ラテンアメリカ
マルクスは資源開発主義者なのか?
もう一つの経済開発戦略へ 配分変更だけでは袋小路
エドゥアルド・グディナス
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新自由主義への反乱の大陸となったラテンアメリカでも、それに代わるもう一つの経済開発戦略(蓄積された貧困という現実を前提とすれば開発自体は必要不可欠)は非常に難問となっている。この中で民衆に押し出された左派政権はほぼ例外なく、資源開発依存のワナにとらわれさまざまな矛盾に直面している。以下はこの状況に対し、資源開発への安易な依存に警鐘を鳴らし、その依存の正当化を強く批判している。(「かけはし」編集部)
資源開発依存を正当化する試み
ラテンアメリカでは、経済開発戦略は今なお鉱業、炭化水素、単一栽培農業に焦点が合わされている。これが、天然資源供給者という役割を繰り返すものであることを意味する事実、そして市民的抵抗にもかかわらずだ。あり方のこの資源開発主義的様式は、保守的諸政権と進歩的諸政権双方の中に示されている。発展のもう一つの型を求める後者の願いとして、しかしこの強調は、巨大な複雑さをもつ一つの政治的結び目となっている。
資源開発主義は、新たな政治的正当化に訴えつつある。そのもっとも目立つものの一つは、社会主義の昔の思想家たちに助けを求めることだ。そして、その思想家たちは二一世紀の資源開発に反対はしないと思われる、また実際はそれを推進するだろう、などと主張する。
確かにそのもっとも顕著な例はエクアドル大統領のラファエル・コレアであり、彼は、資源開発を防衛するために、二つの挑戦的な問いかけを発した。つまり、「共産党宣言のどこに鉱業反対などと書かれているか? どのような社会主義理論が鉱業反対などと言明したのか?」と(二〇一二年五月のインタビュー)。
マルクスとエンゲルスに言及することに加えてコレアは彼が主催した会合で、社会主義諸国家は伝統的に鉱業事業者だったことを確認すべきだ、とまで語り、そうすることで彼は、彼の賭を倍化した。そこで示されたメッセージは、次のことだ。つまり社会主義の理論的基礎は実用性に着目点を置く資源開発主義だということ、および、実際上実際に存在した社会主義諸国はそれを成功裏に実行した、ということだ。彼の立場がもし正しいのであれば、今日、そしてラテンアメリカでは、マルクスとエンゲルスは、輸出向けの鉱業、原油専有、あるいは単一栽培プランテーションを鼓舞していることとなる。
マルクスの社会主義構想の歪曲
コレアの問いかけの妥当性を吟味することから始めよう。一九世紀に書かれた共産党宣言に二一世紀の問題すべてに対する回答が含まれていることを人は期待できない。
二〇世紀のもっとも高名なマルクス主義者の二人、レオ・ヒューバーマンとポール・スウィージーが注記したように、マルクスとエンゲルスは、宣言の諸原則は依然として正しいが文言は古くなった、と考えた。「特に彼らは以下のことを暗黙の内に自覚していた。つまり、それによって資本主義が拡張される諸手段、また現代史の主流の中に新たな諸国や地域を組み込む諸手段、それらが、宣言が十分考えていない発展の諸形態や諸問題の出現を必然的に導く、ということだ」、彼らはこう述べている(注一)。疑いなくこれはラテンアメリカの状況であり、そこでは、さまざまな問題と諸回答に筋道をつけることが必要となるだろう。
次いで、社会主義諸国が本当に鉱業事業者だったのかどうか、ということの妥当性を確かめる必要がある。それは全面的に本当ということではない。さらにわれわれが知っていることとして、鉱業が重要さを増していた現場では、環境上、社会上、経済上のバランスシートはまったくひどいものだった。もっとも衝撃的な事例の一つは、ソビエトの傘の下に置かれていたポーランドの鉱業地域と鉄鋼地帯で起きた。今日、鉱業に関する同じほどの恐ろしい状況が中国にある。
われわれが忘れてならないことは、社会的、環境的な高いコストを前提とした時、それらの企業の多くが存続可能となるのは、十分な環境規制がない場合だけ、あるいは権威主義的諸手段によって市民の要求が弱められる場合だけ、ということだ。ソビエト型の資源開発主義は、それらの同じ計画が予測していた経済の、また生産力の飛躍を作り出すことができなかった。このことにも注意が向けられずに済ますことはできない。
現在進歩主義が、さまざまな社会計画に、またもう一つの経済を生み出す生産力基盤上の変革に資金を回そうと、資源開発の経済的所得を利用することを目的に、資源開発主義を防衛している。
問題は、このようにして従属性が資源開発主義と社会計画の間で発展しているということだ。たとえば、天然資源への課税がなければ、もっとも貧しい人々に対する月々の金銭的援助への資金拠出は切り下げられるだろう。これが意味することは、国家それ自身が資源開発依存的となるということであり、さまざまな計画における連携相手となり、あらゆる種類の投資家のご機嫌をうかがいさまざまな便宜を与える、ということだ。疑いなく、進歩主義の下に諸変化がある。しかし問題は、社会的かつ環境上のはね返りが繰り返され、それが天然資源の従属的な供給者としての国民経済の役割を強めている、ということだ。
従属性からの浮上はもっと強い資源開発主義を通して可能となるという主張は、実現される可能性がまったくない。それは、資源開発主義がもつさまざまな側面の諸結末を通して、経済諸政策(たとえば地場産業の排除、当該国通貨の過大評価、市民的抵抗との争いに向かう傾向など)を通して、約束された移行が不可能となる情勢を生み出している。経済的再配分といった道具の使用だけでは、社会的諸決起の繰り返しがはっきり示したように、見通しに限りがあった。それは費用がかかるものでもあり、もっと多くの新たな資源開発計画を必要とする政権へと行き着く。
マルクスに依拠することで分析されるべきことこそ、まさにこれらの一筋縄ではいかない諸関係すべてなのだ。挑戦的だとはいえコレアのメッセージは、二一世紀のためにまだ残されているマルクスのそれらの諸原則を、事実として応用していない。
社会主義の核心は配分ではない
マルクスは鉱業を拒否しなかった。社会運動のほとんどもそれを拒否しているわけではない。そしてそれらの主張を注意深く聞くならば、それらが焦点を当てているものは事業の特定の型であることが見出されるだろう。すなわち、大規模な、巨大な量の残滓を付随する、高密度の露天掘りだ。言葉を換えれば、鉱業と資源開発を混同しないということだ。マルクスは鉱業を拒否しなかったが、そこに変革が必要であることは極めてはっきりしていた。コレアの問いかけに対してはその考え方から回答がある。つまりマルクスは、本質的な社会主義から「俗流社会主義」を区別した。そしてその違いは今日、よく注意して考えられなければならない。
マルクスは彼の「ゴータ綱領批判」の中で、消費手段の配分は実のところ生産様式の結果であることを思い起こさせている。消費への介入は生産様式を転換しないが、しかし真の変化が起きなければならないところは、この最後の側面においてなのだ。「俗流社会主義は……生産様式から独立した何ものかとして配分を考え扱うことを、ブルジョア経済理論家から学んだ。そしてそれゆえ、社会主義を主に配分をめぐって革命する教条として考えることを学んだ」、こうマルクスは付け加えている(注二)。
コレアの問いかけに対する回答はここにある。すなわち今日のラテンアメリカでマルクスは、資源開発主義者とはならないだろう。なぜならばそうであることは生産様式の転換という目標の放棄を意味し、ブルジョア経済理論家となることを意味するからだ。それとは逆に彼は、生産に対するオルタナティブに力を貸しているだろう。そしてそれは、われわれの現在の文脈においては、ポスト資源開発主義への移行を意味する。
確かなこととしてマルクスのビジョンは、彼が近代に込められた進歩という理念に洗礼を受けた人間であった以上、資源開発主義の終わりを組織するには不十分だ。しかしそれは、オルタナティブがなければならない、という意味を確認している。実際にも、道具としての応用、あるいは再配分としての改善は進歩を意味するかもしれないがしかし、生産の現在の様式における中心的要素としての資源開発に立った従属性を超えることは、依然として必須となっている。マルクス自身が「ものごとの真の関係が明晰なものとなっている時になぜ後退するのか?」と結論づけているように、この課題はまったくはっきりしている。そうであれば、資源開発になぜ固執し続けるのか? ▼筆者はCLAES(ラテンアメリカ社会エコロジーセンター)の研究者。
注一)ヒューバーマン・L/スウィージー・P「一一六年後の共産党宣言」(一九六四年、『マンスリーレビュー』一四)
注二)マルクス『ゴータ綱領批判』(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年三月号)
ベネズエラ チャベス大統領の死にあたって
ボリバール主義市民と兵士へ
変革すべきすべての変革を マレア・ソシアリスタ
ベネズエラのチャベス大統領が三月五日に死去した。二一世紀の社会主義を標榜して、南米の左翼政権の旗頭となっていたチャベスの死は、今後の中南米情勢にとって大きな影響をもたらさざるをえない。しかし一九世紀も南米独立運動の先駆であったシモン・ボリバールの名を取った彼の「ボリバール主義運動」が、その権威主義的性格にもかかわらず新自由主義的グローバル化に抵抗する運動やアメリカの覇権主義的支配に抵抗する運動の発展にとって大きな役割を果たしたことは否定できない。以下は、ベネズエラの左派社会主義の潮流である「マレア・ソシアリスタ」が発した、チャベス追悼の声明である。(「かけはし」編集部)
悲しみから力
を引き出そう
この痛み、取り残されてしまったと感じるすべてのわが国民の悲しみから力を引き出そう。本日、人びとは街頭に繰り出し、われらが司令官という名誉ある名にふさわしい彼への深い情愛をもって彼に続いた。われわれはこの悲しみから力を引き出し、この民衆、この悲しみに満ちた人びとに語りかけたい。
われわれは、ボリバール主義の民衆、市民・軍人たちとともに、わがチャベスを記憶に刻み込みたい。帝国からの独立のために闘ったチャベス、民衆に従ったチャベス、反乱する民衆の一部として屈従しなかったチャベスを。彼は批判的かつ自己批判的だった。チャベスは、ラテンアメリカの統一の夢のそうであるべき姿、すなわち社会主義の夢を引き出した。わがチャベスは「進路を変えた」人である。
そしてわれわれは、忘れるべきではないことを保持し、守り、深めなければならないことを忘れるべきではない、と諸君に促したい。そして彼への最善の追悼の言葉は、変革しなければならないすべてを変革することなのだ。
民族の独立の道
を踏み固めよう
新自由主義がわれわれの大陸とわが国に押し付けられた時、カラカソ(訳注:一九八九年にカラカスで起きた大暴動)と二月四日の決起(訳注:一九九二年二月四日にベネズエラの首都カラカスで起きた軍人と市民の反乱、当時中佐だったチャベスはこの軍隊反乱のリーダーだった)より、第二の独立を探求し、見出し、闘うための市民と軍人の団結が誕生した。しかしこの民衆の団結には、名前と指導部が必要だった。そこで民衆はボリバール主義の民衆となり、かれらの指導者チャベスを誕生させた。
それ以来、かれらはわれわれの明確な独立の最初の成果を打ち固め、深化させた。この道を歩むことが、われわれの第一の責任である。
統治者を民衆
に従わせよう
民衆とともに進んだボリバール主義プロセスの、こうした長期にわたる闘いからわれわれが学ぶことの一つは、チャベスが民衆に従って指示を発していたのだから、われわれは統治者が民衆からの委託に従わないことを受け入れるべきではない、ということだ。
これは一二月八日に司令官が、ニコラス・マドゥロ(訳注:チャベス政権の副大統領。チャベスは昨年一二月、がんの治療のためにキューバに赴く直前、彼を後継者として指名した)をわれわれの候補者として支持するよう依頼したときに考えていたことだった。そう、彼はつねに民衆とともにある、と語ったのだ。
チャベスの道は
不服従と反乱に
この土地を再び統治させてはならない帝国と寡頭政治への闘いは、古い資本主義権力に対する不服従と反乱によって保障される道を通るのだから、統一した独立ラテンアメリカは、不服従、反乱、批判と自己批判なくしては達成されない。これはわがチャベスのもう一つの基調提起である。
目に浮かぶ涙と、胸をしめつける激情と悲痛の中で、われわれはこの男チャベスとともにあり、独立した祖国と社会主義ラテンアメリカを建設する活動を継続するという責任を果たす。
今日、われわれが苦痛と悲しみを表明し、追悼するのは当然のことだ。そしてまた、わが国の街頭を埋めた幾百万人もの同胞とともに、われわれは生命をかけて闘うことを誓う。
独立した祖国と社会主義のために。よくやった!チャベス。
カラカス 二〇一三年三月六日
(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一三年三月号)
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