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    かけはし2013.年7月22日号

クーデターは革命の中の一挿話


エジプト

ジルベール・アシュカルへのインタビュー

革命は依然民衆の熱望が駆動
問題は実体備えた左翼の不在


 民衆的決起がムバラクを権力の座から追放した後に大統領に選出されたモルシに対し、特に昨年秋以来、革命の要求を満たしていないとする民衆の抗議が非常な高まりを示してきた。今年の春からは、ムバラク打倒決起の象徴であったタハリール広場(カイロ市)には連日何万という民衆がつめかけていた。青年たちが五月一日に開始したモルシ辞任を求める署名運動は、大統領選でモルシが獲得した票数(約一三〇〇万)以上の署名を集めるとして一五〇〇万筆以上を目標としていたが、六月二〇日には目標超過と公表されていた。この状況を前に軍部がモルシを引きずり下ろし、エジプト情勢はあらためて混沌とした局面に入っている。多くのメディアではクーデターと伝えられ、西側の諸大国が軍部に自重を求めているこの事態をどう考えるべきか、以下に、アメリカのテレビ局から放送されたジルベール・アシュカルへのインタビューを紹介する。アシュカルはこの事態を、革命の挫折ではなく、革命がさらに深化する一つの局面と主張している。(「かけはし」編集部)

役者が交代した二年前の再現

――エジプトの民主的に選出された指導者であるモルシ大統領がエジプト軍部によって権力をはぎ取られるという、この突発的なニュースに対するあなたの考えを聞かせてくれませんか?

 そうですね。私が言いたいことはまず、これはある意味で、二〇一一年二月(ムバラクが打倒された時:訳者)のシナリオの同じ繰り返しだ、ということだ。そしてわれわれが見ている双方ともに、巨大な大衆運動の動員を背景とした事実上の軍事クーデターがある。両者を分けるものは、役者あるいは権力の座にあるものが違っていること、また群集の構成、大衆的決起の構成が違っている、ということだ。
 二〇一一年一月、あるいはその年の一月―二月、まさに強大な抗議運動、大蜂起が実際あった。その中には、あらゆる色合いのムバラク体制に対する反対派がいた。それはリベラル派、左翼運動、しかしまたムスリム同胞団をも含んでいた。この最後のものは当時、運動の大きな構成要素だった。そしてご存じのように、この大きな大衆運動の中には、軍に対する今と同じ種類の期待が、軍は民衆の側にあり、民衆の利益を代表できるという考えがあった。そして私は言いたいのだが、ムバラク退陣のほんの三日前、二〇一一年二月八日には次のことが起きている。つまりこのテレビ局が私へのインタビューを録画しているということ、そしてそこで私が、軍に対するこの種の幻想に警告を与えていた、ということだ。
 そして今われわれの前にあるものは、あなたも分かっているように、椅子とりゲームが終わった直後ということだ。権力の座にはムスリム同胞団がおり、街頭には、ムバラク体制の旧体制諸党派がリベラル、左翼、さらにムスリム同胞団に対する民衆的反対派と共にいる。ある意味でそのような形で、起きていることは、権力の座にいる政治勢力の性格を決定的な違いとするシナリオの、繰り返しなのだ。
 もちろん双方の場合で、巨大な決起がある。そしてこの蜂起は絶対的に魅惑的だ。それは、実際に人々の予想を超えて進んだ何ものかだ。それは、ムスリム同胞団の類を権力へと押し上げた各種選挙の後、ご承知のように、かつてあなたも表明したような悲観的なコメントすべてを拒絶した私のような者たちの予想すら超えている。ご承知のように、秋あるいは冬への春の転換に関するあらゆる種類のコメントがあった。あるいは、数の多さをあなたもご承知だが、たとえ口実ではないとしても、それらのできごとの中にそのような形で、この地域の蜂起全体をまさに簡単に片付ける理由が見出された。しかしまた私のような他の者たちもいた。つまり、われわれは長期の革命的過程のほんの始まりにいるにすぎないという事実を力説していた者たちだ。そして実際私は次のように述べた。つまり、ムスリム同胞団が政府権力に到達したことを私はまったく喜ばしい気持ちで見ている、なぜならばそれは、彼らを暴露する、またイスラムが解決だといった類のデマに満ちたスローガンで人々を惑わす彼らの能力に終止符を打つ最良の方法だからだ、と。

反モルシ内に逆向きのベクトル


――そこでエジプトのこの蜂起に力を与えているさまざまな利害について話せますか? またあなたはどのような政治的利害に力を貸していますか?

 そうですね、さて私が言いたいこととして、まさに触れたように、政治的に言って極めて異質な群集がいる。私はテレビで街頭にいる人々に対するいくつかのインタビューをこれまで見てきた。さらに喫茶店にいる数多くの人々や、モルシよりもムバラクの方に対する好感を表しているようなものの存在がある。それにもちろん、大量の旧体制派の人々、そして何というか、権力の中での絶対的な下手くそさのゆえにムスリム同胞団を見限ったむしろ保守的な大衆を代表している大量の人々がいる。私は言いたいのだが、ムスリム同胞団は考えられる中ではもっとも愚かしいやり方で悲惨な振る舞いを重ね、こうした努力のあげく彼ら以外のすべての者を敵に回すにいたったのだ。
 この結果として旧体制を支持する人々がいる。しかし同時にこの決起の中には、お望みなら、階級的感情に導かれている巨大な群集もいる。それは、彼らの生活諸条件が悪化したという感情、単に以前の体制の経済・社会政策を継続しているに過ぎない政府がその点に関しては何も変えなかった、という感情だ。さらにリベラル反対派もいる。彼らは、政治的理由からムスリム同胞団に反対しているが、彼らの社会―経済政策には反対しない。リベラル派は基本的に、ムスリム同胞団と同じ観点を共有しているからだ。次いで左翼がいる。
 このように非常に異質な群集がいる。彼らは、二〇一一年当時ムバラク反対を唯一の共通点に非常に異なった性格の諸勢力が共に登場したと同じやり方で現れている。われわれの前には今、モルシに対する反対という同じものがある。
 しかしもちろんこれで問題が解けるわけではない。そして軍があるいは彼らが権力に据える者が誰であろうと彼が、というのも今や第二期に向け再び軍がキングメーカーとなっているからなのだが、社会と経済の諸条件を、次いでエジプトの労働者の生活諸条件を改善に導く、こうした幻想すべてにはまさに基盤が完全に欠けている。この種の幻想はすべてまさに幻想、掛け値なしの幻想だ。
 そしてここで、ご承知のことだが、軍による権力接収を支持している者たちの間に一つの対立がある。ある者たちの支持の理由は、彼らが法と秩序の回復を欲しているということ、ムスリム同胞団はそれを行う上で非効率だったと彼らが信じていること、そして彼らは正常性への国の回帰を待ち焦がれ続けているということだ。そしてそこでの正常性が意味していることは基本的に、ストライキ運動の停止、この二年間極めて高い活力をもってわれわれの前にあり続けたすべての社会運動の停止に他ならない。この種の人々がいる。
 他方で、モルシがムバラクと同じ社会政策を継続していることを理由として、彼への反乱に立ち上がっている人々がいる。
 それゆえ全面的な対立がある。そして問題は、これに対する自覚が周辺的グループを例外としてほとんどないことだ。ここにある悲劇は、実体をもった民衆的信頼性を備えた、起きつつあることに対するはっきりした戦略的観点をもって対応できる左翼的中核の不在だ。このような勢力はほとんど見出せない。

民衆の要求を誰が表現するのか


――あなたは、一月二五日に始まった革命の歩みがどのように進みつつあるかについて述べた。それであなたが言おうとしていることは、軍が約束した次の選挙において指導部に挑戦することができるかもしれない、そのような社会運動から現れる指導者についてはまったく分からない、ということですか?

 まず私が言いたいことだが、人々の社会的進歩に向けた熱望を結集する役割を果たす可能性をもっていた一人の人物の登場があった、ということだ。そしてそれはナセル主義者――一九七〇年までエジプトを統治したナセルに連なる――の候補者だった。そしてそのようなものとしてこの候補者が表現するものは、一種の左翼民族主義だ。そして彼は三位に着けた。それは大統領選挙における大きな驚きだった。大統領選挙の第一回投票で彼は三位となったのだ。そして彼は、エジプト左翼の幅広い広がりの中で唯一の実体的な民衆的人物を代表している。
 しかし問題は、彼が軍に関して今優勢な主張、つまり軍がどれほどわれわれの友人であるか、民衆と共にあるかといった類すべての主張を、完全に共有していることだ。そして彼は、リベラル並びに旧体制の残滓である者、アムル・ムーサとの同盟に入った。そして彼は先頃、いくつかの明言を行うにいたった。それは、モルシが権力につく以前の時期に、民衆運動が軍事政権打倒を語ったことは間違いだった、と言っている。しかしその時期にあったものは、軍事最高委員会、SCAFであり、それはこの国を極めて恐ろしいやり方で支配したのだ。それゆえこれらの全公言はまったく安心感を与えていない。しかしこれが、イスラム的方向であろうが、軍事政権であろうが、あるいは旧体制の方向であろうが、右の立場での変革ではなく、左の立場での変革を求める民衆の熱望を引きつけるとして現れた唯一の人物なのだ。
 そういうわけで今や、もし――もちろんこれは一つのもしにすぎないが――発表した計画を軍が早期の大統領選挙を含めて前に進めるのならば、問題は、これらの選挙で何が起きることになるか、まさに先の候補者が――彼が左翼の立場で何ごとかを行う可能性をもっている唯一の人間であるのだから――この選挙にどのように取り組むのか、どのような主張を行い、どのような綱領を提起するのか、となる。
 われわれはこれらの選挙が行われるのかを見なければならない。そしてもちろん、今それを知るには早すぎる。なぜならばムスリム同胞団は、さしあたりクーデターを拒否し、それを強く非難しているからだ。確かにクーデターではある。それは、民主的に選出された政府に反対するクーデターではあるのだが、だがその政府は、エジプトの広範な多数とは反対の位置に自分自身を置くまでになった政府なのだ。私が言いたいことだが、モルシ反対のこの決起はご承知のように空前の規模に達した。それは完全に前例のないものだったのだ。

同胞団に賭けた米国は大混乱へ

――このすべてにおいて米国の役割とは何ですか? 私が言いたいことは、軍と一体的に権力を握っていたムバラクを何十年間も米国は喜んで支援していたということです。しかしこの情勢で演じるどのような役割を米国はもっていますか? また米国は、前に進む上でどのような役割を演じる可能性がありますか?

 エジプトの反対派の運動、モルシ反対の運動は、ワシントンはモルシの支援を続けてきていた、との強い確信をもっていた。そしてまったくのところ、ワシントンのモルシに対する支援の印は数多くあった。実際に、軍事クーデターに対する警告、軍部の介入に対する警告、いかなる憲政の中断をも行わず憲法の規定に従う必要の強調があった。ところが現憲法は、その正統性に関し非常に多くの異議が唱えられているのだ。今やこの巨大な運動は、この憲法を正統なものとは認めず、ムスリム同胞団が強要した何ものかだと認識している。モルシ反対のさまざまな決起の始まりに際してカイロ市の米大使館は、それらの決起は国の経済にとって有害である、と述べた一つの声明をわれわれに示した。それはモルシ支持の露骨な声明と見えた、と言いたい。それを示す指標は数多くある。
 そして真実は、ワシントンが本当の混乱の中にある、ということだ。知っての通り、あらゆる陰謀論を携えた、ワシントンが全能であると信じている者たちがあらゆるところに、特にインターネット上にまさに数多くいる。しかし、アラブ世界で今起きているあらゆることに対する人形使い、といった類の考えは文字通り完全な的外れなのだ。言いたいことは、この地域に対するワシントンの、全体として米国の影響力は、極めて、極めて低い位置にある、ということだ。それはイラクにおける敗北の結果だ。なぜならばイラクは、米国にとって、米国の帝国主義的構想にとって大敗北に終わったからだ。そしてあなた方の前には、この巨大な敗北と、イラクにおける米帝国主義政治にとっての惨害と、ムバラクのようなワシントンの中心的な友人を倒すような蜂起の組み合わせがある。
 それゆえワシントンはムスリム同胞団に賭けようとした、と言いたい。そして最後に、実際は蜂起の始まり以後、あるいはアラブ世界での蜂起が始まってからまもなく、ワシントンは賭けるべき馬としてムスリム同胞団を選ぶにいたった。そしてもちろん彼らは、一九五〇年代、六〇年代、七〇年代、実際は一九九〇年、九一年にいたるまでムスリム同胞団との間での緊密な協力の下で、近しい形で活動してきていたのだから、それは古い連携の刷新だった。彼らはムスリム同胞団との密接な協力関係を結んでいた。そして彼らはそれゆえ、アラブ世界の現在の諸条件の中で、このすべての大衆的な決起に対して、同胞団との協力を新たにした。
 それらの大衆的決起は、主要な新しい成果であり、お望みなら、二〇一〇年一二月、二〇一一年一月以後起きつつあったすべてのことの展開なのだ。そして彼らは、今や実体的な民衆的基盤、民衆的組織を備えた同盟者を必要としていると信じている。そしてもちろん、この定義に対応し、ワシントンと協力し、共同作戦を行う意思をもっているただ一つのものは、ムスリム同胞団なのだ。彼らはそれを行った。彼らは今それを行おうとしている。
 しかし今や情勢は、ご承知だが、ムスリム同胞団が失敗したとワシントンが分かることのできる地点に到達することになった。彼らが破綻したことは明白だ。そのように、ワシントンの視点からでさえムスリム同胞団に賭けることはもはや不可能だ。彼らは、法と秩序をエジプトに再確立することができなかった。彼らは情勢を統制することができなかった。
 そしてもちろん、ワシントンのエジプトにおける主要な同盟者は軍だ。軍はワシントンとの間に非常に密接な結びつきを保持している、と言いたい。それは一定程度ワシントンから資金供与されている。米国のイスラエル向け資金に次いで二番目である米国のエジプト向け資金の全体は、軍に行っているのだ。そしてこの軍人世代はすべて、米国によって訓練されてきた。彼らは軍事的策動その他に入り込んできた。このように軍は、ワシントンと密接に結びついている。言いたいことは、ワシントンが軍に反対する立場をとると予測することなどできない、と言うことだ。推測するに彼らは、何らかの懐柔的な立場に引き込まれざるを得なくなることを避けたい、と思っている。しかし鍵となる点は、舞台回しをしているのは彼らではない、という点だ。そしてすでに言ったことだが、彼らが舞台を回していると信じている者すべては、まさに的を外しているのだ。

エジプトの権力は荷が重い問題

――ところであなたは、エジプトで次に来るかもしれないことに関するあなたの考えの多くを、誰かと共有できていますか? モハメド・エルバラダイは、今日軍と会談した指導者たちの中にいた反対派の人物です。労働組合の指導者たちは軍と会談しなかったように見えます。そこに含まれる暗黙の意味を話すことができますか? そして結論的に、権力についたムスリム同胞団の指導性に関して浮上したこの危機を理由として、もし次の選挙があるとして、あなたは彼らが選挙に勝てないと感じていますか?

 まず最後の点から始めよう。今ムスリム同胞団がどうすれば選挙に勝てるかについて、私は分からない。軍の声明にしたがえば、次の選挙は大統領選となるだろう。さてもしモルシだとして、前回の選挙で起きたことをあなたが注視すれば、彼は第二回投票で選出されたのだ。それは、親モルシではないが反シャフィクの票のおかげだった。シャフィクはモルシの対立候補だったが、元軍人であり、ムバラク体制の継続を意味する者と見なされた。そしてその時ですらモルシは、第一回投票で僅か二五%を得たにすぎない。私は、その二五%をムスリム同胞団が今再び得るということを、まったく大いに疑わしいと思っている。だからそれが現実にあり得るとは、私は考えていない。その上、権力に向けモルシにあるいはモルシの代役に支援を与えるような選挙を軍が組織することを、ほとんど想像できないという事実もある。したがって最後の点について言えば、それはむしろ極めて高い確度でありそうにない。
 そこで起きそうなことだが、それこそまさに、ナセル主義者の候補者という課題に触れていた時に私が暗にほのめかしていたものだ。それはつまり、この種の異質な反対派の戦線が一人の候補者の下で共に選挙に臨むだろうか、ということだ。そしてそれが起きるとすれば、その候補者はナセル主義者ではなく、リベラルのバラダイかそれに似た誰かとなるだろう。
 そしていずれにしろこれは、消滅とはほど遠い革命過程における、もう一つの段階の正式発足となるだろう。それは、もう一つの社会・経済政策に基づきものごとが深く変わり得る情勢に達するまで、不安定性をはらんで、何十年間とは言わないまでも、何年も続くだろう。それが意味することは、そこにいたるためには深い政治的変化が必要となる、ということだ。当面それは見えない。したがって、その点に関し予測するには早すぎる。
 しかし言うことができることとして、同じやり方でムバラクを権力の座からら追い出した二〇一一年二月一一日の以前のクーデター後に軍が行ったことを、彼らが繰り返そうと試みることは、現実にはありそうにない。今彼らはそれをモルシに対してやろうとしている。モルシが選出されるまで彼らははじめて、一定の長期間この国に君臨した。彼らが同じことを行うとはほとんど想像できない。彼らにとってこれは有害であること、また今日のエジプトの権力は実際にやっかいな問題であること、これを軍が理解したからだ。

革命は不確実性伴い長期に続く


 権力に挑むものは、その前に現れる問題すべてに向き合うことになる。そのうちで最小とは言えないものとして、今やムスリム同胞団が登場しているという事実がある。そこで何が起こるかをわれわれはこれから知ることになるだろう。しかし彼らが抑え込まれるとしても、まさに降伏するとしても、彼らはそれを非常な憤りをもちながらそうするだろう。したがって、イスラム諸派から次に来るものが何であれ、それに対しては大量の反対派が存在することになるだろう。
 そして他方には、この国が破産の淵にあること、深刻な経済的惨害の瀬戸際にあることが極度に懸念される。恐ろしいほどに悪化した経済情勢がある。しかも、軍にまで貫徹してモルシからバラダイまで広がる諸勢力の広範な陣容がおし進めるただ一つの政策は、エジプトでIMFが推進中の同じ新自由政策なのだ。
 IMFが、すでにずっと前から呼ばれてきたように、どれほど国際的通貨原理主義であり得るか、エジプトに向け要を得た擁護を行いつつ、その新自由主義的展望の中でどれほどの原理主義者であり得るか、それはまさに信じがたい。それはこれまで見てきたすべてが起きた後に進められるまったく同じ政策であり、それこそがムバラクの下で適用され、今ある深い経済危機、いかなる意味でも皆無の経済成長、職の創出における極度の低さ、さらに巨大な失業、特に若者の失業に導いたのだ。
 そして彼らは同じものを携えて来ることをやめていない。IMFは、一層の緊縮政策の実行を求めて、燃料や他の基本的な食料品やその他に対する補助金のさらなる削減を求めて、モルシ政権に圧力をかけてきていた。そして彼らはそのような政策と共に来ることをやめていない。ところが実際は、モルシはそれらを実行しなかった。できなかったからだ。彼はそれをやる十分な政治的強さをもっていなかった。ある時点で彼がそれを試みた時に起きた抗議は、彼のフェイスブック上で即座にその方策の取り消しを公表せざるを得なかったほどのものだった。これはみっともないことだった。
 そのようにそれはやっかいな問題だ。そしてそれこそが、われわれが今見ていることは長い歴史の中にある一つのエピソードにすぎない、そして実際にまだそれはその最初の局面にある、という理由だ。われわれはエジプトで、そしてその他のアラブ世界で、今後の年月以上の発展を多く見ることになるだろう。

――ありがとうございます。私たちは今後確実に、それらの発展すべてをそれが展開するままに追いかけます。

 絶対にそうして下さい。
それがもっとも喜ばしい。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年七月号)

 


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