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    かけはし2013.年4月22日号

合意はトロイカの古典的処方せん


キプロス

ベジタリアンのライオンはいない

EUとユーロの改良は不可能

ディミトリス・ヒラリス


 以下は、ギリシャ支部の同志による、キプロス危機打開と称してキプロス政府とEU権力との間で到達した合意に関する全体評価。キプロス政府が結局はEUに屈服し、労働者民衆への犠牲を強いる内容となっていると、厳しい批判的観点が示されている。この評価は同時に、キプロスにとどまらず、ギリシャ、並びに欧州全体に対する左翼の戦略に通底する問題としても(特にユーロ問題や左翼政府スローガン)論じられている。欧州では深まる危機の中で、そこでの左翼の戦略がすぐれて実践の問題となり、活発な論争が進められている。六面に掲載したアテネ反資本主義会合の報告ももちろんそれが主題だ。本稿の主張は一読して分かるように、六面で示された評価に対しては明確に批判的である。六面報告と合わせて参考にしてもらいたい。(「かけはし」編集部)


 キプロスは小さな国家だ。しかし、この島におけるこのところの銀行強盗の展開の全体方向は、現在の危機の性格、さらに左翼の反応に関して提起されている一定数の疑問について、いくつかの決定的な点について評価する機会をわれわれに与えている。

EUはソビエトに似ている?


 ロシア首相のメドベージェフは「キプロスでのEUはソビエトロシアのボリシェビキのようだ」と語った。EUの当局者はキプロスの銀行システムの肥大化について話し回っているが、実際それを聞くのは逆説に満ちている。それらの人たちは、自由市場の至高性についてこれまで話し回ってきたまさに同じ人たちなのだ。EUの閣僚たちはキプロスのカジノ経済について話し回り、銀行家たちが彼らの失敗の尻ぬぐいをすべきだなどと語っているが、それを聞くのはもっと逆説的だ。彼らは、銀行バブルをたきつけ、欧州の諸銀行を公的マネーで救出した、そのまさに同じ者たちなのだ。
 左翼には、銀行の株主、大投機家、海外企業がその尻ぬぐいをすべきだという、そうした決定を歓迎しない理由はない。しかしそれでもこれは、EUの政策の本質ではない。そしていずれにしろそれは、ある種の社会主義政策などではまったくない。
 第一に、「抹消されたマネー」がどこに行くのか、という決定的な疑問が残っているからだ。キプロスの場合それは、社会的サービスやそれと同類の何かに行くことはないだろう。それはまさに、巨額の通貨信用バブルをまかなうためにユーロ圏の底知れない穴の中に向かうだろう。それは富の再配分でもない。繰り返すがそれは、一国の経済循環を縮小させるという、トロイカのまったく古典的な処方箋だ。
 第二に、結局のところ国民所得の削減であるこれは、労働者階級に打撃を加えることになるからだ。もし大資本の基金が彼らの投資額のおよそ四〇%を失うのであれば、労働者の保険基金は、一定数の中小企業を伴って崩壊するだろう。失業は上昇するだろう。そして次のメモランダムが、次の期における労働者の賃金を切り下げるだろう。
 第三に、さまざまな資本家利害間の競争が資本主義の一部であるからだ。メドベージェフとロシアの資本家たちがそれを示している。
 キプロスの事例は事実上、EUの新しい戦術を指し示している。二〇〇八年以後では、EUがこれほどの高さの比率で銀行の株主たちに負担を課したのは初めてだ。これは、社会に対する彼らの感受性が理由ではない。まさしくそれは、ユーロ圏の危機がまだそこにあり、競争の増大が依然として進行中だからだ。デイセルブルム(ユーロ圏財務相会合議長、オランダ財務相:訳者)の言明(「キプロスへの対処は今後に向けたひな形」)が本当か否かは問題ではなく(銀行の焦げ付きに対する株主負担がスペイン、イタリアなどに波及することをほのめかした先の発言に対する市場の動揺を受け、この発言はキプロスへの特例としてすぐさま訂正された:訳者)、キプロスの事例は、ESM(欧州安定メカニズム)のようないわゆる救済メカニズムが破綻してしまっているということに対する、事実上の承認なのだ。これは明らかに、資本家間の、また帝国主義者間の紛争が成長に向かう新たな段階だ。
 欧州諸国家の機能的調和を基礎とした欧州連合というジャン・モネ(戦後西欧の重工業分野での統合計画を推し進め、欧州統合の父の一人と言われたフランスの実業家、政治家:訳者)の夢は、あらためて瀬戸際にある。なぜならば、どのような機能性も、現在の帝国主義的なEUの階級的性格を無にすることなど決してできないからだ。そしてそれは、EUがソビエトなどではないからであり、まさに資本主義だからだ。

EUとの交渉に実りはあるのか

 現実主義の名の下に、欧州左翼の多数派はその綱領の中核に固執している。それは、民衆の抵抗と政治諸勢力の均衡変更が、EUとの実りある交渉と新自由主義的方策追求に対する挑戦、あるいは最低でもその動揺に導く可能性がある、というものだ。二〇一三年三月一八日、SYRIZAの欧州政策責任者であるヤニス・ミリオスは、「キプロス議会の否決投票は欧州諸制度内部に『戦争』をもたらすだろう。権力の新自由主義的諸中心は後退を強制され、過去五年の否定的歩みの逆コースが始まるだろう」と言明した。翌日キプロス議会は「ノー」と言ったが、これは現実に、EU諸制度を彼らの心を変えるよう強制することなどなかった。現実には、(再)交渉すらなかった。当初のEUプラン(そしてもっと悪いもの)が翌週現れ、それはまさに同じキプロス議会によって可決された。ロシア、中国、南欧の連合、といった想定された救世主すべては、幻想であったことが明らかとなった。
 左翼は、資本主義諸制度との有効な交渉という考えをあらためて作り続けるべきなのだろうか、あるいは、これらの制度を超えた政治的オルタナティブの開発に焦点を絞るべきなのだろうか? キプロスは確実に、前者の仮説と対立する強力な事例だ。

ユーロの問題は政治闘争の問題


 キプロス問題の中で再度、全論争がユーロ問題に集中した。EUの脅迫はこの問題に基礎を置いていた。キプロス政府は、現在の合意と将来のメモランダの受け入れに関して、それを口実として使った。キプロス財務相のM・サリスは、「まったくのところわれわれは、戦闘に勝利していると語ることはできない。われわれはそれでも、ユーロ圏からの悲惨極まる離脱を回避した」と言明した。
 キプロス共産党(AKEL)は、「トロイカなしのユーロ圏の中で」という解決を力説した。トロイカの構成要素の一つがユーロを管理するECB(欧州中央銀行)であるということを、AKELは本当に知らないのだろうか? 最終合意の達成が、ECBがキプロスの銀行へのユーロ供給をすべて止める、ということを基礎にしていることを、AEKLは本当に知らないのだろうか? 答えは明白にノーだ。トロイカの脅迫すべてがユーロに基づいていたことを、AKELは十分に知っている。それをものともしないAKELのユーロ圏重視は、彼らの政治的意志に刻まれた、反システムのオルタナティブを提案する上での限界だ。
 欧州の左翼エコノミストの何人かは、ユーロ離脱はおそらく五〇%の通貨切り下げを意味し、労働者階級の預金の七%抹消よりもひどいものとなる、と主張している。このような方法で問題を提起することは左翼にとって最悪なやり方だ。単純にそれは、「少なくともわれわれはユーロを救った」と言うサリスやストウナラスやギンドス、ギャスパーといった財務相連との合意へと左翼を導くからだ。しかしながら労働者の選択肢は、惨害か厳しい緊縮かのどちらか、などというものではまったくない。この誤った二律背反から逃れる道は、経済的課題ではなく政治闘争であり、ユーロの政治的役割を識別する用意のない左翼というものは単に、この闘争を提起できない左翼ということだ。
 ついでながらユーロ離脱は、経済的考えとしてはいい考えではない。そうであってもそれは、反システムの労働者オルタナティブのためには、必要な政治的一歩なのだ。それは、銀行システムの公的管理をめぐる論争が実行される可能性のある唯一の道だ。それは、今力関係を変えるために実際に闘っている左翼にとっては、また遠くのまた不確かな未来のための闘いを先延ばししない左翼にとっては、避けることのできない条件だ。
 キプロスの事例はわれわれに、ユーロ重視(それでもそれは、右翼のDISSYや左翼のAEKLから出ているのだが)にはただ一つの結果、つまり緊縮の受容しかあり得ないということを示している。それはまたわれわれに、ユーロ離脱にはさまざまな解釈(中産階級的、民族主義者的、資本家的など)がある、ということも示している。反資本主義的手法においてはそれを無視すべきでない。しかし、ユーロは敵の武器の一つであるというはっきりした道にもしわれわれが踏みとどまらないのであれば急進的回答などまったくあり得ない、という欧州において、それは依然として反資本主義者にとって基本である。そして、資本家階級の脅迫に対する反資本主義の回答の一つは依然、民衆運動の動員であるべきであり、ユーロ枠組みへのあらためてのとりまとめであってはならない。

左翼政府が常に左翼とは限らず


 キプロスの追加的な特徴は、この国はAKEL率いるいわゆる左翼政権によってメモランダとトロイカへと導かれた、という事実だ。AKELは、ギリシャでSYRIZAとKKE双方と提携している政党だ。特にSYRIZAにとっては、組織内の各自の提案に際して、キプロスの左翼政権は一つのモデルとして押し出され、この党の何人かの指導的エコノミストたちは、最初のキプロスメモランダムをほとんど正当化した(トロイカとの公平な交渉として)。そしてSYRIZAは、東地中海圏におけるエネルギー問題に関するキプロスの政策(それがイスラエル国家との戦略的な連携を基礎とし、パレスチナ人民の利益に反していたにもかかわらず)を支持した。
 キプロスの政治システムと社会的背景は確かに、非常に特殊であり、欧州諸国の他とは本当に比べることはできない。しかしそれでも、AKELの統治に含まれたこの経験から引き出すべきいかほどかの教訓はある。つまり、共産主義の名目や他の急進的言明で語るだけでは十分ではないということだ。左翼政権は、支配的な経済・政治枠組みと決裂する道を掃き清めるという条件の下でのみ、そのようなものとして存在の可能性をもつ。そしてこのことは、労働者の自己組織という新たな諸構造を生み出し得る、議会外や制度を超えた行動を必要とするのだ。

▼筆者は、第四インターナショナルギリシャ支部、OKDEのメンバー。

(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一三年四月号)

 


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