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    かけはし2013.年8月5日号

政治と民主主義は建物から出ていった


ポルトガル

反緊縮抵抗を前に政治危機深化

泥沼的政府崩壊の後には
トロイカ演出の劇場政治

ジョアオ・カマルゴ

 ポルトガルでは、本紙が昨年から紹介しているように、反緊縮、反トロイカの民衆的抗議と抵抗が空前の高まりを見せていた。この大闘争の継続を前に、政府機能は事実上停止し、ポルトガルのブルジョア政治は深刻な泥沼的混乱に入り始めた。事態の行く末は極度に不透明化している。以下に当地からの報告を紹介する。なお以下では、コエリョ首相による内閣改造案がカバコ大統領に拒否され、連立組み換え問題に発展しているが、その後七月二三日カバコ大統領は結局先の改造案を承認、連立崩壊はひとまず回避されている。(「かけはし」編集部)

相次ぐ閣僚辞任と継ぎ当て

 ここ二週間にポルトガルで起きてきたような筋書きは、あらゆる時を通じて、もっとも下手くそなメロドラマ脚本家であってさえ書くことができなかったようなものだった。政治と民主主義は建物から出て行った。ポルトガルはあらゆる種類の政治の理論的根拠をはぎ取られてしまい、後に続く日々変転するエピソードと筋書きが告げることのできるものは、現在の政権と多数派がどれほど持続不可能なものか、ということだけだ。
 先々週には、重大で巨大な教員ストライキがあった。それは、全国試験を中止にさせ、政権は、諸方策を停止し、労働組合の闘争を前に後退することを強いられた。先週には、重要性を帯びたゼネラルストライキがあった(六月二七日:訳者)がそれは、この政権が堪え忍ぶこととなった四回目のものであり、二つの労組ナショナルセンターが呼びかけた二回目のものだった。これは非常な成功を見たストライキであり、自由・保守連合が政権について以来では最強のストライキだった。このストライキに関しては重要な留意点がある。すなわち、行動を共にしなかった者たちの間ですらムードは親ストライキだった。雇用主団体でさえ、ゼネストには数多くの理由がある、と語った。
 月曜日(七月一日)には、財務相であり欧州中央銀行の高官である(休職中とみなされている)ビトル・ガスパルが、辞表を提出した。その中で彼は、トロイカと政府に対する昨年九月と今年三月の二つの巨大な抗議の後に申し出た以前の二回の辞任要求をめぐって、打ち勝ちがたい圧力があったことを彼が周囲に話してきた、と書いていた。彼はさらに、マクロ経済結果の予測という点での繰り返された間違い、そして特に、トロイカメモランダムの中で約束された改革と支出削減をさらに実行する上での彼がもつ政治的強さの欠如について語っていた。彼は、彼の辞任は政権を強化するだろうと語り、首相のパソス・コエリョとの間で保持してきた友情に感謝している。彼の予言は再び間違いだった。
 首相は、政権にかぶさっていた運命の重なりを素早く振り払おうとし、指揮にあたるガスパルの補佐官、財務に関する大統領書記官に、マリア・ルイス・アルブケルケを指名した。しかし問題は、このアルブケルケがここ数カ月、国家企業――REFER――の金融監督に当たる一方で、彼女が実行した毒を含んだ金融スワップ操作に関し大論争の下に置かれてきたことだ。彼女はここ数カ月、彼女自身が実行したものを含み、そのような有害な金融操作を利用してきた国家企業に生じた莫大な損失を監査する責任が政府にあるとする記録一式を渡されてきた。彼女はこの経過に関し、議会内の全野党から告発された。国家がこれらの不良債権を買い取り、億万長者と銀行との取引を切り離してやったがゆえに、公的債務は何十億ユーロにも達した。
 アルブケルケは翌日、共和国大統領官邸での職務に着任した。大統領はカバコ・シルバだが、元財務相、またPSD(社会民主党、連立政権の主要政党)の元首相であり、EU加盟とEU政策に沿った経済的移行に向けた巨額補助金受け取り時の諸決定に関しては、その極めて重要な部分に関し責任がある。彼は、ポルトガルでの公職に着いている最長のキャリアを持つ政治家であり、ほぼ三〇年間権力の座を占めている。
 次いで原爆が落ちた。政権内の少数連立政党(CDS―PP、国民党)党首であるパウロ・ポルタスが首相に辞表を提出したのだ。彼はそこで、辞任という彼の決定は最終的なものだと主張し、「政府にとどまることは本意を隠した行為となるだろう」と語っている。同じく長いキャリアを誇る政治家であり、デュラオ・バローゾ政権では防衛相を務めたポルタスは、前回選挙では一〇%を獲得した保守政党の指導者だ。彼は外相の地位にあり、一つの台本を二週間の内に提出するものと思われていた。それは、この二月が期限となっていながら、ポルトガルでここ何カ月も発展を続けていた大規模な社会的諸闘争のゆえに何十回と延期された改革、ポルトガル国家の社会支出の四七億ユーロ削減計画に向けた台本だ。辞表の中で彼は彼の決定の理由を、財務省をアルブケルケが率いるという選択に帰した。それは彼が、「あらゆる犠牲を払っても緊縮」というガスパルの政策からの変更が必要という立場を守っているから、とされた。しかし四〇分後共和国大統領は、新しい財務相としてアルブケルケを承認した。

決定者はトロイカ、民衆は観客


 七月二日午後、ポルトガル連立政権は最終的に死んだ。それはかなりの期間、社会的かつ政治的死に体となっていた。しかし、ミゲル・レルバス(PSDの首相に次ぐ二番手であり、政治戦略家)の四月の辞任に次ぐ、ガスパル(トロイカ相)とポルタス(連立政党党首)の辞任は、はっきりとその終わりとなった。そうでなければ何だったのか?
 株式市場はすぐさま下落し、国債利率は上昇した。一方で欧州発のあらゆるメッセージは、ポルトガルでの改革継続の必要性を指摘した。たとえばバローゾ(元ポルトガル首相で現在は欧州委員会委員長:訳者)は、ポルトガルには政治的安定回復の兆候がすでにあり(どこに?)、政府は権力に留まらなければならない、と語った。
 ポルトガルの公式失業率は今一七・六%だが、しかしそれは現実には、一五〇万人の失業者の下で二五%に近い。現在の財政赤字はGDPの一〇・六%であり、二〇一二年は同七・一%に終わっている。公的債務は二〇一三年末で、GDPの一三八%という大変な記録になると予想され、二〇一二年は結局マイナス三・二%という景気後退となった。二〇一三年の第一四半期にはこの不況がGDPのマイナス三・九%へと悪化した。緊縮は、この新しい体制下で他の諸国でも起きつつあるように、ポルトガルの人民と経済を破壊しようとしている。
 午後八時にパソス・コエリョは、テレビでの公開声明という形で全国に向け演説した。彼は、彼が辞任しないということ、ポルタスの辞任に関しその条件をはっきりさせたいと思っていること、それゆえこの閣僚の求めを受け容れるつもりはないということを明らかにした。街頭では、この政権の活動停止を祝う抗議行動がいくつも起きた。共和国大統領は、連立維持という解決策、あるいは「安定性」を保持できる別の編成を支持し、首相の辞任と選挙要求に向けた民衆的で広範な支持を拒絶した。共和国元大統領、CDSとPSDの元指導者たち、全野党、そして労働組合と社会運動は、連立政権の退陣を公然と要求した。
 ポルタスは彼の辞任決断について党の指導部に伝えていなかった。そして党大会が翌週末に控えていた。ポルタスはコエリョの演説後党の政治委員会を招集したが、連立離脱に関して支持を得ることができなかった。それにもかかわらず彼は、首相と会談し、連立につぎを当てようと試みる委任を受けることができた。
 翌日株式市場は崩落し、一九九八年後では最大の下落(七%)を記録した。そして一〇年もの国債の利率は三%から八%へと急騰した。銀行部門とブルジョアジー中に警報が鳴り響いた。街頭と全メディアからの共通の主張に反してブルジョアジーは、一つの明確なメッセージを発した。つまり辞任も選挙も認めないということだ。次いで新たな恐怖を煽るキャンペーンが表れた。それは二回目の金融救出財政支援という考えであり、それはそれでいくつもの辞任を事実上早めた。コエリョは政府の仕事を相談しにベルリンに赴き、政策の継続に関し全面的な信任を与えるというメルケル首相からの保証を携えて同日帰国した。そして同日には、パソス・コエリョとポルタスの間で、三回の会談のうちの第一回目が行われた。共和国大統領はこの二党の指導者双方が政府内に留まるよう要求した。
 デュラオ・バローゾはブリュッセルの事務所から「市場はポルトガル人に教訓を与えた」と語った。政府が退陣するのはいつか、あるいは選挙を行ってよいのはいつかを選ぶことのできる者は、ただ彼らのみなのだ。実体のある政治は過去のできごととなっている。トロイカの時代に人が得るものは劇場政治であり、そこでの住民の演者に対する関係はただ観客としての関係のみだ。
 ポルトガル人は、畏れと共に、目の前で展開している恥ずべきショーを見つめた。見境のない破壊的諸政策をこれ以上実行できないとして辞任した財務相、これらの政策実行継続を理由に議会内野党から告発されている閣僚の指名、この指名にショックを感じての連立相手指導者の辞任、首相による辞任受け容れ拒絶、そして彼の最終的な勝利、つまり、前日に取り消し不可能(本人の言葉を引用すれば)として辞任した閣僚の復帰を強要したこと、がそれだ。コエリョは影響力を得つつあるように見えた。あるいは彼は何者だったのか?
 その週中、すべてが政府退陣を求める小さな抗議活動があちこちに花開いた。

無理矢理死体を生き返らせる


 この土曜日、死にゆきつつある連立につぎを当てる可能な取引をめぐる週中続いた会合を経て、PSDとCDSの指導部がリスボンのあるホテルで会談した。リスボンでは、共和国大統領官邸近くの何千人かの抗議と共に、最大労組ナショナルセンターであるCGTPが呼びかけた抗議活動がいくつかあった。しかし街頭における四三℃という気温は、この抗議も早めに切り上げられるということを意味していた。ポルトとフンシャル(マデイラ島)では、退陣と選挙を求めて数百人が街頭に出た。
 午後七時三〇分、首相はホテルでの記者会見という形で全国に向け演説した。彼の傍らに黙って立っているポルタスを伴いコエリョは、連立政権に向けた新たな取り決めを発表した。つまり、五日前に辞任を申し出たポルタスは、経済政策の協調、トロイカとの連絡、国家改革に責任を負う副首相になる。直前に指名された財務相は彼女のポストを維持しさらに国務大臣に引き上げられる。CDS指導部にいるビジネスマンであるアントニオ・ピレス・デリマは、経済相になる。この取り決めは裁可を求めてこれから共和国大統領に送られる、といったことだ。連立の少数派は、一つの政治的エピソードから頂点に姿を現したように見える。しかしこのエピソードは、まだ終わったにはほど遠い。とはいえ、特に、衰退するブルジョアジーが支持する緊縮体制の実働化にいそしむ政党と政治家の心と行動から、恥というものが長きにわたって消え去り、民主主義の統治がもはや適応されない時代における、恥ずべき政党政治の悪名高い継続として記憶に長く残るだろう。
 CDS―PPの大会は無期限に延期された。そしてこの党は今や、その指導者のまさに饒舌で芝居じみた動きの後でさえ、死にゆく政権に連れ戻された以上、ただトロイカの指令という支配の下にのみ置かれているように見える。そして今や明らかに権力という点で強化されたと考えているその指導者は、権力のためならば何でもやるつもりの者として知られているのだ。真実としては、この保守的な政党の政治的脊柱は試験にかけられ結局はそれに落第したのだ。自分だけで連立を離脱するとの決定を下した指導者によって裏切られたと主張したこの党の政治委員会は、この指導者が権力という点で強化されることを承認した。しかし当座それはもはや、CDS―PPが自分で下した決定ではない。この小政党が何のために存在しているのか、それは単に新体制の実働化に向けたテコにすぎないではないか、このように強く非難しつつ、それがこの党を破壊するかもしれない(そしてほとんどおそらくそうなるだろう)としても、この党の決定を差し押さえたのは、トロイカと共和国大統領なのだ。
 ホテルを出る際に自動車は抗議の小グループに取り囲まれ、追いかけられ、警察に保護されながら道路を逆走しなければならないはめになった。民主主義の直接的トロイカ支配への従属という超現実の世界が生まれ出ようとし、支配的諸政党のもうろくというはっきりした兆候としてここ二、三日のエピソードを見てきた住民に、賭のチップが雪崩れ落ちようとしているからには、今週確実にさらに進んだできごとが起きることになるだろう。
 見てきた情勢を総合すれば、政府とその政治が現在住民からどれだけかけ離れているかが分かる。ポルトガルにおいてここ何十年間で最大の二つの反トロイカ、反緊縮、反政権の抗議(九月一五日と三月二日)を経て、連立政権は、新たな緊縮策を延期し、大衆的抗議の衝撃波から自身を遮蔽しようと試みた。しかしそれらを強要する必要に直面(トロイカが来週、緊縮計画の八回目の査察のためにポルトガルに到着する予定)すると、連立諸党内部の対立が彼らを崩壊の瀬戸際に追い込んだ。当座死に体となった政権はフランケンシュタインのようにつぎはぎされた。政治危機は終わりにはほど遠く、政権の正統性は疑わしいのではなく、そんなものなどかけらもないのだ。ブルジョアジーとトロイカだけが決めている(特に後者が政府の退陣を決めることができる)。緊縮と民主主義の両立不可能性は今や疑問を挟む余地がない事実となり、今後の年月にはおそらく、政治情勢と社会情勢の急速な悪化を見ることになるだろう。

赤裸々な民主主義へのあざけり

 七月一〇日夜、共和国大統領のカバコ・シルバが全国に向け演説した。誰もが、CDS―PSD連立が確定した政府の新編成に対する単純な裁可であろうと予想していた。ブリュッセルとベルリン双方共がそれをすでに認めていた。しかしカバコは、ここ何年も不活動といった状況にぐずぐずしてきていたのだが、この夜は違う考えを見せた。
 彼は彼の見解として、予算、さらに緊縮策を進め続ける必要、トロイカの査察、市場の反応、二回目の金融救出財政支援等々を理由として、総選挙実施がなぜ恐ろしいものかを説明した。その後カバコはさらに進んで、彼が確固として防衛してきた政権に、先週のメルトダウン後にポルタスとコエリョが到達した合意に不支持を突き付けショックを与えた。
 そして彼は、トロイカメモランダムを支持している三党――PSD、CDS、そして野党のPS(社会党)――が署名する救国政府協定を提案した。この協定は次の主要三点から成る。

1.諸政党は任期終了以前の次期総選挙に向けた日程表を決める必要がある。そこでの提案としては、トロイカの計画の想定期限である二〇一四年七月がある。
2.この取り決めには、トロイカ三党が計画完遂に必要とされる支持を保証すること、外国の債権者に対する債務返済を保証することが含まれる。
3.この取り決めは中期的に保持されるべきであり、次期選挙から出現する政権は、絶対多数、公的債務返済、公的会計に対する厳格な統制を確実にするためにこの三党に依拠しなければならない。それはすなわち、トロイカの期限を越えての緊縮継続だ。

 多くの者にはこの介入は非常に衝撃的だった(彼は政権に拒否権を発動し、政治危機をさらに高めた、多くの新聞はこのように論じた)とはいえ、大統領は焦点を極めてはっきりと保っていた。すなわち、トロイカ政権を保証するためにどのような政党の組み合わせが必要となろうが、権力の座を占めるものはトロイカの政権でなければならない、ということだ。彼はさらに進んで、彼が提案したこれらの協定が前進しないのであればとして、大統領による政府の主導権という可能性に引き金をかけつつ、彼が自分自身で権力の行使に取りかかるかもしれない、と示唆したのだ。
 その間社会党はすでに公然と前に進み、選挙を経ない政府はどのようなものであれ支持しない、と明言していた。議会には存在しているがトロイカのアーチから外れている諸政党――左翼ブロックと共産党――のあからさまな排除は、この七四歳になるエコノミストが民主主義に対して抱いている結論的なあざけりをはっきりと示すことになった。なぜならばポルトガルにおける民主主義は今や、緊縮という圏内だけで、トロイカの圏内だけで、債権者カーストの圏内だけで定義されているからだ。彼はPSDとCDS、そしてその指導者に公然と恥をかかせ、その代価にかまわず、また長期にわたって、社会党を緊縮に縛り付けようと挑み、そしてあからさまに、国全体がぼろぼろになっているその時に市場だけが重要だ、と認めた。
 予想できることだが、ポルトガルの政治的危機は終わるにはほど遠い。意外な進展が、トロイカの劇場政治の思いがけないパロディーや怪奇劇の前にわれわれを再度立たせるかもしれない。

▼筆者は不安定労働者の運動の活動家であり、「クエ セ リクセ ア トロイカ(トロイカをたたき出せ)」政綱メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年七月号)
 



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