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    かけはし2013.年7月8日号

「現在」の諸問題にラディカルに挑戦


プロレタリアート自身の歴史的変化見つめ

読書案内

文――ダニエル・ベンサイド、絵――シャルブ、訳――湯川順夫、中村富美子、星野秀明、つげ書房新社、三二〇〇円+税

『マルクス・取扱説明書』(下)

 前号で後回しにしていた本書の三つの大きな内容群について、理解の糸口になると思われる部分をスケッチすることにしよう。

「もはやすでに……、いまだなお……」

 「もはやすでに……、いまだなお……、ひとつの世界は死につつあり、新たな世界がかろうじて生まれつつある。その狭間で求められるものと可能なものが合致しない」(七三)。
 「もはやすでに……、いまだなお……」は、ベンサイド独特の表現だが、本書に限らずさまざまなところで繰り返し登場する。では、「もはやすでに……」とはどういうことなのか?
 一九九一年、ソ連邦がほとんど音も立てずに自壊した。イギリスの歴史学者エリック・ホブズボームによれば、一九一四年の第一次大戦から始まった「短い二〇世紀」は、ここに幕をおろした。われわれはソ連邦を「堕落した労働者国家」と規定していたが、多くの人びとはそれを「社会主義」とか「共産主義」と考えていた。そのため、「もはやすでに」社会主義や共産主義は破産したと喧伝された。一方、社会主義が「人類の理想」だと考える人たちは、これまでとは異なる方法でそれを手探りしようとしている。あるいは、「地上での解放」をあきらめ、「天上での解放」=宗教に救いを求めている。
 すでに一九八〇年代に助走し始めていた新自由主義のグローバリゼーションは、ソ連邦の自壊とともに文字通り世界を席巻していった。これまでの社会を破壊しながらありとあらゆるものを商品化し、資本の増殖だけをひたすら追求するこの攻撃に対して、「まともな資本主義」への回帰を求める声も広まっている。だが、「まともな資本主義」とは、一九五〇年代から七〇年代初めころまでの、資本主義の歴史全体から見れば特殊な一時期のものにすぎなかった。アメリカ合衆国の軍事力と経済力がブルジョア世界全体を支え、かつ「革命よりはまし」と労働者に譲歩する体制がそれであった。「もはやすでに」そのような体制は存在していない。
 だが、どこかで反撃を組織しなければ労働者は生きることさえままならない状態に追い込められている。反撃するためには、「まともな資本主義」への回帰を求める人たちと統一戦線の関係を結んで闘うことは排除できない。「まともな資本主義」への回帰は幻想だが、「幻想は頭の中だけではなく、現実の社会関係からも生じる」(一七九)からだ。
 また、一九世紀後半から始まった急速な産業化とともに生み出された膨大なプロレタリアートは、客観的にも主体的にも力強いひとつの階級を形成し、第二インターナショナルへと結実した。そして、その中心であったドイツ社会民主党の裏切りにもかかわらず、ロシア十月革命をなしとげ、第三インターナショナル(コミンテルン)運動として継続された。だが、一九七〇年代のオイルショックを受けて頭をもたげていった新自由主義の攻撃に対してこの(歴史的実在としての)労働者階級はことごとく敗北し、「もはやすでに」抵抗力が削がれてしまっていた。
 「もはやすでに……」の一端をスケッチすれば、以上のようになろう。(「マルクス考古学」ではなく)ここにスポットライトをあてて、本書の「三大内容群」に分け入ってみよう。

現代の前マルクス的
「社会主義」


 「社会主義」も「共産主義」も、その言葉(思想)はマルクス以前からあった。『共産党宣言』は以前からあった「社会主義」「共産主義」について、次のように言及している。
 ブルジョワジーに敗れた貴族による「封建的社会主義」。古い所有関係と古い社会を復活しようとするか、近代的な生産関係と交通手段を、それらによって爆破されざるをえなかった古い所有諸関係の枠の中にもう一度むりやり閉じ込めようとする「小ブルジョア社会主義」。共産主義の「粗野な破壊的」傾向にあからさまに反対し、自分はいっさいの階級闘争を超越した不偏不党の立場をとると宣言するまでになった「真正社会主義」。自分は階級対立をはるかに超越した人間だと信じ、全般的な禁欲と粗雑な平等主義を説く「批判的=ユートピア社会主義」……。
 要するに、これらは私有財産を廃棄しようとはせず、プロレタリアートの階級闘争の外側に立とうとする「社会主義」である。
 ベンサイドは、こうした「社会主義」は決して過去のものではなく、社会主義が「人類の理想」だと考える人たちの中で現在も再生され続けていると、鋭く指摘する。
 「一部の極端な反成長理論のバージョンは、均衡に満ちた自然秩序と優しい母なる自然へのロマンチックな郷愁に傾き、真の必要と偽りの必要とを、必要なものと無駄なものとを一方的に無理やり区別すべきだと主張している」(二三)。「新しい真正社会主義は、商品のグローバル化のめくるめく渦に巻き込まれている新しい中産階級のおびえたビジョンを表現している」(二四)。共産主義の「粗野な形態は、労働者というカテゴリーそれ自身を止揚するのではなく、このカテゴリーを万人にまで拡大することで満足している」(二七‐二八)……。
 

マルクスは
非宗教的原理主義者か?
 
 「宗教上の悲惨は現実の悲惨の表現であると同時に、現実の悲惨に対する抗議でもある。宗教は抑圧された人間のため息であり、非情な世界の魂であり、精神を失った精神の状態である。宗教は民衆のアヘンである」(三一)。このマルクスの言葉は、「宗教はアヘン」と短絡され、マルクスがまるで麻薬捜査官のように宗教(アヘン)に立ち向かっていたかのように考える人は少なくない。
 ところが、実際のマルクスは違う。「宗教から国家を解放することによって、国家がそれ自身として現れるようにすることだけが必要である。だからといって、人間が「信教の自由」を勝ち取ったのだからとして、宗教から、財産から、職業的利己主義から人間が解放されるのだと信じてはならない。すなわち、マルクスは、非宗教的原理主義になったり、無神論を国家の新たな宗教にしたりするどころか、宗教からの解放について、言葉の古典的意味においてリベラルであって、公的自由の強固な擁護者なのだ」(三六‐三七)。マルクスは、以上の意味において「信教の自由」の擁護者なのである。
 こうしたことは、宗教と民族が一体化しているユダヤ人やアラブ人にかかわる諸問題、あるいは宗教弾圧に対応しようとする際、必ず念頭におかれなければならない。実際、エンゲルスは、皮肉を込めて言う。「神に貢献できる唯一の奉仕は、無神論を守るべき信仰箇条だと宣言し、宗教一般を禁止して反教会的な法律を強化することである」(三一)。

新しい時代における
階級および階級闘争


 ベンサイドは、階級および階級闘争について、幾度となく提起している(たとえば『二一世紀マルクス主義の模索』)。これは、一九八〇年代以降、すでに触れた歴史的実在としてのプロレタリアートの「消滅」という現実に対して、新たな反撃の糸口をどのように見つけ出していくかという、すぐれて戦略的課題が背景にあることを考えないと、理解しづらいかもしれない。
 このことについて、ベンサイドは「すでに答えは出ている」という態度をとってはいない。むしろ、討論をつうじて問題意識を共有し、その中から集団的・実践的に答えを得ようとしているように見受けられる。
 たとえば、こんな具合だ。
 「『宣言』における定式では「階級」という用語は、社会集団や社会組織のさまざまな形態(カースト、団体、身分)にまで拡大されているのだが、他方、別の著作では、マルクスは、政治と社会と宗教からの相対的な分離によって特徴づけられる近代社会に階級という用語を適用している。『宣言』は、論争的、教育的な文書なので、ブルジョワジーとプロレタリアート、貴族と平民、領主と農奴といった形で中心的な主体勢力に単純化された階級闘争の形態になるように効果的に表現している」(六〇‐六一)。だが「実際には、諸階級への分化は決して純粋な形で現れることはない。なぜなら、分化の中間的・過渡的形態が明確な境界線をぼかすからである」(五〇)。
 一方、「『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』やイギリスの政治生活に関する諸論文のような具体的な政治情勢を取り上げた別の著作では、社会関係は、依然として諸階級の対立によって構造化されたものとして描かれてはいるのだが、それはそれ自身のあらゆる複雑性を取り戻している」(六一)。
 生産の場での「搾取関係は、階級関係の最も基本的な形態である骨組み、あるいは骨格にすぎない」(四八)。「『資本論』においてさえ、マルクスの中には、階級に関する明確な定義はないが、歴史や闘争におけるダイナミックなアプローチを見いだすことができる。マルクスがプロレタリアートについて語るとき、それは象徴的な産業労働者ではなく、熟練労働者、職人、仕立て職人、靴直し工、宝飾工、製本工のことであった。プロレタリアートは現実には、技術と労働の組織化とともに絶えず変化していく」(五一)。
 他方、「エンゲルスには、プロレタリアートについての実に柔軟な定義を見いだすことができる」。つまり、「生産手段をもたず、生きるために自らの労働力の販売に頼らざるをえない近代的賃金労働者の階級」(五二)という定義である。
 今日、そのようなプロレタリアートの「数はかってないほど多い。問題は、その分裂であり、個人化である。これは、押しつけられた(日程、時間、余暇、保険の)個人化の政策なのだ。これは、万人の万人による競争や競争精神や鎖の最も弱い部分を探してそれを攻撃する作戦と対をなしている」(五三)。
 引用が長すぎたかもしれないが、少なくとも次のことは確かであろう。一九世紀後半から登場した産業労働者を中心とする歴史的実在であったプロレタリアート(それは、マルクスが見たプロレタリアートとも異なっていた)だけを念頭において、プロレタリアートを語ることはできない。プロレタリアートは、技術と労働の組織化とともに絶えず変化するからだ。また、階級関係を定義づけられるのはある限度までであり、実際の闘争関係の中ではじめてその中間的・過渡的形態を含めてダイナミックな姿を現す。そして今、新自由主義の攻撃(それは、資本主義の歴史的危機に対応するとともに、一九五〇‐六〇年代の制約から解き放たれたむき出しの資本の攻撃でもある)との闘争の中から、歴史的に新しいプロレタリアートが登場しようとしている。「いまだなお」扉をこじ開けようと必死になっているとしても。

恐慌は回避できないが、誰かの犠牲で乗り越えられる
 
 本書で多くの紙幅が割かれているマルクスの著作は、二つある。ひとつは、『共産党宣言』で、七つのテーゼにして書かれている。もうひとつが『資本論』で、多方面からアプローチされている。
 たとえば、ベンサイドは『資本論』を犯罪小説に見たてて、次のように描く。地下の生産現場で剰余労働が生み出す剰余価値が盗まれ、剰余価値(盗品)は手から手に渡って(マネーロンダリング)貨幣の姿をとった利潤に姿を変え(労働者は消費財の潜在的な買い手となり)、そして分け前が分配されることを通じて(貨幣が貨幣を生み出すという)貨幣の物神崇拝が頂点に達する、という具合だ(一一七‐一三三)。
 あるいは、「商品」の中から「使用価値と交換価値」、「具体的労働と抽象的労働」、「不変資本と可変資本」、「固定資本と流動資本」といった分裂が次々と飛び出してきて、それらのぶつかり合うさまが描かれる。
 さらには、「ギャングは宝石店を荒らし続けるが、盗品が現ナマに変わって自分の手に戻ってくることはない」(一二六)と、恐慌についての痛快な説明方法が示される。いくら宝石(剰余価値)を強奪し続けても、それを現ナマ(一般等価物)に変えなければ、ギャング(資本)が生きるのに必要な食料など(使用価値と交換価値)を手に入れることはできないのだ。
 他方、「資本は長く貨幣形態のままであり得るが、商品というはかない姿では保存されない」(一二六)。しかも、商品は「必要のためではなく利潤のために生産され」、「社会的要求ではなく支払い能力のある需要に関心が寄せられる」(一四二)。そのため、「市場の飽和(過剰生産)と過剰な資本蓄積は、同じ現象の表と裏である」(一四三)。そこでは、「使用価値と交換価値が切り離され、互いに関連しつつ自立的にふるまう」(一三七)。
 ただし、「恐慌の勃発は、実現された利潤(その多くはタックスヘイブンの闇の中に蓄えられている)を貸付貨幣資本に転化する(ヘッジファンドを含む)金融資本のおかげで、先送りされる可能性がある」(一四六)。そのため、「恐慌が勃発するのは小売業ではなく卸売業や銀行においてである。それは、(リーマンショックに見られたように)金融の領域において見せかけの繁栄を突然終わらせる株式相場の大暴落によって始まり、マスコミが言うところの実体経済を襲う。商業・銀行資本は、当初は生産と消費の間で増大する不均衡を隠蔽するのに役立っていたが、結局は鎖の最も弱い部分となる。これは自立したとはいえ、流通領域内の産業資本の運動以外の何ものでもない。だが、自立化のおかげで、金融資本の運動は再生産過程によってもたらされる障壁からある程度独立しており、再生産過程を自身の限界を超えて自ら促進するのだ」(一五一)。まさに「金融資本の運動は、結局のところ流通領域における産業資本の運動でしかない」(一五四)。
 こうして「恐慌は回避できないが乗り越えられる。問題は、どのような代価が支払われ、誰が犠牲になるのかを知ることである。その答えはもはや経済学批判ではなく、階級闘争と政治的当事者に属している」(一五一)。これは、まさに現在、グローバルな規模で進行中の事態とも言えよう。

 さあ、こんな拙い「読書案内」を放り投げて、複雑なものを単純化することなく、複雑なまま表現しようとするベンサイドの、汲めども尽きぬ「マルクス入門」の中に、自分自身で飛び込んでみよう。  (おわり)
(二〇一三・五・二九)
(岩田敏行)

 



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