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    かけはし2013.年4月1日号

辺野古沖埋め立て申請許すな


沖縄を切り捨てた「主権回復の日」政府式典

普天間即時返還オスプレイ配備撤回

既成事実作りに屈しない

 三月二二日午後、安倍政権はついに辺野古沖米軍新基地建設のための「公有水面埋め立て申請書」を沖縄県に提出した。この日、名護漁協が辺野古埋め立て合意書を防衛省に提出したのを受けて、ただちに沖縄防衛局職員が名護市の県北部土木事務所を訪れ、「埋め立て申請書」を提出したのである。本来、申請書等の受け取り窓口があり、マスコミや市民が待機していた二階ではなく、三階の庶務班に書類が入った段ボール箱を、防衛局職員が「置いていった」という(東京新聞、三月二三日)。一昨年一二月二八日未明、防衛局が沖縄県庁の守衛室に辺野古アセス評価書を「置いていった」のと全く同じ、コソコソとしただまし討ち的やり方だ。
 安倍政権は、二月のオバマ大統領との日米首脳会談で、二〇〇六年の「日米合意」に沿って辺野古への「基地移設」を進めることを約束した。「日米同盟の完全復活」を掲げる安倍政権にとって、辺野古への新基地建設は至上命題であり、来年二月の名護市長選までに沖縄県側の同意を取り付けるためには「今がタイムリミット」という判断があったと見られる。
 しかしこの安倍政権の「辺野古埋め立て申請」強行は、新基地建設への展望がことごとく行き詰っていることの裏返し的表現である。仲井真沖縄県知事は「辺野古への基地建設はかねがね無理だと言ってきた」と語り、「本土で移転先をさがすべき」と突き放した。沖縄県内の四一市町村すべて基地「県内移設」に反対している。
 民主党政権との対比で「日米同盟復活」をアピールしたい安倍政権にとって、できることは地域振興策への「満額回答」という予算措置と、辺野古移設と引き換えにした「嘉手納以南の米軍基地返還・統合」の期限明示という約束だけである。「沖縄県民の基地負担の軽減」という常套句の繰り返しは、とうの昔から通用しなくなっている。
 三月一六日、「基地の県外移設」を訴える自民党沖縄県連三役が、都内で自民党幹部と面談した際、同幹部は「辺野古を米軍が二〇年間ほど使った後、県外へ移設する。その後は自衛隊が使えばいい」と辺野古「二〇年暫定案」を示して「説得」を試みた、と報じられている(朝日新聞、三月二三日)。
 沖縄の「島ぐるみ」の県外移設の意思は変わらない。しかしだからこそ安倍政権、そして米国はあらゆる手段を取って突破口を開けようと、仲井真県政に圧力をかけ続けるだろう。「埋め立て申請」の可否判断に必要な期間は最低八カ月と取りざたされている。
 今年は沖縄にとって、そして日本での沖縄連帯の闘いにとって正念場である。沖縄の闘いと結んで日本から「辺野古断念」への運動をさらに発展させ、オスプレイ配備撤回・全国各地での低空飛行訓練反対を強めよう。

差別に満ちた歴史認識

 オスプレイ配備、危険極まる違法な低空訓練飛行の常態化に加えて、ついに辺野古への埋め立て申請を強行した安倍政権への怒りを増幅させているもう一つの決定的要因は、四月二八日を「主権回復の日」として祝い、政府式典を行うという、植民地主義的差別まる出しの「歴史認識」にある。
 安倍自民党は、昨年末総選挙の政権公約(J―ファイル2012)で「政府主催で、二月一一日の建国記念の日、そして二月二二日を『竹島の日』、四月二八日を『主権回復の日』として祝う式典を開催します」(同? 憲法・国のかたち328項)としていた。
 今年の二・一一、二・二二に「政府主催式典」は行われなかった。しかし安倍首相は三月七日の衆院予算委員会で自民党の野田毅議員の質問に答える形で次のように語った。
 「一九五二年四月二八日、サンフランシスコ講和条約が発効し、わが国は主権を完全に回復した。主権を失っていた七年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ。わが国の未来を切り開く決意を確固たるものにするため、実施する方向で検討している」と。
 三月一二日、安倍内閣は四月二八日を「主権回復の日」とし、天皇・皇后も出席する政府記念式典を永田町の憲政記念会館で、開催することを正式に閣議決定した。しかし「四・二八」は、「本土」政府が沖縄を米軍の直接統治下に置き、米日の軍事植民地へと固定化した「記念日」に他ならない。それは一八七九年の琉球処分にも匹敵する新たな琉球処分であり、まさに沖縄にとっての「屈辱の日」だった。この日は、明治政府以来の「構造的差別」が、「捨石」としての沖縄戦、そして米軍の直接統治を経て米日共同の「軍事植民地」として再編されていったことをあからさまに示す「記念日」なのである。
 昭和天皇裕仁こそ、一九四七年のマッカーサーへのメッセージを通じて、沖縄を長期にわたる米軍の単独支配に委ねた張本人なのである。そうした戦後天皇制の果たした歴史的役割を周知の上で、安倍内閣は敢えて天皇・皇后を出席させた「政府式典」を行おうというのだ。
 安倍にとって「主権回復」の中には沖縄は含まれていない。沖縄をまるごと切り捨てた「サンフランシスコ講和発効」は「日本独立の日」として祝わなければならない「誇りある記念日」なのだ。そして「四・二八」はまた、在日韓国・朝鮮人にとっても一方的に「国籍」とそれに伴う諸権利を奪われ、植民地支配への補償もないまま切り捨てられた日であったことも忘れることはできない。
 安倍内閣は、「主権回復の日」に対する沖縄の怒りに直面し、あわてて「沖縄の置かれた苦痛にも言及する」と語っている。しかし、オスプレイの強行配備、辺野古沖埋め立て申請、「主権回復の日」政府式典は、沖縄にとってひとつながりの歴史的・構造的差別と植民地支配の現れであることは、あまりにも明瞭である。
 四月二八日、反安保実行委員会などは沖縄から新崎盛暉さん(元沖縄大学学長、沖縄平和市民連絡会代表世話人)を招いて「『主権回復の日』を今こそ問う――沖縄・安保・天皇制の観点から」が開催する(午後一時半 新宿歴史博物館)。
 ともに成功させよう!     (三月二五日 純)

3.23辺野古実が緊急防衛省行動

沖縄の声を踏みにじるな

安倍政権の埋め立て申請に怒り



政府の挑戦には
道理などない!
 三月二二日午後四時頃、防衛省は沖縄県に対して、普天間基地の辺野古への移設・新基地建設のための埋め立て申請を行った。沖縄では仲井真県知事、稲嶺名護市長などが辺野古新基地建設はできない、と国のやり方を厳しく批判した。こうした暴挙を受けて、三月二三日午後六時半から、辺野古に基地をつくるな!埋め立て申請を許さない防衛省緊急行動が辺野古実の呼びかけで行われた。
 司会者が「今回の申請は本来の部署ではなく庶務課に持って行き、逃げるように帰っていった沖縄の人びとの声を踏みにじり、挑戦するものだ。一切認めない、埋め立てを許さない行動をしていきたい」と語った。
 続いて参加団体が発言した。日韓ネット。「埋め立てについては、第一に、防衛省作成の環境影響評価書に対して県知事は環境が破壊されると五九七項目の問題点を提出したが、お手盛りでアセス手続きを終了してしまった。第二に安倍政権は4・28を主権回復の日に決めたことだ。沖縄を切り捨てた屈辱の日なのに祝賀するなどできるはずがない。殺人出撃基地を許さない」。
 つぶせ有事法制川崎市民の会は「高橋哲哉講演会を行った。高橋さんは、『福島と沖縄は犠牲のシステムでつながり、一方で繁栄を享受する部分がある』と語った。われわれはこの享受する部分であることを忘れてはいけない」と発言し、同会の沖縄出身者は「沖縄は厳しいががんばっている。本土の闘いが重要だ。ともに闘う」と訴えた。
 日本山妙法寺は「米軍基地を東京湾や相模湾を埋め立てて作ることはありえない。沖縄だからやろうとしている。これは沖縄差別だ」と指摘し、「埋め立てに賛成した名護漁協に二〇億円の漁業補償が支払われるという。日比谷集会ですべての市町村の首長が沖縄は基地がなくてもやっていけると発言していた。私たちは五月京都、九月沖縄で基地のない沖縄をめざす平和行進を行う」と話した。

沖縄は怒っている
 ・ 集会成功へ
 全国一般全国協東京労組は「みんなの怒りを行動にそう。徹底して抵抗し、安倍のやることを止めよう」と呼びかけた。沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さんは「沖縄の民衆の力は変わらない。アメリカに占領されていて、4・28を祝賀するなんてちゃんちゃらおかしい。普天間基地をなくそう。これからヤマ場にかかる。がんばろう」と訴えた。関東ブロックの外間さんが照屋秀伝さんの沖縄の言葉でのメッセージを紹介し、「うせーらんきよーや!(拒絶!)沖縄は怒っている5・1集会、沖縄からの訴え?山城博冶(沖縄平和運動センター事務局長)?高里鈴代(沖縄平和市民連絡会共同世話人、基地・軍隊はいらない行動する女たちの会・共同代表)、文京区民センター3A」への参加を訴えた。
 この後、辺野古実、ふぇみん婦人民主クラブ、北限のジュゴンを見守る会が抗議・申し入れ文を読み上げ、埋め立て申請を糾弾するシュプレヒコールを防衛省にたたきつけた。三月二五日午後六時半から、防衛省抗議行動を行うことを確認した。辺野古への新基地建設を絶対に許すな。 (M)

 


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