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    かけはし2013.年5月20日号

被害者の側に立ちきる姿勢を


寄稿

最高裁で水俣病認定勝訴判決

鈴村多賀志(溝口訴訟弁護団東京事務局)

 四月一六日、最高裁で水俣病の行政認定を求める訴訟で原告勝利の二つの判決が出された。行政側が「水俣病患者」の認定を狭くして責任逃れをするあり方がしりぞけられた。しかし認定を求めていた患者はすでに故人であり、遅すぎる判決だった。裁判を支えてきた鈴村さんに寄稿していただいた。(編集部)

 

2つの勝訴判決


 本年四月一六日、水俣病認定を争う二つの訴訟で、最高裁第三小法廷は相次いで判決を言い渡しました。いずれも既に故人となっていた女性について、水俣病と行政認定するよう求めていた訴訟で、一般に「溝口訴訟」と「Fさん訴訟」と呼ばれています。
 溝口訴訟とは、故溝口チエさんの水俣病認定を求めて、次男の秋生さんが原告となっている裁判です。チエさんは一九七四年に熊本県に認定申請をしましたが、県は三年を経ても認定のための検診を終了しないまま放置し、チエさんは一九七七年に死亡しました。当時チエさんのような「未検診死亡者」は、約四〇〇人もいました。そして、認定申請から二一年間も審査を放置した一九九五年になって、「判断するための資料がない」という理由で認定申請を棄却しました。環境省に対する行政不服審査請求でも棄却されたため、二〇〇一年に熊本地裁に提訴をしました。
 最高裁判決は、溝口さんを水俣病と認めた福岡高裁判決を維持し、これを不服とした熊本県の上告を棄却しました。
 Fさん訴訟とは、一九二五年に水俣で生まれ一九七一年に関西へ移住したFさんの行政認定を求めた訴訟です。Fさんは二〇〇四年一〇月に最高裁勝訴判決を勝ち取った、チッソ水俣病関西訴訟(損害賠償請求訴訟)の原告でもあります。
 二〇〇四年に最高裁で水俣病と認められたにもかかわらず、環境省・熊本県は「損害賠償請求訴訟」と「行政認定」とでは認められる水俣病は異なると主張し、Fさんの行政認定を拒んだため、やむを得ずFさんは行政認定を求める行政訴訟を提訴(2007年)していました。
 今回の最高判決は、Fさんを水俣病と認められないとした大阪高裁判決を破棄し、大阪高裁へ差し戻しを命じました。事実上の勝訴判決であり、Fさんは二〇〇四年と二〇一三年と二回も最高裁で勝訴判決を得たことになります。この判決を受けて熊本県は、五月二日にようやく大阪高裁への控訴を取り下げ、Fさんの行政認定が確定しました。しかし、Fさんは本年三月三日に既に死亡しており、遅すぎた認定となりました。

判決のポイント


 Fさんは公健法(公害健康被害の補償等に関する法律)、溝口さんはその前身の救済法(公害に係る健康被害の救済に関する特別楷置法)という細かい違いはありますが、最高裁での争点は同じものでした。よって以後の文章では、上記の二つの法律をあわせて「法」と表記し、また単に「判決」と表記した場合には、今回の二つの最高裁判決を意味します。

(1)水俣病はひとつ
 判決は、法上の水俣病とは「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」であると定義し、水俣病にかかっているか否かの判断は、単に臨床・病理の所見のみに限らず、メチル水銀のばく露歴や生活歴等の疫学的な知見や調査の結果等を十分に考慮した上で総合的に行われる必要がある、と判示しました。
 そして水俣病の認定とは、水俣病にかかっているか否かを「客観的事実を確認する行為であって、この点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるべき性質のものではない」と述べ、行政が勝手に法上の線引きをしてはならないことを明言しました。

(2)四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病
 現在、水俣病の認定は、通称「五二年判断条件」に基づいて行われています。この五二年判断条件では、メチル水銀に起因する症状のうち、四パターンの複数の症状の組合せが認められた人を水俣病と認定するとしています。そして、環境庁・熊本県は、この四パターンに合致しない「四肢末端優位の感覚障害のみ」の場合には、水俣病と認められないと主張してきました。
 しかし、四肢末端優位の感覚障害は、水俣病の最も基礎的・中核的な症状であり、水俣病以外では、ほとんど見られない症状です。
 判決は、「四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はない」として、四肢の感覚障害しか認められなかったFさん、溝口さんを水俣病と認めました。

(3)現行の認定基準(52年判断条件)の評価
 五二年判断条件が予定をしていない事例を認めたのですから、五二年判断条件が認定基準として妥当性があるのかを問われるのは自然です。実際に、Fさん訴訟の大阪地裁判決や溝口訴訟の福岡高裁判決(5月2日で両判決とも確定しました)では、五二年判断条件は法が要請する認定基準としては不十分である、と判示しています。
 しかし判決は、五二年判断条件の四パターンに基づいて認定することは「迅速な救済」を実現する上で「その限度での合理性を有する」、また、この組合せに合致しない場合でも「総合的に検討」することが五二年判断条件の文章内に記載されている、としてその妥当性を否定しませんでした。
 しかし実際には、Fさん、溝口さんの事例でも明らかなように、「総合的な検討」などなされていませんでした。そしてFさんは最初の認定申請から四〇年、溝口さんは三九年もの歳月を要しており、およそ「迅速」とはほど遠い現状です。
 判決は、水俣病患者がおかれている実態を理解していない、と言わざるを得ません。

(4)司法審査のあり方
 今回の争点の注目点の一つは、行政がおこなった処分の妥当性を争う行政訴訟における裁判所の審査のあり方でした。
 環境省・熊本県は、行政が決めた認定基準が妥当であるかどうか、申請者を審査した県の公害被害者認定審査会の調査審議に問題がなかったか、という観点から裁判所は審理をするべきであって、個々の申請者(原告)について、個別に水俣病か否かを判断すべきではない、と主張していました。
 これに対して判決は、法上の水俣病にかかっているか否かの判断は「事実認定に属するものであり」、個々の申請者について提出された証拠に基づいて、裁判所が判断するとした福岡高裁判決を是認しました。

闘いは終わらない


 判決は五二年判断条件を正面から否定できませんでしたが、法上の水俣病の定義という認定制度の基本概念(土台)から環境省・熊本県の主張を退けたのですから、行政は判決の趣旨に沿って認定制度全体を立て直す必要を迫られているのです。
 今、水俣湾を含む不知火海沿岸には、約二二〇〇人の「水俣病認定患者」と、約七万人にもおよぶ「メチル水銀のばく露歴があり四肢の感覚障害があるが、原因は不明」の「水俣病被害者」がいます。判決の基準に従えば、この七万人におよぶ人々は法上の水俣病患者です。
 しかし環境省は判決から僅か二日後には、五二年判断条件は否定されていない、見直しはしない、という環境省見解を公表しました。また溝口さんへの謝罪について、石原伸晃環境大臣は「なんで(謝罪するのが)溝口さん一人なんだ、もっと苦しんでいる人もいるとの声もある」と開き直っています。
 石原環境大臣は、判決で指摘された「総合的検討」の内容を具体化するよう指示しましたが、このままでは五二年判断条件に第五のパターンを付け加えてお茶を濁して終わり、依然として「未認定問題」は継続することが、火を見るより明らかです。
 
 一九五六年に社会問題化し「公害の原点」とも呼ばれる水俣病。なぜ未だにこのような状況が続いているのでしょうか。
 それは、行政が一度も不知火海沿岸住民の悉皆調査(健康調査)をしていないことに、すべての原因があります。水俣病は人類が初めて経験した、環境汚染による食物連鎖(生体濃縮)を通じて発生した公害病です。被害現場や被害者を丹念に調査する以外に、その実態を把握する手段はないのです。実態を把握しないで、適切な認定条件など決められるはずはありません。
 前述したように、一九九五年の政治決着受諾者や特措法(水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法)の申請者ら、自ら声を上げていながら「原因不明」とされている人々だけでも七万人に迫っています。さらに、汚染が最もひどかった昭和三〇年代前半に育ち盛りであった中学生・高校生だった人々の大半は、集団就職で大阪や名古屋・首都圏に移住しています。このような人々に水俣病に関する情報は十分に届いていません。
 水俣病問題に生涯を捧げた原田正純医師は、かつてメチル水銀の影響は一〇万人におよぶと言っていましたが、歴史がその先見の明を証明することになるでしょう。

 もう一つ、近々の課題として、加害企業チッソとの補償協定問題があります。
 チッソ水俣病関西訴訟の原告の内、二〇〇四年の最高裁判決後に行政認定された人は、Fさんを含めて六人になりましたが、チッソは「補償は裁判で完遂済み」と主張し、補償協定の締結を拒否しています。この補償協定は、故川本輝夫さんを先頭にして、第一次訴訟の勝訴原告も含めた困難な闘いの末、水俣病患者が勝ち取った成果です。チッソはこの協定を反故にした上で、自らは分社化によって水俣病の歴史から消えようと躍起になっています。
 チッソとの補償協定を求めたIさん訴訟が最高裁第二小法廷で審理中ですが、二〇一三年五月四日現在でも全く動きがありません。

 関東では東京電力福島原発事故による放射能汚染被害に関心が集中していますが、今、被害者の側に立つという姿勢に環境省を正さなければ、一〇年後二〇年後には、より大きな規模で水俣と同じ状況が繰り返されます。
 多くの方々のご支援を得て、Fさん、溝口さんは認定を勝ち取ることができましたが、両訴訟が掲げた課題の解決は、まだ道半ばです。これからも皆さんの、ご支援、ご注目を切にお願いします。


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