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    かけはし2013.年3月18日号

やがて来る危機の作用見すえ精力的に組織化


ブラジル

ロドリゴ・サンテラ(ブラジル社会主義自由党〈PSOL〉)に聞く

PTの新自由主義改革逆転に向け
左翼のオルタナティブ創出に挑戦

 『アゲンスト・ザ・カレント』誌(注一)が、二〇一二年一二月、アムステルダムで開かれた第四インターナショナル(FI)のエコ社会主義学校の中で、ブラジル社会主義自由党(PSOL)の活動家であり、革命的社会主義者の組織であるエンラス(連合)メンバーであるロドリゴ・サンテラにインタビューした。毎年行われる三週間のこの学校はFIメンバーとその協力者にとって、密度の高いマルクス主義政治教育として役立っている。ところでPSOLは、二〇〇四年にブラジル労働者党(PT)から分かれて登場した。そしてPTは元々は、その建設にあたってFIブラジル支部も機能を果たした急進的左翼の政党だった。しかしながら二〇〇二年のルラ・ダ・シルバの大統領選出と共に党は、右に向けた決定的転回に方向をとり、新自由主義的綱領を実行し始めた。党の左翼の一部はPTを離れ、PTに対する反資本主義的オルタナティブを創出する努力の中で、その後PSOLを創立した。ロドリゴ・サンテラは、この歩み、並びにPSOLとブラジル左翼の今の状況について語っている。

労働者党の右転換に抗して


――あなたの組織とはどのようなものであるのか、またその活動について聞かせて下さい。

 われわれの組織はエンラスと呼ばれているが、現在は社会主義自由党という名前をもつ幅広い左翼政党内部の一傾向だ。そこには国中に広がった三〇〇人をちょっと超えた活動家がいる。エンラスは、深い伝統をもつ革命的組織であり、民主的社会主義の刷新を追求している。それは、民主的社会主義者(DS)と呼ばれたもう一つの傾向を主な起源としている。DSは――今もそうだが――現在はブラジルの統治政党となっている労働者党内の一傾向だった。そしておそらくそう言っても間違いではないが、その多数派は、堕落の過程を歩みつつPT内部にとどまっている。
 PTのルラがブラジルの前大統領に選出された後、PT内部の諸対立が現実のものとして現れ始めた。DS内部での論争は、「われわれは政府の一部となるべきか、それとも政府には入らず党にとどまるべきか?」というものだった。ルラ政権が新自由主義的諸政策を実施し始めた時、特に二〇〇三年に年金改革を始めた時、DSの一部にとっては、PT政権に参加してはならないということ、そして党は堕落過程に入り始めたということがはっきりとした。しかしわれわれのもっとも重要な闘士たちの何人かはそうであってさえ、政府内のさまざまなポストに招聘されそれに応じた。そしてこれが――他にも色々あったとしても――分裂を引き起こした。
 われわれはPTを離れ、他の諸組織と共にエンラスを作り出し、PSOL建設に向け歩みを開始した。エンラスは単独組織としてFIの支部になってはいず、CSOL(社会主義と自由派)という名前のもう一つのPSOL内傾向と同じく、オブザーバーだ。FIとのこの関係をわれわれは、エンラスの起源並びに諸伝統の結果として保持している。しかし組織それ自身はオブザーバーだとしても、ブラジルにいるFIメンバーすべてはエンラス内部におり、われわれは、ブラジル支部は「FIの伝統と組織を身につけているエンラス内部の全闘士」によって形成されることとなる、と考えている。現在われわれは、PSOL内にある他の諸組織、特にCSOLとの重要な接近過程を通過中だ。そしてそれは、来年を通じた成長という点でわが支部にとっては大きなチャンスだ。

議会をも含む多様な活動に注力


 われわれは、ブラジル社会のさまざまな分野で活発に組織化を続けている。そこでの第一は学生運動、特に大学におけるそれであり、われわれは、国中で三〇〇人以上の学生を組織しているラバンテと呼ばれる共同運動体の一部だ。ラバンテは、ブラジルの一定数の大学においていくつかの重要な学生組合を率いていることの結果として、相当な社会的影響力をもっている。われわれはまた、特にリオデジャネイロで高校生も組織している。そしてこの組織化を全国に広げ始めている。
 われわれは、組合運動の中で、ほとんどはリオデジャネイロと教員部門だが、しかしいくつかの他の産別や他の地域でも、次第に重要な役割を果たし始めつつある。われわれはまた、国の多くの部分にあるブラジルの反レイシズム運動やLGBTQ運動(性的多様性の解放を求める運動:訳者)において重要な影響力をもち、いくつものキャンペーンや共同行動機関を組織し、大動員の一部となっている。さらにわれわれは環境運動には全力で参加し、党内部でのこの論争をもっとも精力的に押し進める部分となっている。われわれはまた女性運動でも、キャンペーンを定式化し組織する形で一定の役割を果たし、PSOL内外での平等を求めて闘い、ブラジル社会内部におけるあらゆる種類の自己組織化の主導性を支援している。
 われわれは一つのウェブサイトと一つの雑誌をもっているが、財源不足のためにまだ定期発行とはなっていない。しかし二〇一三年にはもっと定期的に発行できるよう努力している最中だ。二〇一二年一〇月の選挙を通してわれわれは、三つの都市――フォルタレザ(ブラジル北東部セアラ州の州都:訳者)、リオデジャネイロ、ニテロイ(リオ近郊の都市:訳者)――の議会に議席を確保した。選挙という戦略が新しい社会を築くための最良の、あるいは唯一の方法、などといった幻想をわれわれはもっていない。とはいえわれわれは、その諸矛盾に光を当てそれを非難するために、一方で社会運動から出てくるすべての闘争(われわれがそこに参加しているか否かに関わりなく)を支援するために、諸制度の内部に存在していることが重要だとも考えている。実際、変革の真の可能性はそれらの闘争から出現し得るのだ。
 最後にわれわれはまた、とはいえそれはもっとも比重が小さいということではないが、PSOL内部の論争にわれわれのエネルギーの重要な部分を割いている。そしてこのPSOLをわれわれは、官僚化と堕落といういくつかの諸傾向――特に制度上の争いに優先性を置く(諸運動よりも選挙に傾くような)傾向として特徴づけられ、そしてそれはたとえば、選挙運動のための私的資金調達や右翼諸党との連携に余地を開く――をわれわれが自由に成長させない限りは、ブラジルにおける重要な政治的オルタナティブと見なしている。

PSOLはなぜ形成されたのか


――PSOLとはどういうものか? それがどのような理由で形成され、その内部におけるあなた方の組織の役割とは?

 この政党は、PTの堕落を受けた、ブラジルでの幅広い反資本主義政党を建設しようという挑戦の結果だ。それは、ブラジルの左翼諸勢力に対する政治的オルタナティブとなるべく形成された。ブラジルの左翼は、七〇年代の終わり以来、この国の労働者階級と社会運動のための代わりとなる政治的ツールとして、すべてがPTの建設に集中した。二〇〇二年にルラが、権力を握り、すでに触れた年金改革のような新自由主義的改革の道に踏み出した後、PTの路線はますます悲惨な様相を呈しつつある、ということがはっきりした。何人かの議員は先のような諸改革に反対したがゆえに党から除名され、新たな幅広い左翼政党形成という考えが始まり、二〇〇五年にPSOLが設立された。
 それから七年後の現在、PSOLの路線は依然争いの中にあり、いくつかの部分は、いくつかの間違いは避けようと試みつつも、PTと同じ戦略を繰り返したいと思っている。そして他の部分は――われわれ同様――、その間違いは、諸制度内部の権力争いに優先度を置く、そして選挙に勝つために私的資金調達と右翼諸勢力との連携という論理に順応するといった、まさにそのような戦略からの帰結だ、と考えている。
 現在エンラスは、党の全国指導部内に何人かの代表をもち、その路線闘争に向け党内左翼の統一を築き上げるために極めて重大な役割を果たしている。その上われわれは、われわれが活動するすべての分野と地域内部に党の支部を組織することに挑んでいる。また、PSOLの内部構造を民主化しその機能を均等化することに向けたすべての率先した動きを支援することにも挑んでいる。しかしこれらは依然として極めて困難な任務だ。

制度内変革戦略がPT変質導く


――PT内部における支部の役割とは何だったのか? PTはどのようにして新自由主義へ向きを変えたのか?

 結論的に言えば次のように言えると思う。つまりDS(当時のFIブラジル支部の名前)は、ブラジルのもっとも重要な州の二つ――リオグランデ・ドスルーそしてミナス・ジェライアス――の中で、PT設立の政治的かつ法的な歩みを組織する上で中心的な役割を果たした、ということだ。それ以上にDSは党の内外で、抑圧のさまざまな種類――女性、LGBTQ、また反レイシズムの闘争――についての論争を高め発展させることができた。またわれわれの支部は、数多くの状況の中でPTを左翼に「保つ」点でも重要だった。その格好の事例はリオグランデ・ドスルー州であり、そこにはDSの活動家が最も多く配置されていた。そしてそこでは一方で、PTが諸制度内部に大きな比重を占め(たとえば二〇〇二年まで州政府はPT)、他方でここのPTは、この国の急進的な諸政策の表現だった。これらのことはかなりな部分、DSの活動家たちの参加があったがゆえに起きた。
 PTの新自由主義への転換に関しては、そのすべては国際情勢と一九八九年後の変化と共に、つまり、ソ連邦と東ブロックの消滅を受けた、全世界の左翼勢力に起きた大危機と共に始まっている。一九八八年前後PTは、国家の諸制度内部で成長し始めた。そしてこれが、労働運動内部にもまた起きつつあった同じ歩みを伴って、ブルジョア的社会秩序への順応に向けた圧力を高め始めた。  
 一九八九年選挙におけるPTの敗北の後、当時党はまだ極めて急進的な綱領を保持し、また活動家を中心とした組織形態を保っていたのだが、ルラを頂点とした指導部の中心部分は、選挙で権力をとるためには綱領を穏健化する必要がある、と提起した。階級闘争をうわべだけ取り繕い、右翼と中道の諸勢力との幅広い連携を求めていたPTの右翼が、党内部で徐々に優位を占めた。これがまた、PTの内部的組織も変え始めた。そして九〇年代以後この党は、支部を組織することを優先する活動家の党から、専門家主導のキャンペーンや私的資金調達などを伴って選挙を中心に組織される党へと転換した。
 これは党内部の相違を鋭いものとした。特に選挙に中心をおく党内の諸部分が、党内分派闘争に向けた資金として「国家機構」からの財源を投じたことを起点として。選挙に勝つことを目的に穏健化する傾向には加速度がつき、二〇〇二年、副大統領候補者として大ビジネスマンを迎え入れることをもって、ルラは最終的に勝ちを得た。その公共政策と次に来る改革と政府綱領に、PTが決定的な印を残すこととなったと思われる妥協と連携は、この時点で現れた。これは、飢餓ゼロキャンペーンのような社会的代償計画拡張といった、いくつかの一風変わった特色を備えているとはいえ、党が新自由主義の世界秩序に完全に順応した、ということを示した。

PT政権のつまづきに備えて

――現在の危機はブラジルにどのような影響を及ぼしたのか? そしてこの国の全般的情勢はどのようなものか?

 ブラジルにおける今回の危機のもっとも重要な作用は、保健や教育のような重要な分野に向けられる予算の削減であり、政府の社会計画における削減もそうだ。二〇一二年には、これらの分野で二六〇億ドルもの削減があった。ブラジルは銀行部門援助のための同じ処方箋に従ったが、いくつかの重要な違いもあった。もっとも重要なものは消費促進だ。クレジット棒引きやいくつかの減税を行い、政府は人々にもっともっと消費するよう励ました。そして危機の作用は、この国でわれわれの前に現れたこの消費ブームの陰にほとんど隠された。これは、長期的には明らかに持続可能ではない。しかし現在まで、これが危機のブラジルにおける影響を縮小した。
 全般的な政治情勢に関しては、われわれはPT出身のディルマ・ルセフ(ルラの後継者でありブラジルの現大統領)の非常に人気のある政府をもっている。いくつかの統計によれば、彼女はおそらくルラよりもっと人気があるとさえ言えるかもしれない。それ故この情勢は、反対派であることが、特に反対派の左翼であることが難しい時期だ。ブラジルにおける重要な社会運動のほとんどが政府によって囲い込まれている。他方で、われわれはこの国で次の二、三年にわたって、大きな投資と高度に脚光を浴びるスポーツイベントをもつことになる。そして、それでもやはり今後に来ると思われる危機の遅れた作用が、PTの開発計画がつまづき始める情勢を作り出すだろう。社会運動内のいくつかの分裂が囲い込み過程を原因としてすでに起きつつある。そして、教員や郵便労働者をまきこむ重要なストライキを例として、過去二年、いくつかの社会的反乱が勃発している。それゆえ見てきたように、トンネルの出口には何ほどかの光が見えている。
 この困難な背景の中で自身の諸矛盾を抱えつつPSOLは、ブラジル政治に左翼のオルタナティブを掲げようと挑みつつある。われわれは左翼にとっての困難な情勢を前にしている。しかしまた、この国の社会的反乱という客観的諸条件を漕ぎわたってゆくことに関する展望をも保持している。そしてこれを背景にPSOLは自身を、PTに対する左翼の政治的オルタナティブとして建設中だ。

――PSOLの社会的基盤とは? 党はどのような運動にもっとも深く関わっているのか?

 PSOLは極めて多様な社会基盤を持っている。そこには、大学の学生、公共部門の労働者、人権運動、保健関係の労働者、そして都市住民運動も含まれている。党がより大きく、より影響力をもっているところでは、労働者階級のいくつかの古典的な部門と多くのインフォーマルな労働者、特に青年が、党組織の社会的基礎を形成している。われわれはまた、環境、反レイシズム、女性、そしてLGBTQの諸運動内部での活動にも強調点を置いている。われわれは、世界でも最大の農民運動の一つであるMST(土地なき労働者運動)との関係を保持している。しかしそこには、MST指導部の政権との矛盾した結びつきを理由にいくつか困難がある。
 PSOLには現在三万五〇〇〇人以上の党員がいるが、そのほとんどはあまり活動的ではない。われわれは今なお党建設の途上にあり、非常に困難な諸条件の中で、人々の多くの層に影響を広げている。しかしわれわれはまだ、PSOLの「堅固な社会基盤」といったものについて語ることはできない。

急進化の源は目前の課題の性格


――あなたはどのようにして急進的活動家となったのか?

 私自身の急進化の歩みをどう言えばいいか、実のところ分からない。どのような歩みとしても私が思うに、そこには特別な転換点、あるいは出発点や到達点といったものはない。
 私がもっと若かった時に、学生運動や一般的に政治その他に関するいくつかの読み物を理由として、また、活動家ではなかったものの進歩的な方向の政治的意識をもっていた両親との会話を通して、PTの候補者を支援するキャンペーンに、またいくつかの国際主義的なキャンペーンに間接的に参加した。そのようにして私が学校生徒であった時、政治への関心が始まった。しかし当時の私は、革命的になることに近づいていたとはとても言えない。
 大学に入学した時に、私は学生運動に関わり始めた。その時に私は、ある程度そこでのFI支部活動家によって組織されていた学生団体との接触をもった。しかし接触は、他の諸組織やアマーレ・ムダル・アス・コイサス(「ものごとを愛し変革するために」)という名前の多くの無党派活動家との間にもあった。大学の中で、人々のためのより民主的、公共的、そして質の高い教育を求める闘争に挑んだ経験が、システムそれ自身の諸矛盾と大学内外双方で政治を確定している階級利害を私に示し始めた。大学利用の民主化をめざす闘いのような、実体的闘争に取りかかり始める度毎に、私は、制度の権力とそれらが代表する利害を感じることができた。このようにして私は、大学内部の実体的闘争過程の中で、またその闘争団体内部の勢力結集過程の中で、急進化し始めた。その後私は、私自身の闘争の場から、いくつかの都市運動やMSTのようなブラジルの他の社会運動と接触をもち始めた。それらの経験もまた私の急進化の歩みに寄与した。私は約四年間、「無党派の」活動家だった。そしてその後二〇一〇年にPSOLに、また二〇一一年にエンラス内のFI支部に合流した。
 エンラス内部の、PSOL内部の、FI内部の私の経験は、ここ二、三年ブラジルで私がその一部となってきた実体的諸闘争と共に、私の中でいまだ進行中の急進化の諸要素だ。私はそう考えている。社会の中で私が取り組まなければならない諸課題、私の諸問題は、ますます抜本的なものとなっている。だから私は、社会主義活動家の急進化の歩みもまた、それらの課題にしたがわなければならない、と考えている。思うに結局のところそれこそが、私が依然としてますます急進化するようになっている理由だ。

互いに知り合う関係の充実を


――あなた方の努力を支援し、幅広い左翼政党の建設におけるあなた方の経験から学ぶために、世界の他の地の同志たちは何ができますか?

 思うにわれわれが取り組むべき第一の挑戦は、FI内部のわれわれの諸支部間で、もっと有機的な諸関係を作り出すことだ。どのような経験でもそれを学び、あるいはそれを支援する第一歩は、問題を知ること、主な課題、一片の歴史、そして現在その一部である人々に精通することだ。国際主義者として私は、これがわれわれの第一の任務だと思う。つまり、世界中のわれわれの組織間の、もっと有機的な関係の構築だ。論考の翻訳、同志たちからの国際的寄稿のために雑誌やウェブサイトにスペースをとること、資金的に可能な時には常に諸活動や会合に招待すること、共通の課題を考えるための異なった国のいくつかの支部によるバーチャル会合、そしてそのような多くの他の簡単な働きかけでさえ、先の任務には助けとなり得る。この第一歩がもっとも重要な、そして急を要するものだ。そしてそれは、もっと多くの可能性に向けた諸条件を生み出し得ると思う。
 ブラジルにおけるわれわれの努力を同志たちが助ける最良の方法は、諸課題、たとえば大学あるいは公共サービスの私有化反対の闘争、レイシストの暴力や性差別主義者の暴力に反対する闘争など、それらに関する国際的キャンペーンを始めたり、それに参加することだ。そう私は思う。われわれがこれらの行動をうまく結び付けることができれば、われわれの組織があるさまざまな国で、おそらくそれはより大きな波及力をもつだろう。
 幅広い左翼政党建設についてのわれわれの経験から学ぶという点に関する最良の方法は、恒常的に接触を保つということだ。われわれの党大会に米国の同志たちを派遣するということも有益であり得る。幅広い左翼政党の大会は、いつも極めて興味深い経験であり、党内部のもっとも重要な諸課題についての、また社会における諸闘争と党の関係についてのわれわれの理解を深める。二〇一三年に、おそらく年末かその近辺にわれわれは、PSOLの第四回全国大会を予定している。そしてソリダリティーの同志たちはもちろん、オブザーバーとなり参加するために、何人かの代表を派遣するよう求められる。それは疑いなく、異なった――しかしまたいくつかの面でよく似た――現実の間の極めて充実した交流となるだろう。

注一)FIのシンパサイザー組織である米国のソリダリティーが発行する雑誌。
▼ロドリゴ・サンテラは、ブラジルのFIシンパサイザー支部であるエンラスで、青年指導部の委員を務めている。彼は現在フォルタレザに住み、そこでPSOLの議員と共に社会運動連絡担当として活動している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年二月号)

 


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