4.13-14オスプレイ配備と米軍基地を考える全国集会
全国で低空飛行訓練NO
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キーワードと
しての「差別」
四月一三日〜一四日、オスプレイ配備と米軍基地問題を考える全国集会が行われた。主催はフォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)、全国基地爆音訴訟原告団連絡会議、日米軍事再編・基地強化と闘う全国連絡会、オスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットワークの四団体。一三日の全国集会は、東京・千駄ヶ谷の津田ホールで開催され、三四〇人が参加した。
沖縄等米軍基地問題を考える議員懇談会事務局長の近藤昭一衆院議員(民主党)のあいさつに続いて平和フォーラムの藤本泰成事務局長が「オスプレイ配備阻止と米軍基地縮小・撤去に向けて」と題して問題提起。藤本さんは、「沖縄と原発、憲法改悪の根っこは同じ」と切り出し、「憲法は世界の民衆が平和のために積み上げてきた闘いの集大成だ。ところが自民党の片山さつき衆院議員は、行き過ぎた人権が社会を荒廃させていると批判した」と怒る。藤本さんは、沖縄の闘いと改憲に反対する闘いを結びつけるよう呼びかけた。
続いて、琉球新報編集局次長兼報道本部長の松元剛さんが講演した。松元さんは、この一年間の沖縄の基地問題のキーワードとして「差別」を挙げ、紙面の中で「差別」という言葉が三年前に比べて三倍になっている、と指摘。「主権回復の日」問題でも沖縄の四一市町村のうち三二の市町村長が反対し、賛成はゼロだと紹介した。菅官房長官は「主権回復」を「祝う」というのは誤解だと弁解したが、松本さんは、本土の官僚・政治家の中に沖縄問題についての「皮膚感覚」がなくなっているのではないか、と指摘した。
さらに松元さんは、この間の沖縄の世論を形成する上での「四点セット」(@鳩山元首相の「抑止力は方便」発言A「沖縄はゆすりの名人」というメア発言B在沖米軍グアム移転費用の水増し請求C田中元沖縄防衛局長の「犯す前に犯しますよとは言わない」発言)を列挙し、こうした中で辺野古新基地・オスプレイ配備問題での「島ぐるみ」構造が作りだされてきたことを報告した。
アンケートから
見えてくるもの
次に湯浅一郎さん(ピースデポ代表)が「低空飛行訓練全国調査」について報告した。
湯浅さんは、オスプレイ配備に伴う米軍機低空飛行訓練に関する全国自治体アンケートを行った結果を分析・紹介した。このアンケートは米軍が昨年四月に示したオスプレイの飛行に関する「環境レビュー」の中で、オスプレイの六本の飛行ルート、およびブラウンルート(中国山地)など低空飛行の情報がある二二六自治体(二七道県、一九九市町村)を対象に行ったもので、最終的に一七四自治体(二一道県、一五三市町村)から回答が得られた。このアンケート調査は、従来の戦闘機中心の低空飛行訓練にオスプレイが加わる中で、自治体の「平和力」を作るために実施された。
湯浅さんは、市町村の七割が国から説明を受けていないこと、「安全保障において米国に依存している以上、低空飛行訓練はやむをえない」という意見がある一方で、「中止を求める」という意見、危険性についての最小限の認識は予想以上にあると評価し、「温度差はあるものの、安全性への危惧、不安、国の誠意のなさへの不満は共有されている」と語った。
沖縄県議の玉城義和さん(名護市選出、オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会事務局長)は、四月二八日を「日本が完全に主権を回復した日」として祝おうとする安倍内閣に満身の怒りをぶつけた。福岡平和フォーラムの前海満広事務局長が九州ブロックの取り組みを報告した後、非核市民宣言運動ヨコスカの新倉浩史さんが、港湾法によって自治体が管理する港湾施設への米艦の入港には自治体の首長の許可が必要であること、それは周辺事態法のもとでもそうであることを紹介した。さらにオスプレイの低空飛行訓練は「基地間移動では説明できない。岩国を出て岩国に戻るというやり方の説明ができない。低空飛行訓練に地位協定上の根拠はない。重箱の隅をつついて飛行訓練を止めよう」と呼びかけた。
翌一四日には、「オスプレイ配備反対運動の展開」、「低空飛行訓練と沖縄の実態」、「日米地位協定とオスプレイ全国展開」、「爆音問題と米軍基地再編」の四つの分科会が行われた。(K)
JRCL22回大会へのメッセージ
反核・反原発の連帯行動を
ニュージーランド国際社会主義組織
四月上旬に開催された日本革命的共産主義者同盟(JRCL)第22回大会にニュージーランドの国際社会主義組織(ISO)からメッセージが送られた。同組織はオーストラリアのソーシャリスト・オルタナティブと共に、IST(英SWP系国際潮流)から離脱し、第四インターナショナルとの関係を深めている。(編集部) 同志の皆さん。
われわれは、四月に行われるJRCL大会に革命的連帯のあいさつを送ります。
日本の反原発運動と、それが示した巨大な社会的・政治的変化は、われわれを感動させました。そして日本での集会やデモに参加した私たちのメンバーは、この新しい運動から大きな示唆を受けています。われわれはささやかではありますが英語圏の左翼の間にその重要性を伝えてきましたし、大きな関心を持ってこれからの展開を追っていこうと思います。
ニュージーランドの独自の反核政策は、長い歴史を持っています。核艦船はニュージーランドの港に入港しませんし、わが国は非核国家です。この立場は個々の政治家たちが勝ち取ったものではなく、社会運動、そして決定的には港湾・海員労組をふくむ労働組合の幾年にもわたる圧力と運動のたまものです。非核政策を導入した歴史的遺産を力説する労働党は、労働組合や社会運動の圧力によって、この政策をとることになったのです。われわれは、この歴史が日本自身の反核闘争に貢献できるよう望んでいます。
われわれは今年も、オーストラリアのメルボルンで開催される年次の「マルクス主義会議」を支持し、参加しますが、とりわけパキスタンやフィリピンの同志たちをふくむアジア・太平洋地域の労働者政党の代表と会うことを喜んでいます。私たちは来年四月一七〜二〇日に開催されることになっている「マルクス主義2014」にJRCLが代表を送ることを望んでおり、皆さん自身の闘争とキャンペーンからもっと多くのことを学びたいと思っています。連帯をこめて
国際社会主義組織(ISO)アオテアロア/ニュージーランド全国委員会
コラム
映画「いのちを楽しむ」
労働問題、人権、環境など社会派のドキュメンタリー作品を制作する「ビデオプレス」からある日、一枚のハガキが自宅に届いた。メディア向け試写会の招待状だった。平日だったが、休暇を取って連れ合いと出かけることにした。
映画の主人公・渡辺容子さん(故人)は、松原明さん、佐々木有美さんの友人だった。彼女ががんで「余命一年」と宣告されてから撮影が始まった。四〇歳で乳がんを発症した渡辺さんは、「患者よ、がんと闘うな」の著者・近藤誠氏を主治医に、手術や抗がん剤を避ける緩和治療を続けていく。物語は、彼女が力尽きるまでの二年間に寄り添った記録である。
作品の宣伝物には、彼女の生き方に対する賛同の声が多く載せられている。それは「国民の三人に一人ががんで死ぬ」と言われる時代にあって、心強いプラス思考を象徴するかのようだ。だが私の感想は少し異なる。
彼女の友人の女性もがんを患うのだが、「なぜ私ががんなの? なぜ私なの」と声を張りあげ、積極治療を選んだ末に他界する。私はむしろ、自分の病気を認めず、受け入れようとしない人間の弱さや正直さに、親近感を感じるのだ。
渡辺さんは発症後、がんについて猛烈に勉強し、後悔しない治療を選んだ。体力があるうちは近藤氏の診察室に通うのだが、それが困難になると別の在宅医が往診に訪れる。カメラはそんな二人の医師の表情を、克明に追っていく。
がん論争に衝撃的な一石を投じた近藤氏もまた、全知全能ではなかった。放射線照射量を増やす指示も空しく響き、彼女の問いかけに答える在宅医の表情も、曇りがちになる。がんの進行とともに、身体には容赦のない変化が表れる。医師たちが言葉を濁してその場を取り繕っても、レンズは嘘をつけないのだ。
運動のなかで渡辺さんと知り合った二人の制作者が、彼女の生きざまを記録することになるのは、自然な流れといえる。多くの人々に囲まれ、支えられた最後の生活に触れるとき、友の暖かさ、ありがたさ、すなわちその真価を痛感する。病院への送迎を続けたタクシー運転手・森友義氏の漂々とした存在感にも、心を打たれる。
残念ながら、本作を一度見ただけの私には、がんを受け入れる勇気も、近藤医師の手法を選ぶ決意も持てなかった。スクリーンから受けたメッセージは、「やはりがんには勝てなかった」という冷厳な現実だった。医学と医療は、人の生にこそ寄与すべきであり、死は敗北に過ぎない。幼稚なようだが、この持論は変わらない。
六月一日に東京・渋谷で、一五日には大阪で公開される。詳細はビデオプレスのHPで。 (隆)
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