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    かけはし2013.年4月8日号

朝鮮学校への「高校無償化」適用を


3.24朝鮮学校ええじゃないか!

排除はやめろ! 補助金復活求め3千人パレード


 【大阪】実行委員会主催の朝鮮学校ええじゃないか!春のモア・パレードが三月二四日、大阪扇町公園で開かれ、三〇〇〇人の市民が参加した。
太鼓集団鼓吹による和太鼓の演奏で始まり、主催者を代表して長崎由美子さん(実行委員会事務局長)があいさつをし、「兵庫・奈良・京都・大阪と広い地域から仲間が参加した。モアは心を集め、大きく広げていくという意味だ。日本の中で民族の違いを超えて生きていくことが難しくなっているが、違いを認めていくことが私たちを輝かせていく。大阪を住みやすくしていくために頑張りたい」とあいさつした。
 大阪地裁で闘われている裁判について、丹羽雅雄弁護士(弁護団長)から報告があった。朝鮮学校で学ぶ子どもたちの教育の権利に関わる裁判が三つある。@国を被告として、高校無償化法に基づき除外取消を求めるもの。A大阪府・大阪市を被告とし、補助金不交付の取消を求めるもの。B大阪市が原告となり、大阪朝鮮初・中級学校に対し、建物を収去し土地明け渡しを求めるもの、の三つだ。

土地明け渡しと
無償化排除裁判
B建物収去と土地明け渡し裁判について。
 戦後の朝鮮学校閉鎖令のあと、大阪市の分校で公立の学校として出発したものが、自主学校となり大阪市から土地を使用してきたが、大阪市から一〇年間限定付きの賃貸借契約を結べとの要求があり、逡巡していると直ちに提訴されたというもの。
 @高校無償化除外の取消しについて。
 高校無償化法は戦後初めて、学校教育法上の一条校や各種学校・専修学校・民族学校を区別せず、すべての生徒たちに対し平等に修学金を支給するという法だ。受給主体は生徒たちだ。この法律は、日本が批准している国際人権法の国内法的効力を持っている社会権規約一三条二項B(すべての者に中等教育の無償提供に関する暫定導入)を日本政府が具体化した法律でもある。
 一〇年四月に施行され、これにもとずく省令では三つの分類がある。外国人学校については、高等学校の課程を持つと認めるかどうかの指定基準(専修学校基準)が一〇年一一月につくられたが、政府統一見解としては、指定は外交上の配慮などで判断すべきでなく、教育的客観的に判断すべきだと述べている。しかし、朝鮮半島の政局を理由に二年以上にわたり引き延ばされ、昨年衆議院選後に就任した安倍首相は突然、朝鮮学校には無償化法を適用しないと表明。
 そこで大阪朝鮮学校は一三年一月二四日、やむを得ず訴訟に踏み切った。文科大臣は今年二月二八日、全国の朝鮮学校一〇校に対して、省令の(ハ)規定そのものを削除すること、規定の一三条が不適合であるとの理由で一〇校に指定不承認を通告してきた。大阪朝鮮学校は直ちに、この指定処分取消として訴訟の変更を提起した。指定処分は、機会の均等をすべての子どもたちに保障するという無償化法の目的に反している。
 文科大臣は、拉致問題が進展していない、朝鮮総連と関係がある、国民の理解が得られないことを理由としている。拉致問題の進展と朝鮮学校で学ぶ子どもたちとにどのような関係があるのか。被害者家族の横田夫妻や蓮池薫さんも、無償化排除は筋違いであると言ってくれている。排除は国家的いじめであり、人種主義と言って過言でない。子どもたちは自らが選んだ学校で教育を受ける権利があり、自らのアイデンティティーである言葉・文化・歴史を学ぶ権利がある。国際人権法締約国はこの権利を保障することを義務づけられている。

補助金停止措置
取り消し裁判
A大阪府・市の補助金停止措置の取消しについて。
 大阪府・大阪市は一一年度の補助金を全面的に不支給にする決定をした。府は一九七四年から、市は一九九〇年から朝鮮学校への補助金支給を始めた。今回の不支給決定は、一〇年の橋下知事の発言「北朝鮮は暴力団と同じだ」という発言から始まっている。
 府は、教室から肖像画を撤去せよなど政治的な条件を提示してきた。朝鮮学校はこれを履行し、一〇年度は初級中級学校九校分の補助金が支給された。しかし、維新の会知事・市長が誕生して以降、職員室からも肖像画をはずせと要求。朝鮮学校側はこれもすべて履行し、交付申請した。ところが府は突然、一二年二月に朝鮮民主主義人民共和国で行われた公演への生徒参加が、学校行事としての参加ではないことの証明がされていないと、三月二九日付けで補助金不交付決定を行った。
 市は、一一年九月に交付申請が出されていたのに、六カ月以上も判断を先延ばしした上で、一二年三月三〇日付けで不交付決定を行った。大阪府が対象にしていないから、市も対象にしないという理由だ。
 このような府市のやり方は、憲法一四条(法の下の平等、人種・信条・性別・社会的身分・門地により、政治的経済的社会的関係において差別されない)、国際人権法違反だ。
 韓国併合後、一九一一年以後の皇民化教育。また戦後は、一九四七、八年の朝鮮学校閉鎖令、一九六五年文部事務次官通達(朝鮮学校を各種学校としても扱うべきではない)など朝鮮学校敵視政策は継続したが、革新自治体などの努力や朝鮮人の運動により国籍条項が撤廃されてきた。今、第三の人種主義的政策が巻き起こっている。高校無償化適用排除。補助金の停止は八都府県に及んでいる。これは、一部特定集団の人種主義と連動していて、日本社会を差別排外主義的社会へと動かそうとしている。裁判を通して広く裁判の真意を明らかにしていきたい。


朝鮮高校生
からの発言
続いて、朝鮮高校生の発言があった。無償化適用除外によって、朝鮮学校は通学する生徒が減少していることや、先生の賃金が払えないといった深刻な状況が生まれている。
 金さん(神戸朝鮮学校)は、「幼稚園から高校まで当たり前のように民族教育を受けてきた。無償化適用されないことにより、自分の存在を否定された気がする。四・二四教育闘争から今年で六五年目だ。先代たちは命をかけて私たちの学校を守り抜いてくれた。朝鮮学校には先代の思い、願い、歴史がある。私たちはこの思いを受け継がなければならない。これからも朝鮮学校を一層アピールしていきたい。日本人と朝鮮人がわかり合えるように努力していきたい」。
 姜さん(大阪朝鮮学校)は、「ウリ・ハッキョについてアピールしたい。私はこの呼び方が大好きだ。この言葉は私たちのハラボジ、ハルモニ、アボジ、オモニの闘いと熱い思いが込められた温かい言葉だ。私は五時間かけて和歌山から通っている。それは、自国の文化や文字、歴史を学び、朝鮮人としてのアイデンティティーを養いたいからだ。先輩たちはくやしい思いで高校生活を送っていたそうだが、先輩たちの努力や日本の支援者たちのおかげで、今ではJR定期券割引問題や国公立大への受験資格、高体連主催の競技への参加など、先輩たちの頃には考えられなかったことが現実になり、ウリ・ハッキョで思いっきり青春を謳歌している。無償化適用に反対している日本人の政治家は、日本社会に同化することなく堂々と生きている朝鮮人の存在が疎ましくて仕方がないのかもしれない。だからこそ、ウリ・ハッキョを守ることは、私たちの尊厳をかけた闘いなのだ」。
 金さん(京都朝鮮学校)「最近は感謝の気持ちを忘れそうになっていて、とても怖い。無償化が始まったら、感謝の気持ちを持って学んでいかなければいけないと思っていた。でも今はまだありがとうと言えない状態だ。感謝の気持ちではなく憤りしか持てない。一日も早くこの状態が改善され、私たちも安心して学べる日が来ることを信じている」。

差別を許すな!
にぎやかにデモ
この後、大阪朝鮮学校コーラス部によるイムジンガン等の歌、リレートーク(京都朝鮮学校卒業生と朝鮮学校と民族教育の発展をめざす会・京滋)、ジュネーブの国連人権委員会に代表を派遣するためのカンパの呼びかけがあった。
 そして、ラップライブ(松岡千紘と仲間)、兵庫・奈良・京都・東京各地の支える会からの報告、自治労大阪府本部・大阪人権博物館・大阪市教職員組合から連帯のあいさつがあった。終わりのあいさつを大村和子さん(城北ハッキョを支える会)が行った。
 集会後、無償化適用や差別反対などを市民に訴えて西梅田公園までデモを行った。
(T・T)

投書

道徳教育ではなく
人権教育を!

須田 充

 政府の教育再生実行会議(座長=鎌田薫・早大総長)は二月二六日、いじめと体罰問題に関する五項目の提言をまとめ、安倍晋三首相に手渡した。道徳教育の教科化やいじめ対策法の制定、体罰禁止の徹底などを訴えている(2013年2月26日『朝日新聞』夕刊)。
 私は、道徳教育の教科化には反対だ。道徳教育は、生徒の心(民衆の心)を国家が支配しようとするものだ。道徳教育の究極の目的は、国家のため・天皇のために死ねる人間を作り出すことだ。道徳教育は、『はだしのゲン』でゲンたちをいじめた人間を作り出した軍国教育と本質的には違わない。道徳教育を強化すれば、「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」「朝鮮人をガス室に送り込め」などといってデモをするような人間を増やすだけだ。
 日本に必要なのは、道徳教育ではなく人権教育だ。道徳や日の丸・君が代なんて、百害あって一利なしだ。道徳教育は、改革ではなく廃止されるべきだ。私は、そう思う。
道徳教育に反対し、人権教育のために闘おう。
 (2013年3月3日)

コラム

大震災と潮干狩り

 満開の時期は過ぎたがまだ桜の花が咲き誇る三月三〇日の夜、潮干狩りのお土産だといってアサリが届いた。「ハマグリとひなまつり」ならともかく季節感が追いつかない。届け主はいつも銭湯でいっしょになる豆腐屋の撮り鉄おやじ。春休みの孫と東京湾を挟んで対岸の木更津方面まで行って来たという。今や東京湾横断道路(アクアライン)を使えば、横浜からは三浦半島も房総も時間的にはたいして変わらない。有料道路料金はかかるが。そのせいか休日は朝早く出掛けてもアクアラインはゴルフ、魚釣り、さらに新しくできたショッピングモールに向かう車で溢れる。湾央に浮かぶ人工島“海ほたる”はいつも大混雑。
 三〇日は正午から午後一時が干潮の底で、午前一〇時から午後二時位までが潮干狩りのチャンスタイム。だが待ち切れない若者たちは潮が引ききらない九時には海に突入していたという。びっくりしたのは例年に比べて貝が大きく、獲れる量も半端でなかったらしい。二人で二時間足らずでバケツ二杯。帰路まで時間があったので漁協近くの食堂で昼食。店の人が言うには「一昨年は例の地震で潮干狩りどころではなかった。海岸は液状化現象でデコボコ。盛り土の駐車場はあちこちめくり上がって車の停車は不可能。その上海の中に突然いくつも砂の島ができ、風景まで一変した」という。
 一年かけて潮干狩り場である一帯を整備したが、「アサリが放射能で汚染されているという風評被害が広がり潮干狩りの客は例年の半分、海水浴の客も三分の一まで減った。県にお願いして貝を計測してもらい、汚染されていないという証明を出してもらったが、最後まで客は戻らなかった」。「貝が大きい、いっぱい獲れると言われるとうれしいが複雑。二年も潮干狩りがやれていない結果なんだよ。例年なら潮干狩りで貝が足りなくならないように冬の時期から船であたり一帯に貝をばら撒くんだが、今年はその必要がなかった」と話すのを聞いて震災はここでも終わっていないことを改めて感じたという。
 私は日本海に臨む土地で生まれ育ったので夏になるとアサリ、ハマグリを獲っていたが干満の差がほとんどなかったので、潮干狩りはあこがれでもあった。撮り鉄おやじは前にも書いたように信州の山の中で育ち、海を初めて見たのは中学校の修学旅行。潮干狩りに限らず海で遊ぶのは子どもの頃から夢だったという。 アサリは塩水に浸し暗い場所に置くと一晩で砂を吐き出すが、青柳(バカ貝)は吐いた振りをして体の中に砂をたらふく残しているから要注意。明日の夜はアサリの酒蒸しと青柳のぬたで一杯のつもり。 (武)


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