーロ
 一一月一三日われわれはわれわれの銀行に対し、フィリピンのわれわれの連携相手(後掲)の一つであるRDRRACの口座に四〇〇〇ユーロの送金指示を与えることができた。われわれは永続的なアジア連帯基金を設立していた。この基金は特に、寄金を待つ間に最初の少額の資金援助を急いで――前もって――送る手段をわれわれに与えている。
 そしてわれわれのアピールに対する反応が意味あるものとなることを予期している――少なくともわれわれのしきたりから――という事実が、われわれに四〇〇〇ユーロを即座に送金することを可能にした。われわれは最初の四日間で、小切手などの形ですでに二七〇〇ユーロ以上を受け取った。銀行送金で受け取った額については分かっていない(銀行がそれらについて知らせるためには一定の時間がかかる)。また明らかに、ポストの中の小切手はまだ届いていない。
 先のアピールはいくつかのウェブサイトに、またいくつかの国でフランス語と英語で転載された。また、オランダ語に、さらにおそらく他の諸言語に翻訳された。連帯を呼びかける諸々の記事もまた、スペイン語に翻訳された。われわれの働きかけは以前のように、国際的な広がりをもっている。われわれは、こうした資金状況に関し次週さらに報告するつもりだ。


二つの協力関係
組織を通じて
 われわれが受け取った寄金は、現地で直接関わっているフィリピンの連携相手に送られる。われわれは過去、これらの組織と協力してきた。これらの組織は、「災害と闘う三民族組織(TRIPOD)・基金」と「ラナウ災害対処・復興支援センター(RDRRAC)」。後者とわれわれは、特にイリガン州を襲った以前のすさまじい台風による犠牲者を支援する活動を共にした。
 人道に関わる災害を前にわれわれの団体は、現地で直接活動する民衆的で能率的な活動家の諸運動の中に連携相手を探している。それは、もっとも恵まれず、生存を成り立たせる費用を最低限にまで落とされている人々を優先し、長期に活動し、緊急援助と復旧並びに再建を結び付け、犠牲者の自己組織化を押し進め、こうして犠牲者が彼らの運命における主役となり、公的支援と災害地域の再建に関係する多重的差別と闘うことができるようにする、そのような運動だ。
 われわれはフィリピンのいくつかの地域にそうした諸々の運動との系統だったつながりを確保している。しかし、ハイエンがもっとも厳しい打撃を与えた地域、フィリピン諸島の中央東部(特にレイテ島とサマル島)ではそうではない。TRIPODとRDRRACは、フィリピン南部のミンダナオに基礎がある。それゆえわれわれはアピールを発するに先立って、彼らが被災地域に介入できそうであることを確かめた。これは、一定部分のミンダナオの住民とビサヤの住民間には実体的な近さが、つまり家族的な結びつき、またしばしば共通の言語があるからには、なおのことあり得ることだ。
 その上TRIPODとRDRRACは、人道上の災害に際した活動経験をさまざまにもっている。それは、重大な被害をもたらした台風、洪水、地滑り(しばしば森林破壊によって引き起こされた)、あるいは軍事的衝突――特に政府軍とムスリム運動間の――を特徴とする地域における活動だ。実際国内難民と追い立てを受けた人々がミンダナオの政治的現実の一部を構成している。
 TRIPODは民衆層と共に活動しつつ、フィリピン人キリスト教徒移住者の子孫、山岳部の先住民族、そしてモロの人々(この島の「三民族」)に働きかけ、社会的、宗教的、さらに民族的差別と闘い、共同体間の連帯をうながしている。


TRIPODが
先陣チーム派遣
 しかしそのことは任務がたやすいことを意味するわけではない。台風がもたらした災害はあまりに巨大であり、人間的ショックは社会的紐帯がしばしば引き裂かれてしまったように見えるほどに深刻だ。現地の当局は麻痺し、亡霊のようになっている。民衆組織は一時的に麻痺している。それらの事務所は破壊され、優先度は、遺体を数え上げたり、生き残った家族を捜すことに置かれている。
 大統領府の信じられないような怠慢がものごとの助けになっていない。災害から一週間が経っても、もっとも基礎的な援助が目薬を垂らすように届き始めたにすぎず、それもすべてのところにではない。緊急装備や食料援助は、何トンという単位で空港に山積みになり、他方政府は、その配分を調整する主体と想定されているのだが、競合し合う一族間での勘定清算に忙しく、そのドラマの広がりを暴くことができないように報道を沈黙させている。時間はいたずらに過ぎ状況は悪化している。疫病と治安の危険は高まり、人道的な介入を危険にさらしている。レイプは、社会的崩壊の兆しとして、数を増している。
 TRIPODは、その組織の一つとのつながりを新たにするために第一陣のチームをすでに派遣した。その組織は、被災地に暮らし、すでに小規模な援助活動を組織していた、ミンダナオ出身の若者のネットワークだ。彼らは今、現地の民衆運動との接触を確立しなければならない。このチームは特に、あまり危険ではなく、そこから援助、復旧、社会的再組織活動を現地の連携相手と共に始めることができる、そうした場所を早急に選ぶ必要があるだろう。第二陣のTRIPODチームは現在その途上にある。

長く持続的な
支援体制が必要
 われわれは長期の関わりの始まりにいるにすぎない。この関わりは、基本的な物資の配分や苦しみの緩和が対象となるだけではなく、人々が社会的かつ心理的なショックを克服し、その依存状況から抜け出し、各自が自分自身のためにというよりも協力的やり方で行動するよう手助けすることを含む、そうした集団的作業をも目的としている。
 多くの国際人道組織は、緊急医療、食料援助、子どもの保護などに、専門化している。それらは相当規模の資源を投入し、多くの命を救うことができる。しかしそれらはそこにい続ける意図はもっていない。他方この側面で活動する活動家と民衆のネットワークは、こうした惨害が引き起こす問題の広がり全体に直面する。住居が大量に破壊されたところでは、再結集センターが社会活動再確立を確実にするために考えられなければならない。それらは、問題全体に対応しなければならない。それは、被災共同体が無力な犠牲者という状況から抜け出すことを可能にすることだ――自身の諸権利をはっきり主張するいわゆる犠牲者を快くは見ないエリート権力者との対立という危険を冒して――。
 TRIPODやRDRRACのような組織はわずかの手立てしかもっていないが、必要なことは限りがない。それだけに彼らは、被災住民援助のために今支援される必要がある。しかしもっと長期の任務においても、それらと歩みを共にすることが必要だ。

▼筆者は特にアジアとの連帯活動に関与している第四インターナショナルの指導的メンバー。フランスNPAのメンバーでもある。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一一月号)
  

 

 


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