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    かけはし2013.年8月5日号

自衛隊の与那国配備反対


7.27一坪反戦・関東ブロックが集会

受け入れか反対か、島を二分する町長選


 七月二七日、東京都渋谷勤労福祉会館で「ドゥナンチマ カティラリヌン!(与那国の言葉で「与那国島を棄てられない!」)合意のない与那国島自衛隊配備にNO!7・27集会」が沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック主催で開かれた。
 島しょ防衛を旗印に軍備拡張を進める日本政府は日本最南端の与那国島に自衛隊を配備しようとしている。これをめぐって島では住民を二分する配備反対の闘いが行われている。八月一一日には、配備賛成の現町長と配備反対派が立候補する町長選が行われる。この結果が自衛隊配備の帰趨を決めるものになるだろう。こうした重大な局面で、配備反対派を応援するために集会は開かれた。

「軍隊の島」で
活性化するのか
 最初に問山栄恵さん(といやまさかえ 『琉球新報』東京支社報道部)が「沖縄への自衛隊強化の動向」について講演を行った(別掲)。
 続いて、大仲尊さん(与那国島出身)が「与那国島の反対運動」について報告した。
 「与那国島は天気がよければ台湾が見える。一五〇q先に尖閣諸島がある。半農半漁。人口一五五二人、七三〇世帯。小学校三校、中学校二校。高校はない。過疎化が進んでいる」。
 「過疎化の島を活性化するということで、二〇〇七年に防衛協会が誘致運動を起こし、二〇〇八年に誘致陳情署名五一四筆を提出。二〇一一年九月、与那国改革会議が町民五五六筆の反対署名を添え、誘致活動の中止を求める決議を要請したが町議会で否決。一一月、反対の島内初デモ。二〇一二年住民投票条例制定にむけて五五四筆の署名を提出。町議会で条例案否決」。
 「二〇一三年、町側が土地の取得や補償のために、国に一〇億円を要求。防衛協会が尖閣のために自衛隊配備が必要だと、町長と対立。町有地を賃貸料五〇〇万円から一五〇〇万円に値上げし、町長側が一〇億円を取下げた。町議会も町有地賃貸契約可決。防衛省と賃貸仮契約。防衛協会が現町長・外間支持に変更」。
 「住民改革会議は自衛隊配備反対、住民説明会を開け、を要求している。自衛隊とその家族が入ってくると二〜三〇〇人になってしまい、軍隊の島になる。住民改革会議は町長選に立候補する。一坪反戦地主会関東は改革会議を支援して、のぼり旗などを寄付している。自衛隊が配備されるかどうか、町長選は決定的だ。領土防衛などと違うところで島民は生活している。支援をお願いしたい」。


辺野古新基地
建設も止めよう
 与那国島町長選へのカンパ要請が行われた。次に連帯のあいさつが行われた。全国一般東京労組が六・九横田基地包囲行動の報告、練馬アクションが九・二九国体の柔剣道大会反対、一〇・二七自衛隊観閲式反対行動への参加を訴えた。最後に関東ブロックの木村さんが、普天間基地野嵩ゲートに抗議行動をさせないようにフェンスが張られた。八月上旬に、オスプレイ追加配備が強行されようとしている。七・二九オスプレイ抗議、首相官邸前行動、八・一高江工事反対、防衛省行動への参加の要請、そして辺野古埋め立て公告縦覧では三〇〇○通の意見書が出されたが県は九割が関係ないとし締め切った。今後来年一月の名護市長選が決定的になる、と支援を訴えた。  (M)

問山栄恵さんの報告から

「離島防衛」名目にした
自衛隊前線拠点建設

 沖縄では米軍基地問題が第一だが米軍だけでなく、自衛隊について検証する必要があるということで取材を重ねている。今年度の防衛予算は四兆六〇〇〇億円、昨年より〇・八%増で、一一年ぶりの増だ。
 防衛白書では中国、北朝鮮への過剰なまでの強調がされている。新しい防衛大綱を年末までにつくろうとしている。それに向けた中間報告では、北朝鮮の核ミサイル基地を念頭に置いて、敵国の基地攻撃能力や尖閣諸島を念頭に、離島奪還・防衛を掲げている。そのために自衛隊に海兵隊を創設する、無人偵察機を導入するなどをあげている。
 こうして自衛隊は日米軍事一体化をますます進めている。無人偵察機は偵察だけではなく、アフガニスタンでも行われているように、攻撃用としても使われている。米軍のグローバルフォーク(無人航空機)を取材した人によると、「ゲーム機のように使われており、戦争をしたくなる、麻薬のような兵器だ」と恐ろしくなったという。こうした兵器の導入は容易に戦争が起こせるようになっていくだろう。
 海兵隊はなぐり込み攻撃、先制攻撃に使われる。これは専守防衛からの逸脱であり、憲法の禁止を破るものだ。オスプレイの自衛隊への導入は今回は盛り込まれていないが、政治家は導入したく、制服組は慎重のようだ。
 尖閣諸島で中国と衝突の場合、米軍は中立を保つ可能性があり、自衛隊が対処しなければならなくなる。自衛隊は米軍に頼らない軍事力を持ちたい。六月にカリフォルニアで行われた日米共同訓練「夜明けの電撃戦」では一〇〇〇人規模の陸・海・空の自衛隊が参加し、オスプレイが自衛艦に離着陸する訓練が公開された。

米軍だけではない
基地負担の増加
 では、こうした米軍との一体化は沖縄の機能強化にどうつながっていくのか。近年、南西防衛強化がうたわれるが、この南西とは鹿児島から沖縄までのことだ。ところが防衛省では南西は尖閣諸島のことだ。自衛隊の配備が加速度的に進んでいる。第一混成団を第15旅団に格上げし、隊員も一八〇〇人から二一〇〇人にし、離島防衛に拡充した。与那国島には自衛隊の沿岸監視部隊を二〇一五年までに配備完了の予定だ。そのために六二億円の予算がつけられた。二〇一二年度の一〇億円が土地の賃貸契約が遅れているため、執行されていない。
 石垣島と宮古島に陸自普通科部隊を置きたい。北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えるとしてPAC3が石垣島に配備された。これは島民に自衛隊を慣れさせる目的もあったのだろう。自衛隊は住民が歓迎する所にしかいかない。
 航空自衛隊は中国軍機に対するスクランブルが多くなっている。尖閣諸島に近い所に拠点がほしい。そのための調査費がついている。五〇〇q離れた那覇基地からだと遠く、一九〇qの下地空港だと一〇分以内でつく。下地空港は軍事空港として使わないとされているが、知事の判断によっては変えることも可能だろう。
 自衛隊浜松基地に配備されているAWACS(早期警戒管制機)、米軍三沢基地に配備されているE2Cを那覇基地にも配備させる可能性がある。自衛隊が米軍基地を使う回数が増えている。キャンプハンセンを昨年一〇二回も使っている。このように、沖縄の基地負担の増が生まれてくるだろう。
 中国の領空侵犯事件について、意図的に防衛省が発表し、それをマスコミが大々的に報道して危機を煽っている。安倍政権は軍事力の強化で対応していくとして、解決の道を示していない。マスコミは検証し、冷静に見ていかなければならない。沖縄で米軍、自衛隊は住民の声を無視して強化されていっている。
 与那国島への自衛隊の配備を町長は町の振興のために誘致するとしている。しかし、自衛隊が配備された対馬では人口が七万人から三万人に減った。与那国島へ自衛隊員一〇〇人とその家族が移住すれば大きな影響がある。町長選で反対する町長が出れば配備の計画は変更になり、沿岸監視部隊はなくなる可能性がある。(発言要旨、文責編集部)

7.22平和憲法を守る荒川の会・学習会

琉球人は自らの力で立つ

島袋マカト陽子さんのお話

 七月二二日、「東京琉球館」を主宰する島袋マカト陽子さんを迎えた学習会が都内で開かれ、米軍基地の現状と運動のありかたについて、活発な意見交換があった。
 企画したのは「平和憲法を守る荒川の会」。荒川区と周辺の地域で活動するメンバーで構成するこのグループは、結成以後、会員の発案による定例学習会を中心に、脱原発運動などさまざまな行動にも取り組んできた。
 島袋さんは「在日琉球人」を名乗る。民間、自治体労働者を経て二〇〇〇年、東京・駒込に「琉球センター・どぅたっち」を開店、専従になった。物品販売のほか情報発信やイベントの拠点として親しまれてきた出会いの場はこの六月、すぐ近くに併設していた「東京琉球館」に、その役割を引き継いだ。
 三五回を数えるこの日の集まりは、タイトルに「沖縄はもうがまんできない」と掲げた。会場の町屋文化センターでは、講演の前に「静かな生活を〜沖縄・嘉手納基地周辺の爆音被害」(嘉手納爆音訴訟原告団・編)と題するDVDが上映された。
 その名の通り、嘉手納基地周辺住民へのインタビューを集めたこの作品。基地の存在がいかに住民の生活を脅かしているかを押し出している。上空を飛行するジェット機の爆音で、住民の声も、テレビもラジオも聞き取れない。そこで生まれた赤ん坊は、爆音に慣れ過ぎてもはや泣くこともない。衝撃的な光景である。

「普天間は県外」
に込めた思い
 島袋さんは、沖縄の二大新聞の記事を貼りつけたボードを背に、講演を始めた。
「沖縄はがまんできない」と言われるが、その中身を説明するのも嫌になっている。言えば言うほど、本土の人に嫌われるようだ。それでも言い続けたい。
 今回の参院選で、いったいどの候補が沖縄の問題を取りあげたか。社民党の福島党首でさえ触れなかった。私はショックを受けた。東京選挙区でも沖縄を語る人はいなかった。
 沖縄は独立した方がいい。選挙で私は山シロ博治候補を応援したし投票もした。だがそれよりも、沖縄の人が自分で立ちあがることに、人と時間を使うべきだ。
 「普天間基地は県外へ」という要求こそ、沖縄の民意であり、総意だ。県内の各市町村から仲井真県知事まで貫いて、選挙を通じて証明された固い意思だ。このスローガンを、本土の人も一緒になって、日本政府に突きつけてほしい。
 ところが、本土の運動では往々にして「基地はどこにもいらない」とか「すべての基地を撤去せよ」といった呼びかけを発している。これは裏を返せば、「基地はどこも引き受けない」と認めることであり、「沖縄の基地を本土に持って来られては困る」ということだ。
 「安保破棄」も「基地撤去」も結構だが、その実現の日まで、沖縄は我慢をしろ、ということなのか。すでに六八年間も耐え忍んできた。「安保がなくなるまで、どこかで基地を引き取ってほしい」と沖縄の人が考えるのは、おかしいことなのか。

「本土」の人に
突きささる訴え
 島袋さんは故郷沖縄のことが、一時も頭から離れない。思いつめ、張りつめた神経のアンテナは、沖縄に関するどんなにささやかな言葉や行動にも、反応してしまうという。
 講演後の質疑応答では、「県外」という主張に、「本土も含めた移転」ではなく、あくまで「すべての基地の撤去」にこだわる意見も出た。私(たち)が何の疑いも持たずに共有した目標を、沖縄県民はどう感じていたのか。忍耐の限界を訴える沖縄の民意にたじろぐ本土の運動とは、いったい何なのか。
 周囲の無関心と無理解のなかで、それでも聞いてくれる人たちがいる。真摯に受け止めてくれる仲間がいる。東京で安穏と暮らしながら、日米の軍事基地がなくなる日まで、訴え続けることが自分の役割だと割り切る。
 「私は、自分の道を決めたんです」――島袋さんは静かに、淡々と語り続けた。既存の運動への失望から、日本政府の沖縄切り捨てから、もう「沖縄を日本にしてくれ」とは言わない。そうではなくて、「琉球人は、琉球人の力で立ちあがるべきなのだ」と。
 彼女の主張は、単純明快である。沖縄の声に耳を傾けるという抽象的な概念ではなく、基地の移転先を、具体的な対策を、早急に探し出すこと。それは他ならぬ、本土に住んで活動を続けている一人ひとりに、鋭く突き刺さる課題でもある。
 二次会へと流れた人々は、参院選の結果にも言及しながら、さらに交流を深めていた。   (佐藤隆)

 


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