キャンドルは語る、「パク・クネの国情院」
今、与党にブーメランとなって帰る
|
昨年12月に実施された大統領選挙(大選)の過程で、国家機関である国家情報院(国情院、旧KCIAの後身)が組織的に介入し、情報操作などを行ったことが明らかになった。野党・在野勢力などの批判が高まると、問題を縮小・後景化するために与党勢力は2007年の南北首脳会談での「対話録」を暴露した。ノ・ムヒョン元大統領がNLL(北方限界線、海の38度線といわれる)の放棄発言をしたというのだ。しかしこれは全くのデタラメであり、かつ一連の渦中の核心がパク大統領であることが明らかになってしまった。こうして5年ぶりにソウルにキャンドルがともり、その火は韓国各地に広がった。(「かけはし」編集部)
「誰の国情院がそれをやったのですか」
「パク・クネ」
「誰の国情院がそれをやったのですか」
「パク・クネ」
市民らは「イ・ミョンバクの国情院」とは言わなかった。イ・テホ参与連帯事務処長の質問に、市民たちは「パク・クネの国情院」だと答えた。
キャンドルが再び燃え始まった。6月28日夕刻、ソウル光化門交差点、東和免税店前には5000人余の市民が集まってきた。新政府が公式に発足してから4カ月ぶりのことだ。「大韓民国は民主共和国だ」で始まる耳慣れた歌が再び街頭に轟きわたった。
キャンドルは訳もなく火がついたりはしない。この日、集まった市民たちは「イ・ミョンバクの国情院」よりも「パク・クネの国情院」に、より怒っていた。イ事務処長が「パク・クネの国情院が国民と憲法に向かって戦争を仕掛けた。自らの不法を隠すために工作を繰り広げた」と叫ぶと、市民たちは「国情院を解体せよ」と応じた。
再びキャンドルの火が広がる
時局宣言をした学生たちや市民たちが個別的に進めてきたキャンドル集会がこの日、初めて一堂に会した。213の市民団体が参加した「国情院の大選介入と政治介入の真相ならびに縮小隠蔽疑惑糾明緊急時局会議」が主催した。最初のキャンドル集会参加人員は予想をはるかに跳び越えた。東和免税店前をぎっしり埋めつくした人々の後尾は光化門交差点の側にうねって続いていった。この日のキャンドルは「否応なしに」5年前を思い浮かばせた。発火の時期も似ているし、「隠し、無視しているうちに」火種を大きくしたという点も一緒だ。イ・ミョンバク政府が自ら招いたキャンドルのトラウマがウォン・セフンの国情院を生み、結局はこの日のキャンドルの種を播いたということも意味深長だ。
時局会議側は、キャンドルの潜在力に対する拙速な予断は控えた。ただ、パク大統領が市民らの怒りを無視したまま、イ前大統領の道を踏襲するのであれば、キャンドルは食いとめることができずに広がり得る。時局会議は今週初めに再び集まって今後のキャンドルの方向を論議する。
集会に先立って開かれたトーク・コンサートでピョ・チャンウォン元警察大学教授は米国のニクソン元大統領の下野につながったウォーターゲート事件に言及し「大韓民国の第18代大統領選挙で繰り広げられたことはウォーターゲートとも比較できないほどだ」と語調を強めた。この日のキャンドル集会はソウル・光化門だけでなく、釜山・西面、光州・錦南路、大邱・東成路、大田・大田駅西口広場など全国各地で行われた。この1週間を経ながら、イ・ミョンバク政府による国情院の大選介入糾弾に焦点を合わせていたキャンドル集会も、「パク・クネの国情院」に対する抵抗へと性格が拡張している。
与党の「偏向的動員化」の試図
それは、国情院の大選介入および北方限界線(NLL)対話録の流出波紋と関連した新たな諸状況が明らかになるにつれて、だ。すべての指が1人の人を指している。ズバリ、パク・クネ大統領に向けて、だ。当初の与党勢力の戦略は簡潔なものだった。まず火の付きやすい対話録を公開し、国情院による選挙介入というイシューの希釈を試みた。安保のイシューを前面に押し出して大々的な反撃に乗り出すことができる、との判断が働いた。
論難が繰り返されている間、青瓦台は「我々の預かり知らぬこと」という態度を取った。ナム・ジェジュン国情院長が対話録の原文を現役の国会議員たちに、公然と露骨に流出した同じ日(6月24日)、パク大統領は「大選の際、国情院が何らかの助けをしてくれたこともないし、何らかの便宜を受けたこともない」ということで線を引いた。国情院への国政調査など、疑惑を解消するための方案についても「大統領が乗り出す問題ではないし、国会が論議して処理すべきこと」だとだけ語った。
翌6月25日には、対話録の流出については良いも悪いも語らず「NLLは数多くの若者たちが血と命とによって守った所」だと苦しい言い回しで言及しただけだった。責任論は回避しながら、政治的効果だけを極大化しようとする意図が読みとれる発言だ。政治学には「偏向的動員化」という概念がある。韓国社会の地域主義的政治の構図において表れている有権者の動員現象を説明するのに有用な解釈の枠組みとしてしばしば言及される。パク大統領の発言は結局NLL論難の全面的拡散、これを通した支持層の結集を狙った理念の領域においての「偏向的動員化」の試図として解釈される。
ナム院長は国会に出席し、「野党がしきりに攻撃するので国情院の名誉のために(対話録の公開を)やった」と答弁したけれども、パク大統領が対話録を公開する過程に関与したのかについては「答弁しない」として忌避した。ノ・ムヒョン元大統領の南北首脳会談での対話録を無断で秘密解除して公開するとの決定を、国情院長が単独で行ったというのは説得力がないという指摘は保守陣営からも出ている。チョ・スンヒョン前議員は「大統領が自らは関係がないというのは大統領の職務遺棄に該当し、情報組織の体系上、ありえないこと」だと主張した。キム・ヨンテ・セヌリ党議員も「(対話録の公開は)どこの誰が何と言おうとも、およそ話にならないとんでもないことだった」と深く嘆いた。
もつともらしく見えていた与党勢力の戦略は、たった1日にして破局を迎えた。昨年の大選でセヌリ党中央選挙対策委員会総括選挙対策本部長を担ったキム・ムソン議員と、選対委中央状況室長出身のクォン・ヨンセ駐中大使の「天機漏泄(重大な機密の漏洩)」によってだ。キム議員は6月26日に行われたセヌリ党最高重鎮連席会議の非公開会議で、「先の大選の際、私は前もってその対話録を全部入手して読んでみた。その原文を見て我々内部でも会議を行ってみたけれども、我々が先に蒸し返せばかっこうも良くないから、ウォン・セフンに対話録を公開せよと言ったのに、ウォン・セフンが協力してくれなかったので結局は公開できなかった」と語った。
キム議員は「ところで私があまりにも頭にきて、大選当時の雨がしとしと降っている午後3時頃、釜山での遊説でその対話録を多勢の人々を前にして吠えたてるようにして一気に読んだ」という発言もした。実際、キム議員は昨年12月14日、釜山・西面の遊説場でメモを取り出し、「対話録」の内容を読みあげた。原本を見なかったのであれば分かりづらい、対話録のさまざまな表現がそのまま登場した。大選投票日前の最後の終末遊説を前にした金曜日であり、雨が降った。当時は与野の候補者たちがみな釜山を訪れ、激突した。キム議員は「釜山市民のみなさんが10年前に30%の支持率でノ・ムヒョン大統領を当選させてやりはしなかったのか。恥ずかしくないのか。今回の選挙でノ・ムヒョンと同類のムン・ジェインに30%の票をくれるのか」と語りながら泣き出しさえした。
存在しない「NLL」放棄発言
セヌリ党の最高重鎮連席会議が開かれたこの日、パク・ポンゲ民主党議員は「去る12月10日になされた対話」だとして、クォン・ヨンセ駐中大使がNLL対話録を先の大選以前に確保したことを吐露している内容の録音ファイルを公開した。同日の国会法制司法委員会全体会議で公開された録取録によれば「NLL問題を扱うべきだが、対話録があるじゃないか。資料を求めようとするのは問題ではないが、それは逆風をもたらす可能性があるために文字通り『コンティンジェンシー・プラン(偶発的事態を想定し対応策を組み入れること、非常計画)』と語った。「調べてみることはできるのだから我々が執権することになれば、それを暴露し…」という発言もあった。
パク・チオン民主党議員は「まだ公開されていない(クォン大使の)録取ファイルに、改憲を通じて民主党をどうしていくという内容がある。アン・チョルス議員やネガティブ・キャンペーンについての言及などもある。致命的な内容」であり「これを公開すればクォン・ヨンセ大使が苦境に陥るだろう」と語った。追加暴露の内容によって政局が再び三たび揺らぐ可能性がある、という話だ。
けれども大選前に既にNLL対話録は流出しており、当時のパク・クネ陣営でこれを主要な選挙戦略として活用しようとしていた事実が明らかになるとともに状況は急変した。「NLLの放棄」疑惑は先の大選において、パク大統領とセヌリ党の攻勢戦略のアルファでありオメガであったことが明らかになったのだ。チェ・チャンニョル龍仁大教授は「国情院が大選以前に対話録を特定候補の陣営に流出し、政治的武器として活用するようにしたということは、テックル工作(情報操作)よりもさらに深刻な今回の事態の本質」であり「ここでは保守だ、進歩だということは意味がない。それこそ厳重かつ厳酷な問題だ。これを糾明することなくして大韓民国は1歩たりとも前に進むことはできないだろう」と指摘した。
工学的に考えてみても対話録の公開は1つの「巨大な敗着(囲碁などで勝敗を決めかねない悪手)」となっている。ナム院長が公開した対話録にはノ・ムヒョン元大統領が言ったという「NLL放棄」発言は存在していない。キム・ジョンイル元国防委員長に「報告申しあげる」という言葉も、「ッタンッタモッキ(国土のつまみ食い)」発言もなかった。むしろ南北のNLL葛藤を平和的に解消するための執拗な説得の過程とみるのが妥当だ。前・元政権の核心的人々が、この対話録を探ってみた。
イ・ミョンバク前大統領も2008年から何度も対話録を検討した。当時、青瓦台で統一秘書官として働いていたチョン・ムンホン議員が、この過程に関与した。対話録は現在の与党勢力の主流の人々にも流出した。そして現職国情院長によって公開された。パク大統領は「最小限」これを黙認した。イ・チョルヒ・トゥムン政治戦略研究所長は「むしろ来年の地方選挙直前に公開するだとか、あるいは最初から公開しない方がセヌリ党にとってはより有利だったと思う。政治的武器としてNLL対話録は残っている方がはるかに強力にならざるをえないから」だと語った。
ひねりつぶし、握りつぶし
ともあれ、パンドラの箱は開けられた。野党勢力に向けられた野心に満ちた反撃の試みが、逆に匕首(あいくち)となって現政権の正統性と正当性を真っ向から狙っている。民主党議員74人は6月28日に国会で記者会見を行い、「国情院の不法工作を通じた国紀紊乱、憲政蹂躙の事態に厳重に対処するために7月臨時国会は必ず開かなければならない」し「7月臨時国会でNLL聴聞会など取り得る一切の処置を行わなければならない」と主張した。大統領の直接的な謝罪とナム・ジェジュン国情院長の辞退も、野党の一貫した要求事項だ。
今やパク大統領に残された選択肢は何か。まずは強硬論だ。「NLLは血と汗によって守った所」という最近の自らの発言のように、ノ前大統領に「領土のラインを売り飛ばした大統領」のイメージを被せるという「武力の示威」を続けていくことだ。慎重に「出口戦略」に言及している与党勢力の一部の気流とは違って、チェ・ギョンファン・セヌリ党院内代表は6月28日にも、このような攻勢を続けている。
現在、セヌリ党指導部にあってパク大統領と心理的、実質的に距離が最も近いと評価されているチェ院内代表は、この日の国会で開かれた院内代表団会議で、「対話録を見たすべての国民は、対話録に驚かされる7つの内容が含まれているということが分かる」し「民主党は今からでも『七去之悪』(昔、嫁を離縁してもよいとされた7つの理由をさす)について国民の前に謝罪し、政治攻勢を中断することが最小限の道理であり責務」だと主張した。
彼は「(ノ・ムヒョン元大統領の)NLL上納、北核かばい、王に謁見するかのような屈従的態度、14兆ウォンのただばらまき、韓米同盟瓦解の試図、首脳会談の成果の誇大包装、国軍統帥権者の地位の忘却」などをノ元大統領の「七去之悪」だと主張した。けれども説得力は落ちている。時間が経過するにつれて薬効はさらに落ちていくと見るのが常識というものだ。公開された対話録原文をじっくり見てみると、こうだ。むしろ国情院の大選介入のイシューを覆い隠すためのものであることが見え見えとの評価が避けがたい。また野党勢力全般や市民たちの広範な反発にも耐えなければならない。
その次には「ひねりつぶし、握りつぶし戦略」だ。波紋が拡がっている間、青瓦台は一貫して「我々とは関係のないこと」という立場を堅持してきた。チェ・チャンニョル教授は「現在のところ、国情院に対する国政調査の方向も簡単には予断しがたい。調査の対象や範囲、証人採択の問題など難題が山積みしているからだ」「予想される与野党勢力の対峙局面を観望しながらパク・クネ大統領と青瓦台は「大韓民国を守護しなければならない」式の原論的立場を提起して、ひねりつぶし、握りつぶしに進む可能性が高い」と見通した。
「街頭の民主主義」はどこへ
現実的には可能性は高くないけれども、事態の責任を率直に認めて謝罪するという方法もある。前・元職の情報機関による、そして政権レベルで行われた広範囲の政治・大選への介入の実体があらわになっている。どこまで報告を受けたのか、局面ごとに実質的な決定の過程で自らがどのようにかかわっているのかを明らかにし、厳正な責任者の処罰と再発防止を約束することだ。ある政治評論家は「パク・クネ大統領には反共・反北勢力をあくまで抱えこんでいくか、あるいはそれらの人々と決別して完全に新たな保守への変化を宣言するという2つの選択が残っている。当面は難しいだろうが、政権存続の有無にまで波紋が拡がれば後者の選択へと旋回する可能性もあると思う」と語った。
パク大統領がいかなる選択をするにせよ、大統領は国情院による大選介入やNLL対話録流出の政局の「核心」であり、「本体」として浮上した。キャンドルが5年ぶりに再び登場した。2013年版「街頭の民主主義」は、はたしてどこまで踏みこんでいけるのだろうか。今まさに「国情院による大選介入の波紋、そのシーズン2」の幕が上がった。(「ハンギョレ21」第968号、13年7月8日付、ソン・ホギュン記者、イ・ムニョン記者)
|