福島第一原発事故から2年
被災地と結び全国で3月行動へ
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事態はさらに
悪化している
東日本大震災と福島第一原発事故から二年目の三月九日から一一日にかけて、全国で脱原発をめざす集会・デモが行われる。
昨年、空前の規模で高揚した「原発いらない!」の声は三月一一日に一万六〇〇〇人を結集した福島県民大集会、七月一六日の代々木公園一七万人集会、毎週金曜日数万人規模に膨れ上がった首相官邸前アクション、七月二九日、一一月一一日の国会・霞ヶ関行動など、まさに世論を変え、政治と社会を変えようとする盛り上がりを実現した。この闘いは、なによりも肉親を失い、補償もないまま生活の場を奪われ、地域ぐるみで故郷を追われ、放射能に日々汚染された土地で健康をずたずたに傷つけられて生活し続けなければならない福島の住民の現実に接した多くの人びとの真剣な反省と、やむにやまれぬ思いに発したものだった。
人びとは政府、電力会社、学者、メディアなどのウソを見抜き、原発災害を生みだした差別・搾取・支配の構造を見抜き始めた。五月五日の泊原発3号機のストップによって稼働原発ゼロが実現されて以後、再稼働阻止を焦点にして「原発のない社会」の実現可能性を確実に実感し始めたのであった。野田政権が反対の声を押し切って「国民の生活を守るため」と称して大飯再稼働を強行した後も、人びとの不信と怒りは止まることがなかった。「夏季一五%の需給ギャップ」という恫喝が全くのでたらめであることが、事実において証明された。
「事故自体」の収束という宣言が、全く現実とかけ離れたものであり、福島の現状はいっそう悪化していることが明らかになった。「復興・帰還」というキャンペーンは福島県民の健康と生命をいっそう危険にさらすものであること、それは被災者への補償を拒否し、政府と東電が賠償責任から逃れるものでしかないこと、除染・収束・廃炉作業が、重層的差別構造の下にある労働者を被曝させ、賃金のピンハネなどの不当労働行為による超搾取の上に成り立っているものであることも暴露された。加えて、事故発生以後も東電が情報を隠し、ウソの情報で事故の原因調査それ自身を妨害してきたという犯罪行為もますます明らかになっている。
こうした現実の中で、人びとは福島原発事故が「原子力ムラ」という名で語られる電力企業を中心とした狭いサークルの問題にとどまらず、まさに戦後日本国家の権力構造、すなわち国家・経済・社会の支配システムの問題に他ならないことに気づいている。そうであるがゆえに、脱原発を実現する闘いは、困難で長期に及ぶ変革のための挑戦を提起する。そこでは多くの軋轢、矛盾、対立を避けることはできない。しかしこの困難を乗り越えるための挑戦を、いくつもの試行錯誤を繰り返しながら確実に発展させていかなければならない。われわれは、福島原発事故二周年にあたって、被災者・被害者や被ばく労働に携わっている人びととともに、この歩みを発展させていく意思を新たにしようではないか。
安倍政権の原発
依存政策許すな
安倍首相は、彼の最初の施政方針演説において「復興」について語りつつ、原発事故については全く言及しなかった。しかしこの「原発」について一言も触れないという事実の中にこそ、「原発ゼロの見直し」=原発依存政策の継続という支配階級の確固たる意思が表明されている。現に茂木経産相は「安全性が確認された原発から、国の責任で再稼働を進める」と公言している。二〇一三年度予算案には原発輸出のための措置も、しっかりと盛り込まれており、政府はあらたにサウジアラビアとの原発輸出協議を開始した。
年末総選挙での安倍自民党の圧勝と、安倍内閣への高支持率は脱原発への世論の支持が変わったことを意味しているのだろうか。そうではない。二月一八日に朝日新聞に掲載された世論調査では「日本の原発をどうするか」という質問に、「すぐにやめる」が一三%、「二〇三〇年より前にやめる」が二四%、「二〇三〇年代にやめる」が二二%、「二〇三〇年代以後にやめる」が一二%、すなわち七一%が「原発やめる」に賛成しており、「やめない」の一八%を四倍近く上回る多数派となっている。
七〇%が「脱原発志向」という比率は基本的に変わってはいない。もちろんこの世論が不安定なものであることは確かであるにしても、討論と行動を媒介にして原発をなくす闘いを現実化する条件は決して後退していないというべきなのである。
安倍政権下の脱原発闘争を、三月九日から一一日に北海道から九州まで全国で準備されている集会・デモを通じて、あらためて築き上げていこう。東京では三月九日に「つながろうフクシマ!さようなら原発大行動(明治公園、午後二時開会、午後三時一五分パレード出発 主催:さようなら原発一千万署名市民の会)、三月一〇日には「原発ゼロ☆大行動」(午後一時、日比谷野外音楽堂 主催:首都圏反原発連合)が開催される。大阪では三月一〇日に「さよなら原発 関西2万人行動」が中之島公園女神像エリア(一二時半〜午後二時、デモ出発:午後二時一〇分)、剣先エリア(午後一時一〇分〜午後二時半、デモ出発:午後二時四〇分)で開催される(同実行委員会)。
そして福島では三月二三日に「原発のない福島を!県民大集会」が福島市・あづま総合体育館で開催される(第一部:午前一一時。第二部:午後一時)。
二周年行動を突破口に、原発再稼働阻止、再度の稼働原発ゼロとその恒久化に向けて闘おう!
(二月一八日 K)
2・15 福島とつながる労働者集会
仲間をこれ以上犠牲にさせるな
原発再稼働阻止、廃炉へ
二月一五日午後六時三〇分から「福島とつながる 原発ノー! 憲法YES! 2・15労働者集会」が、日本教育会館ホールを会場に行われた。主催は「脱原発社会をめざす労働者実行委員会」。同実行委は、脱原発社会への転換という課題を、自分たちの仕事を見つめ直すことを含め主体的に受け止め、労働者として何ができるかを追求することをめざして昨年一一月正式に発足した。小出裕章京都大学原子炉実験所助教を招き、一〇〇〇人以上の結集で行われた昨年八月の労働者集会がその始まり。
この日は昼前から冷たい雨が降り続き、夕刻にかけては北風も吹き付けるあいにくの悪天候。出足が鈍ることも予想されたが集会は定刻通り始められ、最終的には、日中の2013けんり総行動を闘い抜いた労働者を始め、主催者発表で四八〇人の労働者が駆けつけた。
原発労働者の
多重下請構造
集会ではまず、全国一般全国協の平賀雄次郎委員長が主催者あいさつ。前述した実行委発足の経過をあらためて確認した上で、原発再稼働の意志が見え見えの安倍政権発足という新たな情勢を前に「原発ノー! 憲法YES!」を敢えてスローガンに加えたと強調、さらに、景気回復さえあればすべてOKと誘導するかのように「アベノミクス」に浮き足立つメディアへの対抗をも意識しつつ、しっかりした闘いをあらためてぶつけよう、と呼びかけた。
次いでルポライターの鎌田慧さんが、確信に裏付けられた脱原発の闘いが必要になっていると多面的に講演。原発とは被曝することを前提とした発電であること、再稼働とは仲間たちを再び犠牲にすることだ強調し、再稼働を止めるための労働者の確固とした決起を訴えた。そして、本来は原発に必要な機器製造を止めるストライキが求められるとしつつ、それが現状では困難だとしても、それでも広範な市民と共に工場に圧力をかけることも課題にしようと問題提起した。
その上で原発を支えてきた、そして今も支えている多重請負の問題を取り上げ、中間搾取と暴力組織が一体となって明治時代から一貫したこの構造を日本資本主義の恥部だと指摘(この点では後で登壇した除染労働者が、取材に訪れたドイツのシュピーゲル誌の記者から考えられないとの感想を聞かされた、と語っている)、その一掃を視野に入れ春闘の中でも被曝労働を考える取り組みを進めて欲しい、と期待を表明した。そして、ドイツなど脱原発を決めた国々は核武装放棄を決めたと同じだと指摘した上で、まさに日本でこそ、この未来のない産業を大衆運動でどんどんなくしていこうと締めくくった。
福島原発原告団からは、強制捜査を求める署名、並びに二月二二日に予定されている東京地検包囲行動への取り組みが呼びかけられた。
除染労働者が
怒りの報告
これらを受け福島からの訴えが福島平和フォーラム代表の五十嵐史郎さんから行われた。何も変わらない状況の中、今の生活の苦境を逆手に取り、放射線健康影響を過小評価するような動きが強められる状況があること、また差別と人権侵害の長期化も危惧されていることなどを語りながら、それらをしっかり受け止めて欲しいと危機感を込めて訴えた。さらに、福島の人々に現に覆い被さっている問題だとして、放射性廃棄物の保管を自分のところに引き受けることを含め他人事ではなく本気で考える必要を力説、それが今の問題であることを通して再稼働など問題外であることを本当に全体化しなければならないと強調した。
ここで除染労働に携わった労働者が生々しい報告。一人は青森から働きに来た労働者。少しは役に立てるかと思っていたという。ところが雇用主は五段階目の下請け、おまけに本業は警備業というまったくの無責任体制。その上に、二食付き一日一万一〇〇〇円、しかし二食といっても驚くような粗食、八畳に四人の詰め込み、マスク、軍手、長靴などすべて自弁というひどい条件だった。中抜きされていた「危険手当」については、これも自弁(八五〇〇円)の講習の中で初めて知らされたのだという。仲間たちと話し合って労基署に行ったが管轄外としてたらい回しにされ、最終的に全国一般ふくしま連帯労組にたどり着き今闘っていると報告した。
もう一人のいわき出身の労働者は、二次下請けの雇用主が東電一〇〇%株主の会社であることに、加害者である東電が除染で堂々と稼ぐとは何ごとか、と怒りを叩き付けた。そして、危険手当互助会では終わりたくない、闘う以上戦略が必要だとし、多重請負という卑劣無責任な仕組みを撃つ重要性を訴えた。さらに、手抜き除染報道に関しても、労働者が自らやっているような論調があることに抗議したいと語った。
職場から脱原発
労働者宣言運動
これらの訴えに応える行動提起は、プログラムに印刷された脱原発労働者宣言(案)提起という形で全港湾伊藤彰信委員長から。伊藤さんはまず、文案読み上げはしないと断り、これは従来ある集会決議ではなく、各々の職場で各々の言葉による自分たちの宣言を作るための呼びかけだと強調した。その上で、労働者宣言運動、それに基づいて多様な取り組み、労組としての実行委参加、そして三月の諸行動の成功の四点を、具体的に取りかかり成果につなげるべき行動として提案した。この提案は満場の拍手で確認され、その意志を込めた団結ガンバロウ三唱で集会は終わった。
原発の闇は日本社会の闇と重なりながらますます深まっていることを実感させる集会だった。それは、通り一遍ではなく確信が必要という鎌田さんの訴えと共鳴しつつ、労働者に闘いを強く促している。そのように闘うことが同時に、沈滞著しい日本の労働者運動の再生にとっても、決定的な鍵となるはずだ。 (谷)
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