米国の前におかれた4つの選択肢
3回目の核実験と大陸間弾道ミサイル |
韓(朝鮮)半島は「戦場」だ。1950年6月25日に始まった戦争は国際法的には、まだ終わっていない。1953年7月27日に結んだ「休戦協定」に従って、単に砲声が止んだにすぎない。今年で60年目を迎える当時の休戦協定を主導したのは米国と中国だった。
「共和国創建65周年と祖国解放戦争60周年を勝利者の大祝典として迎えることについて」、今年2月11日、北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)労働党中央委員会政治局会議は、このような標題の決定書を採択した。翌日の2月12日午前11時57分頃、咸鏡北道吉州郡豊渓里付近でM4・9の地震波が観測された。国際社会の憂慮や警告にもかかわらず、遂に3度目の地下核実験を断行したのだ。北側が祝祭の雰囲気に沸き立った現在、韓半島の運命は再び米国と中国の手に委ねられる状況に追い込まれた。60年前のように、だ。これでもなお「わが民族同士」を口に上らせるのか。(「ハンギョレ21」編集部)
人類史上、初の核兵器の爆発実験は1945年7月16日、米国ニューメキシコ州の砂漠のどまん中で実施された。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が集計した資料を見ると、以降1992年に全面中断される時まで米国は全部で1032回の核実験を行った。同じ時期に旧ソ連とフランスがそれぞれ715回と210回、英国と中国もそれぞれ45回ずつ核実験を行った。このほかにインドとパキスタンがそれぞれ3回と2回の実験を断行し、20世紀の地球村では全部で2053回の核実験が実施された。
米、対抗の用意を強調
1998年、インドとパキスタンが競い合うように核実験を断行し、国際社会の激しい非難を買ったのが20世紀の最後の核実験だった。冷戦の極たる対決が作り出した「相互確証破壊」(MAD)の常軌を逸した熱情がおさまり、地球村を脅かしていた核爆発の実験も消えるかのようだった。けれども、そうではなかった。21世紀に入っても地球村では3回も実際に核爆発の実験が繰り広げられた。2006年と2009年、そして2013年に、だ。北韓は、21世紀に入って地球村で核実験を繰り広げた唯一の国だ、ということだ。
「昨晩、北韓は核実験を断行したと全世界に告げた。これは国際社会の平和と安保に脅威となる。米国は北韓の挑発行為を糾弾するとともに、国連安全保障理事会レベルで直ちに対応策を用意するであろう」。2006年10月9日午前9時58分(現地時間)頃、ジョージ・ブッシュ米大統領はホワイト・ハウス外交接見室で開かれた記者会見で、こう語った。第1次核実験の時だ。
「きょう、北韓は国際法に違反して核実験を断行した。今日まで北韓が示してきた言葉と行動について考えてみれば驚くべきことではないけれども、全世界のすべての国家が深刻に憂慮すべき状況であることは明らかだ。…北韓の核兵器と長距離ミサイルの開発計画は国際社会の平和と安定に脅威となる」。
2009年5月25日、北韓の第2次核実験実施の消息が伝えられた直後、ホワイトハウス・ローズガーデンでバラク・オバマ大統領は、こう語った。北韓の第2次核実験に対する米国の反応は一致した。1次、2次いずれの場合も「国際社会の平和と安定に脅威となる」という表現を用いた。2月12日の第3次核実験を敢行した後は、どうだっただろうか。
「北韓がきょう3回目の核実験を行ったと発表した。昨年12月の弾道ミサイル発射に続く極めて挑発的な行動だ。東北アジアの地域安保を損なう無謀な行動であり、国連安保理の相次いだ決議に真っ向から違反したものであり、(非核化を約束した)2005年の9・19共同声明を台無しにするものだ」。
オバマ大統領は、同日発表した声明で、こう強調した。さらに彼は2次までのそれとは全くと異なった声をあげた。「北韓の核兵器と弾道ミサイルのプログラムは米国の国家安保と国際社会の平和と安保に脅威となる」というものだ。米国が北韓の核・ミサイルプログラムを自国の安保と直結させたのは今回が初めてだ。見逃してはならないところだ。
同日午後、ワシントンの米国防部前庭ではレオン・パネッタ国防長官の退任式が開かれた。パネッタ長官は退任のあいさつで「イランや北韓のようなならず者国家と持続的に相手をせざるをえない。最近の数週間に北韓が行った行動を見守らざる得なかった。ミサイル発射に続き核実験まで行った」と指摘した。さらに彼は「このすべてが米国の安保に深刻な脅威となる。これに対抗する用意をしなければならない」と強調した。 対北政策変化の気流
翌日にはジョン・ケリー新任国務長官が乗り出した。ケリー長官は2月13日、訪米中のナセル・ジュデ・ヨルダン外交長官と共同記者会見を行い「北韓の核兵器と弾道ミサイルのプログラムは今や米国の安保に脅威となる」と語った。さらに「これは北韓だけではなく、イランを含めて非拡散政策レベルの問題」だと強調した。「ある種の変化」が感じられる。
この間、核・ミサイルなど北韓の大量破壊兵器(WMDs)が米国の国家安保に「直接的脅威」となるという指摘が、最初からなかったわけではない。ロバート・ゲイツ元国防長官は2011年1月に中国を訪問した席で、「北韓はさし迫った脅威ではないけれども、5年内に大陸間弾道ミサイルを開発するものと考える」とし「核兵器の開発を続けている北韓が大陸間弾道ミサイルまで開発するならば、米国の安保に直接的脅威となるだろう」と語った経過がある。
けれどもこの時までもワシントン政界筋内外ではゲイツ長官の発言を深刻に受けとめてはいなかった。「対北政策に関連して米・中間の協力の必要性を強調するための発言」だとの評価が支配的だったのも、このためだ。当時、英国の日刊紙〈ガーディアン〉はデービッド・セントル国際戦略問題研究所(IISS)研究委員の言葉を引いて、「5年という長期間にどんなことが繰り広げられるかは知りようがないが、ゲイツ長官の発言はいささか行きすぎているという感じがする」「中国側に北韓に対する圧力を強化してくれることを求める『政治的修辞』ではないのか」と伝えた。
昨年12月、北韓が発射に成功した長距離ロケット「銀河3号」は基本的に大陸間弾道ミサイル(ICBM)に使用するものと全く同じ技術に基づいている。核兵器運搬の手段になり得るということだ。第3次核実験成功の事実を伝えつつ、北側は「以前とは違って爆発力が大きく、かつ小型・軽量化される原子弾を使用した」と発表した。「核弾頭」を長距離ミサイルに装着するに充分なレベルに達したという点を強調しようとするものと見られる。チョ・ソンニョル国家安保戦略研究所責任研究委員は、こう指摘した。
「今日まで米国は北核問題を地球ムラレベルの安保を脅かすさまざまな要因のうちの1つとして認識してきた。このために、同様に核開発を推進している北韓とイランについて見る時、外交政策の優先順位は当然のようにイランの側に合わせられた。北韓はいわゆる『孤立した脅威』である反面、核武装したイランは中東の覇権国家となり得るからだ。けれども今や、北韓の核・ミサイル開発プログラムが米国の安保に直接的脅威となる、と語り始めた。その上、北韓をイランと連係させている。『覇権国家』の属性上、迅速で断固たる対応が伴うものと見られる」。 制裁は中国、交渉は米国世論が困難
この4年余、オバマ行政府の対北政策は、いわゆる「戦略的忍耐」という表現に要約される。積極的な対話や交渉を模索する代わりに、意図的な無関心によって一貫してきた。同盟国である韓国のイ・ミョンバク政府の強硬な対北政策と歩調を合わせる必要もあったけれども、北核問題が政策の優先順位の先頭ではなかったという側面も大きかった。北核問題を自国安保に対する直接的脅威だと認識し始めた以上、もはやそうすることはできないものと見られる。執権2期目を迎えているオバマ大統領が選択できる政策の方向は何だろうか。〈ワシントンポスト〉は2月13日のインターネット版で大きく4つの点を挙げた。
第1に、国連安保理を通じた制裁の強化だ。「北韓が挑発を通じて得る利益よりも自発的に核開発をやめることが有利だと判断できるほどの強力な制裁措置」を用意することが目標だというのだ。問題は中国だ。新聞は「強力な警告にもかかわらず核実験を強行した北韓に対する怒りとは別に、中国は追加制裁に反対するか、少なくともその水位を低めようとするだろう」と見通した。
第2に、北側と取引している金融機関や企業に対する制裁だ。2005年にマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)を制裁対象に含めさせ、北韓の資金ルートを効果的に封鎖した事例が代表的だ。新聞は「問題は制裁対象に挙げられるだけの企業体のほとんどが中国系だろうという点」であり「制裁が効力を発揮するならば中国の企業ばかりでなく、それと取引している米国の企業も被害に遭いかねず、やはり失敗の可能性が大きい」と指摘した。
第3に、軍事的手段を含む、北に対する攻勢的な対応だ。北の核保有を事実上、容認する中で徹底した封鎖によって核兵器の拡散防止に主力をおくことだ。〈ワシントンポスト〉は「こうなる場合『米国の脅威に対抗して自衛的レベルから核兵器を開発する』という北韓の主張にアリバイを作ってやる勘定」であり「北韓が守勢に追い込まれれば中国も北の側に立たざるをえないので、やはり『魅力的な対案』とはなり得ない」と指摘した。
第4に、北韓と包括的な妥協に乗り出すことだ。「北韓が自発的に核兵器を放棄できるほどに徹底して体制の安全を保障してやることによって北核問題を完全にけりをつけるやり方」だ。けれども北韓はすでに何回も合意を破った。その上、「核兵器保有国」と主張してきた北韓は、核問題だけに限って交渉することはできないとの意志を、たびたび明らかにしてきた。
米国内の政治状況も交渉に暗雲を漂わせている。エドワード・ロイス下院外交委員長は2月12日に声明を発表し、「オバマ行政府の対北政策は失敗した。もっと果敢で創造的な方向からキム・ジョンウン政権の軍事的能力を壊滅させることのできる側へと方向を転換しなければならない」と強調した。米議会において代表的「対北強硬論者」に挙げられているロイス委員長は「ドル貨を偽造している国が核放棄の約束を守る可能性は皆無だ」とし、交渉を通じた北核問題の解決に反対してきた。 旧来と異なる対応策を模索
北韓のこれまでの2度の核実験を米国は「国際社会の平和と安保に対する脅威」と評価した。国連安保理レベルの決議を通じた制裁は極めて自然な対応策だった。3度目の核実験以降も安保理レベルの制裁論議は続けられている。変わったのは「米国の安保に対する脅威」という認識だ。核実験が作り出した混乱の波長がおさまれば、オバマ行政府は「自国安保」レベルの対応策を準備することになるだろう。交渉であれ、攻勢であれ、だ。(「ハンギョレ21」第949号、13年2月25日付、イシュー追跡・北第3次核実験以後、チヨン・インファン記者)
【訂正】前号(3月11日号)5面上から8段、右から12行目と14行目の「保障」を「補償」に、6面ギリシャの記事1段目、左から3行目の「抽象」を「中傷」に訂正。7面上から6段左から10行目「米帝にとっての」を削除します。
コラム
銭湯物語 X
「あなたは もう忘れたかしら 赤い手ぬぐいマフラーにして」――日本で生まれたフォークソングの不朽の名作であり、時代を象徴して大ヒットした「神田川」。物悲しいイントロと美しい歌詞で当時、ギターを覚えたての私の練習曲でもあった。
年齢を重ねるごとに、人生でもっとも感受性が強かった頃を思い出し、胸を熱くする昨今。だが都内の銭湯は、いまなお減少の一途をたどっている。
この冬私たちは、自転車で行きつけの遠くの銭湯ではなく、歩いて五分の公衆浴場に出かけていた。ここは番台こそカウンター形式に変わったものの、それ以外はほぼ増改築のない、典型的な構造になっている。
洗い場は寒く、湯は極端に熱い。四五年間銭湯通いをした私でさえ、飛び出すほどの温度だ。「兄さん、熱かったらうめなよ。遠慮するこたぁねえんだ。同じカネ払ってんだからな」。近眼の私には、相手の表情こそわからないが、ありがたい言葉ではある。笑顔で応じつつ、こちらも意地を見せる。冷水のコックをひねり、身体を沈めた後にはすぐ閉める。男湯には延べ三、四人。それでも内風呂がない木造家屋の密集地ゆえ、経営を維持しているのだ。
「今日は遅いね」。「うん、ちょっと当ててね」。競輪、競馬、そしてパチンコ。少年野球に勤しむ孫の自慢。男たちの話題は定番である。日焼けして引きしまった肉体に、白く伸びた顎髭。年齢を惑わしている。小さな浴槽は二人入れば満員。後の客のために冷水栓を譲る気遣いを、誰もがする。
ある日、脱衣場で服を着ていると、カウンターからかん高い声が聞こえてきた。あまりに一方的なので不審に思い出口に向かうと、声の主は普段から愛想のいい女将だった。その前で高齢の女性がうなだれ、黙ってイスに座っている。どうやら歩行が困難で、やっとたどり着いたものの入店を拒否されているようだ。
話を聞けば、これまでも洗い場で立てなくなり、周囲の手を借りたらしい。とはいえ、意識もしっかりしている立派な常連客。門前払いとはひどい話だ。
「あたしが行く風呂なんか、みんな這って移動してるよ。あたしもそうだけど」。後日、母親にいきさつを話すと、即座に答えが返ってきた。八〇歳を超えた。人の助けを極端に嫌う価値観、激動を生きぬいた自負がこの世代にはある。かたや店主にしてみれば、事故の責任が問われるリスクは負いたくない。「他の客が目を光らせていればいいじゃないか」と私。「デイサービスを使うべき」と連れ合い。
母もやがて、自転車ではるばる通う銭湯に、追い返される日がくるのだろうか。他人事ではない。昭和のロマンチシズムも吹き飛んだエピソード。帰り道、寒風が身にしみた。 (隆)
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