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    かけはし2013.年10月7日号

国家機構と対決するヒロイズム


米国

マニング、スノーデン事件の政治的本質

市民的自由と知る権利のはく奪

あらゆる情報を管理するNSA体制

 以下の論評は、チェルシー・マニングが提起している問題に主要に光を当てつつ、国家による権利の抑圧が極度に進行した米国の状況を批判的に概説し、マニングの防衛を訴えている。以下でも取り上げられているが、米国では今、マニング事件、スノーデン事件、トレイボン事件という形で、特に公民権運動を契機に深められてきた人権に対する深刻な掘り崩しが顕著に進んでいることが突き出されている。(「かけはし」編集部)

ベトナム戦争時
のエルズバーグ


 われわれは、「本質的には」諸々の運動から出てくる、そうした社会的公正と社会的解放のヒーローたちについて知っている。ネルソン・マンデラ、ロサ・パークス、エラ・ベーカー、そしてマーチン・ルーサー・キング。ユーゲン・V・デブス。シコ・メンデス。ベルナデット・デブリン・マカリスキー。さらにパレスチナ、フィリピン、中央アメリカにおける草の根の抵抗やその他多くの闘争のヒーローたち、われわれが名前を知っている人々と、われわれがまだ知らないはるかにもっと多いそうした人びとだ。
 次いで、どこから現れたのかわからないヒーロー的個人がいる。それは、おそらくは何らかの形で異議申し立ての雰囲気に影響を受けた、しかし、彼らがそれまでどのような人であったのか、あるいはどのような傾向をもっていたのか、それを示すものがまったくない人たちだ。
 それこそが、普通の人間的資質と問題をもっている普通の女性として、チェルシー・マニング(米軍のイラクでの残虐行為を内部告発し、軍法会議で重刑を受けた、後出追記を参照:訳者)に見えているものだ――彼女(アゲンスト・ザ・カレントは、マニングの意思を尊重し意識して女性人称を使用している:訳者)は、軍入隊に署名したその時に、彼女の道義的羅針盤を確認するようなことはしなかった――。そうであるからこそなおのこと、彼女を守ること、そしてまさしくわれわれ自身の一人として彼女を称えることは、社会的公正を求める運動にとって今や決定的だ。
 おそらく彼女は、ベトナムにおける米国の戦争の背後にあった嘘の暴露を一体として「ペンタゴン文書」を世間に明らかにした、ダニエル・エルズバーグの何十年も前の事例から間接的に影響を受けた。あるいはそうでないかもしれない。いずれにしろ読者は、このヒーローの声明を読むことができ、そうすべきだ。以下は彼女の行為を説明している抜粋だ。
 「諸々の電文を読めば読むほど、私はなおのこと、これは広く知られるようになるべき情報のタイプだとの結論に達した。私は昔、第一次大戦後に書かれた公開公文書にある一文を読んだ。それは、諸国家が秘密協定作成を避け、互いに取引するか対立するかするならば、世界はもっとよい場所になると思われる、というものだ。これらの電文はもっと開かれた外交を必要とする格好の事例だ、私はそう考えた。……これらの電文の公開は合衆国に打撃を与えることはない、と私は信じている。とはいえ私は、それらが他の国民や諸組織の背後に隠された諸々の見解や声明をまったく腹蔵なく表現しているからには、やっかいを引き起こすかもしれないとは確信していた。多くの場合これらの電文は、仲間内の話やゴシップ一覧だ。私が確信していたことは、この情報の暴露は、国務省や他の政府機関内部のある者たちを具合の悪いものにする、ということだ」。
 ダニエル・エルズバーグの時代における政治と司法の空気が理由となって、彼の人生を破壊しようとしたリチャード・ニクソンのもくろみは成功しなかった。しかしジョージ・W・ブッシュとバラク・オバマのより反動的な時代においてはそれは違っている。たとえばクリス・ヘッジスは「マニングは確実に、何年も――おそらくは全人生を――監獄で過ごすという代償を払うだろう。しかしわれわれもまた代償を払うだろう。ブラッドリー・マニングに対する戦争はわれわれすべてに対する戦争だ」と書いている。

イラクで米軍は
何をしたのか

 ヘッジスはもちろん正しい。基礎的道義と人間的品位の観点だけではなく自己利害からも、反戦運動と市民的自由を求める運動がチェルシー・マニングと、また同じくウィキリークスと連帯して立ち上がることを求めている。ちなみに後者は、主流の企業新聞が卑劣にも主要な受取人となることを拒否した後で、彼女の暴露情報を発表した。読者は、マニング防衛委員会のウェブサイトを通して事態の展開を追いかけ、支援を提供することが可能だ。
 政府と軍は報復への強い欲望の中で、二〇年の投獄に彼女をさらした責任についてのマニングの声明を受け入れるとは思われず、彼女に、「敵を助けた」「スパイ活動」「コンピュータ犯罪」という信じがたい罪を押しつけた。
 マニングは「敵」と接触したことは一切ない。誰に対してもスパイ活動などせず、どの政府コンピュータにもハッキングをしたことはなかった。まったく問題はなかった。軍判事は敵を助けたという罪状――リークを報じるあらゆるメディアも同じようにさらされることになると思われる罪状――は除外したが、他のほとんどすべてについてはマニングに有罪を宣告した。本論評が書かれている時点では彼女の判決は棚上げされている。しかしはっきりしていることだが、、彼女の最終的解放を求める民主的闘争は今後何年も続くことになるだろう。
 考える価値のあるもう一つの対比事例がある。彼女がビデオで見たアパッチヘリコプターの航空兵とは違うようにチェルシー・マニングを振る舞わせたものは、一体何だろうか? 先のヘリコプターは、バクダッドの街頭にいる市民たちに上空から銃弾を浴びせ、次いで旋回し、負傷した犠牲者たちを助けようとしていたバン(中には子どもがいた)を火だるましたのだった。
 軍に入隊した時、これらの男たちは必ずしも暴力体質の者たちではなかった。あるいは、アフガニスタンで村の家屋を襲い、男たちを銃撃し、十代の少女たちをレイプし、証拠を消すため遺体を焼いた者たちも、そうではなかった。
 彼らが道義の羅針盤を落とした理由と時期をわれわれは知らない。あるいは、どれだけの数のこれらの者たちが暴力常習者やPSDTに冒された人間時限爆弾となって戻ってくることになるか、それもわからない。今後いずれかの時にそれを見つけ出すことからわれわれを遠ざけておくことに、軍と政府はあらゆる理由をもっている。われわれの洗練された兵器と愚かな指導者たちによってわれわれが粉々にしてしまった人々だけではなく、これらの戦争がわが社会に何を行ってしまったのかについて、真実はあまりに多くのことを明らかにすることになるだろう。

オバマ大統領も
真実を隠ぺい


 あまりに遅すぎるが今後何十年間に、ニック・テュルスの新しい本『動くものは何でも殺せ:ベトナムにおける米国の実際の戦争』のような、大量の詳細情報を提供する諸々の研究が出てくるだろう。テュルスの調査研究は、日常仕事化した市民殺害は「軍の最上層レベルで確定された、考え抜かれた諸方針の不可避的結果だった」、そして「村全体を爆破したり、たった一人の狙撃兵を殺すための努力として広大な領域を爆撃したりすることは、ベトナムの米軍部隊にとっては通常の作戦から出たものではなかった」、といったことを示した。
 イラクとアフガニスタンに関する本当の話は大部分隠されたままにされている。われわれはまさに今、情報管制を解くために、チェルシー・マニングのヒロイズムを、またもっと多くの彼女のような人々を必要としている。それこそが、システムが彼女を、また彼女の普通のまた普通でないヒロイズムの例に続くかもしれない他の者すべてを、打ち砕くと決意している理由だ。
 まだあまりに多くが隠されていると部分的に明らかにされたわが社会の本当の状態にその社会が立ち向かうために、真実が今こそ必要だ。誰もが知っているように、大統領オバマは、トレイボン・マーチン(フロリダの十代後半のアフリカ系少年、銃器などを所持していなかったにもかかわらず、白人自警団員の勝手な判断によって射殺された。その犯人は無罪の評決を受けた:訳者)殺害について、その殺害者であるジョージ・ツィンマーマンの釈放後能弁に語った(マリク・ミアーとメレイザ・フィギュレロによる今号〈アゲンスト・ザ・カレント〉掲載の論評は、この事件と米国内のレイシズムについて論じている)。トレイボンは、悪いことは何もしていなかったにもかかわらず殺害された非武装、無実の十代の米国人だった。しかし同じような一六歳のアブドラーマン・アル・アウラキは、オバマがその名前を決して明かすことのなかった少年だった。
 アブドラーマンは、米軍のドローン(米国が開発し世界の各地で実際に使われている無人機:訳者)による攻撃での死亡に満足を示しつつオバマが米国公衆に報告した、聖戦主義者である米国籍イエメン人説教師、アンワル・アル・アウラキの息子だった。どのような告発も一度として受けていなかった彼の息子がカフェで友人と食事中もう一機のドローンによって粉々に吹き飛ばされたのは、彼の父の死後二、三週後のことだった。この攻撃はおそらく、その後オバマの「対テロ指揮者」となり、今はCIAトップとなっている嘘つきジョン・ブレナンによって命令された。この男はまじめくさった顔で、ドローン攻撃がこれまで無実の市民を殺害したことは一度もない、攻撃はドローンの標的すべてを承認するよう求められている大統領によって無条件に署名されている、と公言した。
 司法省は、ジョージ・ツィンマーマンを市民権侵害の罪状で告訴するよう求められている最中だ。この機関は、それ自身の政府によるアブドラーマン・アル・アウラキ殺害をもまた捜査しているべきだろう。前者の期待が望み薄いものであるとすれば、後者は悪い冗談となる。パキスタン、アフガニスタン、イエメンにおけるドローン攻撃を理由とする何千という死亡した市民に関する限り、これらの包み隠された犯罪については、誰一人裁判権すらもっていない。

NSAと告発者
スノーデンの場合

 米国の住民のほとんどは、理解できることだが、遠くの秘密作戦におけるわが政府の行為を、われわれ自身の生活に直接影響を及ぼすものとは見ていない。しかしそれらの行為はわれわれを、国家安全保障局(NSA)告発者のスノーデンの事件に直接導いている。スノーデンをそれほどまで「危険」にしているものは、何よりも、米国市民が享受していると想定されている諸権利に対してこれらの戦争が実際に意味しているものを隠そうとしている、そのベールを彼が引き裂いて取り去ったことだ。
 あらゆる電話通話、Eメール、グーグルリサーチなどが闇サイトのNSA巨大ファイル内にすべて蓄積されているという事実は、その日常的生活の安全確保があまりに危うくなりすぎている人々、また北ワジリスタンの部族地域やイエメンの沙漠で今週われわれが殺害中の多くの人々についての心配で緊張させられている人々、そうした多くの人々を呆然とさせている。それはある問題をむき出しに提起した。つまり、政府の「テロとの戦争」は米国の住民を潜在的危害から守っているのか、あるいはその住民を標的にしているのか、という問題だ。
 「スノーデン氏のリーク以前に」秘密監視プログラムに対しより大きな監視と「透明性」をもたらすための見直しを命じていた、と強調した大統領オバマの声明は、明白だが、誰もだまされない後出し一面記事だ。NSAの国内スパイプログラムに対しなされるかもしれない弱々しい「改革」はどんなものであれ直接に、スノーデンによる諸々の暴露のおかげとなるだろう。
 米国政府がボリビア大統領のエボ・モラレスの航空機に、スノーデンが搭乗しているかもしれないとの嫌疑で飛行差し止めを命じた時、この政府は、その友人を含むラテンアメリカ中の人々を激怒させた。そして、とても起きるはずはないということが明白だった、ロシアがスノーデンを追い返すようにという要求を、公然とけたたましく持ち出したことは、まさにプーチン政権に、ワシントンの顔に砂を蹴りかけるためのただの銃弾を与えた。このどれ一つとして、帝国の大統領職を現在握っている者にとって、まさしく国内的なあるいは外交的な勝利とはなっていない。
 確かなこととして、ロシアによるスノーデンに対する暫定的な難民承認は、人権に対するこの政権の支持とはいかなる関係もない。反対派の政治的人物からプッシー・ライオットにいたる、この政権自身が抱える異論派に対する政権の対処、またLGBTの人々に対するほとんど中世と見間違うような犯罪視は、未開という以上だ。スノーデンに今逃げ場所を与えている行為は、ロシア国家とこの政権の利益に基づく行為だ。そしてそれは確実に、長期的には頼りにできない。しかし現時点でスノーデンが米国政府の支配が及ばないところにいること、そして少なくともロシアでは、ドローンの攻撃にさらされやすくなるはずがないこと、これらは極めてよいことだ。

帝国の機構と
国家安全保障


 チェルシー・マニングとエドワード・スノーデンに対する米国政府の追跡は、ウィキリークスの重要性に変わりがないこと、また「刑事裁判」システムがその創設者であるジュリアン・アサンジをとらえた場合に彼を待ち構えているもの、これらをもまたはっきり示している。ウィキリークスがないとしたらわれわれは、どれほど多くを知らないことになるだろうか。スウェーデンでの性的攻撃という申し立てに関し尋問に応じるべきだというアサンジへの要求は、それ自身としては正統だ。しかしそれを不可能にしているものは、ほとんど確実に、一度でもそうすれば彼は、密封された「スパイ活動」告発状に基づいて米国に転送されるだろう、ということだ。以前の編集部声明でわれわれが強調したように、バラク・オバマの大統領期間は人権上では惨害と成り果てた。それは彼自身の欠陥が本質的な理由ではない。また議会における右翼の力が理由だというのも本当ではない。そのどちらでもないその理由は、何よりも、世界を支配しそれを監視するという米国の帝国的衝動、そしてそれが生み出す不可避的な成り行きと吹き返しだ。
 帝国の機構とその国家安全保障という秘密状態をものともしないこれらの諸個人は、運動から出てこようが、あるいはどこから出てきたかわからないように見えようが、極めて貴重だ。チェルシー・マニングはノーベル平和賞に値し、エドワード・スノーデンは自由勲章に値する。彼らは、われわれの感謝に、そして運動が差し出すことのできるどんな連帯を受けるにも値する。

【追記】(二〇一三年八月二七日)
 本号が印刷に回されてからほんのわずか後、ブラッドリー・エドワード・マニングに対する軍法会議審判の判決は、三五年の投獄刑を言い渡した。それは告発官による六〇年かそれ以上という要求よりは短かったが、それに対して誰一人処罰を受けてこなかったイラクでの米国の戦争残虐行為を暴露したマニングの「罪状」に対しては、衝撃的なほどに過酷なものだった。その後すぐマニングは、誰もが知っているように、チェルシー・エリザベス・マニングと呼ばれ、女性として認識されるよう願う、と明らかにした。
 もちろん変わらなかったものは、「われわれの部隊を支える」という顔の陰に隠れている嘘つき政治家については言うまでもなく、兵士から指揮官の将校まで、また高位のレベルの幕僚たちにいたるまでの、まったく多数の軍の諸個人が彼らの羅針盤を投げ捨てたその時に、マニングが道義の羅針盤を保つ点で示したヒロイズムと非常な勇気だ。今それに加わる要素は、彼女が本当はそうであるものとして公然と生きるという、チェルシー・マニングの決断であり、軍刑務所の境界の中でそのようにする彼女の権利を守るために行われなければならない闘いだ。
 この闘いには、その提供を拒否すると軍が語っているホルモン療法を受ける彼女の権利が含まれる。加えて、軍刑務所を律している規則は、教育課程、並びに一〇年以内の執行猶予による釈放の資格をマニングに与えている。彼女のジェンダーアイデンティティーに対する報復として、チェルシー・マニングが先の諸権利の喪失に直面するようなことを許してはならない。マニングの防衛の中で高まってきた運動は、今やその努力を倍化しなければならず、疑いなくそうするだろう。
 正義が真に求めるものは、チェルシー・マニングが今無条件に解放されることだ。その決定は、恩赦あるいは宣告刑の減刑に関する権力をもっている大統領バラク・オバマの傍らで止まっている。その決定を行うことは、オバマがマニングが示してきた勇気のわずかな部分を示すことを求めるだろう。われわれは、確かなこととして、結果を待ちつつ息を凝らしたりはしないものの、チェルシー・マニングに対する大統領恩赦の要求にわれわれの声を付け加える。

▼『アゲンスト・ザ・カレント』は、米国の急進的社会主義派の再結集組織であるソリダリティーの機関誌。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年九月号)


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