日銀は金融・独占資本の道具か?! (下)
資本主義の犯罪行為を暴き出せ
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4 失われた二〇余年 ものごとは拡大鏡で見なければならない場合もあるが、一定の距離をとって遠くから眺めた方がわかりやすいこともある。
デフレをめぐるごちゃごちゃした記述で気づかれた方もあると思うが、地価や株価の下落がすでに遠景から多くを語りかけている。グラフ「銀行貸出残高の対GDP比」は、九八年版経済白書に載ったもので、貸出額の著しい変化がひと目でわかる。
GDP比でアメリカが日本より低いのは、預貯金よりも証券による運用が多いためである。ここでは米国の銀行貸出がなだらかに推移していることを確認してもらえればよい。日本は家計資産の過半が預貯金なので貸し出し比率も八〇年代初めまでGDP比〇・六の水準で推移、概数五〇〇兆円のGDP、その〇・六の三〇〇兆円が通常の銀行貸出額であった。それが八〇年代末にはGDPと同じ五〇〇兆円に達し、通常より二〇〇兆円も多くなった。
公定歩合が八七年二月から八九年五月の二・五%は、八一年から八五年の五・五〜五・〇%に較べ半分になった。現在のゼロ金利の状況では実感をもちにくいが、超低金利になったのである。
この異常ぶりには日本が電機、自動車、精密機械で国際競争力の優位、最大の債権国を視野に、半減するドル価値、円高を是正すべく内需拡大を進め、途上国や米国への投資が協議された枠組みの合意がある(プラザ合意、ルーブル合意)。
米英は多国籍企業の戦略を進めていたが、日本は丸腰の円といわれた日本株式会社≠フ多国籍型への転換がせまられていた。
「米国の巨大な政治力や軍事力に見合うものが日本にはない。その丸腰の円にとって新たな危機管理体制は、東京市場をロンドン、ニューヨークをしのぐ国際金融センターに育成し、カネをめぐるあらゆる情報がいち早く入る市場にすることだ」(「野村総研」徳田博美)。
自民党・中曽根内閣がその路線にのって商業、高層ビルの必要、建築の容積率に言及するにおよんで、東京の地価が上がり出した。
日米構造協議では一九八一〜一九九〇年の一〇年間の公共投資実績見込額を大幅に拡充、公共投資を情勢の変化に対応して、おおむね四三〇兆円とする計画になった。
勢いを失ったドルと対照的に、舞い上がった中曽根発言で、円はグラフのようにヒモのゆるんだ金融の出口から五年ほどの間に、二〇〇兆円も余分にとび出した。
銀行は企業の収益性を分析して融資するよりも、土地を担保に貸す習い性になっていたため、値上りが見込める土地さえあればどんどん融資し、それら企業の株価も上昇した。
三大都市圏の地価は、ご覧の通りうなぎ上り、三倍にはね上った。当時、日本不動産鑑定協会の調べによれば、日本の土地資産額は一八四二兆円、合衆国全土を四・二回買えるといわれた。宅地価格は東京を一〇〇とするとフランクフルトは三、ロサンゼルスは一である。これは一般的な経済事情からは説明がつかない。土地利用からの収益性を基本にしていないためである。土地私有が優先し、都市における土地利用の公共優先、計画化が欧米に大きく立ちおくれていたせいである。
後半、日銀は公定歩合を史上最低の二・五%に二年三カ月据え置いたことが、バブルを加速したと分析。日米独は強調して利下げを実施、その後利上げへの転換が、日本は消費税導入後の八九年五月にずれ込んだ反省である。
前川リポートが内需主導を打ち出し、物価にインフレの兆しなく、落ち着いていた状況で、日銀は株価や地価の上昇抑制だけを目的に公定歩合の大幅引き上げは難しかった、としている。加えて、戦後の政府が一貫して方針にしたのが近代経済学であった。現在、日銀の副総裁になった岩田氏は、当時、次のように述べている。
「現在の土地市場は市場機構が健全に働いていないから不合理な地価が形成される。従って、市場機構を歪めている様々な規制(法的規制、税規制等)を緩和し、廃止すれば、地価は自由な市場で形成されるのであり、その結果、それが高かろうが安かろうが資源の最適配分≠ェ行われる。つまり適正な土地利用が実現する」(岩田規久男『土地基本法』一五四頁)。
ふり返ってみれば、地価が暴騰、株価が連動して当然の条件がそろっていた。九〇年代初めに突出したピークを示す地価のグラフは、GDPの上昇と全く異質である。土地、都市法の立ちおくれを示す悪性腫瘍のふくらみである。日銀みずから物価の動向は落ち着いており、地価、株価の上昇に金利で対応するのは難しかったという。
別の角度からいえば、「地価高騰が合法的に発生してきたということである。いいかえれば現行土地法制の下では、地価高騰は不当なものではあっても違法ではない。したがって地価高騰を阻止するためには、それを合法としている土地法の全体と個別法をそれぞれ点検し、改正しなければならなかった」(五十嵐敬喜『土地基本法』二二〇頁)。
世界はあげて高密度の都市化が進み、土地は多くの人々が皆で利用する社会的な活動の場になっている。公共の利益を優先する制約が働き、個人の私意に委ねる状況ではなくなった。都市、自治体・国家・社会の所有に変革、みじかく言えば社会化、計画化を迫られていたのである。
これらの事情を配慮すれば、私的所有権をそのままにして、自由な市場に地価をゆだねる近代経済学、岩田提案は、火に油を注ぐ悪政でしかなかった。結果もそうなった。
5 地価下落に財界抵抗
地価の暴騰が人々を不安に落とし入れた九〇年一〇月、NHKの特別番組が組まれた。その時の世論調査(東京、大阪、名古屋)をみよう。
地価は下げるべきだと思いますか。
@下げるべきである
九四%
A下げる必要はない
六%
持ち家の人も、そうでない人も回答の比率は同じだった。一生涯まじめに働いても、家がもてない社会への不公平、疑問が満ちあふれていた。ちょっと土地があるだけで、働かずに、つまり不労所得が賃金労働者の賃金所得の何十倍、何百倍も入る仕組に、ねたみ、反感がうずまく。
欧米諸国ではおおむね年収の三倍前後で住宅が買えることから、京浜地区九・九倍(九〇年)の現状をふまえ、政府は二〇〇〇年までに住宅を年収の五倍で買えるようにしたい、と打ち出したが、連合の調査によれば、そうなると思えない、八七・八%だった。国民の不信は根深い。
政府は地価暴騰への批判におされ、銀行の不動産向け融資を総貸出以下の伸びに抑える総量規制(九〇年四月)をはじめ、金融引き締め、九二年からは地価税〇・三%を導入した。それに先だっては、石川島播磨重工業の稲葉興作社長が「新税は悪税、政府は悪代官=vよばわりして、大蔵省から注意をうける一幕もあった。
背景には不動産業界にとどまらず、大企業が「事業のため一万坪の土地が必要となったら二万坪買うのが経営者だ。業績が悪くなっても一万坪は売れるから従業員をやめさせなくて済む」(大物財界人)。
地価の値上りを見込んだ含み益経営、土地ころがしは常識という、遅れた土地制度の悪用が一般的であった。財界の抵抗は九五年一一月、経団連、日商、日経連、経済同友会こぞって地価税廃止を共同提言するにいたる。土地は公共財、有効利用、私権より公共性の優位はどこへやら、やがて廃止(九八年)されることになる。
ともあれ、地価はグラフのように目にみえて下落した。それを前の銀行貸出残高のグラフと比べると明らかな通り、地価が下落しても貸出残高は減らず、高止まりのまま推移している。わかりやすく言えば、高止まり線と下落線の間がいわゆる処理されずに滞る不良債権になった。
前に銀行貸出のグラフから、通常より多くなったのは二〇〇兆円と割り出したが、多くの分析はそれが妥当なことを裏づけている。たとえばメリルリンチ日本証券の小関広洋氏は、破綻が懸念される企業向けと、回収に注意を要する企業向けの合計は一八〇兆円と試算している。
「不良資産は借入金の残高ベースで不動産業界が一一〇兆円、建設業界が四七兆円、合計一五七兆円、……不動産業界も銀行も構造転換を認めたがらない。認めれば地価は大幅に下がり、損失が拡大するからだ。ソフトランディングと称して、地価を少しずつ下げながら地価の再騰を待つ。これは問題の先送りでしかない」(長谷川徳之輔、日経、九七年一月二七日)。
流通の未公開を視野に入れて読めば、ほぼ納得できる数字、わかる範囲での不良債権ということになる。
米経済誌『フォーブス』の記者、B・フルフォード氏によれば、日本の銀行や財務省の幹部を取材するなかで、彼らがひそかに教えてくれた「日本の不良債権の総額は、驚くなかれ、なんと二〇〇兆円だった。しかし、この額はなぜかその後ずっと隠され、銀行は政治力によって生かされ続けてきた。もちろん、日本政府の高官はみなこの事実を知っていた」(『ヤクザ・リセッション』四〇〜四一頁)。
6 不良債権のヤミ
地価が下がれば下がったで、異常な地価暴騰にまどわされるなか、一九八七〜九四年に首都圏でマンションを購入した三二万世帯が、六兆三五〇〇億円の含み損を抱えることになった。一世帯当たり一九七一万円(国債銀総研試算)、中には半値以下に下がり、売却しても一千万円のローンが残り、身動きならない。政府の失政で借金に苦しんでも、一般の国民は置き去りになった。これはほんの一例にすぎない。ヤミ部分を考える参考になろう。
不良債権のすべてを公開することなく、ぬくぬくと先送りしている企業の存在は、お金の供給が名目GDP比一・二八倍、約六二二兆円にふくらんでいたことに明らかである(マネーサプライのグラフ)。
ロシア経済危機(九八年夏)を受けて金融が緩和したときでも、ユーロ圏と米国は名目GDP比〇・五〜〇・六程度であった。日本のカネ余り、というよりじゃぶじゃぶ度は、不良債権のヤミぬきには理解できない。
日本の潤沢な通貨供給は、株式相場や景気の下支え、追い貸し、飛ばし、不良債権の先送りに役立った。もっとも、これはおもて向きの話で、一歩踏み込むと「占有屋、損切り屋、整理屋、手形屋、取立屋などなど、わが国の債権回収業界には、裏の世界で生きている暴力団やこれらの組織とつながりを持つ者が多数巣食い、暗躍し、不法行為を平然と敢行している。わが国の債権回収業務は、弁護士法により弁護士の独占業務とされているのであるが、これらの不法勢力が跳梁跋扈して資金源としてきたもので、法治国家にはほど遠い面がある」(中坊公平『住管機構債権回収の闘い』一一七頁)。
文字通り一冊の本になってなお書き足りない。住管機構の社長中坊氏は、新聞紙上でも警世おこたりない。「金融界が自らの行動にけじめをつけようという姿勢は全く感じられない。これは怖い状態だと思う。この点を無視してブリッジバンク(つなぎ銀行)などを作って大丈夫だろうか。銀行経営者が、銀行の持つ公共性を建前としながら、本音のところでは法律に違反しなければ何をしてもいいとの経営をしてきたことは、日本社会の不透明性を象徴する。そうした本音と建前の使い分けが、この国を閉塞(へいそく)させている最大の要因だ」(日経、九八年七月二五日)。
目の前で金融機関の行状は次のようだ。全国の預金取扱い金融機関の不良債権残高は、一〇年にもなるのに四三・四兆円(〇一年三月末)、不良債権の予備軍を意味する要注意先債権を含めると一四〇・九兆円、すでに約七二兆円処理しながら、残高は過去最高になった。
残高の八割弱を占めるのが建設、不動産、卸・小売、サービスの四業種、足元で処理されているのはゼネコンではなく、大半は中小企業。最終処理が進めば、銀行が抱える大量の担保不動産が吐き出され、地価下落の連鎖が進む。
不良債権問題と土地問題は結果と原因の関係、土地の利用価値と関係なくお金を注ぎ込んだのがバブルである。今その反動で不良債権の発生と地価の下落が続く。それをもってマスコミは土地、不動産デフレとよぶが、デフレという常識的な用語を知らずにか、故意にか、ゆがめている。株価への適用はなおさらである。思わく買いがはずれた、それが端的な真実、価値物の値下がりとは異質である。
このまだるっこい状況に、不良債権処理を急ぐべきだ、と今井敬経団連会長が発言。
「処理が止まっている。かなり思い切って進めるべきだ。日本発の金融恐慌が懸念された二年前とは状況が違うし、個別の金融機関が困難に陥っても、金融システム全体には影響がない。政府もあまり金融機関を心配して政策を行わなくていい。……必要なのは政府も経済界も、きちんと構造改革を進めることだ。経済界では不良債権処理のスピードが不十分だ」(〇一年二月五日)。
処理を行うのは企業、推進するのは金融機関、と民間の自助努力を強調した。アメリカ金融界をはじめ、内外からの批判、いらだちに、サボってきた当人が臆面もなくこたえる姿である。
政府が“不良債権問題は峠を越した”(九六年三月)と発表して以来、不良債権の甘い査定、情報開示の不足、株式の持ち合いで、モノ言う株主が不在の状況になった。同じ見通しの発言が続き、〇一年八月末には、“向こう七年間で不良債権が半減する”といったのは柳沢金融担当相、自民党若手にインフレ目標を求める動きがあったことはすでにみた。
一方、“構造改革なくして景気回復なし”(小泉改革)に便乗し、大都市の地価引き上げ論もとび出した。不良債権問題の本質は、大都市の地価低迷、「大都市の地価を上げる最もオーソドックスな手法は、金融政策で年率二%程度のインフレにすることである。これは日銀の役割」(八田達夫教授、日経、〇一年五月一五日)。
自民党、中曽根内閣にさかのぼるバブルの罪責はどこへやら、とんでもない元の木阿弥が提言される。いいまわしが少し違うだけで、内容は安倍首相と全く同じである。
難しいのは今年逝去された中坊公平氏が指摘、闘い続けたように、当事者である金融機関、企業にヤミ勢力が加わり、官僚、政治家の上層までからんでいることである。同じことをB・フルフォード氏が外部からの目で指摘、金融犯罪の構造にせまった。
例えば「イトマン事件(九一年)、佐川急便事件(九一年)、石油商・泉井献金疑惑事件(九六年)、総会屋利益供与事件(九七年)、日本銀行収賄事件(九八年)などが起こり、住友銀行(当時)の名古屋支店長が殺害され、日債銀(当時)の社長になった本間忠世は謎の死をとげた。本間忠世社長は元日銀理事で、二〇〇〇年に日債銀の社長に就任してからわずか二週間後に宿泊先のホテルで遺体となって発見されたのである。公には“首吊り自殺”とされたが、真相はわからない」(『泥棒国家の完成』九二〜三頁)。
不可解な事件を関係者や新聞記者は知っていても、最終的なウラが取れないので、書かないという。これほど沢山の事件、「これほどまで長期低迷が続けば、ヤクザと手を結んだ無能経営者、官僚、政治家からヤクザのボスたち、そして彼らの手先になった者たちまで含めて、少なくとも三万〜五万人が刑務所送りになっていなければおかしい。それなのに、日本の刑務所に収監されている金融犯罪者はごくわずかである」(同前、一〇七〜八頁)。
7 借金は国民の負担に
自民党・中曽根内閣に由来するバブル経済から四半世紀。見てきたような裏工作もあって、政治の課題と政策の意味がわかりにくくなった。本当のところとたてまえの乖離が大きいからである。
はじめに触れた金融緩和がその最たるもので用語の使われ方、意味に歪み、変化が生じている。ここでは四つのグラフ、表で説明したい。誰もが関心をもつ世界一の政府債務残高のGDP比率、なぜそうなったかはともかく、この事実はほとんどの人が知っている。
金額にして国の借金が九九一兆円(一二年度末)、安倍政権が景気対策を優先し、一〇兆円の補正予算で借金を増やしたので、一三年度末には一千兆円を超える見通しである。社会保障費がふくらみ続けたから、という報道が多いが本当か?
次に「主な経済対策と株価」字が小さいので見づらいかも知れないが、ここではこまかい数値の問題ではない。こんなにも毎年借金をしながら、よくぞ対策を打ったものだ、ということ。下に株価の変動が出ているので、新聞記事の意図がすぐ読みとれる。政府は株価対策に気を使っていた。その利益で不良債権の処理を促すためである。勿論、景気対策でもあり、人気、政策与党への支援を取りつけるねらいがある。
「日米独の公定歩合の推移」。このグラフも線や数字はこまかいが、大きく日本との違いがわかってもらえればよい。なお、ドイツの線グラフ、後年ではユーロ圏となる。
不良債権の処理を先送りしたツケが、こんなにも大きく国民の生活を歪めてしまった。潤沢な資金を提供するためには、公定歩合五%(九一年)だった金利をたちまち〇・五%(九五年)、経済の低迷が長引き、九九年二月に世界初のゼロ金利政策を導入の中間にちょっとだけゼロ金利でない時期もあるが、今日まで総じてゼロ金利、ないし量的緩和になった。米国、ドイツの金利と比較すれば、その差は明らかである。
もう一つ、「家計、企業、金融機関の利子所得」は、棒グラフを上下にわけて、見やすくしてある。公定歩合の操作によって、何ができるかをみごとに示した。国民経済の中枢を握る日本銀行は、国民経済を守るカナメであるが、同時に巨大企業や銀行が国民生活を支配する道具にもなりうる。
米国やドイツの金利を頭において日本の低金利を考えればわかるように、通常の金利であれば家計に入ったはずの利益(逸失利益)は、九一年〜〇五年までの累計二八三兆にものぼる。
対照的にこの低金利で企業は利子負担を減らし、〇五年までに累計二六四兆円の負担を減らした。金融機関は利子所得を九五兆円増した。これは三菱総研が作成、新聞記事になったあらましなので、国際的にみて妥当な金利の算出など、詳細は不明である。肝心なのはおよそこれくらいの家計所得が失われ、企業や金融機関がうるおったことである。
金融によって巧妙に所得を家計から企業、金融機関へ移転したのである。世界一の政府債務(借金)も、企業、金融機関の不良債権を処理させるのが主なねらいであった。
国民の高齢化で社会保障費が増えたことはたしかだが、だからといって政府の借金をせっせと増やしながら株価、景気対策を続けることに道理はない。
不良債権の先送り、金融界、企業がみずからしでかした不祥事に、自分でけじめをつけようとの姿勢が全く感じられない。中坊公平氏が糾弾し続けた倫理観の欠如は、体制全体を覆っている。
企業、金融機関、政府の失政、それらの負債をすべて国民にツケ回す仕組みは、部分の病理を超えている。不良債権を取り巻くこれらの仕組みは、はしなくも原発事故をまねいた東電の御用化した労働組合=電力総連の組合員が、会社の手先になって安全神話を吹聴した恥ずべき共犯と重なる。
これぞ資本の支配が安泰であるための要諦、支配される側、労働者がその手口になれ親しみ、同意することである。
金融・独占資本主義は、労働者をカネで買収するだけでなく、日常の生活意識、価値観を左右するイデオロギーを、あふれかえるマスコミで都合よく再生産し続けている。 (おわり)
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