今は英国で教鞭をとっているトルコ出身のエコノミストによる、この間のトルコの社会的決起に関する評論を以下に紹介する。主には、AKP政権が進めてきた新自由主義政策の破綻という側面から事態が分析されている。またその側面から、世界中でドミノ効果のように広がっている「怒れる者たち」の反乱、という観点からも論じられている。(「かけはし」編集部)
新自由主義のい
きづまりが根源
以下のインタビューはSYRIZAの日刊紙「夜明け」のジアマリ・アヴジによって、六月五日行われ、同九日、同紙に掲載された。
――エルドアンはこれまでに、私有化、「開発」などと一体的に新自由主義の政策課題を全面的に押し進めてきている。このようなことが天井に突き当たったということだろうか? それが、人々が今抗議している理由だろうか?
完全にその通りだ。ゲジ公園での明らかな不正義と警察の残忍さは、長い過程を経て貯め込まれた不満を溢れさせる最後の一滴となった。不満の的は、権威主義的な政権、女性や青年を特に脅かしつつ保守的なイスラム的生活を押しつけようとするその社会政策、世俗派からクルド民衆、社会主義者、労組活動家まで広がる反政府派グループを犯罪人とし投獄する姿勢、公共サービスをなお一層商業化し、大企業のために超過利潤を生み出し、勤労民衆の相当な層の生活基準と社会保障を腐食させた新自由主義の諸政策だ。五月二七日並びにその後に続いた決起は、トルコでの運動の集団的記憶に対して歴史的な時を刻むだろう。これは、一〇年の間、保守的で新自由主義的な権威主義の公正発展党(AKP)体制によって育まれてきた、そのような新しい世代の反乱となったのだ。
――エリートたちはトルコを、ムスリム世界に対するモデルとしてだけではなく、危機にさいなまれている欧州に対するある種の経済モデルとしても描いてきていた。トルコは本当にモデルなのか?
権威主義がモデルになり得るのか? つい先頃起きたものごとが示したことだが、それは永続性のあるものではない。新自由主義的投機、金融が先導する成長は、発展や社会的団結や地域的統合に対する一つのモデルとなり得るのだろうか? トルコのここしばらくの歴史のようにそんなことはまったくあり得ない。
そこでは、整然としたブーム、そして急激な不況という循環が特徴であり、それを一九九四年、二〇〇一年、二〇〇九年の危機が示している。近年の世界的危機の中でトルコには、二〇〇九年のもっとも苛酷な不況の一つがあった。それは、他の主要な新興市場国よりも深かった。実際に安い労働力、投機的金融資本の流入、高い貿易赤字に依存したトルコの成長モデルは、世界的不況がなくとも遅かれ早かれ危機を経験していたはずだ。
二〇〇九年以後の回復は以前の時同様もろいものだ。トルコの生産に占める工業の割合は下降中であり、中間財や資本財の輸入により一層依存するようになりつつある。驚くことではないがこれは、若者たちの失業率が二二%に達する事実を伴う職なき成長の歩みだ。これは社会的にも経済的にも持続はしない。
AKPは先頃、IMFに対して債務の分割返済の最後を払い終わったことを自ら誇った。しかしここ一〇年トルコは、国際金融市場での借り入れをより一層高めてきたのだ。そして特に、私有部門の対外債務は想定以上の水準に達した。これは脆弱なモデルだ。この私有部門が破綻に向かえば、それらの私有部門の損失は多くの場合社会化されているのだ。欧州の周辺部は、このような事例の、ラテンアメリカや東アジアの以前における一連の危機で起きたことに付け加えられたもっとも新しい一つだ。トルコにおける破裂と危機は、「もしかしたら」の問題ではなく「いつになるのか」の問題であり、国際金融の投資家たちがそれを決めるだろう。
新たな都市同盟
の潜在的可能性
――われわれは、抗議の調子は労働者階級や貧困層によってではなく、民主主義と社会的自由に対する要求によって整えられようとしている、との結論に達した。この二つが結びつくことはあり得るのだろうか?
それらはすでに結び付けられている。公共労働者労組連合は、労働法変更をめぐるストライキ日程を、今回の決起を支援する目的で六月四日〜五日へと変更した。不満を反乱への転換点までにもってきたものはまた、トルコの勤労民衆の高まりつつある不安定化と貧困化でもあった。
AKPは、社会の最貧困層に向けたある種の再配分を始めたが、それは、いくつかの貧困層に有利な制度的変更、すなわち保健ザービスにおける変更、および食料と燃料の現物での仲間内移転という両者を通じるものだった。しかしながらこの再配分の財源は、組織されたブルーカラー労働者とホワイトカラー/専門職民衆から削り取られた所得であり、富裕層への課税ではなかった。この再配分は、最貧困層にこれ以上の傷を負わせることを避けつつ、大資本家の利潤を引き上げることを助けている。これはまた、この党に対する大衆的支持の一部を説明するものでもある。
この一〇年、勤労民衆のあらゆる部分にとっては不安定性が高まってきていた。AKP支配の一〇年間で、外注企業に雇用された労働者の総数は三倍以上に増加し、およそ一五〇万人にまで達している。一〇〇〇人に近い労働者が事故が理由で職場で亡くなっている。イスタンブールの大工場で産業医を務め、当該事業所の作業に関わる深刻な健康上の危険に異議を唱えたことを理由につい最近解雇されたアーメット・テリオグル医師は、次のように語っている。つまり、「最貧困層よりもほんの僅か上位にあるもの、あるいは最低賃金よりほんの僅か稼ぐ者の誰もが、こうして何らかの失うものをもっているあらゆる勤労民衆が今日トルコでは、ますますより不安定になっていると感じている」と。
――決起した人々によれば、トルコ政府は国中にショッピングセンターと集合商業施設を建設中であり、それこそがゲジ公園でこの政府がやろうとしていることだ。彼らはまた、これらのショッピングセンターは小規模商店と露店商に終わりを刻み付けるだろう、とも語っている。われわれは、新たなプロレタリアートの創出に向け進んでいるのだろうか?
その通りだ。これらの政策の敗者は多くの層からなる。高級化と商業化が、社会のさまざまな部分を横断した新たな都市同盟に向けた潜在的可能性を生み出しつつある。それらの部分は、追い立てられたロマの人々やクルドの露天商から組織された労働者や小規模商店主にまで広がっている。後者のある者たちはAKPに投票していたかもしれない。しかし新自由主義の諸政策は、彼らの紛れもない傲慢さとあらゆる民衆の不満に関わる彼らの無知を加えて、彼らに対する多様な大衆の支持に腐食の開始を刻み付けるかもしれない。
若者の国際的決
起が反乱を鼓舞
――ここ二年われわれは、ウォールストリートからチュニジアまで、つい最近のスウェーデンにおけるものや現在のトルコの蜂起と共に、あらゆるところでの蜂起を見てきている。これらの運動/蜂起には、警察の残酷さを別にして、何か共通しているものがあると思うか?
共通しているものはたくさんある。それらはすべて、民主主義の欠如、人々の声を反映するもの、代表性の欠如に反対する反乱だ。それだけではなく、不平等の深刻化や職の減少や不安定性、また基本的必要の供給における商業化や多様な側面の危機――エネルギー危機、気候変動、生態危機、そして食糧危機――に反対する反乱でもある。
若い女性や男性たちが、彼らのほとんどは元々から組織された左翼的背景からやって来ている人たちではないが、これらすべての決起の前線を占めるようになった。特に驚くことではないが、これらは、若者たちの記録的高さに高まった失業と不安定さの上昇と同時的に起き進行している。これは新しい世代であり、将来、仕事、に不安を感じ、すべてではないとしても、いわば選択の余地なく短期の有期契約ないしはパートタイムの仕事に、時としては地下経済的な仕事に就き、ほとんどの場合低賃金、そして通常は彼らの教育水準と大望とは釣り合わない仕事をしている世代なのだ。
ここに見てきた諸決起は、世界中のもの言わぬ多数の不満に対し大量の表現を与えた。そして希望のなさを初めは怒りに、次いで希望へと変えた。続いてそれらの表現には世界中の連帯が届いた。それらはドミノ効果を生み出した。その効果は最初は地域的だったが、今や国際的でもあると言う方が正当だと私は信じている。トルコには反乱の長い伝統がある。しかし私は、イスタンブール、アンカラ、イズマイルの最初のデモに保持されていた記憶の中では、トルコの歴史よりもむしろ、ギリシャ、あるいはスペイン、エジプトでこの間起きた反乱イメージの方がもっと生きていた、と感じている。実際トルコの反乱の歴史は、トルコと若者たちの集団的記憶としては、軍事独裁政権とその後の支配的エリート世代によって、執拗に抹消され、信用を壊され、悪魔の所行のようにねじ曲げられてきたのだ。占拠し、デモに立ち上がることは今や肯定的な意味で、流行であり、最先端のものごとなのだ。恐れを克服し反乱することは、誇るべき何ものかだ。それは、世界の遠くの片隅で演奏しているお好みのバンドのコンサートから流れる歌を聴くかのような、統一的感情となっている。次に何が起きようとも、あらゆる決起は、われわれの社会の遺伝子を永遠に変えてしまっている。
▼筆者はグリニッチ大学の労働力と経済発展をテーマとする教授。それ以前はミドルエセックス大学で先任講師を務め、二〇〇四年までは、イスタンブール工科大学にいた。『経済、世界開発、応用経済学、応用経済学の国際評価、東欧経済、労働のケンブリッジ誌』に掲載された彼女のいくつもの論文は、グローバリゼーション、再配分、雇用、投資、また金融危機を扱っている。彼女は、FI英国支部のソーシャリスト・レジスタンス並びにFIトルコ支部の出版物であるYeniyol(新路線)に協力している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年六月号)
テレビドラマ
「北の国から」について
たじま よしお
私の住む長野県ではBSフジが「北の国から」を午後五時から再放送しています。田中邦衛扮する父親とほたる・ジュンが北の大地の自然の中で生きて行く物語である。彼らの家には電気も電話もない。石田あゆみ扮する母親は彼らが東京に居たころ好きな男性ができて家をでてその彼とくらしながら美容院を経営しているという設定である。
ジュンはお母さんに電話をしたくて友だちの家でこっそりダイヤルをまわす。母親が電話口に出てもジュンは言葉を発することができない。母親はジュンからの電話であると確信しつつ衝撃で涙がとまらない。一方ほたるも学校で生徒たちが下校するのを待って職員室の電話で母親に電話する。
それから暫くして母親が子どもたちに会いたくて突然三人の棲家を訪れる。父親は「ここで合わせたら子どもたちは母親と一緒に東京へ行ってしまい、それまで三人で築きあげてきたものが崩れてしまう。こういう生活もあるということを体験させることにも意味があると思う」と言って合わそうとしない。
その夜、母親はホテルに宿泊して翌日車の中から屋外で作業する子どもらの姿を涙ながらに見守り東京へ帰るのである。そのあたりがこのドラマの涙をそそる見せ場ということになるが私は「子どもの人権をどうしてくれるか」と心の中は怒りで煮えたぎった。一瞬このドラマの制作者に抗議しようと思ったほどだが、制作者にも表現の自由というものがある。
しかし、それを受け止める社会の責任は別である。母親や子どもらの、そして父親の気持を最大限配慮して基本的人権を守ろうとする姿勢がない。父親は自分の気持を一方的に周りに認めさせようとしている、私はそこに許しがたい暴力そのものをみた。
「家庭を捨てて他の男性を好きになったらこういうことになるんだよ」という「見せしめ」としては社会的な意味はあるかもしれないが、そこには真の意味での男女の愛を深める姿勢が決定的に欠落している。このドラマを観ながら、原発の問題もそうだがこのような情け無い社会を創ってきてしまった自分の責任をも問いながらこのドラマについての「かけはし」読者の皆さんの率直なご意見を伺いたいと思い投稿することにしました。
コラム
父と戦争
ある雑誌で、農業など新しく起業した人が一番読んで感動した本として複数の人が推薦する本があった。それは百田尚樹が書いた『永遠の0』であった。百田は今年の本屋大賞第一位に選ばれた作家だ。
海軍航空隊をテーマにした小説はゼロ戦の優秀さや特攻隊のすさまじさを表したものが多いが、「奴は海軍航空隊一の臆病者だった」「命を惜しむ男で、戦場から逃げ回っていた」とされるゼロ戦の「天才」を主人公にしている。「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」を信条にした男だ。
百田は特攻隊攻撃がいかにひどい戦術であったか、またそのための特攻兵器「桜花」、そして戦争指導者が展望のない戦争をやり続けたかなどについて批判的な分析を加えている。読んでいてつらくなる小説であった。それは私の父につながるものであった。
父は農学校を卒業することなく一九四二年、一七歳の時に、海軍航空隊に志願した。長兄は五歳年上で、徴兵で中国東北部に行きすぐに病死した。種屋を営む農家のたった一人残された息子が志願するらしいと知った年老いた祖父母は嘆き悲しみ、親戚に何とか思いとどまるように説得してもらったがだめだった。
なぜ志願したのかについて、「農学校の時、満蒙に開拓兵として志願するように教師にすすめられたが、人の土地を取り上げるようなことはいやなのでそれは断った」と話していた。
戦争の末期に首都防衛の最前線の木更津航空隊に配属された。戦闘機の前で飛行服を着ている写真が何枚か残っている。今は特別養護老人ホームに入所していて、過去の歴史を聞くことができない。魚雷班と書かれた木の名札が残されている。
ある時、横須賀の海軍基地に向かう船が米軍の魚雷で沈められた。船底にいた父は落下してきた荷物に足を挟まれて、動けなくなったが同僚に助けられた。怪我を治すために草津の旅館に移されたがその後、海軍病院に移動になった。その直後に、旅館が火事になった。そのままそこに居れば火事で亡くなっていた。
そして、戦争末期に特攻隊攻撃が行われるようになっていた。父は跡取りだったので、上官がみかねて特攻隊からはずしてくれた。木更津基地が米軍の爆撃を受けた時、塹壕の奥にいた父は助かり、入り口にいた同僚たちは死んだ。三度の死に際から生き延びて敗戦を迎えた。除隊した父を迎えて、どんなにかうれしかったのだろう、祖父は飛行服のままの父を連れて、部落の家を一軒一軒報告に回った。
田舎の部落の墓地の二割ぐらいが戦没者の墓だ。父の上の世代はほとんど戦死した。母も女学校の時、浜松の国鉄工場で女子挺身隊として働き、空襲にあっている。「戦争」の記憶を伝えていかなければ、戦争のできる国づくりを進める安倍政権の憲法改悪の道を止められない。
(滝)
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