呼びかけ
2・27議員会館学習会&記者会見への案内
モザンビークへの農業投資を考える
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今年六月横浜市で「第五回アフリカ開発会議(TICAD V)」が開かれます。同会議は、一九九三年の第一回開催以来、日本の対アフリカ関係の大方針を決める上で重要な役割を果たしてきました。一方、昨今は中国、韓国、インドなど、アジアの新興ドナーも「アフリカ・サミット」を開催するようになり、TICADは新たな存在意義の模索を迫られています。
近年、アフリカ開発において最も大きな注目を集める課題の一つに、「農業投資」と「土地争奪」の問題があります。二〇〇七年の世界的な食料価格高騰をきっかけに再び増加に転じたアフリカの飢餓問題。これへの対応策として、アフリカ農業への国際的な投資・支援の必要性が叫ばれていますが、対アフリカ「農業投資」の中には、外国への食料調達を目的に、現地農民から土地を収用してしまうものが含まれており、生計手段を奪われた農民による大きな抗議行動が各地で発生、政情不安の引き金になっているケースもあります。
そんな中、日本も、ブラジルとの協力のもと、モザンビークに対する大規模な農業開発支援(プロサバンナ事業*注1)を二〇〇九年より実施中ですが、現地の農民組織やNGOが、当事者への十分な説明がないまま計画が進められていることに強い懸念を表明しています(*注2・注3)。
国際社会のアフリカ開発に向けた基本姿勢が問われる中、TICADは「アフリカの人びとためのアフリカ開発」の実現に向けて、どのようなリーダーシップを示すべきなのか。
本学習会では、緊急来日したモザンビークの農民団体の代表の声を聞くと共に、農業投資と土地の権利に関する国際的な規範作りの現状について報告します。
【議員会館学習会&記者会見】二月二七日(水)11時〜12時30分
モザンビーク農民組織・市民社会代表を迎えて
〜アフリカの課題に応えるTICAD Vの実現に向けて〜
食料安全保障問題と『農業投資』が引き起こす土地紛争
http://
mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-4.html
■主催:(特活)アフリカ日本協議会(AJF)、日本国際ボランティアセンター(JVC)、(特活)オックスファム・ジャパン
■協力:モザンビーク開発を考える市民の会
(注1)プロサバンナ事業
JICAが二〇〇九年より実施する「日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム」の通称。http://www.jica.go.jp/project/mozambique/001/activities/index.html
(注2)UNAC(全国農民連盟)モザンビーク最大の農民組織による声明
一九八七年に設立された小農を代表し、その権利を守るための農民組織(http://www.unac.org.mz/)。八万六〇〇〇名以上の個人会員、二二〇〇の協会および共同組合、八三の郡レベルの連盟、州レベルでは七つの連盟と四つの支部を擁す。二〇一二年一〇月一一日に、上記プロサバンナ事業に対する声明を発表。
(注3)モザンビーク環境団体 Justica Ambiental(JA)による声明
モザンビーク人自身による主体的な環境保護団体として、同国内の様々な環境問題に取り組み、世界的に高く評価されてきた。特に、「ダム問題」「違法伐採問題」では、身の危険を顧みず重要な役割を果たす。違法伐採問題については、日本のテレビ番組にも協力。JICAの招聘で二〇〇七年に来日し、TICAD
IVに向けた提言を行う。同団体によるプロサバンナ事業に関する声明。
【日本語版】http://landgrab-japan.blogspot.jp/2013/01/justica-ambientalfoe.html
プロサバンナ事業に関する声明
われわれ、モザンビークの全国農民連盟(UNAC)に加盟するナンプーラ州農民支部、ザンベジア州農民支部、ニアサ州農民連盟、カーボデルガード州農民連盟の農民は、二〇一二年一〇月一一日にナンプーラ市に集まり、プロサバンナ・プロジェクトに関する議論と分析を行った。
プロサバンナは、モザンビーク共和国、ブラジル連邦共和国、日本の三角事業であり、ニアサ、ナンプーラ、ザンベジア州の一四郡に影響を与える約一四〇〇万ヘクタールに及ぶナカラ回廊開発のための巨大農業開発事業である。
当該プロジェクトは、ブラジルのセラードにおいてブラジルと日本の両政府によって実施された農業開発事業に触発されたものである。セラード開発は、環境破壊や同地に暮らしていた先住民コミュニティの壊滅をもたらし、今日セラードでは、単一栽培(主に大豆)の大規模な商業農業が行われている。ナカラ回廊地域は、ブラジルのセラードと類似するという気候上のサバンナ性や農業生態学的な特徴、国際市場への物流の容易さにより(当該プロジェクト地として)選ばれた。
プロサバンナ・プロジェクトについて耳にするようになって以来、本事業関係者(モザンビーク、ブラジル、日本の各国政府)からの情報と透明性の不足は顕著になっており、そのために今回の会議を持つことになった。
われわれ農民は、透明性が低く、プロセスのすべてにおいて市民社会組織、特に農民組織を排除することに特徴づけられるモザンビークでのプロサバンナの立案と実施の手法を非難する。
プロサバンナに関する包括的な分析に基づき、我々農民は以下の結論に至った。
?プロサバンナは、ナカラ回廊の農民自身のニーズ、展望、基本的な懸念を考慮しないトップ・ダウン式の政策の結果である。
?われわれは、モノカルチャー(大豆、サトウキビ、綿など)の大規模農業プロジェクトのためにコミュニティの移転や農民の土地を収用しようとするイニシアチブを強く非難する。
?われわれは、アグリビジネスを目的とし、モザンビーク人農民を被雇用者や農業労働者に変えるブラジル人農家の入植を非難する。
?われわれは特にプロサバンナがナカラ回廊地域の広大な土地を必要としていることを懸念している。地域の実態として、そのような広大な使用可能な土地はなく、土地は地元農民が移動耕作を実践して現在使われているのである。
プロサバンナの立案と実施プロセスにおいて顕著になったやり方を考慮し、我々農民は、次のような影響が予想されることに警鐘を鳴らす。
?土地の収用と移転の結果、モザンビークで土地なしコミュニティが現れること。
?ナカラ回廊周辺およびそれ以外の地域における頻繁な社会的動乱の発生。
?農村コミュニティの貧困化と生存のための多様性のある選択の減少。
?利権争いと汚職の増加。
?化学肥料や農薬の過剰使用の結果としての土壌の疲弊と水資源の汚染。
?アグリビジネス事業のための森林伐採の結果としての生態系の不均衡。
モザンビークあるいはナカラ回廊地域に投資するのであれば、地元農民の農業や経済が発展するよう適切に行われるべきであり、それを要求する。われわれ、UNAC並びにビア・カンペシーナ(農民の道)のメンバーは、それこそが、尊厳ある安定した生活を生み出すことができる唯一の農業であり、農村人口流出を防ぎ、モザンビークの全国民のために十分な量の高い質の食料を生産し、食料主権の達成の道に貢献すると認識している。
われわれは、モザンビークにおける農業分野の開発のオルタナティブとして、食料主権に基づく小農主体でアグロエコロジー的生産モデルへの強いコミットメントを継続する。このモデルは、すべての側面で持続可能性を考慮し、実践において自然に寄り添ったものである。
小農による農業は、地域経済の主柱であり、農村における雇用の維持と増加に貢献し、都市や村落の存続を可能にする。協働が、自身の文化やアイデンティティを強めることを可能とする。このオルタナティブなモデルにおいて、開発政策は、社会的にも環境的にも持続可能であり、民衆の現実のニーズや課題に基づいて組み立てられなければならない。
農民は生命や自然、地球の守護者である。小農運動としてのUNACは、農民の基礎(土壌の尊重と保全、適切で適正な技術の使用、参加型で相互関係に基づく農村開発)に基づいた生産モデルを提案する。
現在、国連はFAOを通じて、世界の八人に一人が飢え、特に開発途上国で飢餓に苦しんでいると報告しており、モザンビークもこれに含まれる。したがって、モザンビーク政府の優先順位は、国内消費のための家族経営主体の小農部門の食料生産であるべきであり、社会の多様な分野を包摂し、内発的な潜在性を発展させることを試みるべきである。
UNAC 二五年に及ぶ食料主権のための農民の闘い!
よりよい正義、豊かさ、連帯のある社会の形成のための農民を主人公とするための闘い
二〇一二年一〇月一一日
ナンプーラ
経済
「安い」の陰に
人間、地域、環境の破壊
エステル・ヴィヴァス
三、二、一、〇……。売り出しが始まる。特価、値引き、%オフ……が繁華街とショッピングセンターのショーウィンドーに満ちている。今こそ買い時、安く買う時。しかし……われわれはそれほど安く何を買っているのだろうか? 衣料品や家庭用品の陰に隠されているものは何だろうか? われわれの買い物の勝者は誰であり、敗者は誰なのだろうか? 安く見えているものは、最後にはものすごく高価となる可能性がある。
生産国でも消費
国でも強欲搾取
マンゴ、ツァラ、H&M、ベルシュカ、プル&ベアー、ストラディバリアス、ギャップ、オイショー……。彼らは節約について語りかけ、売り込みではなおのことそのように、低価格について語る。彼らがわれわれに伝えていないこと、中国/バングラデシュ/モロッコで作られているその商標の背後に隠されているものは、それらの価格に彼らがどのようにして到達するのか、だ。産業再配置がその答えだ。つまり、人間の労働力に対し可能な限りの最低価格を払い、したがって人権と基本的労働法を侵犯しつつ、製造することだ。このことは、「高潔な衣料」キャンペーンによるいくつかの報告の中で、余すところなく説明され記録されている。そのようなやり方はもちろん、生産品をもう少しばかり高くあるいは最高値で売る大ブランドにもまた存在している。論理は同じだ。「魅惑」や「贅沢」の背後には、安くこき使われる労働者の汗が隠されている。
スペインの組織SETEMの「高潔な衣料」キャンペーンによる一つの報告、『タンジールのスペインファッション:衣料産業の生き残りとやり方』は、書き物の形で状況を明らかにしている多くの調査の一つだ。この報告は、重要な国際的企業のために働いているタンジールの紡織労働者にとって状況がどのようなものかを分析し、モロッコの諸工場での労働条件を見出している。つまり、一日一二時間、週六日の労働、月二〇〇ユーロには届かない、そして時には月一〇〇ユーロ以下の俸給、雇用や解雇における専横、労働組合活動に対する制限だ。そしてそれは多くの他の諸国で見出され得る状況なのだ。われわれの衣料がアジア、中米、東欧、アフリカで生産されていることは偶然ではない。
しかし、損をしつつある者は、海外の工場で働いている人々だけではなく、ショッピングセンターやセールスアウトレットでのこの地の被雇用者もまた、労働組合組織化の困難性を伴った不安定で柔軟な雇用条件に従わせられている……。そして可能な限りの最低コストを達成しようとする圧力もまた彼らにかかっている。北の失業と不安定な状況に責任のある者たちは、南の労働者ではなくむしろ、地球の別の側にとまったく同じようにここにもいる、われわれの命を商っているほんのわずかな経済とビジネスのエリートたちだ。
それ故、ツァラ、ベルシュカ、プル&ベアー、ストラディバリアス、オイショー、マッシモ・ドュッティといったブランド表の中に数えられるインディテックスの所有者であるアマンシオ・オルテガは、フォーブス誌(有名な米国の経済誌:訳者)によれば二〇一一年、経済危機にもかかわらず、あるいは、読者が物事をどう見るかによるが、その危機のおかげで、世界で三位の富豪だった。
ゼロコスト収奪
のつけは民衆に
そして同じ筋書きは、家庭用品、技術、また食品であってもその生産、流通、販売で繰り返されている。そして、ほんのわずかな者たちが不安定なあるいは存在してすらいない労働条件を利用しているというだけでなく、彼らはまた、極度に弱体な環境立法をも利用しているのだ。こうして現在の消費財生産システムは、有限の天然資源を搾取し、被雇用者や全共同体を病に冒し、まだ見えていない汚染を進めている。見たところすべては、ゼロコストだ。
次いで彼らはわれわれに安く買うことができると語りかける。そして新年売り出しがこのやり方の最高の唱道者となる。しかしわれわれが買っているものはそれほど安いのだろうか? 現在の生産と消費のモデルは、われわれのすべてが最後には払うことになる隠された一連のコストに依拠している。労働の搾取、不安定な諸条件、悲惨な賃金、弱くあるいは存在してさえいない労働組合の権利……人が南にいようが北にいようが、それらは貧困、不平等、飢餓、そして住宅からの追い立て……を作り出している。そして、そのような状況、並びに社会的コストまた経済コストといった言葉で意味されているものすべてを伴う諸対立に、対応しなければならないものが国家なのだ。
天然資源に対する統制や制限なしに汚染し搾取し、その実践に伴って気候変動や環境破壊……を引き起こしているビジネスについても同じことが起きている。断片化され地域から切り離された生産、並びに温室効果ガスを作り出す石油中毒化された輸送システムに対して誰が支払うのだろうか? 移住を迫られる共同体、病んだ労働者また人の住めない地域に対して誰が支払うのだろうか? 耕作における農業多様性を取り除き、われわれをジャンクフード中毒にする農業システムと食料生産システムから生まれる諸結果を、誰が背負うのだろうか?
それはわれわれなのだ。そして企業にとってそれはただなのだ。これらこそ、誰も払う者がいないと想定されているあくどいやり方にはらまれた、可視化されていないコストだ。逃れがたい現実は反対のことを示すのであり、それに支払い、しかも莫大に支払うものは、社会なのだ。
そして前述のやり方を遂行するために多国籍企業は、経済政策、社会政策、環境や雇用政策……を彼らの利益に奉仕する形で設計する諸機構の中での、それらの機構の精力的な支援に依拠している。もっともスキャンダラスな部分がこれだ。街頭において数え切れない回数繰り返されたように、われわれの民主主義は拉致されてきた。そして、「安く買うことはすべての者にとって勝利だ」と彼らがわれわれにたとえ何度言おうとも、真実は反対側にあるのだ。つまり、「安く買うことは高いということが結局は分かる」。そして最後は、われわれ、社会の多数のものがその対価を払うのだ。
▼筆者は、バルセロナで、さまざまな社会運動で活動し、食料主権、批判的消費を支持し、気候変動に反対する立場で、反グローバリゼーションキャンペーン、反対外債務キャンペーンに参加してきた。ポムピュー・ファブラ大学社会運動研究センター研究員であり、新自由主義の諸問題に関するいくつかのスペイン語著作があり、『ヴィエント・スルー』誌編集委員でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一月号)
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