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    かけはし2013.年8月26日号

本質は国情院の選挙介入隠し


キャンドル、国情院、NLL? むしろ外信をご覧なさい

機密・北方限界線(NLL)の流出

 大きな絵を鑑賞する時、あまり近くにいるとキチンと見ることができない。1歩2歩と下がりながら距離を置いて見ると、全体の輪郭がだんだんと明らかになる。それでも充分でない時には、最初から細目にしたまま絵を見ると視覚が単純になる効果を見ることができる。国家情報院関連の事件を報道している最近の外信の記事が、まさにそうだ。韓国の状況がよく分からない各国の読者や視聴者のために1歩、離れて事案を単純化しておくので、むしろ本質が明確になる。

単純化で明らかになる本質


 最近の国情院事件関連の懸案は大選(大統領選)への介入事件と北方限界線(NLL)、検察・警察の捜査や国政調査などが乱麻のように絡まっている。乱麻がはじけ出してくるニュースをバラバラに報道している国内メディアの記事だけでは全体の絵を読み解きがたいことも多い。外信の各記事は、その点ではまるで異なる。米国オンライン・メディア〈グローバル・ポスト〉7月18日付の記事は、米国家安保局(NSA)の無差別な情報収集にあてつけて、「韓国で繰り広げられているスキャンダルは、そのような国内の諜報活動がどれほど簡単に民主主義を棄損させることができるかを見せつけている」と指摘する。記事の組み立ては以下の通りだ。
 @キャンドル・デモを触発した今回の事件は、2つのことが1つに合わさったものだ。
 A6月末に国情院は、敏感な文書である2007年の南北首脳会談対話録を流出させた。対話録は野党に不利になりかねない内容だ。
 Bだが、この文献を公開した目的は他のところにあるものと思われる。国情院が昨年12月の大選に介入した事件から大衆的関心をそらそうとする意図だと見る見方がある。
 C国情院の職員らは大選を前に、インターネット上にパク・クネ大統領を支持する多くの掲示物、コメントを作成した。左派に対しては北韓(北朝鮮)に同調する共産主義の煽動勢力だと誹謗した。だが宣伝活動は遠からず発覚し、ウォン・セフン前・国情院長は、これを指揮した容疑で起訴された。前・ソウル地方警察庁長も当初の調査結果を歪曲した容疑で起訴された。
 D国情院は「国家安保に否定的影響」を与えることを憂慮して対話録を合法的に公開したのだと語ったけれども、このような文書は15年間、機密として保管されなければならないし、国会議員の3分の2が同意したときにのみ公開され得る。
 E昨年の大選でわずか3%の得票差で当選したパク・クネ大統領は自らは全く知らないことであり恵沢を受けたこともなく、前任者であるイ・ミョンバク大統領がやったことだと主張する。
 F独裁者であるパク大統領のアボジ(父)パク・チョンヒは、1960〜70年代に国情院の前身(中央情報部)を投票のでっちあげ捜査など「暗い仕事」に動員した。
 G国際危機グループ(ICG)では「パク大統領は全く傷つかないこともあり得るが、最悪の場合には弾劾されることもあり得る」とする。国情院改革の必要性を主張する声も高まっている。

政治弾圧に情報機関を活用

 国情院事件について米国の主要メディアが指摘しているのは大同小異だ。NLL論難―自体が、国情院の選挙介入事件から関心をそらそうとする国情院と与党セヌリ党の強引な試図だ、という部分だ。
 「国情院は機密文書である2007年の南北首脳会談対話録を公開するとともに危険な政治的対立を触発した。…文献を見ると、会談でノ・ムヒョン元大統領が、韓国はNLLを放棄すべきだという確実な言及をしたことはなかった。…パク・クネ大統領が当選した昨年の大選に介入したという疑惑で国情院が攻撃されている時点で、全文を公開したのは国情院の反則だと野党議員らは主張している」(〈ウォール・ストリート・ジャーナル〉、6月25日)。
 「保守派の議員たちは対話録を通じて、ノ前大統領が安保を守るというよりは北韓と協力する方を好んだということが立証されたという。進歩派の議員たちは国情院が1つの問題(選挙介入)から注意をそらそうとするために新しい論難を作ったものだという。…権威主義の指導者だったパク・チョンヒは1961年のクーデターで執権し、学生デモを弾圧するのに情報機関を活用した。野党は、情報機関が今回、似たようなやり方で(娘である)パク・クネ大統領を手助けしていると主張する。…専門家たちは、選挙介入事件が対話録関連の論難よりもはるかに深刻だと語っている」(〈ワシントン・ポスト〉、7月7日)。
 警察捜査の発表、ウォン・セフン前院長の起訴、NLL対話録の公開など、主要な局面を欠かさず報道してきた〈ニューヨーク・タイムス〉は6月25日付の記事で「パク・クネ大統領は依然として人気が高いが、政治的論難が大きくなるとともに彼女のセヌリ党が反撃を始めなければならないほどになった」としてNLL論難を取り扱った。記事ではNLL論難の登場を、こう描写している。「野党は(国情院の選挙介入事件関連の)検察捜査が歪曲されたとし、国会での国政調査を主張して踏み出した。すると突然に与党が2007年の南北首脳会談についての主張を蒸し返した。だが6月25日に公開された対話録には『爆弾』はなかった」。
 フランスの〈ル・モンド〉もまた6月29日付の記事で国情院の対話録公開と関連して、「このような決定は政治的中立の義務に反し、不法とも言い得るものであり、政治に介入したものと解される」と伝えた。新聞は7月18日付で「保守派の指導者(パク・クネ大統領)は、ずっと(国情院の)支援を受けた事実を否認する一方、大多数のメディアとセヌリ党支持層の支援の中で、これにフタをするのに苦労している」と伝えもした。

外信を回し読みしたあの時代


 対話録の論難ではなく、その内容に関連した報道の中で目についたのは日本のメディアだ。〈朝日新聞〉は6月26日付の記事で、対話録の中の日本関連の発言を条目ごとに詳細に伝えた。特に両首脳が安倍晋三総理(当時)について、信じるに足りないという感情を共有したことに関して、「日本政府は当時、南北首脳会談を契機として北・日関係を進展させようとする計画であったのであり、このためにノ元大統領が仲裁者の役割を担ってくれることを望んでいたけれども、実際には南北両者から冷淡な取り扱いを受けた」のだと評価した。非公開だった対話録の内容が隣国にまで公開されるとともに、外交関係に波紋をもたらし得ることを示唆している部分だ。
 ただし、中国のメディアでは国情院の選挙介入の論難について報道した内容は見いだしがたい。中国ではもともと外国の選挙不正についての報道がなされないと言われる。民主主義がキチンと定着できておらず、選挙制の問題点を指摘されている中国では、いかに外国の選挙で不正があったとしても官営メディアはなかなか批判しがたいからだ。
 かつて、国内の消息について外信を通じて接していた時期があった。メディアの環境が自由でありえず、政府に批判的な記事が極めてまれだった軍事政権の時期だった。当時、国内で公式的なルートで輸入された外国の週刊誌の韓国関連の記事は墨で真っ黒に塗られているかメタメタに切り刻まれて読むことのできない場合が多かった。人々は他のルートで記事を入手し、よく回し読みをしたものだった。今は、そんな時代ではないのに外信の報道によって事件の実体がキチンと伝えられることを望んでいる人が多い。メディアが自由でありえないのだろうか、それともメディアに自由が必要でないのだろうか。(「ハンギョレ21」第973号、13年8月12日付、キム・ウェヒョン記者)

7月10日、2人の男の食い違った運命

1人は手錠姿、1人には翼が

 ブラジルにおける社会主義左翼の再建が、前進に向け重要な一歩を印した。七月七日、国中に広がったここしばらくのデモの熱気がなお残る中、およそ一六〇人の代表がPSOL内部に組織されたブラジルの革命的左翼の新たな政治組織を創出する評議会に出席し、三つの潮流、コレクティヴォ・ソシャリスモ・イ・リベルタード(CSOL)、エンラス、コレクティヴォ・ルタ・ヴェルメルハ(CLV)の間の統一を承認した。
 この会議には、コレクティヴォ・オプシオン・ソシャリスモ(COS)と「ブラジルと発展」(B&D)共同体の代表もまた参加していた。これらの組織もまた、新組織、並びに「社会主義的民主主義と社会主義者の合流」諸組織の七〇年代における起源となる中核の創立者何人かと共に、討論の動きを始めつつある。
 マルクス主義、国際主義と一体化し、PSOLの一部である三つの流れの合同は、一〇月五、六日の全国会議で仕上げられることになっている。新組織の名称はその時に決定されるだろう。エンラス、CSOL、CLVはこの主導性に基づいて、この歩みに合流する他のグループと共に、採択された政治決議が述べるように、「われわれの夢に値する、民主的でフェミニズムの、また反レイシズムかつ環境主義でリバタリアンの革命的マルクス主義組織」を建設しようとしているところだ。
 この新しいグループはすでに二〇の州と連邦地区にメンバーをもっている。しかし統一提案は関与しているメンバーを超えた広がりをもち、それは、ブラジル社会主義左翼の断片化に向かっていた流れの逆転を示している。この流れは特に、労働者党のブルジョア秩序への接近後に強まっていた。新組織は、左翼野党として、若者たち、労働者階級、そして意識の前進過程を組織する上で助けとなるツールとして、社会諸闘争と政治的諸決起の道具として、PSOL建設に関与し続けている。
 この会議の中で、原理憲章と政治情勢に関する一つの決議が採択され、新組織の暫定全国調整機関が選出された。それはまた、この数カ月で達成された最初の政治的統合である、「ア・ラ・イズクエルダ」誌をも創刊した。

▼筆者は、世界女性行進の戦闘的活動家であり、PSOLの全国指導機関メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号

 


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