イタリア
急進左翼の危機と批判的左翼内論争
ジッポ・ムケンディ・ヌガンドゥ/フランチェスコ・ロカントレ |
何度か紹介したが、イタリアは政治制度そのものの正統性が問われる深い政治危機の中にある。その危機に対する労働者民衆の自己決定的政治行動をいかに再建・形成するか、反資本主義左翼の具体的実践が深刻に問われている。第四インターナショナルのイタリアの同志が結集する批判的左翼では、この点を基軸とした論争が組織を二分する形で進行している。以下に紹介する論考は、この論争の輪郭を、一方の立場に立つものであることを明らかにしつつ解説している。政治危機は、労働者民衆にとっての左翼の意義そのものをも疑念に付す段階に達しつつある。今年二月の総選挙結果はこのことを明らかにした。論争はこのような状況を背景にしている。なお、イタリアの政治状況と政党に関しては、本紙二月一一号、三月一八号を参照していただきたい。(「かけはし」編集部)
加速された急
進左翼の危機
ここ一年半、イタリアの急進左翼の危機は加速されてきた。警察による暴力的な弾圧で終わり、推進諸組織内部の激しい論争を後に残した二〇一一年一〇月のデモの後に、急進左翼の分断、そして欧州の緊縮諸策が生み出した民衆的不満に信頼できるやり方で回答するそれらの能力不足は、度を増した。
先のデモへの若者たちや労働者の抵抗諸組織の大挙した参加は、スペイン、ギリシャ、米国、さらに北アフリカで同時期に成長した急進化力学に似た急進化の開始に対する希望に導いた。しかしそれは起こらなかった。
マリオ・モンティがトップとなった専門家政権設立は、ベルルスコーニの二〇年からの解放として(ベルルスコーニの支配は実際には「たった」一一年でしかなかったのだが)、民主党(PD)、ブルジョア新聞、さらに労働組合運動のほとんどによっても、歓呼して迎えられ、左翼の労働組合運動と反自由主義左翼が占める場を孤立させた。PDは議会内部では、この専門家政権に対するもっとも断固とした支持者となった。そしてこの期間のCGIL(イタリア労働総同盟、同国最大のナショナルセンター、歴史的にPDとの強いつながりをもっている:訳者)官僚も、社会的衝突の表現をあらゆる手段を使って回避しようと務めてきた。こうしてモンティ政権は、いかなる意味のある反抗も受けずに、賃金と労働者の権利に致命的な打撃を加えることに成功した。その中には年金改革、労働者の地位を保障する憲法一八条(不法な解雇の場合の復職権)の廃止がある。
とはいえ以下のような部分的な例外もあった。一つは債務ノー委員会が組織した全国デモ(二〇一二年三月と一〇月)。次いで秋の生徒と中学教員の運動。この運動は、学校において賃金を変えずに労働時間を延長しようという政府のたくらみを何とか阻止し、学校内の民主的な諸会議廃止をめざす法令を取り止めさせた。
SC内を二分
する違いとは
批判的左翼(SC)内論争は、二〇一一年秋のセミナーで始まり、二〇一二年の三月から一〇月にかけた長期の大会討論と一体的に進んだのだが、これらを背景に展開してきた。決して公式なものとはならなかったいくつかの違いを伴っていたとはいえ、組織がむしろ団結を固めた長い困難な時期を経て、当時の指導部多数派文書に対する不同意が、SC第三回大会の準備中に形を取った。全国調整委員会での論争の後この見解の違いは次第に、文書に対するいくつかの大きな修正の準備へといたった。そしてそこには、当時の指導部にいた何人かの同志たち、次いで全国調整委員会の少数派が同調した。
大会での論争の中で二つの傾向は同等に達し、全国大会(二〇一二年九月二八〜二九日)は同数の二つの傾向で構成された指導部を選出した。
代わりとなる政綱ではなく大会への諸修正案を提出するという選択は、二つの懸念を動機としていた。一方で、二傾向間にある分析上の幅広い一致をはっきりさせ、社会的かつ政治的な様相に対する認識の色合いの違いを最小化することがめざされた。他方で、異なったしかし必ずしも対立的なわけではない工作の構想を組織が取り組むことを可能にする、そして近い将来の階級闘争の光に照らして違いを統合する可能性を点検することになる、そのような一つの枠組みに達することが追求された。
この二つの傾向は数多くの観点を共有している。資本主義の危機に対する分析、勤労民衆の諸権利と賃金に対する深刻な攻撃に関する自覚、民衆多数が抱いている社会的諸要求に諸制度が無頓着となっていることから結果している民主主義の危機、エコ改良主義的対応(いわゆるグリーン資本主義)の効果のなさ、危機に対決する幅広く統一した運動を建設する必要、協調主義的労組官僚機構に対する厳しい批判、労働運動の伝統的組織が抱えている不十分性と極度の弱さなどだ。同様に共通の分析要素は、二〇〇七年までのPRC(共産主義再建党)内のわが潮流が経験したことに関するバランスシートだ。それは、新党建設に関する論争に対しフラビオ・Cが提案した意見書によって概括されている。
われわれが一致していないものは二つの点にまとめることができる。すなわち、(1)「労働者運動の終焉」に関する分析、並びにその結果としての、今もなお存在している労働者階級の労働・政治組織に対する過小評価、そして(2)大衆運動の急進化と自立的組織、それと革命党建設との弁証法、だ。
退潮しつつなお古い主体が役割
1)「労働者運動の終焉」というスローガンは、われわれの大会では長いこと論争されてきたが、それはしばしば相互の誤解に導いてきた。階級闘争の主体的諸条件は、ソ連崩壊、西欧の改良主義諸党(社会民主主義党と共産党)の有機的変異、そして六〇年代と七〇年代に獲得された労働者の達成物を始末することへの主流ナショナルセンターの協力を経て、劇的に変化した。これらの変化は重大であり、「労働者運動の危機」として長い間特徴付けされてきた。これらの諸要素は、本日からということではなく、階級闘争の完全に新しい局面を概括している。しかしこの新しい局面でも、古い主体は中心的役割を演じ続けてきている。
視点をイタリアの諸問題に絞れば、CGILは依然として、年配層や正規職にとどまらない労働者の大きな部分を組織している。それはいくつかの部門(金属労働者、学校、大学)では今なお、闘っている人々、労働者、若い臨時労働者、学生にとっての参照点――その矛盾すべてを伴いながら――だ。中道左翼連合に対する従属というその路線は、「労働のための計画」と呼ばれたキャンペーンを始めることへとCGILを導いた。それは、中道左翼連合への投票を労働者に説き伏せることを目的としたものだったが、ここ何年かのCGIL自身の努力とは一致していない。
このキャンペーンは、PDからグリッロの五つ星運動に向かった労働者票の大量流出を食い止める上では不十分だった(民主党は約三五〇万票を失った。一方、PRC内のベルティノッティ派が設立した組織であるSEL(左翼・エコロジー・自由)は、前回選挙で破綻を経験した虹の左翼の得票に並ぶこともできなかった)。しかしこのことは、一貫性をもった内部的戦闘に向け、また労働組合の中道左翼からの独立、つまりイタリアの最大労組内部における意味のある左翼潮流の建設に向けて、道を開いている。
急進左翼について言えば、それはなお分断されたままであり、今回の選挙では自身の候補者を出せないほどに、政治的信頼性もほとんどないままにとどまっている。一つの例外は、革命的市民という名称の下に、また反マフィア判事のアントニオ・イングロイアの保護の下に統一した、見込みのない諸勢力(PRC、PDCI、グリーン、価値あるイタリア、欧州議会内ALDEグループ内にいる組織)の連合だった。
しかし以下のことは留意されるべきだ。つまり、緊縮に対決する社会運動のただ一つの重要な経験は昨年、債務ノー委員会に結集するまさに左翼労組の諸部分、左翼労組潮流、そして極左諸組織によって押し進められた、ということだ。この連合は、その一部である諸勢力の不均質さのゆえに、選挙への底辺からの道を提起する好機を逃した。しかしこれらの諸組織は、SCを含んで、一二月に行われた「変革は可能だ」という名前の諸会合に参加した。それは、Alba(過去PRCに近かった知識人の主導性から生み出された新しい急進的左翼の政治結集体)が招集したものだった。
新しい主体と古い主体への関与
歴史的低水準にある階級意識の問題(階級それ自身の危機)がまさに指摘されている。この意識水準は、重大な敗北を刻み付けた何十年という年月の、世界における残忍な自由主義的資本主義の復古の産物であるが、しかしまた、欧州におけるブルジョアジーの攻撃を先鋭化させている近年のさまざまなできごとの産物でもある。イタリアでこの意味で大きな影響を及ぼしたものは、反グローバリゼーション運動を経た後でPRCが果たした否定的な役割、つまり、第二次プロディ政権支持と新自由主義諸政策遂行協力、という選択だった。
「反資本主義領域」をめざす傾向は、五つ星運動および「液状化した」急進化の表現としてのその選挙結果がはらむ潜在的可能性を、非常に重要だと見ている。同時に、その結果は緊縮と自由主義的諸政策に対決する闘争のイタリアにおける不在から来ている、という事実を過小評価している。それと対照させて言えば、階級を基礎とした政治的提起がまったく登場することのなかったイタリアの選挙結果は、また五つ星運動の成功は、過去の年月における階級の諸敗北を表現したものなのだ。
革命勢力の目的はもっとも活動的な社会的諸層(つまり昨年のイタリアでは、学校生徒や大学生、しかしまた学校内の臨時雇用労働者、ノーTAV運動、タラントにおけるIlvaの市民と労働者、水サービスの社会的統制を求める運動……)内部に働きかけることでなければならない。それらは、労働者階級の闘争に勇気を回復させる刺激だからだ。オキュパイ運動もまた米国で、その役割を果たそうと挑んできている。それは、闘いの例とおそらくはいくつかの部分的勝利をもって、新自由主義諸政策に苦しんでいる何百万人という働く女と男に勇気を取り戻す問題だ。そうするためにわれわれは、急進化のうわべだけの形態に対してすら支持を与え働きかけ、もっとも鋭敏で戦闘的な層に焦点を当てることができ、またそうしなければならない。しかし同時にわれわれは、そのことでわが同志たちがすべての労働者、臨時雇用労働者、失業者、そして学生にはっきり語りかけることのできる、そのような実践と政策をもたなければならない。
これは、伝統的な諸組織は階級意識の発展に――そしておそらくは混乱に――どのような役割も果たしていないなどと偽りの主張をすることとは違う。特にイタリアでの近年のもっとも重要な動員は、いわゆる「古い」諸組織の駆動力を手段として作り上げられてきたのだ。
これらの理由からわれわれは、その弱さを隠すことなく、また改良主義者とその多数派(CGIL、SEL、PDの諸部分)の社会自由主義的指針を厳しく批判し続けつつ、「労働者運動の危機」という用語で語り続ける方を選択する。しかしそこには一体化された自覚があり、それは、労働者の重要な部門との接触を保つ目的で労働組合に参加しつつ、同時に、欧州ブルジョアジーが強いている緊縮と新自由主義諸政策を拒絶するために、政治のレベルと社会運動双方で活動しながら、労働者運動のもっとも急進的な部分(労組左翼、左翼労組活動家、非正規労働者の諸共同組織、急進左翼の政治諸組織、社会的諸センター、学生の諸共同組織)に階級的左翼建設という共通の任務を提起しつつ、階級闘争が遂行されなければならない、というものだ。
革命派の独自建設をめぐる論争
2)違いの二点目は、諸運動の自己組織と革命党建設の弁証法に関係している。われわれは、家父長的な資本主義に対する世界的なオルタナティブを提起し、社会運動内の論争を政治社会革命の必要性に絞ることに挑む、そのような反資本主義的で革命的な主体の再構築に向けて、SC建設の必要性を確信している。
そのような構想のための諸条件は今かつて以上に困難となっているとはいえ、もっといい時期にまで差し控え先延ばしするということは、われわれがめざす構想ではない。革命派にとっては、二つの戦線で活動することが必要だ。一方における、自立的組織のより幅広い経験を励まし、組織と自律を激励する社会運動の中での働きかけであり、他方における、これらの運動の戦士たち並びに一般的に労働者と抑圧された人々に対し資本主義を克服する政治的提案を説明し、新たな反資本主義左翼建設という観点からこの課題に取り組む人々すべてとの合流を追求することだ。
したがってわれわれは、革命的マルクス主義、フェミニズム、エコロジーに関する鍛錬を強化することも必要だ。その点ではわれわれは、政治論争の主要テーマに関するウェブサイトや雑誌、また諸領域や全国レベルでの社会的抵抗の展開として、政治宣伝のツールを活用しなければならない。
われわれは、諸々の社会運動内で工作を進める間、SC組織を凍結しておくという考えには同意できない。政治組織の二つの基軸は、同時に実践されるべきだ。そしてそれらは、意味を――そして活動家を――欠いた組織となる危険を避け、他方で、抑圧された人々に、またそれだけでなくわれわれを惹きつける、あるいは一つの役割を果たすかもしれない労働者諸組織や政治諸組織に語りかけることのできないセクト主義組織となる危険を避けるために、互いに強め合わなければならない。
▼筆者は二人ともSC指導部のメンバー。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年四月号)
【訂正】本紙4月15日号8面「韓国は、いま」の上から5段目左から22行目の「竹内景介」を「竹内景助」に、5月13日号3面の下から3段目の「経産省包囲行動に日に」を「経産省包囲行動日に」に、5面下から1段目、右から11行目〜12行目の「シリア内縁」を「シリア内戦」に、それぞれ訂正します。
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