9.9 東電福島原発事故責任者不起訴処分
告訴団怒りの記者会見 |
【福島】東京電力福島第一原発事故を招き業務上過失致死傷罪容疑などで刑事告訴・告発された勝俣恒久前東電会長ら個人三三人と東京電力について、九月九日、東京地検は全員を不起訴処分とした。「巨大津波の予測は困難で被害を避ける義務の違反もなかった」を理由として「嫌疑不十分」とした。
この東京地検決定の直前、同じく告訴を受理し捜査していた福島地検は本事件を東京地検に移送した。これにより、検察審査会申し立てを福島で行うことが極めて困難となった。この両地検の決定は、事故責任者と東電、保安院原子力委員会幹部等を免罪するのみならず、原発被害者の正義を求める闘いの手を縛ろうとする卑劣極まり仕打ちだ。
悲痛な叫びは届
かなかったのか
この不起訴処分を受け、福島原発告訴団は同日夕、福島県庁で記者会見した。武藤類子団長は、「何度も求めていた強制捜査を行わずに全員不起訴としたことに驚きと憤りを感じている。検察には被害者の悲痛な叫びが届かなかったのか。原発事故で地域や家族が引き裂かれたのに、その責任が誰も問われないのか。信じ難い」と怒り、「原発事故がどんな事故だったのか。何を奪い、もたらしたのかを明らかにし、汚染水や、甲状腺異常など被害がさらに拡大している中、闘い続ける」と訴えた。
九月二九日に告
訴団の全国集会
福島地検が東京地検に移送したことに対しては、「被害にあった福島県民が福島の地で審査するのが筋。福島で審査会が開かれるよう要求していく」と、対策を検討し申し立てを行っていくことを明らかにした。告訴団は「わたしたちは挫けない!原発被害者は生きるために正義を求める!」との声明を発し、(別掲)九月二九日に福島県の郡山市で告訴団の全国集会を開催することを決定した。
またも悪意のぞ
く事実歪曲報道
この不起訴に関する報道は、検察側のリークにより八月の段階から繰り返されてきたが、テレビ・新聞・インターネットでは、「東電旧経営陣・菅元首相ら、全員不起訴」といったように常に「東電と菅元首相」がセットで伝えられてきた。福島原発告訴団が告訴したのは、東電経営陣と東電・保安院・原子力委員会・御用学者らであって菅元首相ら政治家ではない。わざと誤解させ、告訴団の闘いを歪め疑問を抱かせる手法である。気づいた一人ひとりが報道各社に抗議し改めさせる必要がある。
汚染水漏れ放置
にも経営陣告発
福島原発告訴団は、九月三日、福島第一原発の汚染水問題についても必要な注意を怠ったため放射性物質を海洋に放出させたなどとして、東電の武藤栄元副社長ら現・旧幹部三二人と法人としての同社を公害処罰法違反容疑で福島県警に告発した。告訴団は、東電幹部らが遮水壁の設置を「後追いにならない備え」と認識しながら一〇〇〇億円という高額費用を理由に先送りしたことを内部資料をもとに指摘し、「安全より金優先」の東電の体質が今日の危機的事態を招いたと告発理由を示している。「汚染水は港湾内の〇・三平方kmの範囲内に完全にブロックされている」などというIOC総会での安倍首相のデマ発言を許さない闘いと合わせ、経営陣に責任を取らせる運動をさらに強めていかなければならない。 (N)
検察の不起訴処分に接して、
福島原発告訴団の声明
福島原発告訴団は、昨年6月11日、福島地方検察庁に対して、東京電力の勝俣恒久前会長・清水正孝元社長、元原子力安全委員会の班目春樹委員長ら計33人を、東京電力福島第一原発事故で大量に放出された放射性物質により福島県民などを被曝させ傷害を与えた業務上過失致傷罪などの容疑で告訴し、また避難中になくなった双葉病院の患者さんや原発内での作業中に亡くなった労働者や被曝した人について業務上過失致死罪の疑いで告発した。続いて昨年11月15日には、全国から1万3千人余が告訴・告発をした。これに対して福島地方検察庁は、本日、全員不起訴の処分を公表した。
わたしたち福島原発告訴団は、たった一度の家宅捜索さえ行わず、強制捜査もないまま、全員不起訴の処分が決定されたことに対して、果たして捜査は尽くされたのか、そして徹底捜査の上に下された判断なのか、根本的な疑問を持たざるを得ない。
本件処分は、人類史上かつて経験したことのない最大級の公害事件であるにも拘らず、我が国における法と正義が貫かれたのか、法の下に被害者が救済される道を開いたのか、歴史の審判に耐えうるものとは到底思われない。
翻って、福島原発事故は、事故以来2年5ヶ月が経過したが、今なお収束の見通しさえ立っていない。被害者は、放射能汚染と被曝の脅威を前にして、15万余の人々がふるさとを追われ、家族や地域共同体が分断され避難生活を強いられている。当たり前の日常生活を奪われたまま、生存権をはじめとする基本的人権が侵害され、疲弊と困難のただなかにある。
原発震災発災の2011年3月11日、福島第一原発の建屋の中で帰らぬ人となった東京電力社員、避難の最中次々と力尽きた双葉病院の50名の患者さん、津波被災地の沿岸部で福島原発事故による避難指示で救助できなかった多くの命、相馬市や須賀川市など各地で、生業を奪われ絶望の果ての多くの自死、これらはすべて原発事故による死者だ。
かけがえのないいのち。亡くなっていった人々の無念を想うと涙が溢れる。放射能汚染と被曝の脅威にさらされ、離ればなれになった家族、分断された共同体、小児甲状腺がんなど健康被害の現実を想うと、悔しい限りである。本件不起訴処分は、疲弊と困難を極めながら、各地でもがき、涙をふきながら生き抜こうとするわたしたち福島県民を始めとする被害者を愚弄し、その生きる道に立ち塞がる邪悪な試みである。
検察は、傷ついた被害者の心に寄り添い、巨悪を眠らせないという基本姿勢を忘れたのか。
検察は、福島県民はじめ被害者の窮状を理解しているなら、そして、この国の国民の信頼に足る確たる法治国家の番人たろうとするならば、不起訴処分を撤回しなければならない。
福島原発告訴団は、挫けることなく、被害者が生きるために、正義を求め、「検察審査会」に即刻申し立てをする。この国に生きるひとりひとりが尊敬され、大切にされる新しい価値観を若い人々や子どもたちに残せるように、手を取り合い、励まし合い、立ち向かっていく。
鮫川村放射能汚染ゴミ焼却炉爆発事故
公開での原因究明を
【いわき】八月二九日、鮫川村放射能汚染ゴミ焼却炉が爆発事故を起こした。焼却炉の近郊の住民は爆発音は午後二時頃二回あり、地響きを伴い直後には白い「もや」も発生したと発言している。
環境省は、事故の発生を報告した。その経過を、運転員が焼却炉運転中に異音を聞き、運転を順次止めた。異音の原因を、焼却灰(灰は焼却灰と飛灰の二種類がある)運搬用コンベアーカバー(焼却灰の固化を目的に上方へ移動)の破損とした。
翌日福島県内の各紙は焼却炉に事故が発生し運転を停止していることを報じた。その内容は発表そのままだった。そして九月二日環境省は事故の原因を操作員のマニュアル違反と発表した。
マニュアルで定める手順は「焼却炉とコンベアーの間にあるゲートを開け、炉に溜まっている灰を除去してからゲートを閉めた後運転を始める」となっているが、運転員がゲートを開放したまま運転した、そして炉で発生した酸化炭素やメタンが高温の焼却灰と共にコンベアー設備に入り込み、引火、爆発した、というのだ。
環境省の矮小
化は今も続く
この段階になっても環境省は焼却炉爆発事故の矮小化を続けている。多数の周辺住民の証言「地響きを伴う爆発音が発生した」に対して、発表した経過の中では、音を異常音と矮小化し発生は二回、一回目はパンという大きな破裂音、二回目は一回目よりより小さな破裂音としているのだ。環境省は今後有識者を交えて再発防止対策をまとめるとしている。
この事故により周辺住民の安全性確保に関する環境省の説明が全く信用出来ないことが露わになった。事故が発生した午後二時四五分、現場事務所が真っ先に連絡したのは、事業者の日立造船であり、次に環境省であった。環境省は午後三時一五分、鮫川村、北茨城市、いわき市、塙町等周辺自治体や福島県産業廃棄物課等関係各省へ連絡した。
しかし地元=棚倉消防署への連絡はなく当日午後八時三〇分棚倉消防署が環境省へ問い合わせたというのだ。現場事務所から、警察署及び消防署へ連絡することになっていた緊急対応連絡網は全く機能しなかった。失墜したのは施設の管理運営体制や危機管理体制にとどまらず、焼却施設の安全性そのものに及んでいる。環境省は九月二日の発表を第一次発表とし、事業者=日立造船、と共に原因の調査を進める、としている。
しかし、地元住民は環境省が事故原因を発表する前に八月三〇日に焼却物質(稲ワラ等)の発酵ガスの可能性があると指摘していた。運転前に環境省が発行した施設の説明によると、可燃性ガスは漏れない構造になっていた。しかし今回の発表では焼却炉の回転軸の隙間からガスが漏れていた。環境省は事故により周辺の空間放射線量の異常はない「放射性物質の外部への流出はない」としている。
しかし爆風で放射性物質が飛び散った可能性の存在等の疑問が多く指摘されている。事故の原因究明を日立造船や環境省に委ねることは出来ない。周辺自治体に居住する市民の自主的な原因究明が問われている。環境省は事故の原因について公聴会を実施せよ。一方的説明会の信頼性は地に落ちた。反対派も議論に加えろ。 (浜西)
投書
「ひろしま 石内都・
遺されたものたち」を観て
木村 正
「ひろしま 石内都・遺されたものたち Things Left Behind 」(リンダ・ホーグランド監督作品/二〇一二年/アメリカ・日本合作映画)を観た。
広島の被爆をテーマに石内都(いしうち・みやこ)さんが撮影した写真展がカナダのバンクーバーにある人類学博物館で開催された。「被写体は被爆し亡くなった人々の遺品たち」(P=この映画のプログラム)だ。石内都さんは、「ひろしま」を「遺品というよりは形見として写真に写しとった」(P)と述べている。この映画は、写真展の模様を一年以上にわたって撮影したドキュメンタリーだ。
リンダ監督が語る。「彼女(石内都さん)が主役なのではなく、彼女の写真が主役なんです」(P)。写真展の会場で作品を食い入るように見ている人がいた。「インタビューしてみたら、からっぽの靴の写真を指して広島、長崎と聞くと、大量の殺りくを考えてしまう。何がそこで起きたか。みんな消滅して、靴しか残らなかったんだ」という答えが出てきた」(P)。飯沢耕太郎さん(写真評論家)は述べている。「しまい込まれていた状態から注意深く広げられ、あるべき場所に配置された衣服、履物、眼鏡、時計などは、それ自体がなまなましい生命力を発しているがゆえに、逆にその持ち主の不在を強く意識させずにはおかない」(P)。
韓国の若者が語る。「この着物はすごくやわらくて、すごく綺麗で、日韓併合時代を思い出します」(P)。映画は、日本は加害者だったのだということを明らかにする。
映画は、トーテムポールも先住民(ファースト・ネイションズ)のある種の遺品なのだと語ることで、観客に先住民のしいたげられた歴史についても考えさせる。映画の中に、修学旅行でバンクーバーに来ていた二〇〇人の広島の少女たちがうつっている。リンダ監督が語る。「『この子たちが六七年前に死んだのよ』それは私が編集に込めたメッセージです」(P)。ダイ・インは「人びとが死んだ(殺された)こと」を想像させるが、修学旅行生たちは「人びとが生きていたこと」を想像させる。
リンダ監督は語る。「根本的なアメリカ人のアイデンティティって、どんなリベラルな人でも、(アメリカ人は)他の国民より偉いと思っているんです」(P)。「アメリカ人はなにをやってもいい。だからオバマも、平気でドローン(無人の偵察・攻撃機)で三千人の人間を殺している。でも『ひろしま』を観るとそれが問題になるんです。やっぱり偉くなかったんだ、悪いことをしたんだ、と。ゆらぐんです」(P)。「原爆に関して、(アメリカが)謝罪していない大きな理由は、もう一回使いたいからでしょう。謝罪したら使えないから」(P)。
被ばく者を思い、広島・長崎を考え、「アメリカ正義神話」から解放され、あらゆる核に反対し、日米安保に反対する。そのことに、この映画が役立つと良い。私はそう思った。
(二〇一三年八月一八日)
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