ブラジル ジョアオ・マチャドへのインタビュー(上)
PT、野党双方の保守的な
似通った政策に共通の怒り
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以下に紹介するものは、ブラジル社会主義自由党(PSOL)並びにその内部のエンラス潮流で指導部の一員を務めているジョアオ・マチャドに、六月から現在までブラジルで大きな発展を見せた社会的決起について、その背景や左翼の役割などを聞いたもの。インタビューはスイスの雑誌、『ソリダリテS』のジュアン・トルトサにより、六月二三日に行われた。さらに六月二七日に、補足的な質問が行われた。人々の意識も含めて、ブラジル社会内部の政治的諸関係が大きく変化しつつあることがさまざまな側面から語られている。(「かけはし」編集部)
ブラジルに奇跡はなかった
――欧州から見た時、今回の抗議の決起は理解が困難だ。というのも、公共交通料金値上げという問題を別にすれば、ブラジルにあるのは、経済と社会の状況が今日十分な発展の中にある、という事例ではないのか? これをあなたはどう考えていますか? これは、自分たちの思いが反映されているとは感じていない中間階級の示威行動なのか?
ブラジルの経済と社会の状況が十分な発展過程にあるという考えは、事実とは違うというのが真実だ。連邦政府はその考えを流布させようと試み、またその考えを流布させることは国際ブルジョアジー(そのマスメディア)の利益にかなっているが、それは真実ではない。
ルラ前政権の下で、FHC(訳注一)政権下よりも高い経済成長があった。これは本当だ。しかしわれわれはこれを、ブラジルの歴史的な流れの中に置いて考える。あるいは、われわれが世界全体と比較したとすれば、ブラジルの成長はまったく平凡なものとなる。過去一〇年のブラジルの成長は、ラテンアメリカでは小さい方の一つであり、またそれは、他のいわゆる「新興国」の成長よりも低い、等々となる。
加えて、ディルマ現政権の二年間では、GDP成長率のさらなる低下が起きたというデータがすでにある。具体的には、二〇一一年には二・七%の成長だったが、二〇一二年ではそれが〇・九%になった。二〇一三年について言えば、大きな回復という希望が政権には以前あったものの、データはすでに、成長は再度平凡なものになることを指し示している。もちろんこれはかなりの部分、世界経済の好ましくない情勢のはね返りによって説明されている(それと同じやり方で、ルラ政権のもっとよい結果もそのかなりの部分は、中でも中国によって押し上げられた一次産品商品の国際的ブームによって説明される)。しかし重要な点は、ブラジルでは意味のある経済成長という過程がまったくない、ということだ。
この問題を「発展」論にもっと沿った、何かしらもっと幅広い領域で考えるならば、その評価はもっと悪くなる。その工業という観点から見れば、さらにその中でも対外経済関係という観点から見れば、この一〇年ブラジルは退歩――脱工業化過程がある――してきた。ブラジルは一次産品商品の輸出国となり、この二〇年間工業製品輸出が前より少なくなり続けてきた。その側面で、対外依存性が上昇することとなった。
しかし経済的観点から見た諸問題はさらに先に行っている。ここ何カ月か、インフレの新たな歩み――限定的だがそれと分かる――が起きてきている(年六%内外という数字が予想されている)。同時に貿易収支の悪化がある(部分的にはレアル――ブラジル通貨――の過大評価によって説明されているが、それ自身はインフレ管理の名目で強制されている)。インフレと貿易収支の悪化を伴った弱い成長は、政権がとることのできる策の余地を大いに制限する諸条件の組み合わせとなっている。そして現政権が経済的観点からは極めて保守的な政権である以上、この政権がやろうと試みることは、公共支出をもっと強制的に管理すること、また資本に投資誘因を与えること――現在までのところ、まったくと言っていいほど結果が出ていない――でしかない。
抗議の根源は政治の正統性喪失
私がもっと同意できる問題の側面がある。はっきりしていることだが、今回の決起は、現在の相対的に悪い経済情勢によって単純に、またおそらくは主要にも説明できないということだ(とはいえ公共交通料金は、人々の購買力という基準から見た時本当に高い)。そして、デモへの弾圧に対する憤り、デモを行う権利への支持が、私がすでに触れていることだが、重要な重みをもっている。 そしてそれは同時に、あなたの質問が暗示していることに関して重要な重みをもつ。私はそれを、「中間階級が自分たちの思いが反映されていると感じていない」としてではなく、政治システムの全般的正統性の喪失としてもっと押し出したいと思う。人口の大きな部分が感じていることは、大政党は非常に似通った諸政策をもっている(それはたとえば、PT―労働者党―のサンパウロ市長であるフェルナンド・ハダドとPSDB―社会民主党―の同州知事であるゲラルド・アルクミンという、公共交通の問題に直接責任を負っている双方の政治家の、まったく似通った、また全体として共通の行動によって、はっきり表現されてきた)、ということだ。
間違いのないことだが、連邦政府は近年、また特に各種選挙で、明確な多数の支持を得てきている。しかし、今回の決起のちょっと前に発表された調査があり、それは、支持率のかなりの下落を指摘していた。そして政府支持率の最も低い層が、まさしく中位の賃金労働者層(もちろんプロレタリアートの一部)だ。政権は、より不安定な賃金労働者層の中で、最貧困層の中で、何人かの研究者が「亜プロレタリアート」と呼ぶ層の中でより大きな支持を得ている。しかしそのような層の一部ですら反乱を起こした――まさに店舗や銀行に乱入し、車を焼く主導性をとることから始めて――が、彼らは確実に搾取され抑圧されていると感じているのだ。
配分の多くが国内外の大資本に
――経済を支配しているのはどのような社会層か? ブラジルの経済成長は全体としての社会に利益をもたらしたのか?
ブラジル経済は、あらゆる場合に国内と外国双方からなる、金融資本、大産業資本、そしてアグリビジネス(地方の大ブルジョアジー)の、それらの内部にいくつかの対立を抱えつつだが、連携によって支配されている。たとえば産業資本にとっては、レアルの過大評価政策は、輸入品との競争を難しくするがゆえにいくつか問題を引き起こす。しかしこの資本にも、彼らが政府の経済政策の全般的な新自由主義的枠組みを受け容れている以上、政策変更に向けて圧力を行使する余地はそう大きくはない。
ここ何年かのブラジル経済の成長――それは確かに存在しているが、政府の宣伝が主張するよりは、また国際ブルジョアジーから彼らが受けてきた称賛よりは、はるかに程度が低い――は、主に金融資本とアグリビジネスに利益を与えてきた。しかしいくらかは、社会の最貧困層にも配分されてきた。その主な手法は、社会的支援策(この側面でもっとも重要なものは衆知の「ボルサファミリア」)の大拡大であり、また最低賃金のかなりの引き上げもそうだ(最低賃金には年金が連動させられているから、その引き上げは年金受給者にも密接な関係がある)。最貧困層の中で連邦政府が大きな支持を得ているとすれば、その大きな理由はここにある。
さらに、公共教育の状況はどう見ても良くはないが、連邦政府は、連邦大学の公共教育を拡張してきた。またある種の奨学金政策も備えることで、私立大学教育へのより庶民的な部分の入学を広げてきた。
一方で、中位の賃金労働者、またそれより高賃金を受け取る者、特に公的機関の被雇用者は後れをとってきた。これは、中間層と分類される可能性のある人々(ここには労働者を含むプロレタリアートの一部が含まれる)が政権に対しはるかに否定的な意見を持っている理由の一つだ。
小規模農業者や先住民(ブラジルでは数が多くはない)のような層もまた、政府が家族農業ではなくアグリビジネスを優遇している以上、後れをとった。連邦政府はこれまで、先住民衆の本物の大量虐殺を容認してきた。地方の大地主によって行われた先住民虐殺が数多くある。そして連邦政府は、地方の大地主(アグリビジネス)がいわゆる「統治能力」を保証するために形成された政治的連携の重要な一部であるがゆえに、その虐殺を大目に見ている。
PT政権は革新的ではなかった
――権力を握ったPTについて、あなたはどのような結論的評価を下しますか?
私が信じるに、PT政権がしたがった路線については以下のように概括できる。すなわち、支配階級とのどのような対立にも入らないという条件の下に、「最底辺の人々」に何らかのものを与えること、というものだ。それは、支配階級が支持している新自由主義政策に関しては、いかなる基本的な変更も行わないということを意味している。それは原理的に保守的な路線だ。経済成長を備えた経済状況は、上層の者たちから何ものも取り上げることなしに最底辺の人々に何がしかを与えることを可能とするに、十分な実行可能性をもっている。そしてルラ、PT、そしてPTが率いる諸組織の強さは、労働者と社会の抑圧された層の諸要求を押さえつけることができた。
階級闘争を交渉(主にはトップにいる者たちとの)と統制(交渉が十分でない場合は最底辺の者たちに対して)によって置き換えることで、全員のための統治(多少とも)が可能だと、ルラは信じているように見え、PTはこれに関し彼に説き伏せられているように見える。
同時に――すでに起き始めているように見えることとして――その路線はそれ自身を使い尽くすことにならざるを得ない。PT政権は、ブラジル社会の暴力に満ちた諸矛盾も、帝国主義に対する依存性も、また資本主義の諸矛盾も消し去ることはなかった。そしてPTや彼らの同盟勢力やPTに指揮されている諸組織の側の、最底辺の人々の要求に対する統制も、永遠ではあり得ない。
この路線が労働者運動と民衆運動を衰弱させることとなった――それは、再組織可能となるまでの、最低でも二、三年のことにすぎないだろう――。がそれは、PTにとって今までのところ主要な問題ではなかったように見える。なぜならばこの党は、彼らが作り上げ今も継続している右翼との幅広い連合によって拡張された、選挙に関わる強さに頼ったからだ。
政権の路線に関しては、極めて否定的な別の側面がある。その点で強調されるべき一つが、環境問題に対する侮りだ。それは、アグリビジネスとの連合によって強化された。もう一点は、宗教的原理主義右翼に対し空間を広げたことだ。そしてそれもまた、それらの勢力が連携諸政党の機構内に保持している重要性によって強化されている。
反値上げからデモの権利防衛へ
――現在の抗議はいつ、どのようにして生まれたのか? その要求は何か?
多くの異なった、また互いに矛盾した要求がある。それは異なった契機で現れてきた。しかしわれわれは、運動のセンターはサンパウロ市となってきた、そして諸決起の背後にある要求は都市交通料金値上げ(三レアルから三・二レアルへの)の取り消しとなっていた、と考えることができる。
最初のデモは六月六日だった。さらに二つのデモがあり、それらは成長を続けていたが、参加者は数千人程度であり、非常に大きいというものではまったくなかった。六月一三日には一万五〇〇〇人内外というもっと大きなデモが現れ、その際に以前のデモの時よりもっと強圧的な警察の弾圧が起きた。二五〇人以上が逮捕され、数十人がゴム弾と警棒により傷を負わされた。さまざまなジャーナリストが逮捕され負傷した。ゴム弾で目を負傷したジャーナリストの一枚の写真が広くばらまかれた。
サンパウロでのデモの非常な成長、さらにまた運動の全国化が現れたのもここからだった。そしてサンパウロでの引き続くデモの中で、都市交通料金値上げの取り消しという要求に並んで、基軸は警察の暴力反対の抗議となった。
六月一三日から六月一七日の間に、デモに対する大きな共感の波、警察の暴力に反対しデモを行う権利を支持する強力な社会的感情が生まれた。同時にそこには、大マスメディアの姿勢の変化があった。それらは、要求の「非現実主義」に対する公然とした敵意から、一定の同情(依然として、値上げは僅かなものだ、などとみなしつつだが)へと、また、暴力行為の責任をデモ参加者自身に帰せる姿勢から機動隊の責任とする姿勢へと移った。そして州政府は路線変更を決め弾圧を差し止めた(部分的に)。
それ以前のデモに対する連帯感情、警察の暴力の拒絶、マスメディアの以前よりは好意的な姿勢、これらすべてが決起の爆発と全国化に(新聞の計算によれば、四〇〇以上の都市でデモが起きた)、また同時にスローガンの広がりに力を貸した。すでに語ったことだが、弾圧反対の抗議は、交通に関するスローガンと並んで、決起を導く焦点となった。「何が両成敗だ! 警察の暴力がなければ暴力なんかは一つもない!」がもっとも共通の合い言葉になっている(実際デモは、最後まで至極穏やかだったのだから)。
異議申し立ての爆発的多様化へ
六月一七日のデモの主題でもう一つ重要だったものは、サッカーワールドカップとコンフェデレーションズカップの途方もない額の費用に対する抗議だった。ポルトガル語では韻を踏む表現となるが、「われわれが欲しいのはボールではなく教育だ」といった調子のスローガンが数多くあった。同様に、保健と教育がサッカーより重要というスローガンがあった。また、同性愛嫌悪反対のスローガンも多かった。この問題は、ここ数カ月宗教的原理主義右翼反対の抗議デモを何度も生み出してきた問題だ(宗教的原理主義右翼が擁護する形で同性愛を病気として扱うことを容認する法案が提出され、それに反対する世論の大きな動員がある)。
同時に、腐敗反対のスローガンも存在感を強力にした。それはもちろん人々の感情に対応しているが、しかし同時にまた、右派新聞の路線にも一致していた。この国で最大発行部数を誇る右派雑誌『ベハ』は、六月一五―一六日週末号に、「若者たちの反乱―交通料金の後に、今や腐敗と犯罪の時」と語る表紙を付けた。他の報道機関は、若者たちが犯罪と闘う(つまりはもっと警察を支持する)よう主張するほどには進んでいないが、同時に腐敗問題を強調した。
すなわち、デモが極めて幅広くなった(六月一七日にはすでに、多くの州都と他の都市でデモがあり、サンパウロでははっきりと一〇万人をはるかに超え、メディアによればリオデジャネイロでも一〇万人以上となった)こと、また全国化したことと同時にこれらの決起は、より大きな多様性とさまざまな違いを示し始めるようにもなったのだ。
――他の諸国における「怒れる者たち」の決起と似たものはあるのか?
確かに、ブラジルでの抗議と他の諸国での「怒れる者たち」運動との間には、類似点が数多くある。すべてが主要には若者たちの運動であり(とはいえブラジルでは、六月一七日以来、他の年代層の参加も多くなってきた)、すべてが、フェイスブックや他の同タイプのメディアを介した参加呼びかけの手段を使ってきた。運動参加を導く誘因の強力な構成要素としては、不公正を前にした憤りの感情がある。
しかし当然ながら、多くのブラジル特有のものがある。例をあげれば、他のすべての国において「怒れる者たち」の運動の前に立ちふさがっている政権党が、PTのような歴史をもつ政党である、とは私は信じない。ブラジルではわれわれは、いくつかのタイプを備えた「非伝統的な」社会的かつ民衆的な諸組織のネットワークに、他の諸国よりもっと依拠している、ということも言えそうだ。
左翼的無党派の社会運動が主導
――決起の始まりに位置した社会層とはどのようなものか? それらの闘争と組織の形態とはどのようなものか?
サンパウロにおける公共交通料金値上げ反対の運動を始めたのは、「ムビメント・パッセ・リブレ(MPL)」(無料公共交通のために)だった。それは二〇〇五年以来存在してきた運動だ。そしてすでに数多くのデモを行ってきていたが、それが今日のような強さをもったことは一度もなかった。それは、無党派、反階層性、水平性、しかし反政党ではない、と定義されている運動だ。一般論とすればそれは、PSOLやPSTU(統一社会主義労働党、歴史的にはモレノ派に起源をもつトロツキスト潮流、現在はPSOLとの連携への努力が進んでいる:訳者)のようなより左翼色の強い諸政党と常に良好な関係を保ってきた。事実としてPSOLとPSTUは今回の決起を、MPLとの協力の下に六月六日時点から支援した。同時にPTのいくつかの部門も参加してきた。PSOLに近い若者たちの諸組織(そこではPSOLの青年党員たちが活動している)の参加は重要性をもってきた。運動の当初から無政府主義諸派もまた参加してきた。
MPLの社会的基盤は、主に中間層の青年だ(MPL自身のメンバーとして)。この運動が一般論としてはPTよりも左に立つ左翼運動であることに、疑いはまったくない。
六月一三日の後、この決起には他の数多くの運動や組織が巻き込まれ、その呼びかけに参加してきた。サンパウロではそのようなものとして、MTST(屋根をもたない労働者の運動)やペリフェリア・アクティバがある。両者とも、都市の周辺部(貧困層の居住区:訳者)の住民を組織している運動だ。また、LGBT運動や女性運動や青年運動といった諸部門も関わることとなった。政権与党の左翼(PTの一部やPCdoB〈ブラジルの共産党〉)もまた参加し始めた。無政府主義派の参加は拡大した。他方で極右グループが、運動の焦点を変えようと挑むため参加を始めた。
他の都市でも似た部分がデモを呼びかけた。すなわち、左翼諸政党との協力の下に、無料交通を要求し、あるいは値上げに反対し闘っているグループだ(MPLは全国にあるわけではない。さまざまな都市には似た運動がある)。
多くの都市には「人民カップ委員会」がある。この運動は、ワールドカップの法外な費用に反対するだけではなく、この大会に関連する工事を理由に追い立てられた住民の諸権利侵害に反対するためにも、またカップ向けの特別立法(FIFAの要求に基づく)その他にも反対して、二年以上にわたって批判のデモを組織してきている。これらの委員会は多くの都市で、デモの呼びかけへの参加では重要な位置を占めてきた(そして今もそれが継続している)。事実として、警察からのもっとも暴力的な弾圧(FIFAの要求に沿って)を受けたデモは、コンフェデレーションズカップの競技場に近づいたデモだったのだ。そうであっても先週中、競技場内の人々よりも多くの人々がカップゲームの外側で抗議していた。
他方で六月一七日現在、デモの呼びかけはフェイスブックや他の手段を通してますます多様になり、上述した諸組織の能力をはるかに超えるようになった。デモ参加者のほとんどは中間層の若い人々であり続けている(明らかに若い賃金労働者を含んで)。しかしそれは、広範な年齢層や社会層――特に大都市の周辺の住民を構成するより貧しい層――に広がった。
(つづく)
訳注
一)フェルナンド・エンリケ・カルドゾ。PSDBの支持を受けて二〇〇二年までブラジル大統領を務めたが、任期中は徹底して新自由主義路線の政策を推進し、それに対する民衆的反発の中、二〇〇二年の大統領選でPTのルラに敗れた。
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