4.28二〇〇人が栄の繁華街をデモ
沖縄差別の実態明らかに
平良一器さんが思いを語る
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【愛知】四月二八日、愛知県名古屋市で「『主権回復の日』なんて認めない!4・28沖縄デー集会とデモ」が、あいち沖縄会議の主催で行われ、名古屋教育館ホールに二〇〇人が参加して、大きな成功を勝ち取った。
司会者の山本みはぎさんが最初にあいさつを行い、安倍政権が同日行っている「式典」を批判し、この間基地撤去の闘いを続けてきた観点から今日の集会を企画した趣旨を説明した。主催者あいさつでは、牛島さんが同じく安倍が行う式典を厳しく批判しつつ、毎月一回の定例街宣や集会を粘り強く続けてきたことを述べ、全員で緑のハンカチを持ってデモに参加しようと述べた。
支配者としての
米軍の振る舞い
本集会のメインである講演を名古屋市在住で沖縄出身の司法書士、平良一器(たいら・かずき)さんが行った。平良さんは、沖縄の豊かで美しい自然と文化を語り、一方で沖縄は「いつもさびしい思いをしてきた」と述べ、「日本の独立の代償として沖縄が売られた。小学校のころから四月二八日は『屈辱の日』だと教えられてきた」と、批判した。子どもの頃、基地フェンスの前でタコ揚げをして遊んでいると銃を持ったアメリカ兵が駆けつけてきて怒られたこと、飼っていたウサギが近所のアメリカ人の庭の畑の草を食べてしまい、その家の主人がショットガンを持って平良さんの家に怒鳴り込んできたことなど、本土ではあり得ない恐ろしい体験をしてきたことを述べ、沖縄でどのようなことが行われてきたのかを説明した。米兵が交通事故を起こした場合でも「当時は車のナンバーがYだったらあきらめろというのが普通だった。これが当たり前だったから問題だとは思わなかった。一九九〇年に、本土名古屋で生活するようになり、初めてこれはおかしいと気がついた」と、述べた。
日本は沖縄に
何をしたのか
さらに平良さんは、日本が沖縄にしてきたことを歴史的に述べた。「一六〇九年薩摩侵略、一八七九年琉球処分、その後、教育機関に手をつけ、沖縄の言語を奪うことを行った。ひとつの国を奪うのに言葉を通じなくするというやり方を最初にやるのは良い方法なのでしょう」「ところで琉球処分という言葉を聞いてどう思いますか。普通、処分と付けられると何か悪いことをしたときや責任を取らされるときに付けますよね? 沖縄は何か悪いことしたでしょうか? そこから日本の沖縄に対する姿勢が見えてきますね」。
「沖縄の人々は、日本人になろうとしても認められない日々が続き一九四五年敗戦を迎えます。
沖縄では、唯一地上戦が行われました。本土の空襲とは違います。通常、戦争は勝つために行います。しかし、沖縄は時間稼ぎの捨石、日本の国家体制を守るために沖縄は殺されたのです」。
三つの選択肢
から選んだ復帰
「敗戦から七年後、日本は占領から脱し、それから二〇年後、沖縄は復帰しました。その二〇年間、沖縄はどのような状態だったのか? なにがおきつづけていたのか?」「5・15復帰前、沖縄には三つの選択肢があった。それは、独立、アメリカの市民になる、復帰。そして復帰を選択した。なぜか? それは、戦後日本は民主的な国に生まれ変わった。日本に復帰すれば沖縄の主権は守られると思ったからです。しかし騙されました。今もあの時も沖縄は同じです」。
「沖縄戦をテーマにした映画『ひめゆりの塔』があります。あの映画は嘘だよとよくお婆さんに言われます。悲劇のヒロインなんていない、すべての人間が鬼になることによって戦争に参加するのです。一九九五年三人の米兵が少女暴行事件を起こしました。冷酷な人間を作れば評価されます。これが現実です」。
沖縄の声だけ
聞かない日本
「民主党が政権を取った時の鳩山さんの評価ですが私は嫌いではない。政治の中枢にいてあそこまで沖縄の基地問題を解決しようとした人はいなかった。全国のニュースに放送され多くの人に知らされた。基地の県外移設については四七の知事すべてが反対した。これはどういうことか? 日本は四六都道府県の言うことは聞くが沖縄の言うことは聞かないということです」。
「二〇〇一年九月一一日アメリカでテロ事件がありました。そのとき多くの日本人が沖縄から離れて行きました。『備えあれば憂いなし』なら本土から沖縄に行くはず。つまり沖縄に『備えあれば』我々(本土)には『憂いなし』ということなのです。どこまで切り捨てられるのでしょうか」。
平良さんの講演が終わり、「あま東部・平和委員会」、弁護士の仲松さん、「愛知沖縄県人会」の代表比嘉さん、「不戦ネットワーク」の八木さん、「ATTAC東海」、パスポートで集団就職し、その後「沖縄返還同盟」で活動した女性がそれぞれの体験や思いを発言した。
民衆運動の息吹
再生させよう
最後に集会アピールが読み上げられ、栄のど真ん中を縦断するデモ行進に出発した。デモ参加者は元気にデモコールを上げ、沿道の市民から多くの注目をあびた。
この日の集会は今までにない多くの参加で勝ち取られ高揚した。同日には「日本軍慰安婦」集会が行われ、在特会などの妨害をはねのけ二〇〇人が参加し、大きな成功を勝ち取っている。さまざまな困難と妨害を乗り越え、民衆運動の息吹をよみがえらせるためわれわれは各戦線で全力で闘いに挑む。 (越中)
4.17院内集会「主権回復の日」を問う
仲井真知事に踏み絵強制
する安倍政権の暴挙だ
四月一七日、参院議員会館で、「院内集会『4・28主権回復の日』を問う」が開催された。主催は沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、反安保実、ピースボート、フォーラム平和・人権・環境など。司会をつとめたピースボートの野平晋作さんは、四月二八日を「主権回復の日」として祝うのは、たんに歴史認識の誤りではなく、安倍内閣の「施政方針」に関わる問題であり、「今後も沖縄を犠牲にして日米同盟を進めるという宣言だ。式典の中止を政府に求めるとともに各党議員に欠席を求める」と訴えた。
フォーラム平和・人権・環境の藤本泰成事務局長は、四月二八日は戦前からの差別の構造が再確認された日だ、と批判した。そして『世界』五月号に掲載された古関彰一さんの自民党改憲案批判論文の中で「九条改憲して国防軍を建設するとしているが、その条文の中に開戦規定がない。これは開戦か否かは米国が決めるということではないか」と書かれていることを紹介し、「日本を取り戻す」という安倍首相の対米従属ぶりを語った。
高橋哲哉さん(東大大学院教授)は、「主権回復の日」は内閣の無知の産物ではなく、仲井真知事に「踏み絵」を踏ませるものであり、明らかに「イジメ」だと指摘。一九四七年九月のマッカーサー宛「天皇メッセージ」で示された「本土」のための「捨石」構造を批判した。
共産党の赤嶺政賢衆院議員は、「主権回復を『祝う』というのは沖縄の誤解」との菅官房長官の弁明がウソであることを明らかにした。また、沖縄県議会では「主権回復の日」式典への抗議までは全会一致だが、「式典の中止」まではいかがなものか、という仲井真県政与党(自民、公明)の微妙な立場を紹介した。
最後に一坪反戦地主の上原成信さんが、四月二八日の式典と同時刻から、抗議の集会・デモを行う、と呼びかけた。 (K)
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