六月にブラジル全土をおおった民衆の決起は、トルコでの決起に続いて世界に一つの驚きを与えた。今後にもつその意味については多方面からの考察が必要だと思われるが、以下では、ジョアオ・マチャド同志による限定的ながら簡潔にまとめられた総括を紹介する。基本的には、本紙七月一五日号から連載した同人へのインタビュー骨子があらためて整理されている。また別掲記事として、ブラジルの革命的左翼組織の新しい再編が進行中であることを伝える報告も紹介する。その中ではこの再編と六月決起の結びつきが特に強調されているわけではないが、まったく無関係とは思われない。六月決起のもつ意味に重要な示唆を与える一つの素材としても、マチャド同志の総括と合わせて活用していただきたい。(「かけはし」編集部)
若者を中心に多
様な層が街頭に
六月一三日から三〇日まで、ブラジルはこの三〇年で最大のデモを数々経験した。四〇〇を超える町や都市で、何十万もの人びとが毎日のデモで街頭に出た。少なくとも二日――一七日と二〇日――に関しては、国中で優に一〇〇万人を超える人々が抗議に立ち上がった(後者の日街頭には、リオデジャネイロだけで、一〇〇万人以上の民衆がいた)。デモ参加者のほとんどは若者(学生と賃金労働者)だったが、後ではその他の層、特にブラジルの最大の諸都市内部やその周辺の貧しい共同体に住む人々も合流した。
街頭進出には主に三つの理由があった。
a)公共交通値上げ反対(そして、質の改善と並んで、切符価格の値下げ要求)。
b)影響を受ける共同体の諸権利が尊重されない(インフラ計画に道を付けるための当地住民追い立てを伴った)ままでの、コンフェデレーションズカップと二〇一四年ワールドカップへの高水準の支出並びにこれらのイベントのエリート主義的性格に対する反対。
c)デモ参加者自身に向けて解き放たれた弾圧への反対。
「政治家」の汚職反対の闘争(並びに政治システムそれ自身への反対)、また宗教的保守主義の影響力やレイシズムに反対する闘争のような、その他のテーマもまた提起された。
社会的決起は具
体的成果に結実
公共交通の課題に関しては、運動が即効的で印象に残る勝利を残した。最近になって切符の価格を引き上げたすべての者たち(自治体当局と州政府)は、値上げの撤回に追い込まれた。多くのところでは、切符価格が実際に値下げされた。他のところでは、交通システム改善計画と並んで、学生や若者向けに無料パスが導入された。
弾圧問題に関してもまた、この運動が印象に残る勝利を勝ち取ったと言うことができる。六月一三日の後、抗議の正統性は広く受け容れられ、すべての場合とは言えないものの、弾圧の水準は相当に引き下げられた。リオデジャネイロでは弾圧のレベルは高いままに維持された。そしておそらくそれが、この州での抗議がより大きな強さを伴って継続した、またPMDBの(同時にPTが支持する)知事、セルジオ・カブラルにとっては政治的コストがより大きかった――一連の世論調査によってあらわにされた――理由の一つだ。現実にリオデジャネイロでの抗議行動は、知事の辞任あるいは弾劾を求める「カブラルを追い出せ」運動があるように、継続してきている(参加者がより少なくなっているとはいえ)。
宗教的保守主義の影響力に反対する闘争――ここでの中心的課題は「ゲイ治療」(同性愛者への処置)を行う心理学者を公認する構想の撤回だった――のように、他の課題に関する勝利もあった。 既成の政治と運
動諸勢力の後退
連邦から自治体までのあらゆるレベルの政権が守勢に置かれ、その権威が腐食するさまを見た。たとえば世論調査はこの抗議運動以前、中央政府に対し約六〇%の支持を示していた(抗議直前それはすでに下降していたとはいえ)。しかし抗議運動後それは、以前の数字のおよそ半分にまで落ちた。
他方で、ブラジルの社会運動のより伝統的な諸組織もまた、その圧倒的多数は政権を支持していたのだが、幾分か守勢に置かれた。この状況はCUTと一般に諸労組、UNE、さらにMSTにすら起きた。これらの諸組織は、不在が大きく目立っていた六月の後、七月一一日に「一日スト」を呼びかけた。しかしその結果はむしろ貧弱なものだった。
PTの諸部分とそれらの組織の指導者たちが広めた見方――これらの抗議は右翼とメディアの影響の強さを大いに示したといった――は、検討に耐えるものではない。右翼の諸部分が実際に非常に活発になり、大メディアが運動に影響を及ぼそうと試みた局面が、確かにいくつかあった。しかしながら全体的な結果をよく見れば、右翼のスローガンはほとんど重みをもたなかったということを知ることができる。そして、ブラジルで新しい時期、社会主義左翼にとってより有利な(あるいは不利さがより少ない)時期が幕を開けたということが極めてはっきりしている。 ▼筆者は、PSOL並びにその内部潮流であるエンラスの指導部メンバー。
?略称一覧
PT:労働者党
PMDB:民主運動党
CUT:中央統一労組
MST:土地なき農民運動
UNE:全国学生連合
PSOL:社会主義と自由党
ブラジル 新しい革命的左翼組織の誕生
断片化力学逆転を刻印
タルジア・メデイロス
ブラジルにおける社会主義左翼の再建が、前進に向け重要な一歩を印した。七月七日、国中に広がったここしばらくのデモの熱気がなお残る中、およそ一六〇人の代表がPSOL内部に組織されたブラジルの革命的左翼の新たな政治組織を創出する評議会に出席し、三つの潮流、コレクティヴォ・ソシャリスモ・イ・リベルタード(CSOL)、エンラス、コレクティヴォ・ルタ・ヴェルメルハ(CLV)の間の統一を承認した。
この会議には、コレクティヴォ・オプシオン・ソシャリスモ(COS)と「ブラジルと発展」(B&D)共同体の代表もまた参加していた。これらの組織もまた、新組織、並びに「社会主義的民主主義と社会主義者の合流」諸組織の七〇年代における起源となる中核の創立者何人かと共に、討論の動きを始めつつある。
マルクス主義、国際主義と一体化し、PSOLの一部である三つの流れの合同は、一〇月五、六日の全国会議で仕上げられることになっている。新組織の名称はその時に決定されるだろう。エンラス、CSOL、CLVはこの主導性に基づいて、この歩みに合流する他のグループと共に、採択された政治決議が述べるように、「われわれの夢に値する、民主的でフェミニズムの、また反レイシズムかつ環境主義でリバタリアンの革命的マルクス主義組織」を建設しようとしているところだ。
この新しいグループはすでに二〇の州と連邦地区にメンバーをもっている。しかし統一提案は関与しているメンバーを超えた広がりをもち、それは、ブラジル社会主義左翼の断片化に向かっていた流れの逆転を示している。この流れは特に、労働者党のブルジョア秩序への接近後に強まっていた。新組織は、左翼野党として、若者たち、労働者階級、そして意識の前進過程を組織する上で助けとなるツールとして、社会諸闘争と政治的諸決起の道具として、PSOL建設に関与し続けている。
この会議の中で、原理憲章と政治情勢に関する一つの決議が採択され、新組織の暫定全国調整機関が選出された。それはまた、この数カ月で達成された最初の政治的統合である、「ア・ラ・イズクエルダ」誌をも創刊した。
▼筆者は、世界女性行進の戦闘的活動家であり、PSOLの全国指導機関メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号
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