イギリス
ケン・ローチの呼びかけの衝撃波
統一左翼に向けた空間の
空費はもはや許されない |
以下に紹介するものは、英国でここ二、三カ月で急速な進展を見せている左翼再編(労働党の左での)について、その現状と背景、そして今後に向けたFI英国支部の方針に対する報告。欧州を覆う既成政治の機能不全と正統性喪失が英国でも例外ではないことは、後述されている地方選でも鮮明に示された。その危機と出口の見えない感覚は、その中での左翼の不在を条件として、極右の伸長に余地を作り出している。そしてこの現象も欧州にある種の普遍性をもっている。以下で報告されている新たな左翼への動きは、この情勢に対する積極的で重要な動きとして注目される。特に左翼内でのセクト主義に長く悩まされてきた英国におけるこのような動きは、日本にとっても参照に値する動きだと思われる。(「かけはし」編集部)
緊縮政策がもたらした衝撃が、英国の政治を混乱の中に投げ込んだ。連立政権与党の両党(保守党と自由民主党)とも、UKIP(統一王国独立党、一般紙では英国独立党――右翼ポピュリストで反移民の政党、主要政党のすべてを右へと引きずりつつある)に対して先週末(五月二日投票)のイングランド地方選で大敗を喫した。労働党の結果はもっとよかったが、緊縮策へのこの党の回答が自身ブランドでの緊縮であり、反移民感情にこの党が迎合してきた以上、その貧弱さは否めなかった。
開かれ統一された左翼の不在
この選挙の中に左翼はどこにもいなかった――UKIPが右翼を結集したような形で左翼を結集する試みは何もなかった――。そしてこのことが、ギリシャでSYRIZAが行ってきたことをやり始める可能性を作る、労働者階級が関わることができる鮮明な反緊縮政綱を提供する、そのような幅広い左翼政党に対する切実な必要性をあらためて提起した。
SYRIZAは、単一政党という枠組みの中に民主的に組織された諸勢力の連合が、大衆的支持を獲得でき、社会民主主義を含んだ主要既成政党の民衆掌握力を打ち破ることができることを、はっきり示してきた。似たような諸政党が一定数の欧州諸国内に建設されてきた。ほんの二、三ヵ月前英国では、そのような政党の見通しはまったく寒々しいものに見えた。ソーシャリスト・レジスタンス(SR)は、その必要性を固く確信しているがゆえに、議論に開かれた姿勢をもつ左翼すべてを基にしたそのような政党を支持する論陣を張り続けてきた。われわれは一冊の本を出版し、この問題に関するフォーラムやセミナーを開催し、左翼の他の諸組織と討論した。それは困難な過程だったが、そのようなある種の政党に向けた空間はなおそこにあり、事実としては拡大してきた。
その上にこの厳然とした状況は、完全に左翼それ自身が自ら招いたものだった。過去一五年のそのような政党建設に向けたもっとも重要な好機は、セクト主義によって空費されてきた。これが、そのような計画の信頼性を深刻に掘り崩した一連の破壊的分裂を生み出してきた。
各事例における中心的要素は、内部民主主義、あるいはその欠如もしくは乱用だった。その展開軸になった問題は、これらの組織が関係した主要極左組織から、あるいは主要重要人物から、自立した決定作成過程を保持できるかどうか、だった。すなわち、自分自身の内部的政治生活や政治的発展をもつ可能性があるかどうか、ということだ。
セクト/個人の支配強要の歴史
トニー・ブレアが一九九四年に労働党の支配権を取ったことを受けスカーギル(サッチャーの炭鉱私有化攻撃に反対して、一九八〇年代初頭の炭鉱ストを指導した元炭鉱労組委員長:訳者)が発足させた社会主義労働党はその後、彼が固執した個人のトップダウン的支配、並びに何らかの多元性を認めることに対する彼の拒否によって、引き裂かれた。
二〇〇〇年に発足した社会主義連合(SA)は、ある段階で極左全体を抱え込んだ。そこには、労働党左派出身の重要な諸勢力と共に、社会主義労働者党(SWP)と社会主義党(SP)が含まれていた。しかしSAは、その諸会合における一人一票制に反対してSPが出ていった時に分裂した。
イラク戦争に反対しジョージ・ギャロウェイが労働党から除名された後に、レスペクトが二〇〇四年に船出した。そしてSAは解散しそこに一体化した。この党は広範な、特に戦争によって急進化したムスリムの人々の中でアピール力をもち、ギャロウェイを下院に送り込むことができた(労働党の左に立つ議員としては一九四〇年代以来で初めて)。また、主に東部ロンドンとブリンガムで、自治体議員の重要グループを選出させた。しかしこの党はその後、SWPが組織機能に対するその掌握を緩めることを拒否した時に分裂した。
SWPとの分裂から形成された「新」レスペクトもまたその後、ギャロウェイが自身のトップダウン的支配を強要し、党を彼自身のための支援グループに変えた時に、それは昨年三月の西ブラッドフォード選挙区補欠選挙におけるみごとな勝利の後だったのだがそれでも、破壊された。そしてこのことが、幅広い政党に向けた新たな機会に道を開くこととなった。
SWPとSPが分裂の引き鉄を
一カ月前には、極左の統一に向けた見通しも同じように寒々しく見えていた。極左は何年もの間、二つの大組織(極左の分野において)、SWPとSPによって支配されてきた。そこには、われわれ自身(わが潮流や以前の諸組織)を含んで、大きな圧迫を受けていたより小さな諸グループが付随していた。
SPは、一九九〇年代、最初の頃のSAを推進した時、党の性格を打ち破り外に向け身を転じた。SWP(二つの内ではほんのすこし大きい)は、その過去の孤立主義を突然打ち破り、二〇〇〇年にSAに合流するために外に転じた。しかしこの状況は両党の場合、長くは続かなかった。SWPは、次第に自己利害に基づいて行動するようになり、レスペクトを割った後は、孤立主義の立場に舞い戻った。この党が二〇一〇年に反カット闘争(公共支出、公共サービス切り下げに反対する反緊縮闘争:訳者)に戻ってきた際には、先のような極左内部の歴史的分裂が、幅広い運動の中で破壊的なやり方で再現されることとなった。単一の国民的収束化の代わりにわれわれの結論は、三つの反カットキャンペーンとなった。つまり、SPが進めるショップスチュワード(職場代表)・ネットワーク、SWPが進める統一レジスタンス、そして開かれた幅広い基礎の上に設立されたCoRだ。
事実としてはSPが全国ショップスチュワード・ネットワーク(NSSN)――元々は鉄道労組のRMTによって設立された労組共闘組織――を割った。それは二〇一一年のことであり、抵抗連合(CoR)のライバルとしてNSSNを新たな反カットキャンペーンに変えるという、一つの決議の強要(NSSN内の他の人々すべてに反対し)が原因だった。
CoRは、二〇一〇年にジョン・リー、リンゼイ・ジャーマン、クリス・バンブリーがSWPからの分裂を率い(他の四〇人と共に)、イングランドでカウンターファイアー、スコットランドでISGを創立した後に形成された。彼らはCoR創出に主導性を発揮し、カウンターファイアーはその内部の中心的構成要素となった。
左翼の糾合に向け劇的好機出現
しかしながらここ最近のさまざまな展開が、左翼の状況に劇的な幕開けをもたらした――労働党の左に幅広い政党を建設するという側面、並びに極左統一という側面の両面で――。
もっとも劇的な効果をもったものは、映画監督のケン・ローチが、新たな幅広い左翼政党を支持するというアピールを発したことだ。それは彼の新作「四五分のスピリッツ」――社会主義理念と集団主義理念、そして特に公的所有と公共サービスを大々的に防衛している――封切りという機会をとらえたものだった。
この映画は三月中旬、五〇の映画館で同時に封切られ(多くが満員)、一カ所の映画館ではその後質疑応答の時間が設けられたが、それは他の多くの映画館にも引き継がれた。ケン・ローチはその中で左翼新党に向けたアピールを行った。彼のアピールはその後、新党――統一左翼と呼ばれているが、SRとしてわれわれはその最初から関わってきた――支持の議論を巻き起こすために最近立ち上げられたウェブサイトによって伝搬された。
このアピールには二、三日の内に六〇〇〇人の人々が署名した。その時以来この構想は注目すべきペースで動いてきた。今やさまざまな形成段階にある九〇以上の地方グループがある。これらの展開を調整し、地方グループを支援するためにロンドンで開催された特別会議で、一つの組織委員会が設立された。次の前進に向けた合意を目的として、諸支部代表者の第一回全国会合が五月一一日に予定されている。新党に向けた発足評議会の日付けは、当初の考えでは来年初め、二月か三月になると思われる。
そのような好機を空費するというイングランド左翼の傾向、また以前の数々の失敗――特に極左大組織の諸行動――が残した傷跡を前提とした時、新たな幅広い政党の創出がたやすいものとなることはないだろう。しかし切迫した必要性が依然としてそこにあり、今あるものは、長い時間の中では最良の好機なのだ。
新たな組織は幅広く、多元的、また労働党の左にあり、反緊縮の政党であるべきこと、また一つの極左組織が非民主的に支配するようなものではない組織であるべきこと、こうしたある種の全体的合意があるように見える。また、この党は個人を党員資格の単位とすべきであり、諸組織の連邦にすべきではない、ということも全体合意だと思われる。
SWPもSPも――地方支部の二、三人を除いて――関与していない。ケン・ローチが支援を続けることにはまったく疑いがない。しかし「大指導者」といった役割は、彼にとっては大嫌いなものだ。たとえば、ジョージ・ギャロウェイやトミー・シェルダン(スコットランドでSSP〈スコットランド社会党:訳者〉を分裂させた)タイプの人物は一人もいない。この新党が選挙に登場する場合それは不利となり得る。しかしそれは同時に、近年の過去でもそのような人物が悪臭を放つ大混乱を巻き起こしてきたことを前提とした時、プラスの側面ももっている。
それが意味することは、党はその活動と実績を手段として、それ自身の世評を作り上げなければならない、ということだ。
極左の再編にも新たな空間誕生
極左統一に関する限り、最初の前向きな展開は、労働者の力からの自律やその他を背景にした何人かの以前の分裂に加えて、同組織からの若者たちの分裂を最初の起点に、昨年四月に反資本主義左翼(ACI)が現れた時に始まった。この年の終わりまでに彼らは、極左組織のより開かれ民主的な形態を求める一つのアピールを作成しつつあった。ルース・クーパーとシモン・ハーディーは、「資本主義を超えるとは? 急進的な政治の未来」との標題で、この問題を論じた一冊の本を出版した。
この著作はセクト主義の過去からの鮮明な絶縁だった。そしてわれわれは、ロンドン、マンチェスター、さらにわれわれの党員が合意している他のところで、ACIと共に討論を行い、合同公開集会を開催しつつ、可能な限り強力にこの組織と連携した。われわれは、ケン・ローチのイニシアチブ以前に、統一左翼の最初の段階で彼らと共に活動した。そしてその後も、統一左翼に関し彼らと共に活動を続けてきた。
第二の展開は、今年一月SWP内の危機が(あるいはその新たな段階が)SWP評議会において突然公然となった時に起きた。この評議会では、申し立てが処理された(あるいは処理されなかった)セクシャルハラスメントに関して大紛議が起きた。その主要な輪郭は今や十分に知られている。何人かのSWP党員が分派形成を理由にすでに除名された。
先の評議会直後、約二〇〇人のグループが、この問題に関する指導部の防衛的行動をめぐり、またそのために使われた政治手法をめぐって組織から離脱した。彼らは自身をISネットワークという名前の下にグループ化し、その最初の全国レベルの会合を四月一三日に開催した。そして彼らは、オブザーバーとして参加し、あいさつを行うよう、SRとAICとしてわれわれ自身を招待した。
しかしながら多くはSWPの退潮を見守っているところだ。しかもこの党は、長い間左翼の主要勢力であり続けてきたのだ。これは、極左の全景を劇的に揺さぶった。そして極左再編のための新たな空間を空け広げた。先のグループ化が近年SWPを離れた他の人々に対するまったく異なった接近法を内包していたことは、最初からはっきりしていた――実際劇的にそうだった――。先の会合には、顕著に非セクト的な、また外に開かれたように見える雰囲気があった。
ムードは、極左組織としてはるかにより開かれた民主的モデルを支持するものだった。彼らは新たな組織/調整体を設立しつつあった。しかしこの点に関し彼らが言及した極左や諸組織再編の対象は、SRとACIだった。今回翌年までに再編達成が遂げられないとすれば、それは失敗に終わるだろう、何人かの発言者はこのように述べた。
ケン・ローチのイニシアチブに対する強い支持もあった。多くの発言者はそれを、その場で議論されているものとは別のものだが同じく重要な展開、と見ていた。討論し会合に戻って報告した女性の特別部会もあった。そしてこの部会は、女性の防衛とその問題のSWPとはまったく異なるやり方における対処法に関して、組織原理的諸提案を行った。
女性が五〇%を占める運営委員会が選出された。この委員会に託された任務の一つは、「マルクス主義スタイル」の政治フェスティバルを来年中に組織すること、並びにその合同開催に向けSRとACIに働きかけることだった。
統一左翼と極左再編に全力傾注
SWPの危機はいずれにしろ進行中だ。そして彼らは、似たような諸条件の下にSWPからもっと多くのグループが現れる、と確固として予測している。事実その後、SWPの最大学生グループが、同じくSWPの伝統的型から離れた新しい種類の極左政治を求めつつ、党を離れた。
SRを代表して私があいさつした際、私はこの取り組みを強く歓迎し、以下のように述べた。すなわち、われわれに関する限りこれら三組織、われわれ、ISネットワーク、そしてACIが別組織としてあり続けなければならない理由を私はまったく理解できない、そしてそれらを中短期的に単一組織に結集することを支持する、と。
同時並行的にわがSR評議会が翌週末の四月二〇・二一日に開かれた。われわれはこの新たな諸展開――ケン・ローチのイニシアチブと極左再編の可能性――を、今評議会の中心に据えた。そして評議会は、双方へのわれわれの全面的な関与を支持する諸決議を採択した。
同志たちは、この両側面――幅広い党と極左の再編――がうまく進むという仮定で、労働者階級の代表性という課題に取り組むために、新たに再編された極左組織が組織的やり方で新党内部で活動する可能性について発言した。
ACIとISネットワークの双方がこの評議会に参加しあいさつした。彼らは三方向の再編に極めて積極的だった。ケイト・ハドソン(呼びかけ人の一人)もまた、統一左翼を代表してあいさつし、その活動へのSRの関与を歓迎した。左翼の統一に関しては、評議会のムードは、もしわれわれが何年という単位で今のまま存在するとすれば、われわれは破綻したということになるだろう、このように語った一人の同志によってまとめられた。
この評議会の後ものごとは、五月一二日――統一左翼第一回全国会合の翌日――に提案されている再編討論のための第一回会議に基づいて、さらにどんどん進んできた。
このすべては、イングランドの極左に起きつつある底深い変化を反映している。その程度はまだはっきりしているわけではない。しかしながら明確なことは、来年のこの時点までには、極左に関するものごとは極めて異なった様相を呈することになりそうだ、ということだ。
このどれもが、特に近年の歴史がふくむ衝撃を受けて新たな幅広い政党を生み出すということは、簡単には進みそうにない。しかしSRは、両方の構想に全面的に関わっている。そしてわれわれは、それらに成功という結論をもたらすために、われわれに可能なことはすべて行うつもりだ。(二〇一三年五月四日)
▼筆者は、元自動車産業労働者。第四インターナショナル(FI)執行ビューローメンバーであると共に、FI英国支部のSRでは長期に指導的役割を果たしている。『戦闘的時代:一九六〇、一九七〇年代の英国自動車労働者の闘争』を二〇一〇年に出版。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年五月号)
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