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    かけはし2013.年11月4日号

手遅れになる前に欧州反ファシスト運動を


ヨーロッパ

欧州アンチファシスト マニフェスト

統一し、急進的、大衆的、
民主的な全欧州的決起を

 福祉社会、また民主主義の社会として、ある人々からはモデル化されることも多かった欧州各国で、極右の台頭がもはや看過できないレベルに達している。移民や労働者に対する殺人攻撃を伴う極右運動が重大な勢力となったギリシャは、それを先端的に表現している。しかしそれに対する左翼の対抗力は現在弱い。この現実に対し欧州を横断する抵抗の構築が求められている。以下にそれを呼びかけるマニフェストと、そのギリシャでの具体的発進を伝える報告を紹介する。極右問題は日本でも無縁ではない。参考にしていただきたい。(「かけはし」編集部)

 ほとんど全欧州に及ぶ危機の深刻化と全般化は、危機の駆動力と特性だけではなく、屈服することなくなお抵抗を保っている左翼が負わなければならない優先的な任務をも理解させることを、今や可能にしている。

左翼の危機が政治激変の中心


1.それこそが理由となりわれわれは今後、スペイン、イタリア、さらにはフランスのような諸国が一つまた一つと、ギリシャがここ二、三年に経験してきたこととまさに同じく、深くかつ劇的に変化することとなった一つの政治光景に自身が直面していることを見出す限りにおいて、少なくとも欧州南部における「ギリシャ化」に向かう一つの趨勢に注意を喚起することができるだろう。
 さまざまな程度で、しかしますますはっきりするような形で、それらの政治ステムの支柱は、つまりそれらの有力な二大政党システムは、深い危機に入り込んだ(フランス、スペイン)、あるいはもっと言えば崩壊しつつある(ギリシャ、イタリア)。そのことで力を得ているものは、これらの日々まではしばしば前例のない、政治光景の両端に属する政治諸勢力だ。それら諸国の二つ(左と右)の主要な新自由主義諸政党は、代わる代わる権力を維持してきたが――合わせて、有権者の七〇%、八〇%あるいはそれ以上を集めることが普通だった――、今や、低落し始め、あるいは分解し始めることとなった。それらはもはや、市民の選択においては、五〇%、四〇%、あるいは三〇%も許されることがない。

2.古典的右翼もまた苦しめられているとはいえ、市民による忌避の諸結果は主に社会民主主義に打撃を与えてきた。社会民主主義諸政党は欧州のあらゆるところで崩壊の途上にある(ギリシャ、スペイン、イタリア、フランス)。そしてそれらは――時代の一つの印だが――、権力を占めている右翼が当然にこうむるすり切れから得点を稼ぐことがもはやできていない。それらは野党にあるときですらひどく下降しているのだ!
 事実としてわれわれは、ある種終末期のそれ……である特性すべてを身に帯びた、社会民主主義の前例のない危機を目撃しつつある。その結果は歴史的かつ破壊的な変化だ。すなわち、新自由主義諸政党間での政治権力交代を基礎としたシステムの円滑な管理、並びに政治的安定を確保することを常としてきた二大政党制は、その支えの一方を失い、宙吊りのまま、機能を停止することとなった。こうした諸環境の下で、体制の危機は過ぎ去ってはいない。

恐れるべきものは左翼の無能さ


3.われわれが自覚しなければならないことは、欧州左翼が、かつては優勢を誇った諸党を見捨てている怒れる市民たちの希望を統合する状態にはなっていない、ということだ。ギリシャ(SYRIZA)を別にすれば、左翼は欧州のどこでも、信頼性も、組織された強さや社会的足場も、さらになかんずく、確立された秩序を急進的に拒否しながら主なブルジョア諸政党に背を向けるようになった大衆を鼓舞する能力をも、確保していない。
 ブルジョアの支配システムに起きている全般化した危機を前にした欧州左翼の無力さが引き起こしている結末は、資本主義のこうした破壊的大変動の危機を左翼が活用することはないだろう、といった予言に要約されてはならない。しかし悲しいことだが、ここにはもっと悪いことがある。地平線上にすでに浮かび出てきつつあるものは、左翼の無力さを伴ったこの歴史的危機が、人々のアンチシステム反乱を表現する試みの中で、混乱し方向感覚を失った社会の諸部分全体が向きを変えることに、最後には極右あるいはネオファシストとネオナチ勢力へと導くことが、十分すぎるほどにあり得る、ということだ!

4.これは単なる作業仮説なのだろうか? そうではない。これこそまさに、絶えることなくますます数を増す欧州諸国で今起きつつあることなのだ。今やそれは、ネオナチの「黄金の夜明け」の孵化とびっくりするほどの発展を経験した「ギリシャ的例外」とは何の関係もない。それは今や、実体をもつ極右の波の高まりに関わっており、あるいは債務危機と緊縮諸政策からはここまで相対的に免れることができてきた北部欧州諸国においてさえ、多少なりとも反動的なユーロ懐疑論に関わっている。
 この現象の全般化よりももっと重大なことは、わが大陸の歴史に常に印を刻んできたフランスのような偉大な国で、極右が今歴史的な突破を図りつつある、という事実だ。さらに、極右が周辺化されたままにとどまっている諸国(イタリア、スペイン、ベルギー……)においてすら、社会的危機と政治的脆弱さは、情勢は時間をおかずに一種の極右の登場を許す形で展開することが十分にあり得る、という状態にある。それは、伝染という危険を考慮に入れた場合なおのことだ。

5.世界は三〇年代以来巨大な変化を通り抜けてきた……。とはいえわれわれは、一歩一歩と戦間期とその「悪」に近づきつつある、こう言うほどに、事実上、第二次世界大戦以来では前例のない原料すべてと政治・社会危機は今、欧州では一体に置かれている。
 しかしながら戦間期との類似性は、客観的情勢に限られるわけではない。不幸なことにわれわれは、「主体的要素」を、つまり社会の最底辺層で進行しつつあるものを理解しそれに応じて対応する点での、当時の日々にあった左翼とまさに同じ無能さをあらわにしている非社会民主主義左翼を見ている。結論ははっきりさせなければならない。すなわち、恐怖を引き起こしているものは極右の台頭――とはいえそれは猛烈なものであるかもしれない――ではない。怖れを抱かせるもの、また今日と明日の任務を決めるものは、危機を自身の利益に立って解決する点でも、またこの台頭する反動と極右に立ちふさがる点でも、むしろ左翼が無能であること、あるいはそうできないことにある。

すべての利用可能な力の結集を

6.その診断が正しいと仮定した場合、もちろんのこととして、消極的で宿命論的な姿勢すべてを除外し、手遅れになる前に闘うことを選択するということを前提に、われわれがなすべきことは何か? 回答は明白であるように見える。すなわちわれわれは、東部、西部、北部、南部の欧州中で、ネオファシズムとネオナチズムを含む台頭中の極右と対決する長期にわたる闘いを始める目的で、利用可能な力すべてを可能な限りすばやく結集する必要がある、ということだ。

7.しっかりした意識をつくり出すために、そして何よりも実感をもって感じることのできる諸結果をもたらすために、この欧州アンチファシストの集合は一体として統一し、急進的、大衆的、かつ民主的でなければならない。統一よりも分裂を図るすべてのセクト主義的取り組みは、情勢の重心をなすものに対する深い無理解と過小評価をさらけ出すものだ。そしてその重心こそが、茶色の疫病と闘う意思をもつ者すべてを、いかなる排除も許さず集める統一戦線の創出を求めている。戦間期の教訓、すなわち二〇年代のイタリアのそれ、また二〇年代と三〇年代のドイツのそれは、以下のことをわれわれに思い起こさせるためにここにある。つまりそれは、労働者運動と社会主義運動にとって自殺への最短の近道は、それ自身のセクト主義と、台頭するレイシスト、ファシスト、ナチといった極右を前にした分裂を通る道だ、ということだ。

8.アンチファシストを力づけ、長期化する社会的戦争というこの時代において人々の期待を満たすために、このアンチファシストの集合は、急進的であると同時に統一していなければならない。ここでわれわれは、極右はシステムとその経済的基礎を支持するからには――いろいろ言ったとしても結論においては――、極右と民衆の空腹に反対する闘いが有機的に結びついているということを確認するにとどまらない。ここではわれわれは、緊縮政策の犠牲者たちによる反乱を、混乱し部分的であるとしても、犠牲者を生み出しているシステム並びに緊縮策を実行した政治家たちに対する反乱を考慮に入れなければならない。というのも、欧州……のほとんどすべてのところで、貧困を強制され絶望した大衆をファシストや他の右翼過激派へと向けさせているものは、ある種「柔軟」と認められている――理解できることだが――一定の左翼の節制、そして左翼の立派な言葉を行動に移すことに対する拒絶にあるからだ。

9.この統一し急進的な欧州アンチファシストの集合は、市民の自己組織を基礎として同様に否応なく民主的でなければならない。なぜか? 決起した市民だけが極右と闘いそれを打ちのめすことができるからだ。そしてまた、彼らの決起のための不可欠の条件が、彼らの闘い、彼らの目標そしてそれらの行動形態を彼ら自身で決定することにあるからだ。換言すれば、彼らは彼らの運命を自己の手中に収めなければならない。

反動的流れすべてへの闘い必要

10.しかしこれ以上のものがある。極右に対して成功の一定のチャンスをもってわれわれが闘いたいと望むのであれば、われわれは、その闘いをあらゆるところで、常に何よりも世界中で、どのような戦場も無視することなくすべての土俵で行わなければならない。なぜならばそれは、急襲部隊、民兵、街頭の他のレイシストやネオファシストギャングと対決することに関わっているだけではなく、新保守主義反革命によって魂と行為に引き起こされた巨大な荒廃、最悪のレイシスト、反ユダヤ主義、同性愛忌避、アンチフェミニスト、排外主義といった反動とも対決することに関わっているからだ。そしてまったくのところ、大衆的な極右の現在の台頭は天から降ってきているわけではないからだ。すなわちその台頭は、新自由主義の自分本位かつ反人間的「価値」による、家父長的で最終的には人間嫌いの粗野な反革命による、わが社会の系統的な汚染を通して準備されたのだ。

11.すなわち、極右の支柱かつ存在理由であるもの、言うなれば、レイシズム、同性愛忌避、反ユダヤ主義、排外主義、性差別主義、また同様に見境のない暴力崇拝、男性絶対主義、不寛容、これらとの戦争の場にいない限りは、誰もアンチファシストを名乗ることなどできない、ということだ。政治組織や他の組織は、それが同性愛忌避や思考停止の愛国主義や性差別主義をとどめている限り、あるいはその活動家たちにナチスばりの行進をさせ続ける限りは、アンチファシズムの首尾一貫した形態を実践することはできない。
 そうであれば、直接関係する人々――市民たち自身――以外の誰が、彼らが働き、くらし、勉学し、自身を表現し、諸々の関係を築き上げ、愛し合っている場で、それらの日々の戦闘を生み出すことができるのだろうか? 結論ははっきりしているように見える。つまり、アンチファシズムは、効果的であるためには、機構の仕事ではあり得ないということだ。それは、あらゆる場で社会的存在として活動を遂行する、自己組織された市民の仕事でなければならない。進行中の反動的な反革命のあらゆる側面に攻撃をかけないような、またその外形的な現象にのみ闘いを自己限定するようなアンチファシズムは、それだけですでに、無力なものとして現れるだろう。

時間の空費はもはや許されない


12.しかしながら注意しよう。早くも決定的な情勢という極度の緊急事態を前提としたとき、真の二者択一はもはや、極右の脅威の成長に反対して「行動すべきか行動すべきでないのか」というものではまったくなく、すぐに、可能な限りすぐに決定し行動することだ。なぜならばギリシャでは――同様にハンガリーや他で――、あまりに多くの時がすでに空費されたからだ。それゆえに、茶色の蛇が孵化するままにさせてはならない、などと語ってわれわれに警告を与えることはやめるときだ。不幸なことだが、その蛇はだいぶ前にすでに孵化を終えているだけではなく、街頭で行進し、少なくとも多くの欧州諸国に恐怖の種をまくある種の怪物になってしまっている……以上、先の警告はもはや役には立たないのだ。

 したがってすぐに決定し行動しよう! 少なくとも型破りのイニシアチブの産物として、欧州アンチファシストマニフェストは、存在しわれわれの責任に立ち向かうようわれわれをせき立てる大きな長所をもっている。時はもはやある者たちの優柔不断のために、また他の者たちの宿命論や消極性のためにあるものではない。それは同様に、われわれは団結することにおいてのみ、大きな市民大衆のアンチファシストの意志を力づけるに十分な信頼性を勝ち取ることができる、ということを理解したくないセクト主義者のためにあるのでもない。今や、アンチファシストの統一と行動の時であり、欧州アンチファシスト運動を建設する時だ。明日では手遅れとなる可能性があるのだ……。
スペインキャンペーン
ギリシャキャンペーン
フランスキャンペーン
スロベニアキャンペーン
二〇一三年六月二四日

欧州アンチファシスト イニシアチブ

ギリシャ委員会が発足

ヨルゴス・ミトラリアス

 欧州アンチファシストイニシアチブギリシャ委員会の発足記者会見が一〇月一〇日、ギリシャジャーナリスト組合の会議ホールで開かれた。会見に並んだ顔ぶれには、ジャーナリストかつドキュメンタリー作家であるアリス・ハチステファヌー(デットクラシー、カタストロイカ〈作品名と思われるが、前者はデットとクラシー、後者はカタストロフィーとトロイカをつなげた造語と思われる:訳者〉)、国際法教授のゲオルギー・カトロウガロス、SYRIZA中央委員会書記のディミトリス・ヴィツァス、ユニセフギリシャ副代表のソフィア・ツィツィコウ、EEK(極左)書記のサヴァス・ミハイル、SYRIZAの議員ディミトリス・ツォウカラス、活動家のヨルゴス・ミトラリアス、そしてジャーナリストのモイシス・リティスが含まれていた。
 欧州アンチファシストマニフェスト(上に掲載)を支持し参会した諸個人の中では、われわれが注目する限りで、ソフィア・サコラファを始めとして多くのSYRIZA議員、アンチファシストレジスタンスの国民的ヒーローであるマノリス・グレツォス、ジャーナリスト組合の元委員長D・トリミス、ユニセフギリシャ代表のL・カネロウ・ポウロス、専門家・職人・商人連合(GSEVEE)代表、SYRIZA指導部諸メンバー、大学教授たち、指導的なエコロジストたち、黄金の夜明けに関する本の著者であるディミトリス・プサラス、ホロコースト犠牲者遺族協会代表のマリオス・ソウシス、同志ペトロス・コンスタンチヌ、アンチレイシスト・アンチファシスト運動KERFAAの指導者などが、観点をはっきり示しながら討論に加わった。
 老齢のシュールリアリズム詩人のナノス・ヴァラオリティスや作曲家のサノス・ミクロウティコスをはじめ、ギリシャ文化界の著名な人々から支持のメッセージが寄せられた。特に重要なものとして、黄金の夜明けの急襲部隊による犠牲者となり、つい近頃ブリュッセルに逃れたギニア人のママドウ・バから、またさらに、「ファシズム、一九二〇年から一九四五年のナチズムの犠牲者、並びに被追放者および難民国際委員会」代表のスロベニア人イヴィカ・ツニダルシクからもメッセージが寄せられた。

▼筆者は反債務ギリシャ委員会創設メンバー。同委員会はCADTM国際ネットワーク傘下にある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一〇月号)

 


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