欧州と債務
EU・ユーロ危機に関するマニフェスト 「ユーロ自由主義」との絶縁へ
ビビアンナ・メディアルデア他八人(後掲) |
以下に紹介するものは、引き続く民衆的反緊縮抵抗の合流を勝ち取る戦略、そしてそのことを通して現在の欧州危機を労働者民衆を守る形で突破する戦略構想として、筆者たちが発表したマニフェストだ。中心軸は左翼政権の任務と課題であり、現行EUとの決裂・衝突点を具体的に絞り込み、そこでの闘争に全力を尽くすべきこと、したがってユーロ離脱を出発点とすべきでない、という観点が強調されている。(「かけはし」編集部)
欧州は、緊縮、不況の圧力、並びに「構造改革」戦略の下で、危機と社会的退行の中に沈みつつある。この圧力は、ドイツ政府、欧州中央銀行(ECB)、そして欧州委員会の指導性の下に、欧州レベルで厳しく調整されている。これらの諸政策は道理に反し「不作法」ですらある、との幅広い一致がある。財政緊縮は債務の重荷を軽くせず、不況、より高い失業そして欧州民衆内部のより深い絶望を生み出している。
そうであってもこれらの政策は、ブルジョアジーの観点からは合理的なのだ。それらは、利潤の回復のための、金融利得を確保するための、さらに反改良の実行のための、残酷な方法――ショック療法――にほかならない。原理的に見て進行しつつあるものは、将来の生産とGDPに対する金融の請求に関する国家による保証だ。現在の諸危機が国家債務危機という形態をとっている理由こそこれである。 今そこにある衝突に全力傾注を
この危機は、欧州に対するこれまでの新自由主義的構想が実行可能ではなかった、ということをあらわにしている。その構想は、欧州経済が現にあるものよりも均一であると想定していた。しかし諸国間の相違は、世界市場におけるそれらの国の位置、またユーロの為替レートに対するそれらの国の影響されやすさを原因として、拡大した。インフレ率は収斂せず、低い実質利率はそれら諸国内部での高い資本移動や金融、住宅バブルに力を与えた。これらの諸矛盾すべて――通貨同盟の実効化と共に悪化した――は今回の危機以前に存在していたが、もっとも弱さをむき出しにしていた諸国の国家債務に対する投機攻撃を契機に、それらが爆発するにいたった。
この危機に対する社会的かつ民衆的なオルタナティブは、欧州に関するまったく新規の再構築を必要とする。なぜならば、産業の型や環境的持続可能性や雇用構造の再構築のためには、欧州レベルでの、また国際的な協力が必要となるからだ。しかしそれらの世界的な再創出が諸勢力の当面の関係においては到達範囲外にあるように見えているがゆえに、さまざまの国の中での即時的解決策として、ユーロ離脱が提案されている。ディレンマは、ユーロからの危険をはらんだ「離脱」か、労働者の諸闘争から現れる一種のユートピアのような欧州的調和かとして、その間にあるかのように見えている。
われわれの観点では、これは誤ったジレンマであり、今そこにある衝突に向けた実行可能な政治的戦略のために力を尽くすことが重要だ。あらゆる社会的変革は、支配的力をもつ者の社会的利益、彼らの特権、さらに彼らの権力を疑問に付すことを意味する。また、この衝突が主に国民的枠組み内部で起きるということは確かに真実だ。しかし支配階級の抵抗、および彼らのあり得る報復諸手段は、国民的枠組みを超える。
ユーロ離脱戦略は、欧州レベルでのオルタナティブに向けた努力に集中する必然性をもっているわけではない。この意味において「ユーロ自由主義」との絶縁戦略が、オルタナティブ政策に向けた諸方策を生み出すためにこそ必要となる。この文書は、この決裂に向けた綱領を対象としているというよりは、そのような綱領を満たす諸手段に集中したものだ。 財政赤字対処めぐる第一の衝突 われわれは、「バランスシート危機」と技術的に呼ばれ得るものの真ん中にいる。これは、投機に使われた借り入れの縮小と負債の極小化に走る私企業部門が引き金を引いた危機だ。そしてその投機は実体のある基礎的諸要素の支えをもたない虚構的資産の巨大な額にのぼる蓄積によって引き起こされた。実際的な言葉ではそれは、負債への返済を迫られるのは市民であること、あるいは他の言葉では、現在並びに将来の生産と税に対する金融の請求に保証を迫られるのは市民であること、を意味している。
欧州諸国家は、欧州レベルでさらに世界レベルでさえ厳密に調整された一つの行動として、私的債務を国家債務に移し替えることによってそれらを国有化することを、またそのような債務への返済を目的に政策を変えることを決定してきた。それは「構造改革」を正当化するものだが、またそのための動機であり、好機にもなっている。そしてその改革の目的は古典的に新自由主義的な、福祉国家に伴う公共サービスの縮小、社会支出の切り下げ、労働力市場の柔軟化であり、その目的は直接賃金と間接賃金の引き下げだ。
われわれの観点においては、左翼の政治戦略は、この拘束衣を取り除くことができる左翼政権に向けた多数派のための闘いに集中しなければならない。
そこでの課題はまず金融市場と財政赤字の管理から逃れることだ。短期的には、即時的方策として左翼政権は、金融市場の外部で公的赤字に資金調達する道を見出さなければならない。EUの規則はそうした方策のいくつかを禁じており、これが最初の決裂となる。
技術的に見ればあり得る方策は広い範囲にある。そしてそれは新しいものではなく、過去にはさまざまな欧州諸国で使われたことがある。たとえば、富裕な家計に強制される(国家への:訳者)貸し付け、非居住者からの借り入れの禁止、銀行に対する公債の義務的割り当て、配当金の国際移転や金融操作に対する大胆な課税、などがある。そしてもちろん抜本的な財政改革がある。
もっとも単純な方法は、米国、英国、日本などの例のように、その国の中央銀行による赤字への資金手当となると思われる。中央銀行と結んで自身の判断で再融資することを許された、しかし主要には公債の購入に特化した特別な銀行をつくり出すこともあり得よう(ECBは実践的には同じことをすでにやっている)。
もちろんこれは主には技術的な問題ではない。それはEUの指令との政治的な決裂だ。そのような決裂がなければ、公債への資金調達コストの引き上げによって、異端の政策すべては即刻妨害されるだろう。
債務再編から銀行の社会化へ
次いで課題は金融市場から逃れ債務を再編することだ。しかしながら即時的方策という先の最初の組は、蓄積された債務とこの債務にかかる利子の重荷を減じるわけではない。長期的オルタナティブはそれゆえ以下のようになる。すなわち、長く続く緊縮か、それとも債務の帳消しと公的債務に関する当面の返済留保か、このどちらかだ。
左翼政権は次のように言うべきだ。すなわち「われわれは賃金と年金を盗む債務に奉仕することはできないし、そうはしない」と。この留保に続いて左翼政権は、正当化できない債務を標的とした市民監査を組織しなければならない。そうした債務はたとえば次の四つの要素に対応する。
?最富裕家計、企業、「金利生活者」に対する「国庫からの贈り物」。
?「正統性のない」課税特権、脱税、課税制度の最大限の活用、タックスヘイブン、さらに課税の特別控除。?危機の爆発後に行われた財政投入による銀行救出。
?緊縮と失業政策による打撃に応じて、GDP成長率と利子率の差が生み出した雪だるま効果を通した、債務それ自身による債務。
この監査は求められる場合にしたがい、債権の所有権に関するある種の交換という、その大きな部分を帳消しにする賦課に向けた道に導く。これが第二の決裂だ。
しかし国債は同時に民間銀行との間で全面的に混合されてもいる。これこそが、ある国に対する財政投入による救出が全般的に銀行に対する財政投入による救出となってきた理由だ。
新自由主義の指令からの第三の決裂が必要となる。すなわち、資本の国際運動に対する統制、貸し付けに対する統制と銀行の社会化だ。これこそが、もつれ合った債務の絡み合いを解く唯一の合理的な手段だ。結局のところこれが、一九九〇年代にスウェーデンで取られた選択肢となった(にもかかわらずその後には再私有化が続いた)。
ここまで見てきたことをまとめれば、オルタナティブな行程に道を開くということには、首尾一貫した三つの決裂が必要となる。すなわち
?国債の過去と将来の発行に対する資金調達。
?正統性のない債務の帳消し。
?貸し付けに対する統制のための、銀行の社会化。
これらは社会変革に向けた手段だ。われわれはそこにどうすれば向かうことができるだろうか?
決裂推進こそ左翼政権の任務 金融市場からの脅迫に抵抗するために必要とされるこれら三つの決裂を発展させる目的の下に、左翼政権は位置に着かなければならない。そのような政権のための闘いと合流の戦略に対する社会的政治的諸条件は、国毎に大きく違いがある。とはいえ全欧州は二〇一二年夏、ギリシャでSYRIZAが選挙で勝利しそのような政権の基軸を打ち立てる可能性に関心を集中させた。当時そしてその後もSYRIZAは、このマニフェストでわれわれが支持している基本的なテーマに沿ったキャンペーンを率いた。つまり統一左翼政府とは、メモランダムを帳消しにし、賃金と年金、また保健、教育、社会保障といった社会サービスを守るように債務を再編するための連合だ、ということだ。われわれのここでのアプローチは「ユーロのための犠牲ノー」というSYRIZAのアプローチに一致している。
ユーロからの離脱は「ユーロ自由主義」との決裂に対する保証ではない。先のような決裂をはらんだ諸策を持ち込む左翼政権が極めて大胆でなければならないこと、社会主義的綱領に徹底的に集中していなければならないこと、そして大きな民衆的支持を得ていなければならないこと、こうしたことは明らかだ。この民衆的支持は、金融が求める利益との闘いという主要な任務に関し、また完全雇用と共有財の社会的管理のために経済を再構築するという点で、政綱が明瞭であるという条件でのみ得ることができる。
われわれはこの戦略から外れてはならない。債務の帳消しが目標であるのならば、われわれはその目標からそれてはならない。勝利すること、勝利の資格をもつことは、明晰さと政治的首尾一貫性に厳密に依存している。左翼政権の第一の方策は、債務と緊縮に対する戦闘である。
債務と対決するこの有効な政策のために左翼政権は、必要な民衆的支持を得ているという前提の下で、金融が求める利益を統制するために必要な民主的な手段は何でも使う、という準備がなければならない。そこには、戦略的諸部門の国有化という方策、またメルケル政府、ECB、欧州委員会との直接的衝突が含まれる。
民主主義と社会的達成成果の防衛は超国家的レベルで深められなければならない。しかしながらブリュッセル(EU機構:訳者)の政策がそれを阻害するのであれば、その防衛は結局のところ、現にある国民的枠組みのところから確かなものにされなければならないだろう。この衝突はユーロをタブーとすべきものではなく、そこでの代わりとなる選択肢は、ユーロ離脱を含んで開かれたものでなければならない。その際のユーロ離脱は、EUの枠組み内部では他に代わりとなり得るものがまったくない場合、あるいはEUがそれを強要する場合のどちらかにおける選択肢となる。しかしながらこれは出発点ではあり得ない。
ユーロ離脱の結果への自覚必要
あらゆる左翼政権にとっては、ユーロ離脱の困難に満ちた成り行きは明確にされていなければならない。第一にそれは、民主的主権を必ずしも回復するわけではないだろう。つまり、財政赤字への資金手当が金融市場の支配から逃れることになったとしてしかし、この支配は今度は、一国の対外収支勘定に赤字が出る場合はいつでも、新/旧通貨に対する投機によって行使され得るのだ。
第二に、債務の世界的レベルでの重さは、それだけでは減じることにならないだろう。債務がユーロで額面表示されている以上、代わりにそれは通貨切り下げ率に比例して増大させられると思われる。この場合政権は、公債を新たな一国通貨で額面表示するよう迫られるだろう。そしてそれは、債務の部分的帳消しに等しい。たとえ国際的な法的紛争が予想されるとしても、国家にはそうする権力がある。しかし私的企業や民間銀行には同じような主権はなく、結果として、私的債務と金融部門の債務は一国通貨の形でも等価を保つよう増大すると思われる。この枠組みにおいては、信用供与部門すべての破綻以外には必要となる他のものが何もないことによって、諸銀行の国有化が結局は必要となるだろう。しかしこれもまた、国際金融部門に対する公的債務の増大を意味するのだ。
第三に、通貨切り下げによってインフレの進行に火を着けられるだろう。それゆえ利子率には高まる傾向が埋め込まれ、所得の不平等な配分と国内債務という新たな問題を生み出すだろう。
第四に、ユーロ離脱は典型的に、競争力確保のための通貨切り下げを通して市場占有力を得るために設計された戦略、として提起されている。このタイプのアプローチは、全員の全員に対する競争という論理と絶縁するものではなく、緊縮に対する共有された欧州的闘い、という戦略を放棄するものだ。
結論として、EUとユーロからの離脱をオルタナティブとして提起することなく闘いを継続することが、EU内の諸国に向けた抵抗の流出のチャンスを広げることに加えて、左翼政権の交渉力と術策をも広げる。それゆえこの戦略は、孤立主義と民族主義に反対するものとして、進歩的で国際主義的である。 戦略は一方的決裂、そして拡張
競争という新自由主義ビジョンとは対照的に、進歩的な回答は協力を基礎とし、それが多数の諸国に全般化されるならばもっとよく機能するだろう。たとえば全欧州諸国が労働時間を短縮し資本所得に均一の税を課すことになれば、それがただ一国だけで採用される場合にこの政策が味わうことになると思われる逆戻りを、その協力が回避させることになるだろう。
協力に向けた道を整えるために左翼政権は、以下の一方的な戦略を組み合わせつつ、それにしたがわなければならない。すなわち
×たとえば緊縮の拒絶や金融取引への課税のように、一方的に実施される「良」策。
?資本統制のような保護のための並行的な計画。
?これら当初は国民的な基盤における政策を実施するという、EU支配への挑戦がはらむ政治的リスクは、自覚されていなければならない。理想は、たとえば財政刺激策の拡張や金融取引課税の拡張という形で、これらの諸方策がメンバー諸国でも採用されることを可能とするよう、これらの政策を欧州レベルに拡張することだ。
しかし、EU並びに他の欧州の国家エリート、特にドイツ政府との政治的衝突を避けることはできない。こうしてユーロからの離脱は現実性のある選択肢としては排除できない。
この戦略図式は、EUの再創出はオルタナティブ政策を実行する上での前提とはなり得ない、ということをわきまえている。左翼政権に対する結果として起きる報復諸方策は、必要ならば保護主義的方策への依拠をも事実上含む、そのような対抗方策を通して中立化される必要がある。しかしその戦略は、他の資本との競争における民族資本の利害から出てくるものではなく、民衆から浮かび出る社会変革を守るものである以上、通常の意味における保護主義ではない。それゆえそれは、いわば「拡張に向かう保護主義」であり、まさにそこにはらまれた論理そのものが、雇用のためのそして緊縮に対決する社会的諸方策が欧州を横断していったん全般化されたならば、消える運命にある。
EU支配との決裂は、原理の嘆願を基礎とするのではなく、むしろその有効性、公正さ、そして民衆多数の利益に対応し近隣諸国に等しく提起されるその正統性が基礎になる。この戦略的挑戦はそれゆえ、他の諸国内の社会的決起に依拠することができ、こうしてEU諸機構に挑むことのできる勢力関係を築き上げる可能性をもつ。
ECBと欧州委員会が実行した新自由主義的救出計画のここ最近の経験は、EU条約中の一定数の条項を飛び越えて進むことがまったく可能であること、またEU当局がもっと悪いことのために躊躇なくそうしていることを示してきた。結果としてわれわれは、資本に統制を及ぼすこと、また賃金と年金の防衛のための他の仕組みを含んで、最良に向けた諸方策のために同じ資格を取り返す。
この図式の中でユーロ離脱は、われわれが以前指摘していたように、最後に依拠する武器、あるいは脅しとなる。
この戦略は、それらに含まれた協力が高度に重きをなす階級的本性から生じる諸回答の進歩的な正統性に依拠している。それは、EUの現行枠組みとの決裂に関する一つの協力戦略だ。なぜならばそれは、欧州のための新たな建築を基礎としたもう一つの発展モデルという名の下に取り組まれるからだ。それはすなわち、資本に対する共通の課税によって資金を調達されるより大きな欧州予算であり、それは均質化基金や社会的かつエコロジー的に有益な投資に資金を供給する。
しかしわれわれは、この変革を待つことはない。債務と緊縮に対決する戦闘は、社会サービスや共有財、さらに賃金と年金を守る公正な諸方策のように、今現在の任務なのだ。
すなわち、左翼政権のための民衆的戦略は、この民主的な闘いに必要なことすべてを行うために準備されなければならない。われわれはその戦略を支持する。
ビビアンナ・メディアルデア/ダニエル・アルバラシン/フランシスコ・ルカ/ジオルゴス・ガラニス/マリアナ・モルタグア/ナコ・アルバレツ/スタヴロス・トムバズス/エズレム・オナラン
▼フランシスコ・ルカはエコノミストであると共に、ポルトガル議会の左翼ブロック議員。二〇〇五年一月の大統領選挙では左翼ブロック候補者となった(得票率は五・三%)。
▼ナコ・アルバレツは、スペインのバラドリド大学応用経済学科のエコノミストであり、ビエント・スル誌編集委員でもある。
▼ビビアンナ・メディアルデアは、エコノミストであり、ビエント・スル誌編集委員。
▼エズレム・オナランはグリニッチ大学の労働力・経済開発政策教授。以前はミドルエセックス大学の経済学先任講師を務めてきた。第四インターナショナル(FI)イギリス支部のソーシャリスト・レジスタンス、並びにFIトルコ支部の出版物である「新路線」の協力者。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年九月号)
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