トルコ AKP政権が喫した初の敗北
大衆の憤激爆発は明らかに
新自由主義施策の強行に源 マシス・キュルクシュギル
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日本でも連日のように報じられているが、公正発展党政権の下で、EU加盟をも見すえた安定した社会発展の道を進んでいると世界から見られていたトルコで、突然巨大な反政権の社会的決起が爆発した。公正発展党支配が実は極めて権威主義的であり、新自由主義路線の下で労働者民衆の自立的な運動に敵対的であることは、現地からの報告として本紙でも紹介した(四月一日号)。それらの政権の路線が今回の社会的爆発の底流であることを、以下に紹介する今回の決起に関する現地からの報告は伝えている。全世界の支配階級が固執している新自由主義的反改良路線が社会に爆発的緊張をもたらす以外になく、それ故予測不可能な不安定さを抱えていることがあらためて明らかとなっている。(「かけはし」編集部)
ささいな抵抗が巨大な爆発へ イスタンブールで始まった自然発生的な運動は、この国では前例のない規模を示すにいたり、今や主要八五都市中六七都市に広がっている(六月三日現在)。
そのすべては、市民の一グループが、イスタンブール中心部にあるタクシム広場のゲジ公園の再開発並びに樹木の伐採への反対を表現するために、おそらくはほんの数日間そこを平和的に占拠する決定を行った時に始まった。エルドアン首相のはっきりした言明によればゲジ公園は、オスマン砲兵隊兵舎の再建を含む開発計画の対象となる。この兵舎は一九〇八年の青年トルコ党革命に反対する復古主義者の蜂起後取り壊され、一九四〇年に高級品ショッピングセンターとして最終的に跡形もなくされた。この計画はまた、都市計画専門家を含む多くの専門家、芸術家、環境活動家から批判されてきた。
五月三一日、イスタンブール行政裁判所が兵舎再建の凍結を決定したまさにその当日警察は、ゲジ公園の平和的な占拠市民たちに攻撃を加え、彼らをその場から排除した。この警察の攻撃は、占拠市民と連帯していた住民たちを支援する巨大な反応を巻き起こした。そして暴力的な衝突の後警察は最終的に、六月一日と二日に公園から後退し、タクシム広場の支配を失った。街頭での戦闘はイスタンブール中心部のいくつかの街区で昼も夜も続いた。
その陣営に組しないすべての人々を排除する公正発展党(AKP)――一〇年間権力を握っている――の権威主義的展開は、この党の新自由主義諸政策への対抗、特に広範な青年層による対抗と並んで、衝突にいくつかの主題を与えた。それらは、自然発生主義的爆発の諸要素と見なすことができる。そしてその爆発は、子ども連れの人々を乱暴に追い立て、彼らのテントを焼き払うために公園に侵入した、そうした警察の介入という火花によって引き起こされた。
五〇%という十分な選挙基盤を保持しているAKPは、一つの民衆決起によって初めての敗北を喫することになった。人口の半分に重要な変革をもたらした党とみなされているAKPはちょうど、民族問題に対する平和的な解決を見出すために、クルド諸勢力との交渉の席に着いたばかりだった。その諸政策は現在まで、戦闘的な活動家たちによってのみ、左翼の大きな影響力をもっているわけではない部分によってのみ挑戦を受けたにすぎない。しかし突然、多様なまた簡単には明確にできない部分からなる民衆が、警察との勇敢な衝突に自身で身をさらした後、市の中心部を押さえた。
多様な人々が初の自立的決起に
AKP政府に反対する世俗派のケマル主義者(現代のトルコ共和国創立――一九二三年――を導いた初代大統領であり、「政教分離」を導入したケマル・アタチュルクの継承を主張する政治傾向:訳者)諸潮流のデモへの参加がかなりのものであるとしても、デモ参加者の過半は、左翼諸グループと並んで、政治闘争に初めて参加した二〇〜三〇歳の年代の人々だ。若い女性たちが警察との衝突の前線にいる人々を占めていることもまた強調されるべきことだ。中心部に対する貧しい街区の近さが、これらの街区からの若者たちの参加を容易にした。
人々は市のあらゆるところから中心部に向かった。夜明けには群集の大群がボスポラス海峡にかかる橋を徒歩で渡り(イスタンブールはボスポラス海峡の両岸に広がる都市:訳者)、他のところからのデモ参加者に合流した。限られていたとはいえ極右のMHP(民族主義者行動党)の一定のメンバーたちもデモに参加した。しかしこの党の指導部は即刻彼らに引くように指令した。若いスカーフを着けた少女たち、「反資本主義ムスリム」、サッカークラブのファンたち、LGBTグループ、クルドの人々、ケマル主義者たち、そして特にタイップ・エルドアンに反対して立ち上がり「われわれもここにいる、われわれは存在している」と語った人々、こうした人々の混合物がそこにはある。
重要なスローガンは、「タイップは辞任しろ」、「肩を組んで共にファシズムに反対を」、「これは始まりにすぎない、闘いは続く」だった。しかしながら、大衆からのはっきりした要求はまったくなかった。「タクシムイニシアチブ」が内務相の辞任という要求を確定したとはいえ、この要求はまだ大衆内部で広範に広がっているわけではない。
「今ある反対派」から「将来の反対派」へと拡大する可能性をもった反政府勢力、こうしたもののあり得る出現についての議論よりももっと重要なことは、時と共にますます権威主義的な方向に道をとりつつある政府の政策に反対する目的で、何十万人という人々が初めて衆知の一センター(左翼、労働組合、あるいは国家)からの方向付けなどなしに自立的に公共の場に向かっている、という事実だ。社会的な要求がたとえまだ現れていないとしても、まったく明らかなこととして、新自由主義諸政策の実施が大衆の憤激を引き起こしつつある。 政権と左翼の間で記憶の戦争
今年の五月一日政府は、デモ参加者には象徴的な重要性をもつタクシム広場を作業が進行中との口実で閉鎖し、メーデーデモを妨げる目的で海上と道路の交通を停止させ、あらゆるところに警官を展開した。社会的反対行動を締め上げる目的での政府によるプーチン的手法採用に続いて、この都市は活動を停止することになった。
メーデー広場として知られているタクシム広場に関して、政府と左翼の間に記憶の戦争がある。左翼は、労働者階級の諸理念に加えて、一九七七年以後メーデーの時この場に倒れた四二人の記憶を二つ共に永続させたいと思っている。それに対して政府は、砲兵隊兵舎の再建によって「歴史を復活させる」こと、またこの場をショッピングセンターに転換させることによりそれ自身の歴史的正統性をつくり出すこと、この双方を望んでいると思われる。エルドアンは、デモ参加者たちを「略奪者」、煽動者と汚名を着せ侮辱することによって、彼がガザでのイスラエルの抑圧に反対した際、またシリアのアサドを批判した際、それがどれほどの「首尾一貫性」をもっていたのかをさらけ出した。
今後二年の間に、大統領選に加えて地方選と国会議員選挙が行われるだろう。多くの評論家にしたがえば、エルドアンが大統領に選出されることはほぼ確実だ。エルドアンは、プーチンスタイルの大統領制を確立することを彼に可能とさせる憲法修正を望んでいると思われる。
しかし上に見てきた最新のできごとは、彼にとって思いもかけない敗北となった。今必要とされていることは新たな大衆運動だ。(二〇一三年六月三日)
▼筆者は第四インターナショナルトルコ支部である「社会主義的民主主義のための新路線」指導部メンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年六月号)
エコ社会主義
ミシェル・レヴィへのインタビュー
反資本主義的方向提起が必要
運動の進展と資本の強硬化見すえ
以下は、カナダにおけるエコ社会主義ネットワーク創立総会後、三月一二日に行われたインタビュー。 エコ社会主義
の展望今こそ
――今日エコ社会主義を語る理由は何か
われわれは、気候変動という形態で、この惑星の人類の生命を危険にさらしているエコロジカルな諸危機に直面しようとしている。この危機の底に横たわっているものは一つの文明――近代の産業資本主義――であり、それは、生産力主義、消費主義、商品物神崇拝、利潤の際限ない蓄積に基礎を置いている。際限のない拡張というその論理は、自然の保護とは原理的に両立不可能、ということをそれ自身で示してきた。
それゆえ必要なことは、反システムかつ抜本的で反資本主義的なオルタナティブ、つまりエコ社会主義を今日提起することだ。求められていることは決定的だ。それは、人類史上前例のないものになると思われる破局を防止するという問題だ。エコ社会主義は、社会主義の原理的な理念と最先端のエコロジカルな批判を柔軟に接合する独創的な挑戦だ。その目標は、社会的かつ倫理的な価値――連帯、平等な自由(エティエンヌ・バリバールが提起したような)――と自然の尊重を基礎とした、新しい文明、人生のいわばオルタナティブな送り方だ。
――エコ社会主義についての二〇〇一年国際アピール以後、その働きかけに続く動きはどのようなものだったのか? エコ社会主義がもつ現段階の影響力とはどのようなものか
二〇〇一年アピールは、エコ社会主義に関する討論をあらためて始めること、並びに国際的なエコ社会主義ネットワークの創出に寄与した。しかしエコ社会主義の影響力は今日、この働きかけを超えて広がっている。われわれは今欧州とアメリカ大陸(北と南)で、エコ社会主義に好意的ないろいろな表明を見つつある。それは、さまざまな左翼勢力、このオルタナティブをめぐる評議会やセミナーの組織化――二、三ヵ月前パリで、そしてまもなくキトとカラカスで――から出てきている。米国では、『資本主義』、『自然と社会主義』、『マンスリー・レビュー』、さらに『アゲンスト・ザ・カレント』のような出版物がますますエコ社会主義(あるいは社会主義的エコロジー)に言及するようになっている。
――欧州の事例――NPA、左翼党(フランス)、ドイツ左翼党――はたしかにある。そこで、諸政党であれ、あるいはラテンアメリカの先住民のような住民全体であれ、そのどちらをわれわれが対象にしようが、エコ社会主義は、今日より適切な展望として見えているのだろうか?
フランスでは、NPAと反資本主義左翼が、またそれだけではなく左翼党や社会党の青年組織ですらが、エコ社会主義に関わっているという事実が重要だ。しかしもっとも将来性豊かな進展は、ラテンアメリカにおける先住民衆の社会的でエコロジカルな諸闘争の高まりだ。これらの人々は、彼らの土地、彼らの川、そして彼らの森を、多国籍石油企業や資本主義アグリビジネスの破壊的強欲と対決して守るために今闘っている最中だ。これらの先住民運動指導者のある者たちは、ペルーのウーゴ・ブランコのように、自身をエコ社会主義者と自認している。この理念は彼にとって、集団主義的実践と「母なる地球」への崇敬に基礎付けられた、この大陸の何世紀にもわたって続いた先住民共同体の生き方に対応している。
――われわれは、ブルジョアジーと主要国政府の立場が強硬化しているさまを見つつある、とは言えないのだろうか(京都合意の破綻――地球温暖化に対抗する政策の放棄――タールサンド、シェールオイル、シェールガスといった、化石燃料採掘の再活性化)?
国際気候評議会のまったくの大失敗――リオを間に挟んだコペンハーゲンからドーハまでの――と京都合意の破綻、加えてより「汚い」、環境破壊的で気候の観点からは惨害を呼ぶようなもの――たとえばタールサンド――を含んだ化石燃料の恐ろしく高ぶった採掘の再開は、単純にこのシステムの論理の帰結だ。ビジネス、銀行、諸政府、そしていわゆる「国際諸機関」(WTO、IMF、世界銀行)は、資本主義の命令、すなわち、「拡張」、収益性、最大限の利潤、競争力、市場シェアのための情け容赦ない闘争、こうしたものに応じて行動する。彼らの「冷酷さ」は、無慈悲であり後先を考えない、システムそれ自身がもっている冷酷さだ。資本主義の一握りの支配者たちは、ルイ一五世時代に表明された古い原則、「わが亡き後に洪水は来たれ」によって鼓舞されているように見える。
資本との激突
に備える任務
――このようなことを背景とした時、クライメートジャスティスを求める運動の新たの挑戦とエコ社会主義者の提案とはどのようなものとなるのだろうか?
エコ社会主義者の提案は、一つの事実から出発する。それは、エコロジー危機と特に地球温暖化に対する回答は、資本主義的な世界システムが強要する限界の枠内では達成不可能、という事実だ。しかしわれわれは、エコ社会主義に向けた闘争を、クライメートジャスティスを求める運動の目標のように、具体的で直接的目標を軸に、今ここから始めなければならない。この運動にとっての挑戦は、それが間に合う内に、気候変動と社会的公正という課題を軸とした大衆的決起と集団的自覚に貢献することだ。そのためには、もう一つの政策は何百万という「みどりの雇用」を生み出すだろうということを説明しつつ、若者、女性、労働組合活動家の支持を勝ち取ることが基本となる。
――米国によるエネルギー自律の追求、そして石油とガス採掘の再開が進行中の北米では、この課題はかつてよりも重要となっているのだろうか?抵抗の道筋はどのようなものだろうか?
北米の資本主義的工業化が進んだ国は、気候変動の進行に対する、中でも大きな責任者だ。この惑星のエコロジーという観点から見た時、カナダは、もっとも逆行的な政府の一つを抱えているという特徴を持っている。われわれは今、その一つ一つに恐るべき環境的結末を伴う、化石燃料採掘の本当に後先考えない突進を目撃している。
まさに、シェールガス、タールサンド、深海原油(メキシコ湾!)という事例がある。北米の二つの国のエネルギー政策にとっては、短期的収益性が一つの、そして唯一の基準だ。XLパイプライン(タールサンドオイル採掘の主要地域であるカナダのアルバータ州から、米国の石油精製産業拠点地帯であるメキシコ湾岸まで、北米大陸を縦断するパイプライン計画:訳者)反対闘争は、もっとも重要な即時的課題であり、この有害な計画に反対する米国内の動員の成功を見ることは、勇気づけられることだ。 一握りの化石支配者のこうした新たな破廉恥行為と対決する、米国とカナダの住民間の共同抵抗を構築することが必要だ。
――現在の国際的文脈において、エコ社会主義者が直面している主な任務とは何か?
われわれは、社会的決起とエコロジー決起の合流をつくり出すことに挑みつつ、システムの生態破壊的な力学を阻止しようと挑むすべての闘争、すべての運動に参加しなければならない。
同時に、グローバルジャスティス運動やクライメートジャスティスを求める運動に加えたこれらの諸決起の内部で、討論に向けて、われわれの反資本主義的分析とエコ社会主義の綱領、いわば新しい文明の具体的ユートピア(エルンスト・ブロッホ)を提起する。任務は巨大であり敵は極めて強力だ。しかし、ベルトルト・ブレヒトが語るように、闘うならば君は負けるかもしれない、しかし闘わないならば君はすでに負けている……。
▼ブラジル出身の哲学者、社会学者であるミシェル・レヴィは、フランスNPAと第四インターナショナルのメンバー。アムステルダムのIIREの評議員、科学研究フランス全国評議会の元研究指揮者である彼は、『チェ・ゲバラのマルクス主義』、『マルクス主義と解放の進学』、『ファザーランドかマザーアースか?』、『神々たちの戦争:ラテンアメリカにおける宗教と政治』を含む多数の著作を著している。エコ社会主義の国際マニフェストの共著者(ジョエル・コヴェルと共に)であると共に、二〇〇七年パリで開催された、第一回エコ社会主義国際会合の組織者の一人でもある。
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