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    かけはし2013.年6月17日号

再び脱原発の大きなうねりを


6.2NO NUKES DAY 政府に迫る巨万の人波

再稼働阻止、稼働原発ゼロ、原発輸出やめろ

 六月二日、東京・芝公園23号地で「つながろうフクシマ!さようなら原発集会」が「さようなら原発一千万署名」市民の会の主催で開かれ、会場を一杯にする七五〇〇人が参加した。雨模様という週間天気予報がはずれ、初夏の強い日差しの中での集会となった。
 本集会前に李政美さんのコンサートが開かれ、心をうつすばらしい歌と「会津磐梯山」「相馬野馬追い歌」など福島にちなんだ歌が披露されると福島出身者が「かんしょ」踊りをステージ前で踊った。

つながろう
福島の人々と
 集会は呼びかけ人の落合恵子さんの発言から始まった。
 落合さんは短いフレーズで「原発事故がなかったように、原発輸出や福島の復興を語る昨今の流れ」を厳しく批判した。そして「テーマを決めて柔軟に運動のつながりを強化すること、参院選で脱原発派の流れを呼び戻そう。痛みへの想像力と共感で結びつこう」と訴えた。
 大江健三郎さんは原発再稼働の動き、核保有国インドへの原発輸出問題の新聞記事を紹介し、「これはヒロシマ・ナガサキへの裏切りであり、原発ゼロへの侮辱だ」と語った。また「ドイツが脱原発へ転換した理由は次の世代が生きるための環境をなくさないという根本の倫理によるものだ。自分もデモに出る。しっかりやりましょう」と呼びかけた。
 福島第一原発から二五qの所に住んでいたが今は田村市に避難している渡辺ミヨ子さん(農業)が語った。
 「原発は絶対安全、事故は起きない、大きな地震は襲わないと言われてきた。原発誘致で町は豊かになった。しかし、今回の事故でヒロシマの何百倍もの放射能が撒き散らされ、豊かな自然が汚された。復興予算、除染作業に莫大な予算がつけられ、除染が行われているが元通りになることはない。山菜から一万何千ベクレルというセシウムが出てもいる。知らない人はそれを食べている。原発事故被害を隠したい強い力が働いている」と現状を批判した。その上で、三歳の時に受けた戦争の体験と重ね合わせ、「原発を輸出することは、戦争を起こしたことを反省せずまた同じ誤りを繰り返すことだ。日本の使命は知性と愛情と調和のある地球を守っていくことだ」と福島の真実を語り、脱原発をめざそうと語った。

原発立地からの
アピールが続く
 東井怜さん(静岡/原発震災を防ぐ全国署名連絡会事務局長)が「浜岡原発は津波以上に恐いことがある。それは直下型地震により岩盤が一から二メートル上がって激しく揺れると制御棒が入れられなくなり、核暴走が起こり、チェルノブイリのような爆発事故が起きる。東日本大震災の一〇倍の被害が予想されている。原発震災という考え方でものごとをきちんと把握しよう。そして、脱原発派の議員を応援する緑茶会をやっている。選挙に棄権はキケンだ」と訴えた。
 原発立地点の泊(北海道)、福井、伊方(愛媛県)、川内(鹿児島県)から訴えが行われた。泊からは「今年の一二月、来年一月、六月に再稼働を目論んでいる。原発の下には一一本の活断層があり、津波対策など安全対策はまったくなっていない。七月に電力料金を値上げし、さらに原発が再稼働しなければさらに値上げすると北海道電力は言う。許せない」と報告した。福井からは「大飯原発が唯一稼働している。次に高浜原発を再稼働しようとしている。とてもがまんできない。阻止したい」。伊方。「僻地に建てられ、その犠牲の上に原発を動かしている。伊方が次の再稼働に一番近いと言われている。許せない、がんばる」と訴えた。鹿児島の川内からは「原発に頼り切った町になってしまい、商工会では3号機を増設したいと要望している。原発に頼らない町づくりをしたい」と話した。
 原発ゼロノミクスをめざしてゼロノミクマさん(熊のぬいぐるみ)によるキャンペーン活動が紹介された。次にMisao Redwolfさん(首都圏反原連)が、本日の行動は芝公園、明治公園そして、午後五時から国会正門前大集会と三つが脱原発デーとして取り組まれていることを紹介し、首都圏反原連主催の国会前集会への参加を呼びかけた。


夕刻に国会を
包囲する行動
 最後に鎌田慧さんが「昨年の五月五日、全部の原発が止まった日に芝公園で集会を開いた。今年の八月になるとまた原発ゼロの日がやってくる。ずっと再稼働させない。被曝におののいている福島を忘れない。それとつながっていく」とまとめの発言をした。この後、新橋〜東電前を通り日比谷公園まで、元気にデモを行った。
 なお、午後四時からは首都圏反原発連合が呼びかけた「国会大包囲」が行われた。明治公園で行われた「原発セロをめざす中央集会」(共産党系)参加者もふくめて六万人(主催者発表)が、国会・霞が関全体に反原発の声を響かせた。(M)

5.23脱原発テント訴訟 第1回口頭弁論

裁かれるべきは経産省だ

三〇〇人が東京地裁内外で抗議の声


民主主義の回路
生み出すテント
 五月二三日、経産省前テントひろばの撤去を国が求めた訴訟の第一回口頭弁論が、午前一一時から東京地裁で行われた。午前一〇時から東京地裁前の歩道で「テント撤去訴訟」の取り下げを求めて集会。国側がテントひろば代表として訴訟の対象とした渕上太郎さんと正清太一さんがあいさつ。
 渕上さんは「そもそも原発事故がなければテントを立てる必要はなかった。被災者の声を伝える民主主義の回路としてテントがその役割を果たした」と訴えた。さらに福島の被災者、河合弘之弁護団長などがこの訴訟の不当性を厳しく批判した。
 東京地裁前の集会は大きく膨れ上がり、傍聴券発行の時点では二八人の定数に対して発行された整理券は二九八枚になった。傍聴券があたらなかった人びとも四階の法廷前廊下に座り込み、もっと大きな法廷を確保するよう要求した。
 続いて傍聴券があたった人以外の支援者は、日比谷公園霞門から経産省前を通り、永田町、虎ノ門、新橋をまわる昼休みデモを二五〇人で行った。「テントを守れ」「原発いらない」「再稼働阻止」「大飯を止めろ」の声が官庁街、ビジネス街に響き、大きな注目を集めた。

全国連携強め
大衆的反撃を
 午後一時からは、弁護士会館で「脱原発テントと命を守る裁判報告集会」が三〇〇人の参加で開かれた。テントひろばが裁判に向けて呼びかけていた自分も「裁判当事者になります」という申し入れは二八七人、訴訟取り下げを求める署名は四一二五筆に達したことが報告された。
 集会では経産省前テントひろば応援団の鎌田慧さんが、「この裁判は加害者が被害者を訴える転倒したものだ」と批判。河合弘之弁護団長は、法廷で「地震・津波大国で原発開発を進めているのは日本と台湾だけ」と指摘し、原発・核燃料サイクルに固執する財界を厳しく批判した、と報告した。
 渕上太郎さんは「福島原発事故を経験した後、私たちがテントを建てなくても誰か別の人が建てていたに違いない」と語った。正清太一さんは、三五年前に菅直人元首相とともに彼が属していた社会市民連合が「原発を止めるべき」という方針を出したことを紹介。二年前の「三・一一」以後、政治は何もしてこなかった、私たちがやるしかなかった、と強調した。
 続いてこの裁判にかけつけた双葉町からの避難者の亀谷さんなど福島の女性や、たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネット、福島原発事故緊急会議などからの連帯のあいさつがあり、全国の脱原発運動、福島の被災者・避難者とともにこの裁判闘争に勝利していくことが確認された。
 第二回の口頭弁論は七月二二日、第三回は九月二二日に予定されている。(K)



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