もどる

    かけはし2013.年7月22日号

無断合祀による戦死者独占の虚構えぐりだす


読書案内

内田雅敏著、スペース伽耶発行、800円+税

「天皇を戴く国家」

歴史認識の欠如した改憲はアジアの緊張を高める


自民党改憲
草案を批判
 安倍政権が改憲発議の要件を衆参三分の二以上とする九六条の規定を過半数に緩和する手続きを現実に進めることを打ち出してから、「本格的な戦争ができる国家」作りのための改憲が現実味を帯びている。これといかに闘うかが重要な政治課題になっている。本書は百ページ足らずのブックレットだ。そうした闘いのための学習本として活用できるように資料を説明しながら分かりやすく書かれている。
 本書の内容は「一、天皇を戴く国家」、「二、無断合祀による戦死者独占の虚構こそが靖国神社の生命線」、「三、駒村吉重著『山靴の画文ヤ辻まこと』を読む」、である。
 第一章で、自民党・憲法改正草案を批判している。天皇を国家元首に戻そうとすることに対して、天皇と戦争体制、天皇の戦争責任について問うている。そして、日本国憲法がアジアで二〇〇〇万人、日本で三一〇万の非業、無念の死のなかから生まれた。そうした歴史認識なくして、「どこから、どこへ変えようとするのか」という問題を明らかにしている。
 
靖国神社の
イデオロギー
 第二章では、「天皇の兵士の戦死者を『護国の英霊』として顕彰するためには、戦死した戦争が不義のものであってはならない」、「まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには、戦わなければならなかった」とする靖国神社の歴史認識こそ問われなければならないと批判する。「犬死であったとは耐えられない」、この遺族の想いに巧みに入り込むのが「無駄死にではなかった」という靖国神社の囁きだ。そして著者は、「死者への思い」が靖国神社と通じてしまう危うさを紹介している。
 南原繁東大総長は一九四六年の三月、学内関係戦没者慰霊祭の時、「命を拒んで国民としての義務を免れんとする者はなかった。諸君のすべては国家の意志と命令に忠実に従ったのである。…よく軍人としての任務を遂行したか」と「告文」を出した。
 『レイテ戦記』など戦争の実態を描いた大岡昇平も特攻攻撃を「この戦術はやがて強制となり、徴募学生を使うことによって一層非人道的になるのであるが、私はそれにも拘わらず、死生の問題を自分の問題として解決して、その死の瞬間、つまり機と自己を命中させる瞬間まで操縦を誤らなかった特攻士に畏敬の念を禁じ得ない」と書いている。
 靖国神社が天皇のために死んだ兵士たちを祀る神社であり、陸海軍が特別に管理していた国家のための神社であった。「靖国で会おう」と兵士たちに思わせ、国家のため、天皇のために死ぬことを美化したところにその特異性と問題がある。そして、兵士の戦死者は遺族の意志とは関係なしに、靖国神社に合祀されてしまうシステムになっている。いったん合祀された者は遺族が取り下げて欲しいと訴えても取り下げない。韓国や台湾の遺族たちが植民地民族として無理矢理戦争に動員されたのに、御霊まで日本の戦争神社に合祀されていることは耐え難いと合祀取り下げの闘いをくまざるをえなかったのもこうした事情だ。
 著者は最後にこう書いている。「死者を追悼する。唯ひたすらに追悼し、決して死者を称えない、そして非業の死・無念の死を強いられた死者たちの声に真摯に耳を傾ける、戦後の反戦護憲運動にはこのことが十分ではなかったのではなかろうか」。

今も煽られる
「武士道精神」
 私は最近、「命を惜しむ男で、戦場から逃げ回っていた」ゼロ戦パイロットを主人公とする『永遠のゼロ』(百田尚樹)を読んでいた。特攻隊の兵士たちの「本当はこんな死に方をしたくない」という強い思いを知ることになった。
 そして私も靖国神社の遊就館に行ったことがある。外には人間魚雷回天が展示されていた。こんな筒の魚雷の中に入り、上からねじで出られないように蓋をされてしまう、おぞましい兵器だ。中の展示で驚いたのは、一九四五年の戦争末期、東京湾に敵艦艇が攻めてきたら、水中に一人で潜っていて、下から爆弾をつけた棒状のもので戦うというのだ。学校や町内会では竹やりで上陸してきた米兵と戦う訓練が行われていたのを考えれば「国体護持」「本土決戦」なるものがいかほどのものであったのか、それこそ何百万人という人びとを「特攻」として死なせるものであった。これが「皇国の正体」であった。
 現在「NHK」の大河ドラマ「八重の桜」で、会津戦争が放映されている。官軍が会津城に攻め入る時、城内に残る武士の家族も城に上がるようにふれが出された。しかし、城下の家老の西郷頼母の一族の女性たちや子どもたち二〇数人が城に上がることなく自決する。口べらしのため、戦の役に立たない女・子どもたちの官軍への抗議の意志だという。同じような死に方をしたのは二〇〇人以上に上った。さらに、武士を夫に持つ女性たちが薙刀で鉄砲隊に立ち向かい殺されていく。
 この忠義の見本のように言われる「侍魂」「武士道」が明治維新以降も受け継がれ、「特攻精神」なるものへとつながった。今もサッカー日本代表や野球の世界で「さむらいジャパン」と呼んでナショナリズムを煽っている。
 封建的道徳と深く結びついた天皇制と「靖国の闇」。暑い夏、いやおうなしに「8・15」靖国がやってくる。

[追記]第三章を読んで画文集「山の声」や「山からの絵本」の著者辻まことが辻潤と伊藤野枝の息子であることを初めて知った。彼の描く山の絵は峨々たる厳しさとは反対にどこかゆっくりとして穏やかな雰囲気を与えてくれる。
 「天皇制」の問題などで鋭く切り込む内田さんが、逆にこのような辻まことの絵に引かれるのは「激しさと穏やかさ」を合わせ持っているからだろう。
(滝)

 


もどる

Back