10.27福島原発事故緊急会議
連続シンポ第2回
再稼働なんてありえない |
一〇月二七日、東京・早稲田の日本キリスト教団で、シンポジウム「拡大する汚染水漏れと被曝労働――再稼働なんてありえない――」が開催された。福島原発事故緊急会議が主催する連続シンポジウムの二回目である(第一回は九月九日、報告は本紙九月三〇日号)。九三人が参加した。
天野恵一さんの主催者あいさつの後、ピースデポ代表で海洋物理学研究者の湯浅一郎さんが「海洋放射能汚染の実態」と題する講演を行った。
問題の根源は
どこにあるのか
湯浅さんは、今年三月一六日の「福島民報」紙に掲載された一般食品の基準値(一キロあたり一〇〇ベクレル)の七四〇〇倍に相当する一キロあたり七四万ベクレルの放射性セシウムを福島第一原発の港湾内で採取したアイナメから検出したという報道を紹介。事故からまる二年経った時点で、超高濃度の底層性魚が港内から出ていることは、原発から放射能汚染水が出続けていることを示している、と指摘した。
その時の想定は@地下に埋設したトレンチなどの汚染水が海に流出Aしみ込んだ汚染物質が地下水に流出し、それが海に出ているB港湾海底土に蓄積したものが溶出というものだった。その後、八月以後あいついで汚染水を貯蔵している地上タンクからの漏えい、配管のつなぎ目からの漏えい。地面の傾斜による漏えいなどが相次ぎ、政府は二〇二〇年オリンピックと東京招致成功のためにも、九月三日に原子力災害対策本部、原子力防災会議の合同会議で、凍土方式の陸側遮水壁の構築、より高性能の多核種除去設備の実現などの「汚染水問題に関する基本方針」を発表した。政府はそれを「抜本的対策」としているが、湯浅さんは対症療法を積み上げただけ、と批判した。
湯浅さんは、「汚染水漏れ」問題の根源は、1〜3号機を中心にいまだに二〇〇〇度C以上の熱を出している溶融燃料の塊が、その存在状態も不明のまま。三つの原子炉内に現存していること自体にある、と指摘した。
さらに海洋の放射能汚染の実態について語った湯浅さんは、今日の汚染水で問題になっている量は、事故直後の放出量の一〇の四乗分の一に過ぎないと指摘し、その膨大な放射性物質群は環境中に移動し、拡散し、生態系の隅々にまで浸透していることを知るべきだと強調した。「『汚染水』問題に関心を持つことは重要だが、そうであれば、より以上に事故直後に放出された物質がどうなっているのかに思いをはせるべき」というのだ。
大気中に放出された放射能の八割は海に入り、海流、沈降流の影響でかなりの部分が海底にたまり、生物にも深刻な影響を与えている、と湯浅さんは訴えた。
作業員への過重
業務押しつけ
次に東京新聞原発取材班デスクの山川剛史さんが「福島第一原発の現場で何が起きているか」について報告。山川さんは、福島第一原発の収束作業のために労働者が非常に濃度の高い汚染水の上で、日々の過重な労働を強制されていることにあらためて注意を喚起した。
「一一月には4号機での使用済核燃料の取り出し作業が始まる。国や東電が何かを約束するとそのぶん作業員への過重業務が押し付けられる。安倍は、汚染水漏れ対策として四七〇億円を投入し、凍土壁の構築などを約束したが、政府が何かを約束すると、『急げ!』というプレッシャーの中で単純ミスが連続する」。
山川さんはさらに、線量の高い所で仕事をしなければならない状況が続くことにより、ベテラン作業員が働けなくなって現場を去り、重大な問題が発生する可能性が高まっていること、オリンピック開催を理由に無理が強制されるだろうことにも警鐘を鳴らした。
極めて緊張感に満ちた二人の提起に対して質疑応答が行われ、海をはじめとした環境への放射能汚染と被ばく労働の実情に改めて注意が払われた。 (K)
10.20反戦・反貧困・反差別共同行動
米軍レーダー基地反対
改憲阻止・反原発をつないで
【京都】「10・20変えよう!日本と世界―反戦・反貧困・反差別共同行動in京都―」集会が、一〇月二〇日午後一時半から京都・円山野外音楽堂にて、実行委員会の主催により開催された。集会には、五三〇人(主催者発表)が集まった。
代表世話人仲尾宏さんによる主催者あいさつの後、特別あいさつとして、服部良一さん(前衆議院議員)、大湾宗則さん(京都沖縄県人会)からの報告を受けた。
続いて、「よりそう、ということは」をテーマに、辛淑玉さんによる講演があり、その後、駆けつけた参議院議員の山本太郎さんからアピールがなされた。
ロックバンドはちようびの公演の後、一橋大学教員の鵜飼哲さんによる、「改憲状況下の民衆闘争の課題」をテーマとした講演が行われた。
連帯あいさつとして、東京から、経産省前テント「ひろば」の正清太一さん、京都からストップ☆大飯原発現地アクションの長谷川羽衣子さん、大阪から、戦争あかん!基地いらん!関西のつどいの垣沼陽輔さんから連帯のあいさつを受けた。
その後、特別報告「京都に米軍基地は作らせない」として、止めよう!経ヶ岬の米軍レーダー・危険な戦争準備を許さない」緊急京都府民の会の大槻正則さん、米軍基地建設を憂う宇川有志の会の永井友昭さんからの報告を受けた。
集会決議、集会のまとめ、行動提起の後、京都市役所前までデモが行われた。
心うつ辛淑玉
さんの講演
辛淑玉さんの講演は、印象深く心に響くものであり、力強いメッセージであった。在日コリアン三世としての自らの生い立ちと子どもの頃の生活、地域での踊りへの参加に際して差別を受けた体験と母とのやりとりなどを、エピソードを交えて話され、日本社会の中で、多くの人に育てられたと語られた。そして、「のりこえネット」を立ちあげるに至った思いについて話された。
最後に、以下の内容の話をされて、講演を終えられた。
「この国は過剰適応し、より日本人の側に入ることによって生きていけるというふうに思う錯覚がある。この社会は一度落ちたら誰も助けてくれない、誰も助けてくれないのであれば、自分だけは落ちたくない、だから蹴落としてでも上がっていこうとする、日本人に愛されようとする。そういう姿を在特会の中にみる。目標にしているのは、向こうで私を殺せと言った人、向こうで私を叩く人たちと一緒に、不愉快でもごはんを食べること、ともにこの社会で生きていくこと。『あんたは一人じゃない、ただ、出会ってないだけだ』ということを言いたい。しんどい思いをして、叩かれて、ひょっとしたら朝鮮人としてなんらかの血を受け継いで、震えて毎日を過ごしている人たちがいる。あなたはまだ出会っていない。日本の社会はもっと豊かで、良心があふれていて、その人たちとあなたはまだ出会っていない。信じていいと。この社会は、信じるに足る豊かな人たちがたくさんいて、そういう人たちと一緒に、差別は嫌だという社会を作ってきた。世界中のすべての人があなたの敵であったとしても、私たちは、少なくともここにいる人たちは、少なくとも私は、あなたのそばにいる」。 (円)
資料 「かけはし」ウェブサイト掲載にあたって
沖縄の「自治・自決・独立」論
にどう向き合うべきなのか 沖縄の反基地闘争は、普天間基地返還の代替とされた名護市・辺野古への新基地建設反対の攻防を経て、自民党沖縄県連などの保守層をも含めた「島ぐるみ」の闘いとして現れている。その中で改めて沖縄に対する米国と日本による共同の軍事植民地支配、沖縄への日本(ヤマト)による「構造的差別」の問題が強く意識され、「沖縄の自治・自決」「独立」の問題が沖縄の知識人や活動家の間だけでなく、一般の人びとの間でも論じられるようになっている、と言われる。沖縄の人びととともに闘おうとする日本(ヤマト)の私たちにとっても沖縄の「自治・自決・独立」問題をどう考えていくか、という課題は避けて通れない。
われわれは一九六〇年代後半から七〇年代初頭にかけて、沖縄の米軍支配に反対し反戦と「本土復帰」をめざす闘いの高揚の中で、沖縄の自決権と「労農自治政府」をめざす闘いに連帯するという立場を打ち出した。それは日本・沖縄・朝鮮半島を一つの帝国主義的支配の構造ととらえ、その打倒をめざす「極東解放革命」戦略に位置付けられていた。
しかし、一九七二年の沖縄「本土復帰」以後、この戦略は事実上放棄されることになった。一九八七年の昭和天皇裕仁の沖縄訪問の意図を契機に新たな展開を見せ始めた沖縄の闘いを契機に、私は一九八七年の「世界革命」紙に「われわれの沖縄闘争路線の再構築のために」と題する試論を掲載した。それは一九六〇年代後半から七〇年代初頭にかけた「反帝労農自治政府」を軸にするわれわれの主張が清算されていった問題を批判的に再検討する試みだった。あわせて、沖縄「本土復帰」闘争の評価にかかわる一九八七年の豊原論文を収録した。
つづいて一九九五年の米軍兵士による少女レイプ事件を契機にした第三次「島ぐるみ」闘争と、それが日本政府による「特措法改悪」や辺野古新基地建設の流れに集約されていく過程で書いた文章が一九九六年の「沖縄の自治・自立」をめぐる二つの文書「沖縄自治・自立論を考える」、「『沖縄自治・自立論』再考」ならびに一九九七年の「九五年秋以降の闘いの中間総括と課題」である。
さらに二〇〇〇年に開催された沖縄サミットをめぐる沖縄の状況について書いた二つの文書「『沖縄イニシアチブ』論争によせて」と「嘉手納包囲の成功は新しい可能性を切り開いた」を収録した。
今日の沖縄の闘いと、その中で着実に広がっている「沖縄の自立・独立」論議に日本(本土)のわれわれがどう向き合い、ともに闘っていこうとするのかを考える上で、これまでのわれわれの立場の総括が必要である。その観点から検討していただきたい。とりわけ、沖縄の人びとならびに「日本」に住む沖縄出身者のご意見、批判をいただければ幸いである。
あわせてカタルーニャ、スコットランドなど先進資本主義諸国でも旧来の「国民国家」の枠組みの見直しを提起する運動が広がっている問題への評価が必要となっていることを付け加えておきたい。 (平井純一)
「かけはし」ホームページにアップした論文
?われわれの沖縄闘争路線の再構築のために(上)
本土復帰闘争と沖縄労農自治政府をめざす戦略 平井純一 「世界革命」997号 1987年6月15日
?われわれの沖縄闘争路線の再構築のために(中)
本土復帰の要求と「沖縄民族主義」めぐる諸問題 平井純一 「世界革命」998号 1987年6月22日
?われわれの沖縄闘争路線の再構築のために(下)
「日本民族主義」の主体的克服こそが鍵である 平井純一 「世界革命」1001号 1987年7月13日
?天皇訪沖阻止を闘うためにB
沖縄「本土復帰」闘争とは何だったのか 豊原嘉明 「世界革命」1015号1987年10月19日
?沖縄自治・自立論を考える
「国民国家の枠組み」を侵食する「完全自治」への可能性 平井純一 「世界革命」1429号 1996年3月25日
?「沖縄自治・自立論」再考 「経済的自立」と資本のグローバリゼーションをめぐって 平井純一 「世界革命」1440号1996年6月17日
?95年秋以降の闘いの中間総括と課題 (上)
新たな展望のために――新安保体制と改悪特措法下の沖縄闘争 平井純一 「かけはし」1489号1997年6月16日
?95年秋以降の闘いの中間総括と課題(下)
新たな展望のために――新安保体制と改悪特措法下の沖縄闘争 平井純一 「かけはし」1490号1997年6月23日
?「沖縄イニシアチブ」論争によせて 沖縄から出された基地容認と日本への従属と統合の論理 国富建治 「かけはし」1639号2000年7月3日
?嘉手納包囲の成功は新しい可能性を切り開いた 平井純一 「かけはし」1645・6号、2000年8月14日
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