強制撤去・損賠
請求はねのけよ
五月一〇日、経産省前テントひろばは、「訴訟を取り下げろ!経産省抗議と申し入れ行動」を経産省正門前で行い、一五〇人が参加した。
安倍政権は、脱原発運動の全国拠点である経産省前テントひろばの破壊に向けて「テント明け渡し訴訟」「一一〇〇万円の損害賠償請求」を提訴し、テント訴訟の第一回口頭弁論が五月二三日に行われる(午前一一時、東京地裁五二六号法廷)。仲間たちは、裁判闘争勝利に向けてただちに反撃を開始し、一五〇人近くが裁判当事者となり、傍聴闘争を呼びかけている。さらに「土地明け渡し訴訟の取り下げを求める署名」を取り組み二四〇〇筆を超えて集まり、この日、署名提出行動を行った。
経産省は、一〇人の申し入れに対して「一名ならいい」などと不誠実な対応をしてきた。抗議の意思として座り込みを開始し、その結果、高瀬晴久さん(テント)と福島の黒田節子さん(郡山市)の入館を認めさせ、署名提出を行った。
当事者は2人
だけじゃない
経産省前では申し入れ行動への激励を行いながら抗議集会が始まっており、『ひろば』代表の渕上太郎さんは、「原発推進でやってきた経産省の責任を追及するためにテントは、経産省前に建てた。一年八カ月にわたって闘いぬかれてきた。一五〇人の裁判当事者とともに跳ね返していきたい」と発言した。
経産省前テント弁護団は、「国は、原発問題を矮小化するために『ひろば』代表の渕上太郎さんと正清太一さんを民事訴訟の対象者とした。しかしテントは二人だけで運営されているけではなく、原発に反対するすべての人びとのものだ。不法占拠などと言っているが、国民として抗議を表現する権利がある。テントの活動は憲法で保障された表現の自由だけでなく幸福追求権、生存権、請願権として認められていることだ。不法占拠ではない。裁判に勝利していこう」とアピールした。
5・ 東京地裁
に結集しよう
福島県富岡町から郡山に避難生活をしている女性は、「国は、いいかげんにしてください。私たちは人扱いされていない。線量が高いところなのに防護服を配ることもせず、自由に出入りしていいと国は言ってきた。人の命をなんと思っているのか。原発を輸出したり、金儲けのことしか考えていない」と糾弾した。
落合恵子さん(作家)は、「テントに対する攻撃は、日本中の脱原発をめざしている人々への攻撃であると位置づけましょう。テントひろばは、私たちの憤り、悲しみ、その中で見つけ出した明日への希望だ。ここを廃止せよと、決して言わせてはならない。全国、世界に向けてネットを拡げ、一緒に動いていこう」と呼びかけた。
さらに発言は、裁判当事者の仲間たち、たんぽぽ舎、福島原発事故緊急会議、再稼働阻止全国ネットワーク&反原発自治体議員・市民連盟から行われた。
最後に経産省に向けて「テントを守ろう!撤去をやめろ!原発・再稼働をやめろ!」などと抗議のシュプレヒコールを行った。 (Y)
?「脱原発テントといのちを守る闘い」今後の日程:五月一六日(木)〜訴訟取り下げを求める連続共同ハンスト(二二日正午まで)/二二日(水)弁護団・応援団共同記者会見(午後二時テント前)/二三日(木) 午前一〇時?一一時
東京地裁前抗議行動、午前一一時?第一回口頭弁論(地裁五二六号法廷、)、午後1時〜報告集会(弁護士会館クレオA)/六月三日(月)テント裁判を考える講演会(午後六時半〜
明治大学リバティホール)
声明
Bさんを即時釈放しろ
経産省前テントひろば 2013年5月10日、丸の内署は、テントスタッフの一人Bさんを暴行の容疑で逮捕した。
同日14時30分頃、テント放送の準備が行われている時、経産省の金子洋悦(この度の訴訟における原告指定代理人のうちの1人)が、ビデオカメラをもった氏名不詳の男C、他とともに注意に現れた。Bさんは防犯カメラの台座(コンクリート製)に腰掛けて何気なくその模様を眺めていただけであるが、Cは執拗にBさんの顔を至近距離から撮影し続けた。Bさんは当然ながら、肖像権の侵害だから止めるように、と何度も要請したにもかかわらず、顔の数センチまで接近して撮影を続けた。
たまりかねたBさんは、手でカメラをどけながら「あんたも、こうやってなでられたら嫌だろう」とCの顔をなでるようにしたとたん、Cは「暴力だ!」と突然叫びだし、別の職員が警察に緊急連絡し、丸の内署、警視庁本庁から公安刑事を含む総勢約50名ほどの警察官が駆けつけた。
警察は私たちと経産省職員の間に入って、双方から事情を聞くというような行動となった。もちろんBさんをはじめ現場にいた仲間Dさん等は、いま起きたばかりの事態を説明した。ややあって、事態は収束したのであるが、最後に刑事はBさんに「丸の内署まで来て、事情を説明してほしい」とBさんに要請。Bさんは、自らやましいことは全くなかったので、何らの疑いも持たずに事情聴取のために丸の内署に同行することになった。
その際、Dさんが「一緒に行こうか」とBさんに話し掛けたが、Bさんは「大丈夫ですよ」ということであったので、Dさんも全く大した問題ではないとの判断から、Bさんは一人で丸の内署に行くこととなった。
その後、帰還があまりに遅いので、気をもんでいたところ、救援連絡センターから連絡が入り、Bさんが逮捕されたと情報を得た。
Bさんの容疑は暴力行為ということだが、ともかく直ぐにDさんを含む2名が丸の内署に事情を聞きに出かけた。捜査中ということで埒があかなかったが、ともかく逮捕されていることは確認された。合わせて、Bさんはペースメーカーをつけており、心臓病の関係から、病院にいっているということだけが確認された。
事実は、Bさんが超至近距離からの執拗な撮影を拒否し、それに抗議し、「あんたも、こうやってなでられたら嫌だろう」手を挙げた時たまたま、その手がC職員の顔に触れただけである。顔を叩くとか殴るとかとは程遠い行為である。C職員は大仰に騒ぎ立てて警察を呼び、文字通り事情聴取ということでBさんを丸の内署に同行し、そのまま逮捕したのである。容疑は暴行と器物損壊ということである。
そもそも最近の経産省職員のテントに対する対応・嫌がらせは敵愾心丸出しである。すでに「防犯カメラ」と称する監視カメラを2台もテント付近に据え付けてあるのに、ハンディカメラによる執拗な撮影は挑発的で目に余るものがある。また、経産省は、私たちの請願権さえ認めようとしていない。請願書を、請願者を一人に限定して、職員に門前で受け取らせるなどという礼を欠く卑劣な行為をした。
経産省職員による執拗な撮影行為は、個人の肖像権を侵す犯罪である。
?直ちにこのような犯罪行為を止めよ!
?今回の「(土地)明渡訴訟」と連動したかのような、挑発行為を一切止めよ!
警察は、経産省の職員による犯罪行為を放置し、経産省の職員の一方的な証言に基づいてテントスタッフを逮捕した。これは不当な逮捕であり、テントに対する不当で露骨な弾圧であることは言をまたない。
?警察は不当な弾圧を止めよ!Bさんを直ちに釈放せよ!
?警察は、私たちと経産省との係争に不当に介入するな!
?東京地裁は、Bさんの拘留延長を絶対認めてはいけない!
アベノミクス3本目の矢 都バス24時間化のねらい
「帰りの時間を気にせず働け」
ニューヨークで
発表した猪瀬 四月一四日、猪瀬都知事が、都営バスの二四時間化を訪問先のニューヨークで発表した。
年内に六本木ー渋谷間の都営バスを二四時間運行する。猪瀬はクリスマスプレゼントにしたいと述べているが、そんなにうれしいことか?。都知事がアメリカで何かを発表するとロクなことはない。
以前私が住んでいた地域は、長年バス路線の新設を求めているが、いまだに実現していない。収益が見込めない路線の新設や増便は簡単ではないのだ。ところが、需要調査の結果とは思えない今回の発表の背景は何か?
知事の発表後、一部マスコミは、都営地下鉄も二四時間化と報道したが、地下鉄はメンテナンスを理由に二四時間化を知事は否定した。だが、終電を遅くするなど運用変更を検討するという。
地下鉄については誤報だったのだが、それにはソースがあった。それは四月一七日に政府が開催した「産業競争力会議」に、同会議のメンバーである竹中平蔵慶大教授が提出した「立地競争力の強化に向けて」というレポートだ。
東京や大阪・名古屋を「世界一ビジネスのしやすい事業環境に」するために、「アベノミクス戦略特区」を推進せよという内容で、東京の具体的な項目の一つに「地下鉄の一元化、都営交通の二四時間化」があるのだ。「都営交通」を都営地下鉄と早とちりした一部マスコミが地下鉄も二四時間化と先走って報道したのだろう。
都バスの二四時間化は、猪瀬の思いつきではなく、安倍政権の第三の矢「成長戦略」の一部であることを押えておこう。そして、いずれは、地下鉄の二四時間化も狙っているのだ。
ビジネスを
しやすい環境
さて、「ビジネスをしやすい環境」とは何か。竹中のレポートには、「官業の民間開放」として、空港、有料道路、上下水道、都営地下鉄等の民間開放、インフラ整備や、発送電分離の他に、独禁法の「改正」、ビッグデータを扱いやすくするための個人情報保護法の改正、などを求めている。さらに「雇用制度の国際化」として、労働法制改革や、雇用調整制度改革、ハローワークの地方移管・民間開放もあげている。
東京では、「世界の高度人材を受けれるための条件整備」として、海外の研究者・技術者が安心して滞在できるように、医療や救急車の英語対応や、海外トップスクールの幼稚園、小中高校を誘致しろというものもある。
経済を優先するために優秀な人材を受けいれよう、そのために特別な努力をしろ、というのだ。しかし、一方で、東京では、認可保育園に入れない待機児童が多く出ていることも、救急搬送先がなくたらい回しされる患者がいることも、朝鮮学校への補助金を打ち切ったことも、無視している。
「成長戦略」とは、金儲けのため、公共の資産を資本に売渡し、これまでの労働法制や個人情報保護も、撤廃しろということだ。
都バスの二四時間化もこの一つである。「帰りの時間を気にせずに、深夜も長時間働け」というのが本当の狙いである。 (長沢)
コラム 友人のがんに想う
深夜二時半、電話の呼び鈴に起こされた。「食道がんになり全摘の手術を受ける」と、友人からの連絡だった。がんは二センチほどで、切除した食道の代わりとして、大腸の一部を移植するとのこと。
いまからちょうど七年前になるのだが、当時七四歳だった母が肺がんで入院した。電話口で兄は、余命は六カ月から二年だと言う。幼少時から母に溺愛されてきた私は相当なショックを受けた。とりあえず入院中の母に手紙を書いた。
「敵への攻撃は医者の方にまかせるとしても、防御(免疫力)の方は自身でしっかりと心がけて下さい。ストレスを蓄積させることが一番よくありません。こういう時こそ、楽観主義者に徹することが肝心です。いくら心配してみても、できないことはできないのですから……」。
父はといえば、家のことなどほとんど何もやったことのない人であったから、母の入院でさぞかしオロオロとしているのだろうと想像することはできた。一週間後に有給休暇をとって、二泊三日で母の見舞いと父の様子うかがいのために帰省した。
空港に迎えに来てくれた兄の連れ合いから、車中で詳しい話を聞いた。左肺上部にゴルフボール大のがんがあり、片肺全摘手術が必要なのだが年齢的にできなかった。しかし医師は母に「一部残ったが大体は取れた」と言っていること、また余命は二年だということも母に宣告されていることなどを知らされた。
入院中の母は思っていたよりも元気ではあったが、抗がん剤治療の影響でほとんど食事ができない状態だった。病院の最上階にある通常一泊二万五千円の広い個室にはトイレとシャワー室があり、奥まった一角には応接セットが置かれていた(病院から入る人がいないので半額で使ってくれと言われたとのこと)。ソファーはもっぱら父の昼寝専用のようだ。南側の大きな窓からは市街地のむこうに広がる海が見渡せる。
母の見舞いとは言ってもさほどやるべきことはない。実家で父と庭仕事をしたり家事をしたりして、翌日の午後にまた二人して母の所に行くというのが日課だった。帰京してから父にも手紙を書いた。
「アフリカでは一年中、トウモロコシの粉を混ぜこねたものしか口にしていない人々もいます。メシがありみそ汁があり、納豆に卵があり、庭ではネギやミツバも収穫できる。それで十分だとは言いませんが……なんとかやっていけるような気がしています。いまから料理を勉強しようなどとは思わない方がいいと思います……」。
父は二年前に八七歳で亡くなり、余命二年と宣告されていた母はいまでも元気に暮らしている。
友人の手術はたぶんうまくいくとは思うのだが、術後のリハビリと健康管理が心配である。 (星) |