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    かけはし2013.年7月29日号

革命の現代的位相を分析


書評

デヴィッド・ハーヴェイ著/作品社/2400円+税

『反乱する都市』

資本のアーバナイゼーションと都市の再創造

搾取・収奪への抵抗主体を焦点化

「党」をどのように構想しうるか

都市は資本の工場である

 資本は最初はその剰余生産物の集積を図る場として都市を必要とし、同時にその剰余生産物を吸収させる場としても都市を必要としたのだと、ハーヴェイは述べる。資本は、剰余生産物のさらなる増大とその市場の拡大を図るうえでも自らその都市の形成に関わってきた。そして都市形成過程(アーバナイゼーション)そのものが資本蓄積運動の主要舞台になったのだと述べる。逆に言えば、資本の蓄積運動とは都市形成過程(アーバナイゼーション)そのものなのだと。
 資本は、都市に関わる一切のインフラから種々様々な職種までをも含むあらゆるものを「生産」し(またはその生産に関わり)、同時に広範で大規模な「消費」を喚起、組織化する。それによって資本はアーバナイゼーションのそのあらゆる過程から莫大な剰余価値(利潤)を取得し、それがまた大規模で爆発的な資本蓄積運動の循環を作り上げてきた。 このいったん回り始めた「永久機関」はさらなるアーバナイゼーションを次々と求め続けざるを得ない。一つ二つのさらなるアーバナイゼーションを。今あるアーバナイゼーションの創造的破壊を通じたさらなる大規模化を。この「永久機関」はこうして創造と破壊を繰り返す暴君と化すだろう。
 ハーヴェイはこのように都市形成過程そのものが階級現象であると述べる。そして「伝統的マルクス主義」の階級概念は拡大される必要があると説く。アーバナイゼーションが産み出すその莫大な剰余価値はどこから、誰から抽出されたのかと問うことで、ハーヴェイは都市全体を資本の工場のように見立てる。搾取は、それぞれの工場やオフィスの中だけでなされるわけではなく、土地、住宅、教育、介護、傷病その他、都市生活に関わる様々なあらゆる場面で搾取が行われているだろうと。よってアーバナイゼーションの中で搾取され収奪されているすべての者たちは、プロレタリアートたり得るだろうという。
 都市の建設や維持メンテナンス、各種サービス業など、なにがしかの形でアーバナイゼーションを「生産」する者たちがいて、その過程で搾取がなされる現場、それが都市であるならばその都市全体が資本の工場であり階級闘争の最前線の現場なのだと。

主体とその組織化について

 ハーヴェイは二〇〇六年のニューヨーク・タイムズに掲載されたインタビュー記事から、ウォーレン・バフェットの以下のような言葉を引用する。
 「階級闘争が存在する。その通りだ。だがそれは私の階級、富裕階級が行う戦争であり、勝利しつつあるのはわれわれの方だ」。
 まさに、われわれの階級的抵抗は敗北を続けてきたのだとハーヴェイも認める。それはこれまでの多くの抵抗のその組織の仕方が、的を外れていたか、ないしは有効性を欠いていたからなのではないかと問う。ハーヴェイは「伝統的左翼」にありがちな「組織フェチシズム」という言い方をしつつ、分散した各抵抗組織の現状を批判する。
 「伝統的左翼」や「伝統的労働組合」は都市の階級闘争の中で未だ小さくはない位置を占めているかも知れないが、それは都市の様々な市民団体や様々な利害団体等との繋がりを欠いては、資本のアーバナイゼーションに対抗することはできないだろう。都市を面として組織すること、都市の生活者を丸ごと運動の、組織の対象とすること。
 市民運動の側からしても、「組織フェチ」に対する嫌悪などから、いわば原理主義的な水平原理に固執しすぎる弊害がないかと問う。水平原理はある規模を超えると機能不全に陥るだろう。各団体サークルそれぞれの中での徹底した水平的民主主義の追求は有益であり必要であろうが、ハーヴェイは「入れ子状の民主主義」という表現を使いながら、ある程度の規模に達すればやはり何らかの階層状の組織が必要とされてくるだろうという。何よりも様々な抵抗の戦線を俯瞰する「管制塔」のような組織が必ず必要なのだと強調し、各戦線はそういうものを作っていく共同の努力を怠ってはならないという。
 ハーヴェイは「管制塔」のことをあえて「前衛党」とは呼ぼうとしない。「組織フェチ」に陥った自称前衛党諸派のあまりの分散状況に対する批判的な意味もあるのだろう。しかし指令機能を有した「管制塔」を単なる調整機関と呼ぶことはできない。それは統一戦線組織よりもさらに「党」的な概念に近いと思えるが、そこらあたりの整理は、意識的にかどうか、きちんとなされているとはいえない。
 強調されるのは、様々な諸組織が都市ぐるみ地域ぐるみ、面として有機的な連携が可能になるような管制機能、といったところだ。

ネグリ&ハートとの位置関係

 「大都市(メトロポリス)を、コモンの生産にとっての工場」とみなすという、この最近のネグリ&ハートの提起した概念をハーヴェイもそのまま引用するなど、今著作での論理展開は、ネグリ&ハートの最近の著作とかなり共鳴しているのではないかと思わせる。階級概念の拡大など、それはマルチチュードの概念とも重なり易く、「レント(地代、各種ローンなど)」という概念を基に、金融資本のヘゲモニー下にある都市の中で、いかに効率的で大規模な搾取と収奪が行われているかといった論理展開なども共通している。
 乱暴な言い方かも知れないが、一読しての私の最初の感想は、これまでネグリが拡げてきた大風呂敷を、都市形成過程(アーバナイゼーション)という物差しを使って丁寧に折りたたんで、より現実的で現場の具体的な階級闘争の攻防に寄り添い、その道具としてもすぐに使用可能な論理展開にしたのではないかと感じてしまう。
 パリコミューンから最近のボリビアのエルアルトという都市での事例など、歴史的な世界的な個々の具体的な事例を豊富に織り込みながらの論理展開は具体的でわかりやすく、説得力も増す。
 ただし、ネグリ&ハートとは決定的に遠い論理展開が一つ、それはやはり主体に関わる組織論だろう。
 マルチチュードとは、これまでの伝統的マルクス主義的階級概念を大幅に拡張したもので、その振幅はハーヴェイのそれに比べるとかなり大きいのだが、共にこれまでの伝統的左翼、伝統的労働運動の戦略・戦術に対する批判的な提言ということでは共通している。
 ネグリは、マルチチュードはその個々の差異を保ったままそのまま組織すべきあると述べる。それはハーヴェイには、規模の限界があると批判した直接民主主義論と映ったのではないか。ハーヴェイは、「伝統的マルクス主義」の階級概念の拡大には同意しつつも、組織論における「前衛党」と統一戦線との関係、陣地戦、機動戦などのヘゲモニー論など、これまでの伝統的な組織論との関係について、その詳細な検討はとりあえずは棚上げしたような形で、なおかつ「管制塔」は必要なんだと提起する。どうもその提起の仕方は折衷論的な提起のように思えて、実は歯切れが悪い。
 もちろんネグリ&ハートが具体的な組織論を展開しているわけではない。マルチチュードの蜂起のその真っ直中で、代議制と共和制を超えるもう一つの近代を構成する権力を組織せよ、などと、はなはだ抽象的で、正直現場の活動家にとってはあまり即効性のある処方箋とは言い難い。
 ただしネグリは、なんらかの党の必要性をまったく否定しているわけではない。それはマルチチュードの実際の抵抗の経験の過程から生まれてくるだろう構成的権力という凝縮されたある未来に託すべきというのである。つまり、未来を縛るようなあるべき「権力」については、マルチチュードの闘いの外部から語るべきではないのだと。
 ハーヴェイも、そういう意味では「管制塔」についての具体的なイメージについては同様に意識的に詳細な論理立てた説明を避けたのだとも考えられる。
 であるならば、ネグリ&ハートの提起と同様、その検証は何よりも私たちの一つひとつの実践を通じてその可能性を具体化していく他はないのだろう。
(只野 太)

呼びかけ

平和の灯を! ヤスクニの闇へ 2013キャンドル行動

国防軍の名の下、
ふたたび「英霊」をつくるのか


 今年の8・15、この日を私たちは恐らく安倍政権の下で迎えます。その安倍首相は、「国の指導者が靖国神社に参拝するのは当然だ。首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極み」との発言を繰り返しています。8・15、安倍首相が靖国に参拝する可能性は排除できません。
 サンフランシスコ条約発効60年に当たる昨年の4月28日、自民党は天皇の元首化(第1条)、国防軍の保持(第9条)などを明記した改憲草案を発表しました。そして、政権を奪取するや、安倍首相は一方では96条改憲を強力に打ち出すとともに、他方で、集団的自衛権行使の合憲化を図るため再び安保法制懇を立ち上げました。また、アルジェリア人質事件―邦人殺害を口実に自衛隊法改悪(テロ等に遭った邦人救出のために他国に上陸し、救出作戦を行うことを想定、そのために武器使用基準も緩和)も目論んでいます。安倍首相は、単に自衛隊を海外派遣するだけではなく、日本の「国益」、資本の「権益」を守るために武力行使し、戦う「国防軍」にしていくことに執念を燃やしているのです。その過程で「戦死者」が生み出されることも想定しています。安倍首相の「国の指導者が靖国神社に参拝するのは当然」との発言は、単に過去の戦死者を顕彰するためではなく、将来の「戦死者」を「英霊」にする意向・決意の表明なのです。
 彼らはイラク戦争に従軍した自衛隊員の中から既に20数人に及ぶ自殺者が出ていること、その理由に口をつぐんでいます。大義がないどころか、国際法違反・違憲の戦争に従軍させ、苛酷な任務を強いたことが自衛隊員を自殺に追いやった可能性があるにもかかわらず彼らは事実関係を隠蔽し、何の責任も取りません。イラク戦争参戦の検証もしません。そのような人たちが自衛隊の「国防軍」化を目ざし、「戦死」した者の英霊化システムを構築しようとしています。既視感にとらわれます。彼らは懲りなくも同じことを繰り返そうとしているのです。このような流れを何としても食い止めねばなりません。
 今年のキャンドル行動は、安倍政権の再登場の下で改憲―自衛隊の「国防軍」化の動きが進み、靖国神社参拝が公然と語られる状況のなかで、改めて靖国神社とは何であったのかを検証する場として実施します。「英霊」顕彰のうらで靖国神社が何を闇に封じ込め、権力、軍部の犯罪をどのように隠蔽したかを明らかにしていきたいと考えています。
 つきましては2013年反ヤスクニ行動として実施する下記の企画を成功させていくために、皆さまのご賛同、ご協力をお願い申し上げます。
(共同代表)今村嗣夫、内田雅敏、大口昭彦、金城実、菅原龍憲、鈴木伶子、辻子実、徐 勝、野平晋作、服部良一、高金素梅、飛魚雲豹音楽工団、李錫兌、李熙子

 

日時 8月10日(土)
  午後1時〜6時

?場所 在日本韓YMCA
(東京都千代田区猿楽255JR水道橋駅徒歩6分、御茶ノ水駅徒歩9分、
地下鉄神保町駅徒歩7分)

?内 容
■ シンポジウム
高橋哲哉(東京大学教授)
金東椿(韓国・聖公会大学教授)
内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)
志葉 玲(ジャーナリスト)
■ 遺族証言
韓国、沖縄、東アジア地域から
■ コンサート
ソン・ビョンフィ、ムン・ジンオ、その他
■ キャンドル・デモ
午後7時出発

?参加協力券 1000円

?主催 平和の灯を! ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会

?お問合わせ
E-mail:peacecandle2006
@yahoo.co.jp
TEL03―3355―2841
FAX03―3351―9256(四谷総合法律事務所)
HP  www.peace-candle.org



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